情
『さて、この俺の手から逃れられるかな?』
顎を持ち上げる指先に力が僅かに隠る。
『嵩、…』
水鵺の携えている釜はガランと金属音を立てて床へと落ちる。
それを見た嵩は目を僅かに開いた。
『君が醒めし時に君が悔やむ事が有りませんように。』
『何を………っ…。』
水鵺は微笑むと嵩へと手を伸ばす。そっと嵩の身体を包むように抱擁し呟いた。
『暗黒の力に屈しないで下さい。目を醒まして……』
『ふ、馬鹿らしい。暗黒の力こそ全て……。』
そう云うと嵩は水鵺の額に指先を向けて一言。
『眠の呪縛を…。』
彼からは力が抜けて崩れ落ちかけたが、嵩が腰へと手を回して抱えた。
その様子を黙って見ていたのは仮面の女。そしてその場からそっと去った。一部始終を主へと報告する為に。
王の間へと足を運ぶと、扉の前では既に王が待ち構えていた。
『待っていたぞ…真夜よ。』
仮面を外した女は頭を垂れた。
『嵩はあの者を殺せませんでした。殺すと云いつつも、まだ情が残っている模様。』
眉間に皺を寄せながらも報告をする。
『あの神族の君は特別なのであろう。だからこそ芽を摘まねばならぬ。真実に辿りつく前に……。』
『真実ですか?真実とは…………』
真夜は不思議そうに首を傾げたが、蓮王は何も答えなかった。
『真夜は嵩を好いておるようだな。政略という名の婚約者であろう?』
『ですが私には関係ございませんわ。お慕いしておりますもの。誰で在ろうと嵩に近付く者は始末する迄。』
冷笑を浮かべる真夜。
そこへ沓の音と共に現れたのは嵩。両手には水鵺を抱いていた。
『蓮王、この者の始末は任せて頂きたい。』
その言葉に真夜は口を開きかけたが、黙った。
『殺せぬのではないのか?』
『情はありませぬ故に問題はないです。』
はっきりと答える嵩。
『ならばそなたに任せるぞ。』