第22話 告白
「綾香……! 綾香……!」
俺は綾香の名前を何度も声に出しながら、両腕に力を込めた。もう二度と離すまいと、強く、強く抱きしめた。
綾香を抱きしめる部分から、綾香の体温がほんのりと伝わってくる。
俺がずっと求めていた、もう一度感じたいと思っていた綾香の体温を、今感じている。
夢じゃない。俺は、召喚の儀を成功させ、綾香に再会することが出来たんだ。その事実を噛み締めると同時に、一つ、また一つと涙がこぼれ、止まらなくなった。
「え……唯斗……? 嘘……何で……? ここ、人間の世界……? さっきまで独房の中で寝てたのに……」
俺に抱きしめられている綾香は、まだ状況が飲み込めていないようだ。
「召喚の儀だよ、綾香……! 綾香を召喚したんだよ……!」
はっ、と綾香が大きく息を呑んだ。
「召喚の儀って……めちゃくちゃ危険な儀式でしょ!? 何人もの人間が命を落としてる危険な儀式だって知り合いの神様が言ってた。本当に唯斗が召喚の儀を成功させたの?」
「本当だよ……! 綾香にもう一度会うために、命をかけてここまで来て、召喚の儀を成功させたんだよ……! よかった……! 綾香にもう一度会えて、本当によかった……!」
鼻の奥がつーんとする。熱い。顔が、体が熱い。まるで全身の水分を吐き出すが如く、涙がぼろぼろとこぼれる。綾香に再会出来たという喜びで感情が爆発していた。
「そんな……唯斗……私のために……命を……」
綾香は状況を理解したようで、鼻を啜り、涙声になった。
「綾香がいない日々は本当に辛かった……でも、今ここで再会出来て、今までの辛さが全部吹っ飛んだよ……! 綾香、俺の前にもう一度現れてくれて本当にありがとう……!」
「お礼を言うのは私の方だよ……! 唯斗と離れ離れになって本当に悲しくて……寂しくて……もう一度会えて本当に嬉しい……! こんな私のために命をかけてくれたなんて……本当に……本当に嬉しいよぉ……!」
俺と綾香は抱き合い、わんわんと泣いた。再会出来たことが嬉しくて、とにかく嬉しくて、泣き続けた。
「ゆ、唯斗……ちょっと痛いよ……」
嬉しさのあまり、綾香を強く抱きしめすぎていたようだ。「ご、ごめん」と言って、俺は綾香から体を離した。俺が涙を拭うと、呼応するように綾香もごしごしと涙を拭い、そして笑った。
かわいくて、美しくて、眩しい笑顔、ずっと見たいと思っていた笑顔を見せつけられ、また涙があふれた。拭った。また涙があふれた。拭い、俺は息を整えて綾香を見つめた。沢山泣いた綾香の目は赤くなっていた。恐らく俺の目も赤くなっているだろう。
「綾香、大事な話がある」
その一言で、俺がこの後何を言うか綾香は察したように見えた。
「……うん」
綾香は頷きを返した。頬が赤く染まっていた。俺の頬もきっと赤くなっている。
「再会出来たら、真っ先に言おうと思ってた。俺は、綾香のことが好きだ。大好きだ。綾香は俺を変えてくれた。綾香は俺の孤独を癒してくれた。綾香に出会って、俺の人生は好転した。俺は綾香の明るいところ、優しいところ、かわいいところ、寂しがり屋なところ、ツンデレなところ、諸々引っくるめて全て好きだ。絶対幸せにする。絶対守る。だから、俺の彼女になって欲しい。そして、結婚して、この世界で死ぬまで添い遂げて欲しい」
告白の言葉は、予想以上にすんなりと口から出た。綾香は柔らかく笑い、「……私も、好きだよ」と言ってくれた。とくん、と心臓が跳ねた。ぶわーっと全身の体温が上昇した。
「私も、唯斗のことが大好き。唯斗は、私を拾って、そして私の面倒を見てくれた。こんな私に寄り添って、常に私を支えてくれた。私に色々なところを教えてくれた。私を受け止めてくれた。私は唯斗の優しいところが大好きだよ。こんな私だけど、えっと、これからは唯斗の彼女として、そして、ゆくゆくは唯斗の妻として、これからよろしくお願いします!」
綾香に再会出来た喜びに、告白が成功した喜びが重なり、俺は何度もガッツポーズをした。死の恐怖を乗り越え、ここまで辿り着いた自分が誇らしくなった。
「うわあ、今から私は、唯斗の彼女かぁ。えへへ、なんかちょっと照れくさいなぁ」
「俺たち、カップルになれたんだよな。綾香が俺の彼女になってくれたと思うと、喜びと幸せでどうかしちゃいそうだよ」
「私も今、誕生して以来一番幸せを感じてるよ。あ、そうだ、もし唯斗に再会出来たら、真っ先にやりたいことがあったんだよね」
「やりたいこと? 何?」
綾香は笑みを浮かべ、俺に歩み寄り、俺の顔に手を添えてそっと唇を重ねた。
「…………!」
唇と唇が触れ合う未体験の感覚に、びくん、と俺の体が震えた。まるで脳が優しく痺れるような、体が熱くとろけていくような、甘美な感覚に体を委ねる。10秒ほどで綾香は唇を離した。綾香の顔はびっくりするくらい赤くなっていた。
「えへへ、キス、しちゃった。人間の世界を上からずっと見てて、前からキスに興味があったんだよね」
「…………」
「……あ、あ、えっと、いや、これはその、そ、そ、そう、勘違いしないでよね! 別に深い意味があるとかじゃなくて、これは、えっと、うーん……ああ、もうめんどくさいからいいや! キスしたかったの! 初めてのキスは絶対唯斗としたいと思ってたの! だから今したの!」
「…………」
「ちょ、ちょっと黙らないでよ! 黙るのは卑怯だよ! こっちは恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうなんだから! なんとか言ってよ!」
「ごめん、俺も初めてだったから、びっくりしちゃって……」
初めてのキスの余韻が抜けない中、俺はどうにか言葉を返す。
「……そっか、初めてだったんだ」
「うん」
「それで、どうだった? おかしくなかった? ちゃんとキス出来たかな?」
「おかしくなかったと思うよ。なんか、すごくよかった。そして、幸せだった」
よかった、と言って綾香は朗らかに笑った。その笑顔に俺は見惚れた。綾香に、俺の彼女に、もっと触れたいという欲求が際限なく膨れ上がっていく。
「綾香、次は俺からしてもいいかな、キス」
「え、もう一回するの!?」
「駄目?」
「いいけど、心の準備が……」
「心の準備って、さっき一回やったじゃん」
「いやいや、キスは一回だけだと思ってたんだよ! まさか唯斗からしてくれるなんて思ってなかったから、どうしよう、めっちゃドキドキする……」
綾香は顔を真っ赤にして、胸を手で押さえている。
「さっきは綾香からしてくれたから、次は俺からしたいと思って」
「う、うん、分かった。そうだよね、私たちもうカップルだもんね。こういうことも当たり前にするような関係になったんだもんね」
「そうそう。じゃあ、もう一回しよう。綾香、目を閉じて」
綾香は頷き、そっと目を閉じて、ほんの少し唇を突き出した。これが綾香のキス顔か、ヤバイな、エロいな、と思ってしまった。
キス顔をいつまでも眺めていたい衝動に駆られたが、この状態で綾香を焦らすのはさすがに性格が悪すぎると思ったので、俺は綾香の両肩に手を置き、顔を近づけた。唇と唇がそっと触れ合う。とくん、と心臓が跳ねる。綾香が僅かに体を震わせたのが分かった。
10秒ほどで唇を離した。綾香の目はとろんと蕩けていた。
「……なんか、すごいね、キスって」
「うん。唇と唇が触れ合うだけで、こんなにドキドキするんだもんね」
胸を抑えながら俺は言葉を返す。心臓が痛いほど脈打っていて、破裂しそうだ。
「最初にこの行為を思いついた人、天才だね。人間ってすごいなぁ」
「普通のキスでこれだけすごいんだから、もっと濃厚なキスをするとどうなっちゃうんだろう」
「もっと濃厚なキスってどういうこと? キスに種類があるってこと?」
綾香が首を傾げて言った。
「え、知らないの? 人間の世界をずっと見てたって言ってたのに」
「見てたけど、知らないなぁ。それとも知ってたけど忘れちゃったのかなぁ。ねえ、教えてよ、他にもキスがあるの?」
「うーん……」
ディープキスの説明をすると恥ずかしさに堪えきれなくなるのは目に見えていたので、俺は話題を逸らすことにした。
「いずれ綾香とそれをすることになるだろけど、まあ、今その話はいいよ」
「え〜、気になる。教えて欲しい」
「いずれ教えるから。いやあ、それにしても、綾香に会えて本当によかったよ。綾香が天上の世界に連れ去られてからの3週間、本当に寂しくて辛かったから」
「3週間? この世界では、私が連れ去られてから3週間しか経ってないってこと?」
「うん。え、何その言い方」
「そういえば、これを教えてなかったね。人間の世界と、天上の世界では時間の流れが大きく違うんだよ。時間と空間の軸のズレがどうのこうの、みたいな? 理屈は上手く説明出来ないんだけど、とにかく違う。こっちではね、唯斗と離れ離れになってから、二十万年が経過してたんだよ」
「え!? 二十万年!?」
驚きのあまり俺は目を丸くした。
「そりゃびっくりするよね。でも、事実なの。力を使って2人の人間を殺そうとしてしまった罰で、私は三十万年間独房に入れられることになった。ああ、独房と言っても、中はめちゃくちゃ広くて快適なんだけどね」
「三十万年って……とんでもないね」
「こっちの世界ではよくあることだよ。神様は永遠に生きるからさ、数十万年単位の懲罰はザラにある。それで、二十万年が経過して、あと十万年かぁと思って、寝てたら急にぐらぐら独房が揺れて、音が鳴って、気付いたらここに来てたってわけ。びっくりしたよ」
「そっか……二十万年も独房にいたんだ」
「うん。独房に入れられたことよりも、唯斗に会えないのが何よりも辛かった。でもね、唯斗がくれたハンカチとキーホルダー、あと一緒に撮った写真を毎日眺めて、毎日唯斗のことを想ってた。いつかきっとまた会える、って信じてたんだよ」
綾香は懐から、ぼろぼろのハンカチとキーホルダー、そして色褪せた写真を取り出して俺に見せた。
「ほら、これ。力を使って状態をなるべく保存してたとはいえ、二十万年も経つとさすがにぼろぼろになっちゃった」
「わあ……俺が渡したプレゼントと写真、こんなに大切に扱ってくれてたんだ……」
ぼろぼろのハンカチとキーホルダー、そして色褪せた写真を見て、二十万年という途方もない時間の長さを実感し、再び涙が込み上げた。
「ありがとう……そんなに俺のことを、想ってくれて……」
「大好きな人のことを想うのは当然だよ。それに、唯斗がプレゼントしてくれたものと、唯斗と一緒に撮った写真なんだから、大切にするに決まってるじゃん」
「綾香……」
「泣かないでよ……釣られてこっちまでまた泣いちゃうじゃん……」
「感動的な再会だな」
俺と綾香は同時に息を呑み、声のする方向に視線を向けた。そこには、信光輪乃大御神と礼厳卿乃大御神が佇んでいた。俺は足元のリュックから木刀を取り出し、庇うように綾香の前に出て、木刀を構えて叫んだ。
「この前みたいにはさせない! 綾香は俺の彼女だ! 絶対に守る! 絶対に、綾香は渡さない!」




