第23話 覚悟
俺は木刀を構えながら、目の前の2人の神を鋭く睨みつける。
「お父さん、お母さん、悪いけどもう一度天上の世界に連れ戻されるわけにはいかない」
綾香は俺の横に並び、さっと右手を振った。すると、虚空から光り輝く日本刀が出現した。綾香は右手で柄を握り、中段に刀を構えた。
「さっき、唯斗が私に告白してくれた。こんな私を、大好き、幸せにする、って言ってくれたの。私は唯斗の彼女になった。そして、ゆくゆくは結婚して唯斗の妻になるの。この世界で唯斗とずっと一緒にいるって決めたの」
綾香が握る刀から衝撃波が迸り、びりびりと空気が震える。
「もう二度と同じ轍は踏まない。私は絶対に負けない。力を全て使って、全力で戦う。いくらお父さんとお母さんが相手でも、容赦はしないから。唯斗と一緒にいるためなら、どんなことだってするから」
横の綾香から、とんでもない闘気、覇気、圧のようなものを感じる。空気が振動して、少し音を発しているようにすら感じる。
これが、秘められていた綾香の本当の力なのか。
黒帝山の頂上に辿り着くまで、異形の存在に何体も遭遇してきた。その度に圧を感じてきたが、今、横の綾香から発せられているものはそれを遥かに上回っている。はっきり言って、今まで遭遇した異形の存在とは次元が違う。
綾香がとんでもない強さを有しているのは雰囲気で分かった。しかし、目の前に佇んでいる、綾香の親である2人の神もきっと同じように強いだろうと俺は思っていた。
仮に戦いになれば、勝算は低いだろう。この場で唯一、俺は神ではなくただの人間だ。戦いで役に立たないことは分かっている。でも、理屈どうこうじゃない。俺は絶対に綾香を守る。絶対に渡さない。
礼厳卿乃大御神は俺、そして綾香をじっと見つめ、「随分と好戦的だな」と言った。
「まあ落ち着け。以前のように手荒な真似はしない」
「そんなの信用出来ないよ! 前は唯斗の首を絞めて、傷つけたくせに!」
「愛ちゃん、信じてください。私たちは、まず話し合いをしたいと思っているのです。一度刀を納めてください」
信光輪乃大御神が口を開いた。綾香は睨みを利かせたまま、「どうする?」と俺に声をかける。
「信じていいと思う? 唯斗が判断して欲しい。私は、彼氏の判断に従うよ」
俺は木刀を握りながら、思考を巡らせた。
信じられるか、と言われれば、信じられないだろう。特に俺は以前いきなり攻撃を喰らった身だ。手荒な真似はしない、と言って俺たちを油断させ、不意打ちで攻撃を仕掛けてくる可能性は十分考えられる。
とはいえ、戦いになることも避けたい。話し合いで済むならそれに越したことはない。悩み、俺は信光輪乃大御神の言葉を信じることに決めた。
「綾香、信じてみよう。取り敢えず刀を納めよう」
「分かった。お父さん、お母さん、不意打ちとか絶対にやめてね。もしそんなことされたら、私は本気でお父さんとお母さんを攻撃するから」
「不意打ちなんてしません。親を信じてください」
俺は木刀の切先を下げ、同時に綾香の手に握られていた日本刀が消えた。
「よし、では話を始めよう。まず、蒼守唯斗。俺はお前を舐めていた」
礼厳卿乃大御神が俺に視線を向けて言った。まさか俺の名前を呼ばれると思ってなかったので、ドキッとしてしまった。
「娘を連れ去られた段階で、お前は娘のことを諦めると思っていた。しかし、違った。召喚の儀の存在に気付いただけに留まらず、黒帝山に来た。そして命の危険を顧みず、数多の困難を乗り越え、頂上に辿り着いて召喚の儀を成功させた。並の人間が出来ることではない。その胆力、精神力、勇気は賞賛に値する」
褒められている、と気付くのに数秒を要した。まさか、このタイミングで褒められるなんて思っていなかったので、混乱してしまった。
「え!? ってことは、認めてくれるってこと!? 私がこの世界で唯斗と一緒に生きることを、認めてくれるってこと!?」
「まだ話は終わってない」
俄にテンションが上がった綾香を礼厳卿乃大御神は鋭く睨みつけ、再び俺に視線を向けた。
「蒼守唯斗。お前は娘の恋人として、夫として、娘を守る覚悟があるか。娘を絶対に幸せにするという強い意志があるか」
極めて重要な質問をされていることを瞬時に理解した。綾香の恋人、結婚相手として相応しいかどうか、見定められているのだ。とはいえ俺の答えは既に決まっていた。
「はい。俺は、彼氏として、そして夫として、必ず綾香を守ります。絶対に幸せにします」
「……そうか」
礼厳卿乃大御神は目を閉じ、何かを考え込む素振りを見せた。俺、綾香は固唾を飲んでその様子を見守る。程なくして礼厳卿乃大御神は目を開け、大きく頷いた。
「いいだろう。蒼守唯斗を娘の恋人、そして結婚相手として認めよう」
「え、え!? 嘘、ほんと!? やった〜!!!」
「やったね綾香! 認めてもらえたよ!」
ハイタッチを交わして喜びを分かち合う俺と綾香に、「話は終わってないと言っているだろう」と礼厳卿乃大御神は声を飛ばす。
「問題はお前だ」
「え、私? どういうこと?」
「蒼守唯斗とともにこの世界で生きるということが、どういうことか分かっているのか? お前は人間になる必要がある。神のまま人間の世界で生きることは決して許さない。許されない。人間の世界で生きたいなら、人間になれ」
「神から、人間に……」
綾香は視線を落とし、呟く。
「そうだ。永久の時を生きる高位なる存在である神から、せいぜい百年で命が絶える人間になる覚悟があるのか? 愚かで醜い人間になり、蒼守唯斗に死ぬまで添い遂げる覚悟が本当にあるのか?」
「…………」
「蒼守唯斗と生きるとはそういうことだ」
「……人間になったら、お父さんとお母さんには二度と会えないってことだよね?」
「勿論だ」
「…………」
綾香は、信光輪乃大御神に視線を向けた。信光輪乃大御神は何も言わず、寂しげな笑みを浮かべた。
「……なる。私は人間になる。私は、大好きな唯斗とずっと一緒にいたい。この世界で、唯斗と一緒に生きたい。そのために、私は神から人間になるよ」
「……そうか、分かった。お前の覚悟はしかと受け止めた。今から、お前を神から人間にする儀式を行う」
「ちょ、ちょっと待って!」
綾香は信光輪乃大御神に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
「お母さん……! お母さん……! 今まで本当にありがとう……! 迷惑ばかりかけてごめんね……!」
綾香はおいおいと泣き始めた。信光輪乃大御神は綾香の背中を優しく撫でた。
「貴方は随分と奔放でしたね。しかし、貴方のそんな奔放なところが私は大好きでしたよ。私は、貴方の母親になれたことが幸せでした」
「やだ……! 大好きなお母さんともう二度と会えないなんてやだよ……!」
「何を言ってるんですか。蒼守唯斗さんと一緒に生きたいんでしょう? それなら、私と貴方はここで永久にお別れです。もう二度と貴方に会えないのは残念ですが、それが貴方の選んだ道なら潔く受け入れます。大好きですよ、愛ちゃん」
信光輪乃大御神の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。綾香は泣き続け、信光輪乃大御神はそんな綾香を強く抱きしめた。
「何泣いてるんだ。神が人間の前で涙を流すなど、あってはならないことだ」
「貴方も泣くのを必死に堪えているくせに。ほら、貴方も愛ちゃんに声をかけたらどうですか? 最後のお別れなんですから」
「声なんてかけるか。迷惑ばかりかける娘と離れ離れになれて、せいせいするくらいだ」
礼厳卿乃大御神が、抱き合う2人から視線を逸らして言った。平静を装っているが、涙声になっているのを俺は聞き逃さなかった。
「お父さん……お父さんも今までありがとう……! 迷惑ばかりかけて本当にごめん……! 大好きだよ……!」
綾香は涙でぐしゃぐしゃになった顔を礼厳卿乃大御神に向けた。
「ふん、本当に最後まで迷惑をかけてくれたな。さっさと人間になってしまえ」
「お父さん……! お母さん……! うわああああああん!」
綾香は泣き続けた。信光輪乃大御神は綾香を抱きしめ続け、礼厳卿乃大御神と俺はその様子を見守り続けた。




