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第9話 子孫を残す上で極めて重要な行為

「わあ、これが唯斗の家か。なんか、いかにも1人暮らしの大学生の部屋って感じ」


 俺の家に足を踏み入れ、洗面所で手を洗った颯太は、周りを見渡して興味深そうに言った。


「狭くてちらかってるけど、勘弁して。何か飲む?」


「お構いなく。あ、本当に何も用意しなくて大丈夫だよ。大学に行く前に飲み物買ったから」


「分かった。じゃあ、取り敢えず座ってよ。1から全部話すから」


 颯太は椅子に腰を下ろし、テーブルを挟んで向かい合うように俺が椅子に座り、その隣の椅子に綾香が座った。1人暮らしにも関わらず四つも椅子があって今まで持て余していたが、今ここで活きることになった。


「よし、じゃあ話すね。全ての始まりは、2週間前。夜、俺がバイトから帰っている途中、野良猫に出会ったんだ。可哀想だと思って、家に連れて帰った。体を洗って、水を飲ませて、一緒にベッドで寝た。翌朝、俺が目を覚ますと、拾った猫は裸の美少女になってたんだよ」


「はあ!? 何だそりゃ!?」


 颯太は目を丸くする。当然の反応だ。真剣な表情を浮かべる俺、そして綾香を見て冗談ではないことを理解したのか、「おいおい、マジかよ……」と颯太は呟く。


「信じられない。そんなこと本当にありえるのか?」


「俺だって未だに信じられないよ。でも、紛れもない事実なんだ。信じて欲しい。横に綾香がいることが何よりの証拠だよ」


 颯太は綾香に視線を向け、「いやいや……」と声を絞り出す。


「どういう原理なんだよ。猫が人間になるって」


「分からない。取り敢えず、続けるね。名前がなかったから、俺は美少女に三毛山綾香って名前をつけた。綾香は、自分が神様だと言った。それ以外のことは何も覚えていないみたいだった」


「待て待て。話についていけない。神様? 何なんだよそれ」


「そうだよね、信じられないよね。でも信じてもらう必要がある。綾香、神様として何か力を見せてあげてよ。そうすれば信じてもらえると思うから」


「分かった。何をすればいい? 前みたいに、お金を出そうか?」


 綾香は両手の掌を俺に見せつけた。


「違うのがいいな。もっと分かりやすいのがいい。そうだ、綾香、俺の体を宙に浮かせることは出来る?」


「やってみるよ」


 綾香は両手で印を組み、呪文を唱え始めた。すると、俺の体が宙に浮き始めた。あまりの衝撃に颯太は言葉を失っている。俺の体は1メートルほど上に浮き、そしてゆっくりと元の位置に戻った。


「綾香、ありがとう。大丈夫? いきなり力を使うことになっちゃったけど、疲れてない?」


「全然大丈夫だよ」


「よかった。颯太、信じてもらえたかな? 綾香が神様だってこと」


 颯太はゆっくりと首を縦に振った。


「……やばいな。まさか、こんな超能力を間近で見れる日が来るなんて。信じざるを得ないな。三毛山さんが、普通の存在じゃないことは伝わったよ」


「じゃあ、続けるね。他に行く当てがないからここに泊めて欲しい、と頼まれて、俺は了承して綾香はこの家で生活することになった。大学に行きたいって言ったから、顔と猫耳を隠してつれていったんだけど、綾香が我慢出来ずにマスクやサングラス、帽子を外してしまうアクシデントが起きた。すぐに逃げたから事なきを得たと信じたいけど」


「あの時の衝撃はやばかったぞ。そもそも、三毛山さんが教室に来た時点で皆騒然としてた。なんか、上手く表現出来ないけど、オーラが凄かったんだよ。それで、その後めちゃくちゃかわいい顔と猫耳が露わになったもんだから、もう大騒ぎだった。まあ、時間が経つにつれて騒ぎは収まったけど」


「うん。そしてその日の夜、綾香は言った。元いた神様の世界に戻る必要がある、そのために頑張る、って。それから、俺も綾香が神様の世界に戻れる方法を調べるようになった。とはいえ、そんな情報ネットに載ってるわけなくて、全く情報は得られてないんだけどね。そして今に至るってわけ」


「なるほど」


「俺が大学に行く時、そしてバイトに行く時は、綾香に家にいてもらいたかったんだけど、どうしても寂しくて今日は一緒に大学に行きたいって言われて、今日は連れてった。そして、颯太が綾香に出会ったってわけ」


「ううん、なるほど……そうか……なるほどな……」


 颯太は目を閉じ、腕を組んで考え込んでいる。混乱しながらも、突然聞かされた大量の情報を頭の中で整理しているのだろう。


 混乱する気持ちはよく分かる。俺は既に状況を受け入れているとはいえ、冷静になって考えるとあまりにも不思議すぎる状況だ。とはいえ颯太にはなんとか状況を理解してもらいたかった。


「うん、分かった。いや、分かってないけど、分かった。唯斗、そして三毛山さんのこと、2人が置かれている状況は、なんとなく分かったよ」


「俺の話を信じてくれるってことでいいのかな?」


「信じるよ。あまりに突拍子がないけど、さっき超能力を見せつけられたし、唯斗が嘘をつく人間じゃないってことは知ってるから」


「そっか……ありがとう、信じてくれて」


 信じる、と言われたことがとても嬉しかった。


「唯斗、やったね! 信じてもらえたね!」


 隣の綾香もとても嬉しそうだった。


「よかったよ。あ、今更だけど、綾香の存在は他言無用でよろしくね。人間の姿をした神様がいる、とか絶対他人に話しちゃ駄目だよ」


「分かってるって。ところで唯斗、一つ聞きたいことがあるんだが」


「何?」


「三毛山さんと一緒に生活してる、って言ったよな? ということは、一緒にご飯を食べたり、風呂に入ったりしてるってわけか?」


「いや、綾香は神様だから、食事は必要ないし、風呂に入る必要もないんだよ」


「そうか。じゃあ、睡眠は?」


「睡眠は必要だからしてるよ」


「なるほど。見たところベッドが一つしかないが、あのベッドで一緒に寝てる感じ?」


「うん、そうだね。毎日一緒に寝てるよ」


「ふーん。ということは、もうあれはしたってことでいいのか?」


「あれ? 何の話?」


 颯太はにやにや笑いながら、左手の親指と人差し指で輪っかを作り、右手の人差し指をその輪っかに出し入れした。


 そこで颯太の言わんとしていることに気付き、「な、何言ってるんだよ!」と俺は叫んだ。


「そんなことするわけないだろ!」


「何で? 同じ屋根の下で、若い男と女が一つのベッドで寝たら、することは一つしかないだろ?」


「そういうのは、お互いに愛し合ってる人同士がすることだろ!」


「唯斗と三毛山さんは愛し合ってるんじゃないのか? なんかすごく仲良さそうに見えるけどな。一緒に生活してるし。ていうか、そもそも2人は付き合ってるのか?」


「付き合ってないよ! だいたい、綾香は神様なんだから、付き合えるわけないだろ!」


「そうか? 別に神様と付き合っちゃいけないなんてルールはないだろ」


 颯太の物言いに俺は思わず唖然とするが、ふざけて言っているようには見えない。


「冷静になって考えてみろよ。こんなにかわいい三毛山さんを、彼女にしたいと思わないのか? 彼女になったら、好きなことをしていいんだぞ。あんなことも、こんなことも、好きなだけ出来るんだぞ」


 俺はごくりと唾を飲み、綾香とあんなことやこんなことをする想像をした。思わず頬が熱くなり、さらに股間の辺りが熱くなってくる。


「ぷっ、唯斗顔赤すぎ! 茹蛸かよ!」


「うるさい!」


「ねえ、さっきから何を話してるの? ついていけないんだけど」


 綾香が話に割り込んできた。テンションが上がっている俺と颯太を、不思議そうに見つめている。


「唯斗、顔赤いけどどうしたの? それに、さっきの颯太さんのジェスチャーは何? あの、輪っかを作って指を出し入れしてたやつ。気になるんだけど」


「三毛山さんは神様なんでしょ? これは人間が子孫を残す上で極めて重要な行為なんだけど、知らない?」


「知らない。教えて欲しい」


「しょうがないなぁ。じゃあ、教えてあげよう。これはね、セッ」


「わああストップストップ! そこまで!」


 俺は両手を振って颯太の言葉を遮った。上手く言葉では説明出来ないが、それ以上綾香に話して欲しくないと思ってしまった。


「何だよ唯斗、三毛山さんも知りたがってるんだから、いいだろ」


「いや、駄目! てか話が逸れてるじゃん! もう、颯太が話を逸らすからこんなことになるんだよ! すぐそういう話に持ってくんだから!」


「この歳の大学生が考えるのは大体そういうことだろ。いいから落ち着けって」


 俺は深呼吸して呼吸を整え、「話を戻すよ」と言った。


「とにかく、綾香は元いた世界に戻りたがってる。俺もそれに協力したいと思ってる。そして、出来れば颯太にも協力して欲しい。人手は多い方がいいと思うからね。人間の世界に降り立った神様が、元の世界に戻る方法を一緒に探して欲しいんだ」


「協力するのは構わない。ただ、三毛山さんは本当に元の世界に戻りたいと思ってるの? 元の世界に戻るってことは、唯斗と離れ離れになることを意味するけど」


 綾香は腕を組み、「ううん……」と言って視線を落とした。


「唯斗と離れ離れになるのは嫌だよ。でも、私は神様だから、いつまでも人間の世界にいちゃいけないと思う」


「神様から人間になることって出来ないの? 人間になれれば、何も気にすることなく唯斗と一緒にいられるんじゃない?」


「どうなんだろう、そんなこと出来るのかな……」


「まあいいや。唯斗、現時点で俺にしておくべき話はだいたいこんな感じ?」


「うん、そうだね」


「分かった。じゃあ俺はこの辺で帰るよ」


 颯太は立ち上がり、バッグを手に取った。


「え、もう帰るの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「話は聞けたから、もういいよ。それに、唯斗と三毛山さんの2人きりの時間を邪魔したくないからな」


「…………」


「俺なりに、神様がもといた世界に戻る方法、ってやつを探ってみる。なんか分かったら連絡するよ。じゃあな、唯斗。三毛山さん、唯斗をどうぞよろしく。じゃあ、ごゆっくり〜」


 にやにや笑いながら颯太は部屋から出ていった。颯太を見送り、ドアに鍵をかけ、俺は溜め息をついた。


 俺の家に颯太を招いたことに後悔はない。事情を理解してもらうことが出来た。協力者が増えたのは喜ばしい事実だろう。


 しかし、まさかあんな話題になるとは思わなかった。二十歳前後の大学生にとって相応の話題と言えるが、心臓に悪い。颯太があんなにストレートにああいう話題をぶち込んでくるなんて。いや、逆にそういうところが魅力になって、女性にモテるのかもしれない。


 綾香は先程、その話題に関心を抱いていた。追求されるとかなり困る。ここは自然に話題を逸らすのがベストだろう。椅子に座る綾香に俺はおずおずと話しかけた。


「綾香、えっと、そういえば本読みたいって言ってたよね? この家にある本は好きに読んでいいから。俺のオススメは……」


「ねえ唯斗。さっき颯太さんが話してた、人間が子孫を残す上で極めて重要な行為って何? 詳しく教えてくれない?」


 びくっ、と体を震わせる俺に綾香は歩み寄る。


「何? その顔は?」


「ああ、いや、それは知らない方がいいと思うな……」


「何で? 重要な行為なんでしょ? 教えてよ。気になる」


「いや、無理」


「何で?」


「恥ずかしいから」


「何で恥ずかしいの?」


「恥ずかしいから恥ずかしいんだよ!」


「意味分からないんだけど! ちょっと、逃げないでよ! 待ってよ唯斗! 待ってたら〜!」


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