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5話

 ラクトから封筒を受け取り、ケムリはすぐに封を開けた。

 出てきたのは数枚の厚紙と、四つ折りにされた便箋。

 手紙に目を走らせる間の短い沈黙の後、苦笑を浮かべてケムリはユウヒにそれを見せる。


「全く、あのお方らしい手紙だ」

「まあ、ニチ様相変わらずお元気そうね」


 懐かしそうに目を細めたユウヒがケムリから手紙を受け取り、もう一度ゆっくりとその文面を見つめた後、マツラたちにもそれを見せた。

『とりあえず特製の魔術札を送るから、これ使って何とかしな。多分なんとかなるだろうから』

 流麗な文字で書かれた、おおよそ丁寧とは言い難い文面。


「これは…」


 困惑してケムリを見れば、五老のリーダー、ニチ様の字だ、と言われた。

 総本山ダケ・コシに住む“五人の老魔術師”と呼ばれる五人の指導者。通称、五老。

 それぞれが五大精霊の属性を司り、古くから襲名制でその名前と共に与えられた役割を受け継いできた制度は、現在も変わることなく続いている。

 一番若いのは木の五老モク。今年十になったばかりの少年が先代から名前を受け継いだのは三年前の事だった。

 逆に一番の年長は火の五老ニチ。彼女がニチの名前を譲り受けたのは三十年以上も前の事。それでも在位だけでいえば土の五老であるシイのほうが長く、十九で五老の名前を継いでからゆうに五十年近くなる。

 モクと彼らの間には、水の五老スイと風の五老フウがいるが、現在名前を継いで一番日が浅いのがフウ。

 風の五老を名乗る彼は、モクの二年後に五老の名を戴いた。

 魔法武術のニチ、魔法具のシイ、伝達術のモク、治癒術のスイ、結界術のフウ。

 彼らは先代から名前と共に、過去からの五老たちにより蓄積されてきた記録と役割も引き継ぐのだった。

 

 さて、その代表の手紙が、果たしてここまでざっくりとしていて良いものだろうか。考えこむマツラの隣で食い入るように手紙を見ていたツツジが呟くように言う。


「五老から直々の魔術札が届くなんて…」


 その視線は、すでにテーブルの上に並べられた厚紙に移っている。

 全部で五枚。それぞれ色の違うインクで、緻密な模様と細かな文字が書き込まれている。

 五老が力を込めて作ったという魔術札を見つめ、ツツジは「すごい」という単語を繰り返していた。

 ユウヒは魔法札とケムリを見比べて小さく首を傾げる。


「せっかくお茶を入れたけれど、ゆっくりする時間は無いようね?」

「ユウヒさんさえ許してくれるなら、マツラの属性識別を優先させたいと思っていた所だよ」


 言いながらケムリが自分の媒介である竹刀に手を伸ばすのを見て、ユウヒは溜息をつくとテーブルに乗せていた盆を持ち上げた。


「それなら一刻も早くやりなさい? マツラちゃんが胸を張ってマントと魔術師証を身に着けられるようにね」


 すれ違いざま、「がんばってね」と肩を叩いたユウヒにマツラはこくりと頷いた。


 いつかと同じようにテーブルの中央に蝋燭を立て、その周囲に五老から送られてきた魔術札を並べながらケムリは口を開いた。


「今回は五老の力添えもあるけど念のため、ツツジとラクトにも少しだけ手伝ってもらおうと思う。その昔、一人前の魔術師に対する皆伝の儀式を三人の魔術師で行っていた事を考えると、僕ひとりでやるよりも確実だと思うんだ」


 さすがに二度目まで識別不能の結果を出すわけにはいかない、とケムリは自分の両脇にツツジとラクトを立たせた。彼らはそれぞれ媒介を手に立ち、マツラも糸の巻かれた束を手にテーブルをはさんで三人と向かい合った。


「と、いうわけで始めようか」

「お願いします」


 ケムリの言葉に頷けば、緊張した面持ちのツツジと変わらず飄々としているラクトも答えてくれる。


「微力ながら、がんばりますっ」

「大船に乗ったつもりで、俺らに任せとかんね」


 二人の言葉に、マツラは小さな笑みで答えた。

 ケムリが蝋燭に火を灯し、小さなあかりが揺れる。

 テーブルの上の魔法札に手をかざしたケムリがゆっくりと口を開いた。


「ここに置きたる魔術札の効力により、カル・デイラのケムリ・マリが命じる」


 その低い声にひっぱられるように、部屋の空気が重量を帯びたような気がして、マツラは意識して息を吸う。

 ラクトとツツジも、ケムリに倣うようにテーブルの上の、おそらくそれぞれの属性が対応している魔法札へ手をかざしていた。

 目の前の小さな火は頼りなさげに揺れるが、色に変化は無い。


「まだ力を持たないこの魔術師は、一体君たちの誰と相性がいいのか。誰が彼女に力を貸してくれるのか。答えをここに灯せ」


 窓の閉まった室内で蝋燭の炎がひときわ大きく揺れる。


 一拍の静寂。


 次の瞬間、音をたてて窓が開き、強い風が吹き込んだ。

 思わず髪を押さえたマツラの前で、がたがたとテーブルが揺れ大きくなった蝋燭の炎のもと、溶けた蝋が飛び散る。それでも魔法札は強風が嘘のようにちらりとも動かず、飛び散る蝋もその上だけは避けるようにしてテーブルを汚していた。

 揺れる炎は、細い蝋燭には似つかわしくない大きさに成長し、いつかと同じように色を変えている。

 赤に、緑に、黄色からまた赤、橙、青、緑へ。

 不規則に色の変化を繰り返す炎と、重量を帯びた空気をひっかき回すように吹き荒れる風。まるで誰かが揺らしているかのように揺れるテーブルに、マツラは体がすくむのを感じた。


 見ればツツジもこわばった表情でケムリと部屋を見比べているし、ラクトも注意深く魔法札と室内の様子を見ている。

 ただケムリだけが、まばたきもせずに蝋燭の頭で色を変え続ける炎を見つめていた。


「し、師匠っ…!」


 一体どうなっているんですか。

 問いかけを口にしようとした瞬間、マツラは荒れ狂う風の隙間に声を聞いた。


「はじめまして、マツラ・ワカ」


 部屋の中だというのに、まるで嵐の中のような風。肩ではためく朱色が視界の隅でちらちらと踊っている。ツツジとラクトはとうとう風から顔をかばうように腕をあげていた。ケムリも少しだけ目を細め、しかし彼は変わらずに蝋燭を見つめている。

 そんな中で場違いに涼しい声は、マツラが空耳だと思う間も与えずに続けた。


「育てる者が五老に協力を求め、五老もまた育てる者に力を貸してしまった。ならば我々はその要請に答えねばならない」


 男か女か、大人か子供か老人か。

 あるいはそれらがすべて重なったかのような声は「それが契約だ。わかるだろう」と語りかけた。


「だれ…?」


 目の前の三人にはこの声は聞こえないのか、何の反応もない。

 代わりに、彼らの視線がマツラに向けられた。

 荒れ狂う室内で姿無き声はマツラの問いには答えない。ただ淡々と、告げる。


「はじまりの色は力の源。痛みと苦しみもまた、力を生む。君から生まれる力を、我々は常に見守ろう。君の色に見合った力を。我々は、はじまりの色を持つ魔術師に、最上の力を貸すと約束しよう」


 さあ契約だ、と声が頭に響いた瞬間、糸の束を持っていた手にばちりと鋭い痛みが走った。


「いたっ…!」


 反射的に手を離そうとして、マツラは荒れ狂う風がぱたりと止んでいる事に気付く。

 彼女たちの目の前で、ひときわ大きくなった蝋燭の炎が音を立てて五つに分かれ、魔法札に飛び散りテーブルの上で五色の炎が燃える。

 数秒後、そこには魔法札だったものが灰になって残っていた。


 立ち尽くしたまま呆然と自分の右手とテーブルの上の灰を見比べる。


「なんだったの…」


 一瞬で、とても長い時間だった。

 さっきの声が精霊のものだと言うことは想像に易い。

 部屋を吹き荒れる強風も揺れるテーブルも、手を刺した痛みも、原因はほぼ間違いなく精霊だろう。

 契約だ、と確かに声を聞いた。その声も、自分にしか聞こえなかったのだろうか?


 おそるおそるケムリを見ると目が合った。

 黒い目が蝋燭の炎を見ていた時のように一直線にマツラを見つめている。

 普段は表情豊かに豪快に笑うケムリの、その表情は少し怖いと思わず視線を外せば、ツツジは何かを伺うようにマツラを見ていて、ラクトは不可解なものを見るような顔でマツラを見ていた。

 三人揃って、様子がおかしい。


「…マツラさん、なにを、したんですか?」


 微かに震える声でそう口を開いたツツジは右手で胸のあたりを掴んでいた。


「魔法札は、確かに使い終われば焚きあげるものです。でも…」


 それは術者が行うべき行為であり、今回その役目はケムリのはずだった。

 だが彼らの目の前で蝋燭の炎は四散しケムリが行うはずの最後の儀式はその前に灰になってしまった。


「それに、あんなに蝋燭の火が色を変えるなんておかしい。あれじゃあ、定まるものも定まらない。あれはまるで、マツラさんはすべての属性だと言ってるようなものです。そんな魔術師、聞いたこともない」


 心なしか青ざめた顔でそう言って、ツツジはケムリのほうを向いた。


「師匠、どういう事か説明をお願いします…!」


 魔術師は例外なく五つの属性に分類される。

 それがルールであり、例外などあり得ない。また、口にするまでもなく絶対の常識だった。


「ケムリ、わかっとるやろうけど、これは…とんでもなか事ばい」


 遠慮がちにケムリとマツラを交互に見たラクトは額に手を当てる。

 マツラの属性識別にあたって、揺れた炎の色は最初の時と同じ五色。違ったのは、答える声があった事と最後に火がわかれた事。

 飛び散った炎は、五つの色でもって五老の魔術札を燃え上がらせた。


「…例外が生まれた、って事だろう。少なくとも、僕はその声を聞いた。精霊はマツラに最上の力を貸すと」


 ケムリの言葉は、マツラが聞いた言葉と同じ。ケムリも風の隙間から聞こえてくるあの声を聞いていたのだ。


「最上の力って、なんですか…?」


 ツツジはマツラをどの属性でもないと言った。

 ラクトはとんでもない事だと。

 そしてケムリは例外が生まれたと言い、精霊は確かに力を貸すと告げた。


「私、ちゃんと契約できたんですよね?」


 精霊が言い残した言葉が契約の証なのだとしたら、属性も明らかになったのではないか?


「そこは問題ない。そしてマツラ、君の属性だけどね」


 テーブルの上の灰を一カ所に集めながら、ケムリは少しだけいつもの調子に戻った。

 集めた灰を、魔法札と手紙が入っていた封筒に入れ、少しもったいぶるような間をおいたあと、かみしめるように。


「君の火は散り、精霊は君に最上の力を貸すと宣言した。さて、これが意味するところはひとつ」


 開いた右手を突きつけ、ケムリは続ける。


「五つだ。マツラ。君はすべての精霊に力を与えられ、その力を借りる事を許された。君は五つの属性を許された、唯一の魔術師だ」


 ひとつは五つに。

 分かれた力は、君のもとで再びひとつになる。どこまでも規格外、それが緑眼なんだろうね、と言ってケムリは豪快に笑い、その隣、どこか恐怖にも似た表情でマツラを見ていたツツジの視線が、妙にマツラの胸にひっかかった。

 属性を明らかにし、精霊と契約する。

 待ち望んでいた事がついにかなったというのに、その時マツラの気分はどこか冴えないままだった。

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