最終話 一緒に生きる
「落ち着きましたか?」
「うん、落ち着いた。ありがとう」
しばらく泣き続け、ようやく泣き止んだ綾香は信光輪乃大御神から体を離した。
「では、今からお前を神から人間にする儀式を行う。お前はその場で地面に跪け」
「分かった」
綾香はその場で跪いた。その前で、信光輪乃大御神と礼厳卿乃大御神が手を合わせ、呪文を唱え始めた。俺はその様子をじっと見守った。
1分。2分。綾香の周りに光の球が一つ、また一つと現れ、綾香を取り囲み始めた。光の球はどんどん増えていき、集合し、やがて一際大きな光が綾香を取り囲み、光が爆ぜたその時。唱えられていた呪文がぴたりと止まった。
「終わりましたよ、愛ちゃん。立ち上がってください」
「え……もう終わったの……? うわ、寒! 急にめっちゃ寒い!」
立ち上がった綾香は、寒さに震え両手で二の腕をさすった。
「今までは神だったから、無意識の内に力が発動して寒さや暑さから体が守られていたんだ。お前はもう人間になったんだから、力は使えない。これを身に纏え」
礼厳卿乃大御神がさっと手を振ると、虚空から分厚いコートとマフラー、手袋が出現した。綾香は礼を言い、それを身に纏った。口では色々言いつつも、綾香のことが大好きなんだろうなぁ、と俺は見てて思った。
「ありがとうお父さん、温かくなった。唯斗、どう? 似合ってる?」
「似合ってるよ。……って、綾香、目が……」
俺は綾香の目の色が、黄色から黒に変化していることに気付いた。
「それも、神から人間になった証だ。日本人になったのだから、瞳の色が黒に変わるのは当然だ」
「うう、何だこれ、なんか頭が変な感じ……」
綾香は両手で頭を抱え、顔を歪めた。
「どうしたの綾香!? 大丈夫!?」
「大丈夫です、蒼守くん。現在、愛ちゃんの頭の中には、これから1人の人間として生きていく上で必要な知識、情報が急速に詰め込まれている段階です。愛ちゃんは19歳の女性、という設定になっていますので、19歳の女性の頭に入っているであろう知識や情報を今身につけているということです」
「ううう……道路交通法……? 税金……? 選挙権……? 何これ……? 頭痛い……」
「我慢しろ。人間として生きていく上で必要な知識、情報だ」
綾香は数分間頭を抱えていた。程なくして知識や情報の詰め込みは終わったようで、綾香はふーっと息を吐いた。
「なんか変な感じだった……頭の中がぐるぐるしてる……」
「これから、愛ちゃんの脳が時間をかけて情報を整理し、記憶に刻み込まれるので大丈夫です。愛ちゃん、蒼守くん、大事な話をするのでよく聞いてください」
信光輪乃大御神は真剣な表情で言った。俺と綾香の背筋がぴんと伸びた。
「私たちの神の力を使い、この世界の情報を変更させていただきました。愛ちゃんは、三毛山綾香という19歳の女性として、千葉黎明大学自然学部自然学科に所属している大学一年生、という設定になっています。最初からこの世界に存在していた、ということになっているのです」
「すごい、そんなこと出来るんですね……。えっと、戸籍とかそういうのはどうなってるんですか?」
「問題ありません。神の力によって、その辺りの問題は全て解決しています。不慮の事故で家族全員を失い、引き取り手もなく、やむなく蒼守くんの家に居候させてもらってる、という設定にさせていただきました。尚、今後の2人の生活のために、蒼守くんの銀行口座に1億円を送付させていただきました」
「あ、ありがとうございます……って、え!? い、1億!?」
俺は思わず目を丸くして叫んだ。はい、と信光輪乃大御神は笑顔で返す。
「え、そ、そんな、駄目ですよ! 1億円なんて大金、受け取れません!」
「いいえ、受け取っていただきます。愛ちゃんと蒼守さんの結婚資金、と言えばいいでしょうか? 2人には素敵な生活を送っていただきたいと思っていますので、ささやかながら神様からのプレゼントということで、受け入れてください」
「いやいやいや! ささやかとかそういうレベルじゃないですよ!」
「諦めろ。こいつは、一度言い出したら聞かないんだ。受け取れ」
礼厳卿乃大御神に視線を向けられ、信光輪乃大御神はぺろっと舌を出した。あれ、意外とお茶目な人、いやお茶目な神様なのかな、と俺はその時思った。
「いやあ、でもさすがに1億円は……」
「唯斗、いいじゃん。もらっちゃおうよ」
「うーん……俺の銀行口座に、いきなり1億円が入ってるってことですよね? 怪しまれませんか?」
「問題ありません。宝くじが当たったことになっています。誰も怪しみません」
「はあ……で、でしたら、ありがたく受け取らせていただきます」
信光輪乃大御神はにこっと笑った。
「有効活用してくださいね。諸々気になるところはあると思いますが、2人が生きていく上で必要になる情報、気になりそうな点は全てこのプリントに纏めさせていただきました。後でじっくり目を通してください」
信光輪乃大御神がさっと手を振ると、虚空からプリントがぎっしり詰まったファイルが出現した。ファイルを受け取った俺は、丁寧にリュックの中にしまった。
「さて、こんなところでしょうか。でしたら、我々はそろそろおいとましましょう」
「そうだな。あいにく仕事が立て込んでいる。人間にいつまでも構っている暇はない」
人間、という言葉に綾香はぴくっと反応した。
「お父さん、お母さん、私……」
「何も言うな。お前はもう人間なんだぞ」
「……うん」
「蒼守くん、愛ちゃんをどうかよろしくお願いします。色々と迷惑をかけることと思いますが、温かい目で見守り、受け止めてくださると嬉しいです」
「うちの娘をよろしく頼む」
2人の神に揃って頭を下げられた。
「こ、こちらこそ! えっと、娘さんは必ず幸せにします!」
俺は叫び、ばっと頭を下げた。
「その言葉、信じてますよ。天井の世界からずっと見守っていますから」
「万が一浮気でもしたら、どうなるか分かってるだろうな……?」
「う、浮気なんてするわけないじゃないですか! そんな睨まないでくださいよ!」
礼厳卿乃大御神に睨まれ、冷や汗をかきながら俺は言葉を返す。「冗談だ」と言って礼厳卿乃大御神は笑った。普段の険しい表情には似つかわしくない、柔らかな笑みだった。
「さて、では戻るとするか」
「そうですね」
信光輪乃大御神が呪文を唱えると、背後に巨大な光の扉が出現した。2人の神は、その扉にゆっくりと歩み寄った。
「お父さん、お母さん! 今まで本当にありがとう! さようなら!」
綾香が手を振りながら叫ぶ。2人の神は笑顔で手を振り返し、扉を抜けた。瞬間、光が音を立てて消滅した。
「お父さん……お母さん……」
綾香が声を絞り出す。綾香が望んだ選択とはいえ、両親と永久に離れ離れになる悲しみは耐え難いほど大きいだろう。俺は綾香を優しく抱きしめた。
「唯斗……」
「辛いよね。泣きたかったら、いっぱい泣いて。受け止めるから」
「うん……ねえ、唯斗……私……人間になったんだよね……これで、唯斗とこの世界で、いつまでもずっと一緒にいられるようになったんだよね……」
「うん。これからはずっと一緒だよ。絶対幸せにする。絶対に守るから」
「唯斗……唯斗……」
綾香はわんわんと泣き始めた。ゆらゆらと揺らめく火の玉に囲まれながら、俺は綾香を抱きしめ続けた。
***
「綾香、できたよ。ご飯にしよう」
「うん! わ、美味しそう! 生姜焼きだね!」
「そうそう。コップと箸、運んでもらえる?」
「了解!」
綾香は食器棚からコップと箸を取り出し、テーブルに並べた。どこからどう見ても、超絶かわいい大人の女性にしか見えない。元神様だった、なんて言われても誰も信じないだろう。
俺が綾香を召喚の儀で召喚し、綾香が人間になってから6年が経過した。
知識や情報をまとめて頭に詰め込んだとはいえ、元々神様だった綾香が人間の世界で人間として生活するのは容易ではなかった。しかし、俺のサポートを受けて少しずつ綾香は人間の世界に順応し、1ヶ月程ですっかり生活に慣れたのだった。
春休みが明け、綾香は俺と同じ大学に通い、同じ学科に通う大学2年生として生活を始めた。大学生でありながら既に結婚している夫婦、という設定になっていたらしく、事あるごとに他の学生に、夫婦、ってイジられたっけ。
尚、颯太だけは唯一特殊というか、綾香が元々神様だったこと、俺が召喚の儀で綾香を召喚したことも全て知っている。覚えている、というべきか。俺が生還を報告すると、颯太は泣いて喜んでくれた。
順調に大学生活を謳歌し、大学を卒業し、俺と綾香は同じ会社に就職した。社会人として働くのは想像以上に辛かったが、綾香が心の支えになってくれた。1億円はほぼ手付かずで残っていたとはいえ、働かないわけにはいかない。家計を支える夫としての自覚を胸に、俺は働き続けた。
そして、つい最近、今まで生活していた賃貸のアパートから、一戸建ての家に引っ越した。前々から、引っ越したいね、と話していただけに、綾香はとても喜んでくれた。
俺と綾香はともに25歳になり、社会人としてばりばり働きつつ、空いた時間で様々なことをして、充実した日々を送っている。
あの時勇気を出してよかった、と切に思う。あの時勇気を出して黒帝山に乗り込み、召喚の儀を成功させたから、今の幸せな生活があるのだ。結局人生は勇気が大事なんだと強く思った。
「ねえねえ唯斗、ちょっとこっち来てよ!」
夕食を終え、玄関掃除をしていた綾香が俺に声をかけてきた。
「何?」
「猫! 猫がいるよ!」
玄関に向かうと、ドアの前に一匹の猫がぽつんと佇んでいた。俺、そして綾香を見て、みゃあああ、と猫は寂しげに鳴いた。アメリカンショートヘアの猫に見えた。
「野良猫かなぁ?」
「うん、多分そうだね」
「なんか、昔のことを思い出すよ。私が唯斗に拾ってもらった時みたい。ねえ、唯斗、この猫飼っちゃ駄目かな? なんか、体が汚れてるし、お腹空いてそうだし、可哀想だよ」
綾香は俺に視線を向けて言った。猫に姿を変えられ、孤独に彷徨っていた時のことを思い出しているのだろう。
「別にいいよ、綾香が望むなら。俺、猫好きだし」
「え、ほんと!? やった〜! おいで〜猫ちゃん! 今日から私たちが君の家族だよ〜!」
綾香が腕を伸ばすと、みゃあああ、と猫は嬉しそうに鳴いた。
お風呂で体を洗い、水を飲ませた。明日餌を飼ってきてあげよう、と決め、ベッドに向かうと猫が俺の足に体を擦り付けてきた。
「お、何だ? 一緒に寝るか? なんか、昔とそっくりだね。あの時も、綾香は俺の足に体を擦り付けてた気がする」
「懐かしいなぁ。一緒に寝よ、猫ちゃん!」
俺と綾香はベッドに体を横たえ、その間に猫がすっぽりと収まり、俺たちは穏やかな眠りについた。
「……なあなあ、そろそろ起きてくれへん?」
「う、ううん……なんだよ土曜日の朝に……」
「平日も休日もあらへんがな。起きて欲しいんやけど」
「もう、なに……? 休日くらいゆっくり眠らせてよ……」
「あかん。はよ起きてや。話したいことがあんねん」
見知らぬ声が聞こえる。夢かと思ったが、夢じゃない。異変を察知し、俺と綾香は同時に跳ね起きた。
そこには、全裸の銀髪の美少女がぺたんと座り込んでいた。
「おはようさん。早速なんやけど、今日からうちをこの家に泊めてくれへんかな? 頼むわ!」
「「え……えええええええええええええええええ!?」」
新築の家の中に、俺と綾香の叫び声が響き渡った。
完
【最終話執筆後のアフタートーク】
こんにちは、五月雨前線です。
今この文章に目を通されているということは、最終話を読んでくださったということだと思います。本当にありがとうございます。とても嬉しいです。
さて、本気でプロの小説家を目指すと決めてから、最初に書き始めたこの小説ですが、無事完結させることが出来ました。本格的に動き出してから書いた一発目の小説、そして初めての連載、毎日投稿ということで、とにかく書き上げること、完結させることを目標にひたすら手を動かしました。無事完結し、目標を達成出来たことが非常に嬉しいです。
この小説は、以前から思い浮かんでいたアイデアを形にした作品です。そのアイデアに、昔とある公募のコンテストに応募し、書式不備(確認不足涙)で弾かれた作品の設定を融合させ、完成した作品になります。
私は事あるごとに、自身のYoutubeチャンネルで毎日行っている作業配信という名のライブ配信の中で、「無名のアマチュアだけど自分の作品には絶対的な自信がある」と発言しています。その言葉通り、この作品は非常に面白い作品に仕上がったと自負しているのですが、いかがでしょうか? 読者の方の忌憚なき感想、ご意見をいただけると非常に嬉しいです。
本格的に小説投稿サイトに投稿を始め、「甘くないな」とつくづく思いました。まず、読んでいただけることが当たり前ではないことに気付いたのです。1PVの重みを思い知らされました。「読んでさえくれれば満足させられるのに!」と歯痒い気持ちになったことが何度もあります。知名度も含めてその人の実力だと思いますので、知名度が皆無の自分はまだまだということになります。これからどんどん知名度を上げていき、ゆくゆくは売れっ子小説家になる予定ですので、引き続き応援していただけると嬉しいです。
最後に、現在連載している作品の宣伝をさせてください。
「授かったのは【11拳】〜剣と魔法と召喚術のゲーム世界に閉じ込められた私は、オリジナルジョブでクリア目指して勝ち上がる〜」
https://ncode.syosetu.com/n7855lq/
2026年1月17日から毎日連載を開始します。自信作です。是非読んでいただけると嬉しいです。




