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第7話 再び大学へ

「やっぱりネットからはまともな情報は得られないよなぁ……」


 大学に向かう電車の中で、俺はスマホを片手に溜め息をついた。


「ネットって、すごく便利なんでしょ? なのに情報がないの?」


 マスクにサングラス、そして帽子を着用する綾香が言葉を返す。


「うーん、どうもそうみたい。綾香が神様の世界に戻るために役に立つような情報は、なさそうだよ」


「そっかぁ……難しいね」


 拾った猫が超絶かわいい美少女になり、その美少女と共同生活を始めるようになってから2週間が経過した。


  2週間が経過し、綾香と一緒に過ごす日々にもだいぶ慣れた。美人は3日で慣れる、とはいかず、相変わらず綾香のずば抜けたかわいさにドキドキさせられることはあるものの、自然に綾香に接し、日々を過ごせるようになった。


 綾香は当初人間の世界について殆ど何も知らなかったが、その都度される質問に俺が丁寧に答えたため、2週間たってだいぶ知識がついたようだった。一度教えた知識を忘れずにしっかり覚えているあたり、さすが神様といったところか。


 2週間の中で、俺は綾香について色々なことを学んだ。


 綾香は神様である故に、普通の人間と違う部分が多い。まず、食事を必要としない。よく分からないが、地球のエネルギーを糧に生きているため、食事は必要ないらしい。


 さらに、体を常に清潔に保つ仕組みになっているようで、風呂に入る必要もない。必要なのは睡眠のみ。綾香用の食事を用意しなくて済むのは、お金の面でかなり助かった。


 そして神様ということで、特殊な能力を有している、らしい。俺が目にしたのは無の空間からお金を生成する能力だけだが、本人曰く他にも色々なことが出来る気がする、ようだ。


 とはいえ能力を使うと、他人の目に触れて目立ってしまう可能性があるので、なるべく能力を使わないようにしよう、と俺と綾香は話し合いの末に結論づけた。


 綾香の性格は極めて明るくポジティブ。そして、寂しがり屋だ。さらに、ツンデレである。綾香のツンデレは少し特殊で、ツンの度合いが小さく、その分デレが激しいような気がする。ツンツンしているところはあまり見たことがない。


 本当にツンデレなのか、と思う時がたまにあるが、ツンデレのテンプレートとも言える話し方を度々する点、事あるごとにデレを見せる点から、やはりツンデレだと俺は思っている。


 そんな綾香は、神様の世界に戻る、という明確な目標を持っている。少し寂しい気持ちになるが、綾香が心からそれを望むなら、それを否定するわけにはいかない。というわけで俺は綾香が元いた世界に戻る手助けをすることになった。


 とはいえ、手助けは順調にはいかなかった。まず、人間界に降り立った神様が元の世界に戻る方法、なんて調べたところで出てくるわけがない。


 ネットで検索をかけても、ヒットするのは謎の都市伝説やアマチュアの人が書いた小説、怪しげなネットの掲示板などなど。時間を見つけて大学の図書館にも足を運んでみたが、まともな情報は何一つ得られなかった。


 綾香が何かを思い出すことにも期待していたが、どうにもこうにも上手くいかないようだった。存在しているはずの記憶に靄がかかっているような、不思議な感じらしい。


 というわけで綾香が元の世界に戻る手がかりは全く掴めない中、今日に至る。今日は綾香と一緒に大学に行き、授業を受けることになっている。


 2週間前、綾香が大勢の学生の前で顔、そして猫耳を晒すアクシデントが発生して以来、俺が綾香を大学に連れていくことはなかった。


 月曜日と水曜日、木曜日に対面の授業があるため大学に足を運んでいたが、その度に綾香を家に残していた。金曜日と日曜日にアルバイトに行く時も同様に綾香を家に残した。綾香は我慢していたが、寂しそうだった。


「今日は、一緒に大学に行かせて」


 今朝、綾香は俺にそう言った。反論しようとした俺を綾香は手で制した。


「分かってる。私が、唯斗と一緒に大学に行かない方がいいのはよく分かってる。でも、寂しいの。最近、寂しい気持ちがどんどん増大して、切ないの。唯斗が家にいる時に唯斗パワーを補充しても、足りないの。出来れば、唯斗と片時も離れたくないの」


 だから今日だけ、一緒に大学に行かせて、と綾香は切実に訴えた。


 駄目だと突き返そうとしたが、綾香があまりに切実に、切なそうにしていたため、考えが変わった。


 今日は木曜日。木曜日なら別にいいかと思った。月曜日は英語の講義、水曜日は実習があり、どちらもアクティブに活動するため綾香を連れていくのはかなり難しい。一緒にいるその人間は何だ、と教授や周りの学生に突っ込まれる可能性がある。


 しかし木曜日の講義は、ただ椅子に座って教授の話を聞いていればいい。以前のようなアクシデントが起こらないように配慮すれば、なんとかなるかと判断した。


 このような事態を想定して、買っておいた少し高級なマスクを綾香に渡した。以前の安物のマスクと比べて、少しは快適につけられると思ったのだ。サングラスと帽子は以前と同じだが、これは我慢してもらうしかなかった。


 いいよ、と言うと綾香はとても喜んだ。こんな自分とそこまで一緒にいたいのか、と思うとなんだか嬉しくなった。今度こそ絶対に人前で顔と猫耳を晒さないように、限界になったら必ず前もって俺に声をかけて、と念を押し、俺は綾香と一緒に家を出た。


「2週間ぶりに大学に来たけど、やっぱりすごい場所だね。人が多い」


 電車を降り、キャンパス内に足を踏み入れ、綾香は周りを見渡しながら言った。


「それなりに人気のある大学だからね。学部も多いから、学生が多いんだよ」


 綾香は相変わらず俺の腕をがっちりとホールドしている。いくら言っても綾香は俺と腕を組むことをやめようとしなかったため、諦めて受け入れるようにしている。


「さあ、教室に入るよ。くれぐれも目立たないようにね」


 校舎の中に入り、教室の前に移動したところで、俺は綾香に声をかけた。


「分かってるよ」


「よし、行こう」


 ドアを開いて教室の中に足を踏み入れる。そろそろと移動し、定位置の端の席に座る。


 あの出来事から2週間が経過し、出来事自体を忘れた学生が多いのか、向けられる視線は予想していたほど多くなかった。俺は安堵の溜め息をついた。


「こんにちは。今日が最後の講義です。今日は神話が現代にもたらす影響を解説し、そして総括を行います」


 程なくして教室に神村先生が姿を現し、講義が始まった。


 この大学は2ヶ月をターム、という一つの区切りとしている。4月から5月が第一ターム、6月から7月が第二タームという要領で、それに準じて講義や実習が行われるのだ。


 10月から11月が第四ターム。11月末を迎え、第四タームのみ行われるこの「やさしい神話学入門」は、今日で終わりになる。


 最後の講義といっても特別感はなく、神村先生はいつものように淡々と講義を行い、多くの学生はサボっていた。スマホでゲームに興じる学生、寝ている学生、パソコンで動画サイトを開いている学生。色々な学生が目に入る。


 レポートが課されているものの、授業を聞かなくてもレポートは作成出来てしまうため、多くの学生がサボるに至っている。とはいえ俺はサボる気にはなれず、いつも通り真面目に授業を受けた。


 綾香はじっとしていた。以前のように、マスクやサングラスを煩わしそうに触る素振りは見せない。


 やがて90分の講義が終わった。


「綾香、今から出席確認をしてくるから、待っててね。終わったらすぐに教室を出て、人気のないところに移動する。そこまで行ったら、マスクとサングラス、帽子を外していいから」


「うん、分かった」


 綾香に声をかけた後、俺はICカードを取り出し、教室の前方に移動して出席確認を済ませた。席に戻ると、綾香の傍に佇む学生の存在に気付き、俺は足を止めた。


「よう、唯斗。なんか、こうやって話すの久しぶりだな」


 かつて親しかったその学生は、俺を見て笑みを浮かべた。


「……久しぶり、颯太」


 視線を逸らし、俺は言葉を返す。


 森園(もりぞの)颯太(そうた)。入学早々仲良くなった友達だ。身長は俺より十センチほど高く、黒髪の俺に比べて颯太はお洒落な茶髪だ。


 颯太を見ると、胸が締め付けられる。押さえ込んでいた嫉妬の感情が湧き上がってくる。


「どうしたんだよ、この人。友達か?」


 颯太は綾香をちらちらと見ている。綾香は、突然現れた颯太に驚いているようだった。どうするの、この人は何なの、と視線で訴えている。


「ああ、まあそんな感じ。三毛山綾香っていう女の子でね」


「みけやまあやか? 聞いたことないな。同じ学科にそんな人いたか?」


「いや、違う学部だから。綾香、この人は森園颯太という人でね、悪い人じゃないから安心して」


 学部どうこうを突っ込まれると痛いので話を逸らす。綾香はぺこりと頭を下げた。


「はじめまして、森園颯太です。唯斗とは同じ学部、学科に所属してます。よろしく、三毛山さん」


 颯太は自己紹介し、呼応するように頭を下げた。


「ところで、何で三毛山さんはマスクとサングラスをしてるんだ? あと、帽子も」


「ああ、えっと、綾香はちょっと風邪気味でね。あと、サングラスと帽子が好きだから、ずっと身につけてるんだよ」


「ふーん」


 咄嗟に思いついた俺の言い訳を、颯太は信じているようには見えない。その時、綾香が体をもじもじさせていることに気付いた。限界を迎え、早くマスクとサングラス、そして帽子を外したがっているのが見て取れた。


「あの、俺と綾香はこの後大事な用事があるから、帰るね! じゃあそういうことで!」


 俺は急いでパソコンやらファイルやらをリュックに詰め込み、綾香の腕を引いて教室から出た。「おい! ちょっと待てよ!」という颯太の声が背中にぶつかるが、構わず足を動かす。


 校舎の裏まで移動し、「もういいよ」と俺は綾香に声をかけた。待ってましたとばかりに、綾香はマスク、サングラス、帽子を外した。


「は〜! やっと外せた! 私、今日はちゃんと我慢したよ! 偉いでしょ!」


「うん、偉い。よく頑張ったね」


 頭を撫でてやると、綾香は嬉しそうに頬を緩めた。


「あ、あ! い、いや、別にそんなに嬉しいとかじゃないから! 勘違いしないでよね! 無事に我慢出来て、ほっとしてるだけだから!」


「嬉しいなら素直に認めたらいいのに」


「うるさいうるさい!」


「お、おい、唯斗、その子……」


 颯太の声が聞こえた。びくん、と俺の体が震えた。背筋が凍る。恐る恐る振り返ると、そこには驚愕の表情を浮かべる颯太が佇んでいた。

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