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第二話


「城下ですよ」


 御者の声が、馬車内にいる私のもとへと届く。城下までは約三十分と言っていたか。もうそんなに時間が経っていたとは。色々と考えを纏めていたため、あっという間の時間だった。

 脳内整理を一時中断し、私は窓に掛けられたカーテンへと手を伸ばす。わざわざ知らせてくれたということは、外を見ても良いという含意だろう。かといって、カーテンを全開にしてしまうのは、おそらく歓迎された行為ではない。

 ミドスタン王国の治安の良し悪しは、勿論知らない。

 それでも、馬車に乗る女が物珍しげに城下を眺めているのが、世間知らずということを伝えているのと同一というのは見当がつく。万が一にも、馬車を襲われてはかなわない。


 それに、私の立ち位置がいまひとつ理解できていないというのも、慎重な行動を起こす理由だった。

 召喚されてきた勇者達が、惑星ラーグの人々にとって恩人であることは間違いない。だが、私自身は特別な能力を持ってはいない。赤髪の彼は、私のことを勇者だと言っていた。しかし私は、そのような大それたものではないのだ。

 だとすると、私という存在を国が公表したところでメリットを得るとは思えない。

 むしろ、私のような迷い勇者を産出しているというのは、ミドスタン王国が恩人である先代勇者に対して泥を塗っていることにはならないだろうか。これが露呈するのは、王国にとって不名誉なことではなかろうか?


 赤髪の彼が言っていたファンタジーな現実が正しくて、私の想像が間違っていないのだとしたら。軽率な行動ひとつで、自分の首を絞めることに繋がりかねない。


 そのような考えから、外を覗くにしても目立たぬように、短時間だけを心掛けて。カーテンを、ほんの数センチメートルだけ開けた。



 外は、赤レンガに溢れていた。赤茶色で直方体をしているレンガをいくつも積み重ねて作った建造物達。家々によって、雨風に晒され続けた年月が異なるのだろう。それぞれがそれぞれの色や持ち味を持っている。

 そこに住む住人の数名は、本日の晴天に便乗し、洗濯物を干している。

 異世界と聞いているが、洗濯の仕方は地球と同じらしい。濡れたタオルを籠から取り出し、手首のスナップを使って軽く振りおろし、皺を取ったら手の平でパンパンと叩く。どの女性も無駄のない動きで、機械的に処理していく。

 その他にも、昼間の城下は住民の多くが外出しており賑わっていた。

 中でも私が目を留めたのは、石畳を歩く少女だ。果実をたっぷり入れたバスケットを抱えている。大丈夫なのか、と一瞬心配するが、少女は手慣れた様子で通行人に声を掛け、果実の対価に小銭を受け取っていた。


 暫くすると、商店街に差し掛かったのだろうか。さらに人通りが多くなる。

 野菜、パン、雑貨、用途不明な民芸品……。それらが店の前に大きく並べられており、興味を持ってもらおうとする店主が、通行人に活気良く声を掛ける。

 建物も人々も、暗鬱さが全くない。むしろ、賑やかでエネルギッシュだった。壊滅状態に陥っていたとは、とても思えない。

 これも、勇者の恩恵とやらか。


 溜息を吐きながら、カーテンを元に戻す。幸福さ溢れる日常風景からは、赤髪の彼の言っていたような魔王の蹂躙の見る影もない。

 だが、この場所が日本でないのは確かなようだった。


 月日を感じさせる赤レンガで形成された街。日本にそのようなものは、私が知る限りは存在しない。もっとも、海外の、例えばイタリアなどには似たような雰囲気の街があるかもしれないが。日本からイタリアへ一瞬で移動することなど、出来るはずがない。

 ……いや、異世界へ一瞬で移動、という出来事よりは現実味を帯びている気もするが。


 ミドスタン王国の人々とは対照的に、今の状況を考えるにつれて気分を落ち込ませていくと。

 馬車のスピードが落ちていくのが感じられた。そして、一時停止したかと思うと、馬の足音の質が変わった。どこかの敷地内に入ったのかもしれない。案の定、しばらく進んだ後に、ゆっくりと馬車は完全停止する。


 とうとう、目的地に着いてしまったようだ。これから話し合いを再開しなければならないと思うと、心は落ち込むばかり。

 膝の上に置いていた両手をぎゅっと強く握ったと同時に、固く閉じられていた木製の扉が、ずっしりと重く開かれた。


「どうぞ、お降り下さい」


 下車を促したのは鎧の男だった。促しに応じた私は、馬車の階段を一段一段確実に踏みしめる。

 そして降り立ったのは、円形の模様が描かれた石畳。城下の石畳は、四角い板石を無造作に敷き詰めたものだった。

 また、近くの建物の様相を見ると、城下と同じ赤レンガ造りではあるが。赤レンガの大きさを極力合わせたり、凹凸を少なくしたりといった工夫がなされているようだった。どうやら、長期利用や人の目を意識したものであるらしい。


 周囲の様子を控えめに伺っていた私は、その場にいる人物がごく少数となっていることに気付く。私と、馬車の扉を開けた鎧の男と、赤髪の彼。お陰で、随分と圧迫感は軽減されている。

 ほっとしている私に、赤髪の彼は声を掛ける。


「お疲れ様でした。落ち着けましたか?」

「はい、お陰様で。ありがとうございました」

「それはよかった。部屋を用意してありますので、詳しくは中でお話しましょう」


 赤髪の彼は、にっこりと笑った。

 馬車には私一人が乗っていたから、おそらく彼は乗馬で移動をしたのであろうが。額には汗のひとつもなく、涼やかなままだ。

 鎧の男達と比較して、彼は軽装だ。そして、書類や筆記用具を手にしていた。てっきり文官のような立場にあるのかと思っていたのだが、意外にも武闘派なのだろうか?


 赤髪の彼をこっそり観察しながら、私は案内されるがままに歩を進めた。

 向かうのは、先ほどまで私が観察していたレンガ造りの建物。赤レンガが積まれたアーチトンネルのオブジェを潜ると、目に飛び込んでくるのは浄げなる白塗りの扉。

 しなやかな手つきでその扉に手を掛け、私を室内に招き入れる赤髪の彼。入室時にすれ違う際、パチリと目が合ってしまう。


「城下はご覧になりました?」

「はい。城下の赤レンガも素敵でしたが、こちらも雰囲気が違ってまた美しいですね」

「ミドスタン王国といったら赤レンガ、と方々で有名なんですよ」


 気に入って頂けたのならよかった、と安堵の表情を浮かべる赤髪の彼は、柔らかに言う。柔和な雰囲気が漂っており、思わず心が綻んでしまう。私だけではなく、きっと誰しもを緩和させるだろう。


「赤レンガが象徴なんて、ロマンチックですね」

「ロマンチック……ですか?」

「はい。私の国では、赤レンガの建物は男女のデートスポットのひとつなんです」

「それをミドスタン王国の者が聞いたら、きっと喜びますよ」

「異世界の建物であっても、ですか?」

「勿論です。皆、赤レンガには親しみと誇りを持っていますから」


 そういえば、馬車は海老茶色で、赤髪の彼の着ているローブは紅柿色。濃淡や明暗の違いはあれど、どちらも赤がベースと言える。赤は、この国のレンガを彷彿とさせた。


「赤いローブを着られているのも、親しみある赤レンガに因んでですか?」

「そうですね。ミドスタン王国に勤めている者の何人かは、この色のローブが支給されますので」

「イメージカラーのようなものですね」


 私の返答に、ふふっ、という小さな笑いが溢される。雑談が功を奏して、二人の間に流れる空気に和みが生じたようだ。

 それにあやかり、是非とも他の疑点も尋ねてみようと思ったのだが。折り悪く、目当ての場所に到着してしまった。

 エスコートされると、そこには、上品なインテリアで纏められた空間があった。


 ここは、客間であろうか。重厚感ある革製の黒檀色のソファがダブルサイズ一脚、シングルサイズ二脚が向い合せで並べられている。ソファよりも低くて小さいテーブルが控えめに置かれており、そこには小ぶりな花が飾られていた。模様彫り加工がなされた暖炉には、シーズンオフということもあり、薪はくべられていない。それでも、清潔さを保つための手入れが細々と行われているように見受けられる。

 どの家具も職人技術の集大成であり、芸術的だ。だが、最も印象的なのは、壁に掛けられた二枚の絵であろう。現代人の多くは見たことが――いや、読んだことがある物語をモチーフにした絵画らしい。


 向かって左の絵は、民家の窓から顔を覗かせる美少女に向かって林檎を勧める魔女の絵。右の絵は、天に向かって力強く伸びた巨大なツルを、人間が登っている絵。


「異世界からの来訪者は、揃ってその絵に注目されますよ」


 声にハッとし、慌てて振り向くと。赤髪の彼が、紅茶を置いた盆を手にして立っていた。

 紅茶を用意する際には、多少なりとも物音がする筈だ。それでも気が付かなかったのだから、この絵に熱中していた程度が知れるというもの。亡失していたことを謝罪し、二人揃ってソファに着席した。


「この絵は、勇者が人々に言い伝えた物語をモチーフにされたものです」

「やっぱり」

「地球を懐かしむ異世界からの来訪者は、この画家の作品を求めるようです。この絵を購入した際も、数年待ちの予約が必要でしたが、こうして喜んで頂けるのであれば購入した甲斐があるというものです」

「画家の人気を上昇させるほどに、異世界人は多いのですか?」


 私の価値観では、画家は儲からない職業に該当する。芸術は、生活必需品ではないからだ。

 無論、芸術が傍にあると心が潤う。だが、誰もが傍におけるものではない。

 というのも、無名の芸術家の作品であったとしても、一点ものの芸術絵画は十万、百万円単位の売買が普通の世界だからだ。そのため、一握りの成功者以外は、副職に就いているという。よほどの需要がない限り、絵だけで生計は成り立たないだろう。


「惑星ラーグに現在する異世界からの来訪者は、貴方を加えて二十七名です。予約待ちの理由は、来訪者数よりも、画家が遅筆のためかと」

「思っていたよりも多いんですね」


 世界を超えるという希有なことを体験している同胞が、これほどまでに多くいるとは。不幸な地球人の多さを示しているとも言えるのに、私もその一人であるというだけで、多少の心強さを感じてしまう。

 同胞も、私と同様の説明を受けたのだろうか? 今は、どのような暮らしぶりをしているのだろう? 是非とも、誰かの話を聞いてみたい。

 赤髪の彼による説明がひと段落した折に、希望してみよう。


「それで……二十七名の内のどれだけが、魔王退治に貢献した勇者なのですか?」

「四名です。勿論当時は、より多くの勇者――具体的に言うと、合計三十名を故意に召喚致しました」

「それが今や、二十三名という過半数が、迷い込んだ者ですか?」

「魔王が滅ぼされてから、約六十年が経過しておりますので」


 あまりの少なさに、思わず膚浅な言葉が飛び出てしまう。すぐに失態を自覚し、唇に手を当てていると、赤髪の彼は、詳しい説明を通して、魔法体制のフォローを始めた。


「六十年という月日の中で、亡くなられた勇者もおりました。具体的には、戦や老衰で亡くなられたのが二十三名。地球へ帰還されたのが三名。それから、迷い込まれた異世界からの来訪者が増減したといった具合です」


 なるほど。ミドスタン王国の城下が活気づいていたのも、六十年が経過しているのなら納得できる。

 戦後の日本も、奇跡とも呼ばれる超高度発展を遂げ、現在の先進国となったのだ。そして、その時代を引っ張ってきた団塊の世代は、徐々に減少している。

 ミドスタン王国でも、当時の勇者が命を落としているのは避けられない事態だろう。


 うんうんと納得していると、はた、と気付く。今、なんと言っただろうか?

 赤髪の彼の顔を凝視し、少しの表情の変化も見逃さないように注意する。


「今、地球に帰還した勇者がいると言いました?」

「はい。当時の勇者だけではなく、六十年間に訪れた、異世界からの来訪者の何名かも、地球に帰還しております」


 衝撃的な事実に頭がぼんやりとし、ソファに身を沈める。数秒間そのままでいて、気持ちを持ち直させると、姿勢を正した。


「私、帰れるんですね」


 綿密に練られた話や、悠久の年月を経た建物や、精密な調度品の数々。

 次から次へと私の前に現れる、現代にありふれた品とは程遠いそれらに、じわりじわりと怪奇的な現実が私に迫ってきていた。それは私にとって、絶望に叩き落とされそうなほどの恐怖だった。

 そんな中で差し出された、希望。飛びつかざるを得なかった。


「ええ。条件が合えば」

「条件?」


 思わず、顔を顰めてしまう。

 私は、頼れる者や対価とできる品など何一つ持ってはいない。そのような、裸にも等しい状態で提示される条件。追い詰められた私の精神状態は、ごく普通の言葉を怪しげなワードに聞こえさせたのだ。

 提示された条件が、どれだけ苦行を伴うものであったとしても、帰還する場合は受け入れざるを得ないだろう。身構えながら、赤髪の彼の言葉を待っていると。


「緊張しないで下さい」


 赤髪の彼は、困ったように小さく笑っている。赤髪のウェーブが、ゆらゆらと揺られている。


「惑星ラーグを救って下さった勇者は、恩人です。にも関わらず、こうして勇者の同郷の貴方にご迷惑をお掛けしている。それが本意でないのは、五大王国共通の考えです」


 ここまでは、私が考え至っていたのと差異がない。重要なのは、その後である。手の平が汗で湿り気を帯びるほどに緊張しているが、それを無視して言葉を待つ。


「ですから、五大王国は異世界からの来訪者の扱いについて条約を交わし、それに基づく異世界人を救済・管理するための「ブルジョワ制度」を敷いたのです」






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