ヒロインの「ざまぁ」が下手すぎて、悪役令嬢が指導します!
「セシリア・アルノー! お前のような悪逆非道な女との婚約など、もはや一刻も維持できん! 本日をもって婚約を破棄する!」
大講堂の真ん中で、第一王子カイルが声高らかに宣言した。
彼の傍らには、可憐な笑みを浮かべた転生ヒロイン・リリィが寄り添っている。
本来ならば、ここから悪役令嬢セシリアの罪状が暴かれ、惨めに追放される……はずの断罪イベントであった。
しかし、当のセシリアは怒るでも青ざめるでもなく、深々と溜息をついた。
(……はぁ。始まったわ)
事の発端は半年前。
セシリアはある日突然、自分が乙女ゲームの「悪役令嬢」であり、王子の隣にいるリリィが「転生者ヒロイン」であることに気づいた。
ゲームの知識を持つリリィは、セシリアを陥れていわゆる「ざまぁ(スカッと追放)」を果たそうと、今日まで様々な罠を仕掛けてきた。
仕掛けてきたのだが——その手際があまりにも下手くそすぎたのである。
「さあリリィ、お前が受けた凄惨な嫌がらせの証拠を、皆の前で披露するのだ!」
カイル王子に促され、リリィは得意気な顔で一枚の紙を掲げた。
「はい、カイル様! これがセシリア様から私に送られてきた、脅迫文です!」
(はい、来ましたわ……)
セシリアは心の中で頭を抱えた。
リリィが提示した紙には、確かに『学園から消え失せなさい』と物々しい文字が躍っている。
だが、セシリアは我慢できずにスッと手を挙げた。
「あの、リリィ様。少々よろしいかしら?」
「な、何かしら!? 苦しい言い訳なら聞きませんわよ!」
「言い訳ではなく、ご指導です」
セシリアは冷ややかな目で紙を指さした。
「その捏造文書、インクが乾ききっておらず、指で擦った跡が残っていますわ。それに……私の筆跡は王立書道院で認められた流麗な細字ですが、その文章、どう見ても丸文字の癖字(あなた様の字)ではありませんか。偽造するなら、せめて対象の筆跡を最低三ヶ月は模写してからになさいな」
「げっ……!? 癖でいつもの字書いちゃった……!」
リリィが思わず本音を漏らし、大講堂に微妙な空気が流れる。
カイル王子が慌ててフォローに入った。
「くっ、ならばこれはどうだ! 先週、リリィのドレスが切り刻まれた件! あれもお前の仕業だな!?」
「カイル様、そちらもです」
セシリアは呆れたように首を振った。
「リリィ様、あの時あなたは『階段の陰でセシリア様に切り刻まれた』と主張されましたが……カットラインが綺麗すぎますわ。ハサミの裁ち跡が一糸乱れぬストレート。本当に嫌がらせで切られたなら、引っ張られたりギザギザになったりするはずでしょう? 自分で型紙通りに切ったのが丸わかりです」
「うぐっ……! だって綺麗に切らないと、後で縫い直して使えないじゃない……!」
「プロの悪役に貧乏性を持ち込まないでくださる!?」
セシリアの一刀両断に、ギャラリーの貴族たちから「確かに……」「雑すぎるだろ……」とヒソヒソ声が漏れ始めた。
顔を真っ赤にしたリリィが、涙目で叫ぶ。
「う、うるさいわね! 悪役のくせに口出ししないでよ! 私は主人公なのよ!? あなたを『ざまぁ』して気持ちよくなりたいのに、なんでいっつも失敗するのよぉ!」
「当たり前でしょう! あなたの『ざまぁ』には美学も戦略も足りていませんのよ!」
セシリアはついに堪忍袋の緒が切れ、リリィへと歩み寄った。
そして、その肩をガシッと掴む。
「いいですかリリィ様。陥れ(ざまぁ)とは、完璧な根回しと、言い逃れのできない決定的な証拠、そして何より相手が反論する隙すら与えない完璧なシチュエーションがあって初めて成立する芸術アートなのです!」
「え……あ、芸術……?」
「こんな雑な捏造でざまぁしようだなんて、悪役令嬢に対する侮辱ですわ! 悔しくないのですか!? もっと完璧に私を追い詰めてみなさいな!」
「ええぇぇ……!?」
思いがけないスパルタ指導に、リリィは目を丸くした。
カイル王子も「え、何この展開?」と完全に蚊帳の外である。
そこから、セシリアによる【正しい悪役陥れ講座】が始まった。
「いいですか、階段から突き落とされた振りをするときは、王子の視線がこちらを向いた0.5秒後に落ちるのです! 早すぎれば演技とバレ、遅すぎればただのドンくさい女になりますわ!」
「は、はいっ! 0.5秒後ですね、師匠!」
「師匠と呼ぶな! それから悲鳴のトーン! 高すぎると不快感を与えます。『きゃっ』ではなく、儚げな『あ……っ』です!」
「あ……っ! こうですか!?」
「素晴らしい! 喉の奥を意識しなさい! 完璧ですわ!」
大講堂の真ん中で、悪役令嬢がヒロインに「自分を上手に嵌めるテクニック」をスパルタ教育している。
周りの貴族たちは完全に引きつつも、あまりの熱指導に「なるほど……」「勉強になるな……」と頷き始めていた。
「よし、では実践ですわ! リリィ様、私があなたを押し倒したように見せるポージングを取りなさい!」
「はいっ! ……あ……っ!」
リリィは見事な儚げ悲鳴とともに、計算し尽くされた角度で床へ倒れ込んだ。
乱れた髪、涙で潤んだ瞳、守ってあげたくなるような絶妙なポーズ。完璧であった。
「どうです、カイル様! セシリア様に押されて、私……こんなことに……っ!」
完璧すぎる演技に、セシリアは思わず手を叩いて絶賛した。
「ブラボー! 満点ですわリリィ様!! 完璧な『被害者』の完成ですわ!」
「やったぁぁぁ! 師匠、私できました!!」
二人は抱き合って喜び合った。
「……あの、二人とも?」
完全に置いていかれたカイル王子が、引きつった笑顔で声をかける。
「私、そろそろ婚約破棄の続きを宣言した方がいいのだろうか……? 罪状とか、もう全部ウソってバレてるけど……」
セシリアは満足げに頷くと、胸を張って言った。
「いいえ、カイル様! これにて『断罪イベント』は成立ですわ! 私は素晴らしい演出のもと、見事に悪役として追い詰められました!」
「いや、自分で自分を追い詰めてただろ!」
「さあ、私を国外追放になさってください! 完璧な『ざまぁ』を完成させたリリィ様には、ご褒美として追放される私の後ろ姿を見届ける権利がありますわ!」
セシリアは誇り高くドレスの裾を翻すと、堂々と大講堂の出口へと歩き出した。
「待って師匠! 私、師匠がいないとこれから誰をターゲットにして『ざまぁ』すればいいの!?」
「自分の力で立ちなさいリリィ様! あなたならもう、立派なヒロインになれますわ!」
「師匠ーーー!!」
感極まった涙を流すヒロインと、清々しい笑顔で追放されていく悪役令嬢。
そして、最後まで残されたカイル王子だけが、「俺……いらなかったのでは……?」と呆然と立ち尽くしていた。
その後。
追放先で気ままな一人暮らしを始めたセシリアのもとには、毎月のようにリリィから「今度の悪役に勝てそうにありません! 助けてください!」とアドバイスを求める手紙が届くようになったという。
(終わり)
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