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第18話 最終確認

 喋った。カラスもどきが。


 驚愕する俺を尻目に、「この方は蒼守唯斗さんです。召喚の儀を実行しに来たんですよ」と秋永さんは驚くことなくさらっと言葉を返した。


「召喚ノ儀ダト? 貴様、正気カ?」


 カラスもどきは俺を見つめながら言った。驚きつつも、「正気だ」と俺は言葉を返す。


「大切な人に再会するために来た」


「命ヲカケル覚悟ガアルノカ?」


「ある。俺は本気だ」


 カー、とカラスもどきは甲高く鳴き、飛び去って行った。


「気に入ってもらえたようですね。気に入らない人間だと判断されたら、嘴で突かれることがあります」


「あ、あの、秋永さん、今のは一体……?」


「正式な名称はありません。異形の存在ですね。この山には、先程のカラスのような異形の存在が数え切れないほどいます。先に進みましょう」


 異形の存在がいる、とは事前に聞かされていたが、いざ目の当たりにするととても驚いた。立ち入りが禁止されている理由がよく分かった気がした。


 秋永さんに続いて山道を進んでいく。舗装は殆どされておらず、おまけに斜面がそれなりに急なので、けっこうきつい。俺より50歳くらい年上であろう秋永さんは、疲れる素振りを一切見せず軽快に足を動かしている。


 不思議な現象が次々と起きた。光輝く球体が目の前を通り過ぎた。魚のような生き物が宙を飛んでいた。木に巻きつけられた注連縄は、ゆるゆると動きさらに光を放っていた。


 あまりにも非現実的すぎる光景に、俺は驚きっぱなしだった。まさか、現代にこんな場所があったなんて。


「私も最初は驚きましたが、今はすっかり慣れてしまいました」


 俺の様子を見て、秋永さんは歩きながら口を開いた。


「信じられません。夢を見ているようです」


「この世界には、科学では説明出来ないことがまだまだあるということです。あと20分ほど歩くと神社に辿り着きます。頑張りましょう」


 鬱蒼とした木々に覆われた道を進んでいき、やがて開けた場所に辿り着いた。古びた神社が目に入る。秋永さんに続いて靴を脱ぎ、神社の中に足を踏み入れた。線香の匂いが鼻をついた。


「そこに座って待っていてください。召喚の儀に必要な道具を持ってきます」


 大きな部屋に案内され、言われた。腰を下ろし、リュックを傍に置き、周囲に視線を向ける。壁、天井、床、全てが古びている。清掃は行き届いていて綺麗ではあるが、かなり年季が入っていると感じた。建設から50年、いや100年以上は経過しているのではないだろうか。


「お待たせしました」


 程なくして秋永さんが戻ってきた。小さな箱、そしてファイルを手に持っている。秋永さんは俺の正面に腰を下ろした。


「では、召喚の儀の流れを説明します。といっても、あまり難しくはありません。まず、この神社の裏の道から、頂上に向かってください。道の幅が変わったり、曲がりくねったり、通りにくかったりする箇所があると思いますが、一本道なので迷うことはありません。怖くても、一本道から逃げたり逸れたりしないように。逆に危険です。頂上に辿り着くと、石でできた小さな祠があります。その祠の前で、御札を手に持ちながら祝詞を唱えてください。そして、願いを口にする。ここでは変に遠慮せず、願い事をありのままに言葉にしてください。後は、ただ祈るだけです。成功すれば神様が姿を現し、失敗すれば最悪死にます」


 俺は段取りを何度も口で繰り返し、頭に叩き込んだ。


「こちらが御札になります。とても神聖な神器なので、大切に扱ってください」


 秋永さんは箱を開き、中身を見せてくれた。木でできた御札には、判読不可能な文字がずらずらと羅列されていた。


「祝詞を教えていただけますか? 覚えるので」


「いえ、覚える必要はありません。こちらのファイルの中のプリントに、祝詞が全て記載されています。プリントを見ながら唱えてもらって大丈夫です。とにかく大きな声ではっきりと読んでください。また、念のためにプリントには一連の流れを記載してあります」


「何から何まで本当にありがとうございます」


 俺は御札が入った箱と、プリントが入ったファイルを受け取り、リュックの中に丁寧にしまった。


「私の役目はここまでです。ここから先は蒼守さん1人で頂上に向かってください」


「分かりました」


「ここに辿り着くまでに幾つもの異形の存在、不思議な現象を目撃したと思いますが、あんなものは序の口、序章に過ぎません。ここから先はさらに危険な領域になります。極稀に人間を敵対視する異形の存在がおり、運悪くそれに遭遇してしまった場合は、命を落とすことになるでしょう。太刀打ち出来る相手ではありません」


「…………」


「何でそんな話をするんだ、と思っているでしょう。しかし事実なので、お伝えさせていただきました。これは最終確認です。今ならまだ後戻り出来ます。全てを忘れて、日常生活に戻れる最後のチャンスです」


 秋永さんなりの優しさなのだろうな、と俺は思った。しかし、ここまで来て引き返すつもりは毛頭ない。


「もう覚悟は決まってるので、行きます。絶対に召喚の儀を成功させてみせます」


「分かりました。では、お見送りをさせていただきます」


 俺と秋永さんは靴を履き、神社の裏に向かった。頂上めがけて幅の広い道が続いている。遠くに青い火の玉がゆらゆらと浮かんでいるのが見えた。


「ご武運を」


 秋永さんは俺にそう言った。俺は深々と頭を下げ、足を踏み出した。火の玉は、俺が近づくと離れ、近づくと離れ、を繰り返している。頂上まで案内してくれるのだろうか。


 少し歩いて振り返ると、秋永さんはいなくなっていた。人のいい老人だったが、不思議な雰囲気を纏っていた。カラスもどきにも全く動じず、言葉を返していた。もしかして人間ではなく異形の存在だったりして、と失礼を承知で考えてしまった。


 火の玉に導かれるようにして進んでいく。一つ目のリス、七色に光る蛇、羽の生えた熊。次々と異形の存在が現れる。感覚が麻痺してきたのか、徐々に驚くことはなくなった。


 遠くで、巨大なミミズの化け物ような何かが這いずっているのが見える。体は金色に輝いていてとてもよく目立つ。そして上空にはカラスもどきが何羽も羽ばたいていた。


 道はますます険しくなり、俺は適宜水を飲みながら進み続けた。痛みに顔を歪めながら荊を掻き分けて進むこともあった。進んでも進んでもなかなか頂上は見えてこなかった。どこまでも鬱蒼とした森林が続いている。


 本当に進んでいるのか、同じ場所をループしているんじゃないか、という錯覚に襲われる。それでも信じて進み続けた。時刻を確認すると昼過ぎになっていたため、二個のおにぎりとゼリー飲料を胃袋に収め、再び歩き始めた。


 いる。何かが、この先に。


 しばらく歩き、俺は足を止めた。かなり幅が広い道の先で、何かが俺を待ち構えていた。


 身長10メートルほどの、頭が二つある白い巨人のように見える。異形の存在だろう。道を塞ぐように佇む巨人からは、遠くからでも強烈な圧を感じる。迂回したいと考えたが、一本道から逸れるな、逃げるな、逆に危険だ、と秋永さんは言っていた。


 行くしかない。


 俺はリュックから木刀を取り出し、水をかけ、塩をまぶした。こんなもので何かが変わるとは思っていなかったが、気休めでも何でもいいから心の支えになるものが欲しかった。


 塩まみれの木刀を右手で持ちながら、ゆっくりと白い巨人に歩み寄る。巨人は俺の存在を感知したのか、閉じていた合計六つの目を開いた。ぎょろりとした大きな目が俺を捉える。


「貴様は人間か?」


 二つの口が同時に動いた。全てを否定するような、重々しい声。俺は強烈な圧に必死に耐えながら、「俺は人間だ! ここを通してくれ!」と叫んだ。


 

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