4.問いを置く者、答えを持たぬ者
大きな中洲を作り二股に分かれていた広瀬の川が、浜の手前で再び合流し、一つとなって海へと注ぐ。その周囲には葦の草原が広がる。
村のある小高い原から下ってきたヲトヤたちは、幾度も行き来して草原に出来た道を辿り、浜までやってきた。まだ高みへと昇り切っていない太陽の光を受けて、キラキラと輝く海を渡り、三隻の小舟が浜に近づいてきた。
浅瀬に入ると船に乗っていた男たちが海へと降りる。村から下ってきた男たちも加わり、波に合わせて船を押し引きして浜に上げた。
子供たちが船に駆け寄り、竹籠の中を覗き込んで騒ぐ。三隻の船いっぱいに積まれた竹籠の中には、筍と浮き石、ひずき藻、白玉、小壺、日干しの魚が詰まっていた。
子供たちは女たちと一緒に村へと運んでいく。
ヲトヤは、赤く染めた絹の領巾を肩からかけた兄が船を降りてくるのを、波打ち際で待った。潮の香りを立てながら、波が足を柔らかく撫でては引き、また打ち寄せる。共に動く黒ずんだ砂が肌をくすぐり、むず痒さを覚えた。しかし、ヲトヤは腕を組んで我慢し、微動だにせず兄が近づいてくるのを冷ややかな目で見つめた。
そんな弟の表情を目にしていながら、セヤは柔らかな笑みを浮かべた。左耳から口元まで大きく入った二本の傷跡が、大きな口のように一緒に動く。
「おかえり。よい石は見つかったか?」
セヤの言葉に、ヲトヤは苛立ちを隠しもせず返した。
「お前こそ、よほど大事な石を探しに行ったらしいな。俺が戻るのを待てないほど」
「大事か、大事でないかは、みなが決めることだ。私は私が思うままをしただけ」
セヤの言葉にヲトヤは言い返しかけた。しかし、凪いだ海のような兄の眼差しに声となって出てくることはなかった。ヲトヤより頭一つ分ほど小柄な兄だが、ヲトヤは自分が兄より大きく強いと考えたことは一度としてなかった。
ヒミクヮオウとなるべくして生まれた、火の神の溜むす火を宿す者だと感じていた。
ヲトヤはスヒナカのこと、その頼みのことを話した。
「ヒミクヮオウの考えは?」
「みなは、どう言っている? 聞いたのだろう?」
セヤは遠く海を眺めながら聞き返した。
狭海は今日も穏やかに凪いでいた。中ほどにはクヮグの山島があり、山の頂にぽかりと開いた大きな口からは白い煙が吐き出されている。クヮグの島の周辺には漁をしたり、アヒラとワダツマの間で荷を運ぶ船が幾隻も見えた。二十、三十は下らないだろうが、アケの海で目にした船の数を思うと、ヲトヤにはひどく少なく思えた。
「みなは……割れた。鉄の矢じりは強い。シシを狩るのに役立つ。釣り針もだ。けれど、北の連中は災いを運ぶと厭うものも少なくない」
「クヮクチヒコの考えは?」
「俺は……」
ヲトヤは昨夜、一晩考えた。なかなか寝付けないまま、スヒナカの話を頭の中で繰り返した。北、そしてワダマトと、どう付き合っていけばいいのか悩んだ。一つの答えも出ないまま朝を迎えた。
起き出してきたスヒナカの顔を見て、憐れだと思った。同時に立派だと思った。
顔に描いた朱は薄れ、疲れが滲んで見える。それでも海の民が誰のために、山谷を越えソの地まで来たのか。ヒナカの長として民を守ろうとしている。それに応えなくてもよいのか? そんな気持ちが湧いた。
けれど、北の連中と関わることにためらいを覚える自分も確かにいた。
「目的が……せめて俺たちに害をなさないものだと、分かってから決めてもいいのじゃないかと思う」
「そうか」
セヤは囁くように言った。
波の音。鳥の声。風にさざめく葦。子らの声。船から発せられる合図の指笛。
静かな音が体に染み込んでくる。
セヤが踵を返し、歩き出した。ヲトヤも後に続く。
「幾人か供をつけて、スヒナカたちをワダツマまで送らせよう」
ヒミクヮオウの言葉に、クヮクチヒコはうなずいた。
黒い砂浜に二人の足跡が点々と続いていた。




