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第2話 朝食、そして自己紹介

「だから、でかい声出さないでよ」


「君が胸を見せるのが悪いんだろ! ああもう、心臓に悪すぎる! 服、服はないのか?」


「服なんて持ってないよ」


 俺は思考を巡らせ、自分が持っている服を美少女に与えることに決めた。何はともあれまずは服を着てもらって裸の状態をなんとかしないと、美少女に視線を向けることが出来ない。


 美少女の方に視線を向けないように、ゆっくりと移動してクローゼットを開いた。女性用の衣服など勿論持ち合わせていない。パンツ、シャツ、黒いズボン、白いパーカー、灰色の靴下をセレクトし、視線を逸らしながら背後に投げた。


「これ! これら一式を身につけて!」


「何で?」


「裸のままでいられると困るんだよ! いいから着てくれ!」


「分かったよ。えーっと、はいはい、人間の世界をずっと観察してたからなんとなく分かるよ。これは、たしかパンツだよね? まずはこれを穿いて……これは、シャツ、で合ってるかな? これを着て……わあ、なんかワクワクする。人間が着用するものを私も身につけるなんて」


「早く着てくれよ!」


「せっかちだなぁ。よいしょ、次にこれを穿いて、これを着て、最後に靴下……全部着たよ!」


 恐る恐る振り返ると、俺が与えたものを全て身につけた美少女が、自慢げな表情を浮かべていた。これで刺激が強すぎる裸を見ることはなくなる。どっと疲労を感じ、俺は深く息を吐いた。


「よし……取り敢えず一安心だな」


「これが人間の服なんだね! なんか、不思議な感じ! どう? 似合ってる?」


「似合ってるよ。君はとてもかわいいから、何でも似合う」


 本心だった。安物のパーカー、そしてズボンはとてもよく似合っていた。俺の言葉を受けて、えへへ、と美少女は照れ臭そうに笑った。


 さて、この後どうするか。拾った猫が美少女になった、という異常事態を未だに理解出来ていないが、少しずつ落ち着いてきた。今日は大学に行くので、それに向けて動き出さなければならない。俺は洗面所で顔を洗い、朝食の準備を始めた。


「なになに? これから何をするの?」


 動き始めた俺を見て、興味津々といった様子で美少女が尋ねてくる。


「朝食の準備だよ」


「ああ、朝ごはんのことか。そうだね、人間は毎日食事をしないと駄目なんだもんね」


 その言い回しに違和感を覚えつつ、俺は準備を進める。餅をトースターで焼き、有り合わせの野菜でサラダを作り、IHを起動し味噌汁の入った鍋を加熱。焼き上がった餅にべったりと醤油をつけて海苔で巻き、フライパンでハムに火を通す。餅、焼いたハム、サラダ、温まった味噌汁を盛り付け、二つのコップにそれぞれ水と牛乳を注ぎ、さらにバナナを一本用意。


 一人暮らしを始めて半年以上が経過し、朝食を用意するのにもすっかり慣れた。テーブルに箸や食器を運んでいると、「お〜」と美少女は感心したように言い、ぱちぱちと手を叩いた。


「なんか、手慣れてるね」


「毎日やってるから、嫌でも慣れるよ」


「ふーん」


 自分の部屋で、他人と会話を交わしているという事実に少し高揚する。


 大学入学を機に一人暮らしを始めて以来、部屋では常に一人だった。彼女と同棲はおろか、友達を部屋に招いたことすらない。おはよう、やおやすみ、に反応してくれる人はいなかった。常に寂しさを感じていた。


 しかし今、自分の言葉に反応してくれる人がいる。会話が出来る。たとえ相手が、謎すぎる美少女だったとしても、会話が出来ることが嬉しかった。


 椅子に腰を下ろし、「いただきます」と言って俺は食事を始めた。美少女は俺の正面の椅子に腰を下ろした。


「いただきます、ってやっぱり言うんだね」


「そりゃ言うよ。言わない人もいるけど、俺は絶対言うようにしてる。命をもらってるわけだから、それに感謝する意味でもちゃんと言わないと」


「ふーん、偉いね」


 牛乳を飲み干し、サラダを食べ終え、餅を齧る。美少女はじーっと俺を見つめている。


「あの、そんなに見つめられると、食べにくいんだけど」


「人間が食事してるところを、こんなに間近で見るの初めてだから、なんか面白くて」


「面白いのかなぁ。あ、そうだ、君も食べる? 餅食べたかったら、焼くけど」


「私はいいよ。私は君と違って神様だからさ、食事は必要ないんだ」


 違和感がどんどん増大していく。美少女に見つめられながら食事を進め、食べ終わった時、意を決して俺は口を開いた。


「あのさ、自己紹介をしようよ」


「自己紹介?」


「俺はとても混乱している。拾った猫が、突然人間になったというこの状況を、未だに理解出来ていない。しかも君は、少し変なことを言っている。とても気になる。これから君はこの家で生活するわけだし、お互いを知る必要があると思う。その為にも、まずは自己紹介から始めよう」


「分かった。じゃあ、まずは君から自己紹介して」


「俺は蒼守(あおもり)唯斗(ゆいと)。千葉黎明大学に通う大学一年生。誕生日は8月7日。19歳。趣味は読書。えっと、取り敢えずこんなところでいいかな、改めてこれからよろしく」


 あおもりゆいと……ゆいと……と美少女は俺の名前を繰り返している。


「唯斗、うん、いい名前だね。じゃあ、君のことはこれから唯斗って呼ばせてもらうから」


「いいよ。俺は自己紹介したから、次は君の番だよ」


「私は神様だよ。これからよろしくね」


 これでおしまい、とばかりに美少女は口を閉じた。


「……え? それだけ?」


「何? 何か不満?」


「いやいや、あまりにも情報が少なすぎない? そして唯一の情報が神様ってどういうこと? 君は神様なの? 猫から人間になった時点で、普通の存在じゃないとは思ってたけど、まさか神様だったなんて……信じられないよ」


「私は神様。それは事実。信じて。猫から人間になったのも信じてくれたんだから、私が神様だってことも信じてよ」


 美少女と視線が交錯する。嘘を言っているようには見えない。


「えっと、仮に君が神様だとして、何の神様なの? ほら、神様って一口に言っても色々あるじゃん。火の神とか、水の神とかさ」


 ううん、と言って美少女は腕を組む。


「分からないんだよね。なんか、大事な記憶があったはずなんだけど、忘れちゃったみたいで。私は神様、ってことしか分からない」


「名前は? アマテラスとか、スサノオとか、神様には何かしら名前がついてると思うんだけど」


「名前も覚えてない。立派な名前があったはずなんだけど」


「名前が分からないなら、君のことをどう呼べばいいのかな」


「どうしようかな、名前がないと不便だよね。じゃあさ、唯斗が私の名前決めてよ。私を拾ってくれた唯斗がつけてくれた名前なら、何でも受け入れるよ」


「俺が名前を決めちゃっていいの?」


「いいよ」


 俺は顎に手を当てて視線を落とし、考えた。どうしよう。まさか他人のフルネームを考えることになるなんて。


 ここが日本である以上、日本人らしい名前をつける必要があるだろう。うーん、三毛猫だったから、そこから取って苗字は三毛山(みけやま)にしてみようか。名前は……その時、不意に俺の脳裏に一人の女性の顔が浮かんだ。


 大山(おおやま)綾香(あやか)。俺の人生で唯一できた彼女。中学生の時、半年だけ付き合った。そして別れた。もっと大切にすればよかった、と今でも思う。悔やんでも悔やみきれない過去だ。綾香、綾香、あやか……。大好きだった人の名前が脳裏にこびりついて離れない。


 綾香、という名前にしようか、と思った。目の前の美少女に綾香と名付け、そして大切にすれば、過去に綾香を大切に扱わなかった後悔が少しでも晴れるかもしれない。


「三毛山綾香、はどうかな?」


「みけやま……あやか……みけやかあやか……うん、なんかいい感じ! 今日から私は三毛山綾香! うわ、なんかめっちゃいい! ありがとう唯斗、素敵な名前をつけてくれて!」


「じゃあそういうことで。綾香って呼ばせてもらうね」


「うん!」


 目の前の美少女、ではなく綾香は、満面の笑みを浮かべて頷いた。嬉しそうだ。


 だいぶ言葉のやり取りをして頭が冷静になったところで、改めて目の前の綾香を観察する。卵形の顔、ぱっちりと大きな黄色の瞳、小ぶりな鼻、桜色の唇。輝くような金髪は、恐らくショートボブと呼ばれる髪型だ。頭からは、小ぶりな猫耳が生えている。白、黒、そして茶色の色が確認出来るのは、元々三毛猫だった影響だろう。


 そして胸はかなり大きい。巨乳、と表現するに相応しい大きさだろう。パーカーを着ているので詳しくは分からないが、恐らくウエストはかなり引き締まっている。そして、きっとヒップはかなりの大きさだ。


 つまり、めちゃくちゃスタイルがよくてかわいい猫耳の美少女、というわけだ。神様を名乗る不思議な美少女とこれから生活し、名前まで決めることになるなんて。本当に現実味がない。夢を見てるんじゃないか、と今でも思う。


「ごちそうさまでした」


「食事を食べ終えた時に言う言葉だよね。これから何をするの?」


「食器を洗う」


「何で?」


「使ったものは、綺麗にしないと。そのままにしておくと汚れたままだからね」


「なるほど」


 あいにく俺の家には、食洗機なんて大それたものはない。キッチンスポンジに洗剤をつけ、泡立ったスポンジで食器を綺麗にしていく。洗い物を終え、歯を磨き、俺は大学に行く準備を始めた。


「何? これから何するの?」


「これから大学に行くから、その準備」


「大学って何?」


「勉強する場所だよ。俺は大学生だから、大学に行って授業を受けるんだよ」


「その大学は、どこにあるの?」


「この家から十分くらい歩いたら駅があって、その駅から三駅移動したところにある。駅のすぐ目の前にあるよ」


「ふーん。ということは家の外に出て、出かけるってことだよね」


「勿論」


「じゃあ、私も行く」


「へ?」


 目を丸くする俺に、綾香は自信満々に言い放った。


「唯斗と一緒に、大学に行くから」

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