一句「信号の 赤消え去りて 秋の原」
怒声と剣戟と、死の匂いがする。
負け戦だ。悪くない。撤退戦は俺のモノだ。
四尺杖を構え、押し寄せる魔物の群れを見渡す。数は多い。後方では味方が撤退を続けていた。それでいい。逃げ足だけは速い連中だ。
「前衛、左に寄れ。固まるな」
最低限の指示を出した所で最初の一体が踏み込んでくる。
「ガァァァァアアア」
人狼か。人間には到底出せない速度で突っ込んでくる。こいつらからしたら俺なんて雑魚にしか見えないのだろう。技も無く剣を棍棒の様に振るだけだ。大振りの剣に合わせて杖の先端を喉元に滑り込ませた。乱止流一の型初雪。ただの突き。最初に教わる基本の突き。
「エアバースト」
続く二体に魔法を放つ。衝撃が空気を震わせ、二体が吹き飛んだ。全くもって便利な力だ。乱世を生き抜いた先人達とは違う。俺の腕じゃ杖だけでこの数は捌ききれん。
位置を変える。常に動く。止まった瞬間に……死ぬ。
群れが再び押し寄せる。横に流れながら杖を捌く。
『初雪』
一突きすると一つの命が消える。
一突き、消える。一突き、消える。一突き、消える。
「まったく、命の軽いこって……っと囲まれたか。」
戦闘はあっても戦場は初めてだ。この空気に惑わされたのかもしれない。後ろまで敵がいる状況、師匠に知られたら何を言われることやら。まぁ、好都合だが。
囲んで獲物を品定めでもしているのか、一瞬魔物達の動きが止まる。しかしその一瞬が命の灯火を消す。
「エアカッター マルチ!」
無数の小さい刃が正確に魔物の頚動脈を断ち切る。
消えた命の間を風のように動いていく。
ふと、波が引いた。
一瞬の静寂。
息を整えながら後方を確認した。味方の姿はほとんど見えない。もう十分だろう。
「乱止流十三の型凩。とくとご覧あれってな」
踏み出す前になぜかあの日のことを思い出した。道場の匂い。師匠の声。
――俺はなぜここにいるんだったか。
「仕事帰りに道場なんか寄るもんじゃ無いな」
道場の駐車場に止めた車に乗り込みながら、毎日言ってる台詞を今日も一人呟く。別に辞める気はない。30年続けていることだし、中年太りも怖い年齢だ。
会社では普通に働いて、同僚との仲も良好だ。武術をやってると言うと大抵驚かれるが、そんなものだろうと思っている。
乱止流。聞いたことがある人間に会ったことがない。棒きれを振り回すだけの田舎武術だ。それでも師匠は強く、稽古は本物だった。師範代になって何年か経つが、まだ上がある。
秋の夜は早い。ハンドルを握りながら住宅街を抜けていく。街灯が等間隔に流れていった。
赤信号で車を止める。ふとため息をついた瞬間、世界が白くなった。
眩しい、と思う間もなかった。
「何なんだよいったい……」
光が収まるとそこは広大な草原だった。いつの間にか握られた稽古用の杖を持ち、身体は自然と構えをとっていた。
『涼風』
そう名付けられた防御主体の構えだ。
「運転してたよな?」
稽古帰りに車で帰ってる最中だったはずだ。反射で杖に手が伸びたのは良いとして、車はどこ行った?
ガサッ
音がする方に振り向けばそこには一匹の兎。
「いや兎はこんなデカくないし、角も生えてねぇ!」
混乱からかつい大きな声を出してしまう。俺は知らない。こんな生物は見たことが無い。
兎と呼んで良いのか。狼ほどの体躯に、額から真っ直ぐ伸びた一本角。毛並みは白く、こちらを値踏みするように赤い目を向けている。
ドンッ
地面を蹴る音と同時に兎が高速で突進してくる。態勢を崩されながらも何とか躱す。
「おいおいなんて速度だよ。当たりゃ死んでんぜ?」
そう言いながら構えを立て直す。
『薫風』
基本の構え。この状況でも基本通りに行かせて貰う。異世界だろうと変わらない。
ここからが戦闘だ。
こちらが構えたと同時に先程同様とんでもない速度で突進してくる。
「いや同じ事を二度は駄目だろうよ」
『初雪』
基本の構えから出る基本の突き。化物みたいな兎にも通じるか試させてもらおう。
杖が正確に兎の顔面を貫く。
「うぉっと!?」
貫通させてしまったせいか、角の勢いが止まらず危うく刺さるところだった。
何とか角を避け、残心をとる。
「二匹目は居ないみたいだな」
辺りを見渡し、兎が一匹のみか確認をする。
「草の背が高いか、兎がもう少し小さかったら死んでたな」
反省を口にすると、ようやく状況の把握にうつる。
見渡す限りの草原だ。車はない。道もない。建物も見えない。空の太陽から昼前といったところか。さっきまで秋の夜だったはずだが。
「転移、か」
口に出すと妙にしっくりきた。フィクションの話だと思っていたが、どうやら現実らしい。受け入れが早いのは我ながら感心する。いや、受け入れないと死ぬからだな。さっきの兎がいい証拠だ。
「とりあえず、人を探すか」
こうして俺の異世界の日々が始まった。
目標は週一投稿




