第13話 大晦日
「綾香、今日は大晦日だよ」
朝、朝食を食べ終えた俺は、寝起きの綾香に声をかけた。
「大晦日? 何それ?」
寝ぼけ眼を擦りながら綾香は言葉を返す。
「1年の最後の日ってことだよ」
「ああ、なるほど。たしか、人間の世界の1年は365日だったよね? 今日で365日が終わって、明日から新しい365日が始まるってことか」
「そうそう」
「特別な日ってこと?」
「まあ、そうだね」
「ということは、この前のクリスマスと同じような特別な日ってことだよね! またデート出来るってことだよね!」
綾香は目を輝かせながら言う。「いや……」と言って俺は頭を掻いた。
「特に出かけるつもりはないかな……めっちゃ寒いし……」
「……そっか」
綾香はがくっと肩を落とした。
まずい。目に見えて落ち込んでいる。綾香が落ち込んでいるところは見たくない。
「……やっぱり、出かけようかな」
「え!? ほんと!?」
ぱああ、と綾香の顔が明るくなった。
「うん。バイトもないし、どこかに行こうか」
「わーい! 行こう行こう!」
「どこか行きたいところはある?」
「うーん……」
綾香は顎に右手を当てて首を捻った。そんな些細な仕草ですら、綾香ほどの美貌を持つ人がやるとかわいく見えてしまう。
「唯斗はどこに行きたい? 任せるよ」
予想通りの答えだ。ここは俺がデートプランを決める必要がある。
どうしよう。今は午前8時すぎ。ゆっくり年越ししたいから、遅くとも夕方くらいには帰ってきたい。
クリスマスイブに行った商業施設へもう一度行くことも考えたが、はなんというか芸がないように感じる。
そういえば、綾香はゲームセンターで太鼓のリズムゲームにかなりハマっていた。もう1回やれたら楽しいんじゃないだろうか。
「じゃあさ、ゲームセンターがある場所に行こうよ。そこで前にやった太鼓のゲームをまたやろう」
「あ、前にやったやつだよね! すごい楽しかったやつ! またやりたいと思ってたんだよね〜!」
「よし、じゃあ横中溝駅に行こう。最寄り駅から4駅移動したところにある駅で、近くにゲームセンターとか、商業施設とか色々あるんだよ。クリスマスイブに行った場所ほど大きくないけど、楽しめると思う」
「分かった!」
外出するとなったら防寒対策は必須だ。ヒートテックを着用し、部屋着の薄手の服から厚手の服に着替え、さらに上着を羽織った。
「お待たせ、じゃあ行こうか」
「うん! 楽しみだな〜!」
俺と外出出来ることが嬉しいのか、綾香は見るからに上機嫌になった。こんな俺と出かけることを嬉しく思ってくれるのが本当に嬉しい。
1週間前のデート以降、綾香に対する気持ちがほんの少しだけ変化したような気がする。それが具体的に何なのかはよく分かっていない。しかし、自分の中で綾香という存在がより大きくなったような、そんな気がした。
俺は綾香と一緒に駅へ向かった。マスクとサングラス、帽子を着用した綾香は相変わらず俺と腕を組んでいる。
駅に到着して電車に乗った。車内に人はそこまで多くない。大晦日ぐらい朝からゆっくりしたい、という人が多いのだろうか。
数駅移動し、横中溝駅で電車を降りた。この駅で降りるのは久しぶりだ。まずは駅の近くのゲームセンターに向かった。ゲームセンターにも人は少ない。
「よーし、唯斗、やろう! 太鼓やろう!」
綾香は早くも筐体に取り付けられたバチを取り出して構えている。
「俺はいいよ。綾香が1人で楽しんで」
「え、何で?」
「2人でプレイするより、綾香1人でプレイすればお金が半分で済むでしょ? 俺と綾香で1回やるより、綾香1人で2回やった方が沢山楽しめると思うから」
「えー、いいの? 唯斗はゲームしなくていいの?」
「うん。綾香が太鼓してるところ見てるから」
こうして綾香は1人でプレイをして、それを俺が見守ることになった。相変わらず綾香の太鼓の腕は凄まじい。
「よっ! ほっ! うりゃうりゃあ!」
綾香は楽しそうに声を上げながら、目で追いきれないほどの速さで流れてくる音符を軽々捌いている。しかも、全て判定枠ぴったりで正確に叩いているのだから恐ろしい。
最終的に綾香は4回プレイし、全12曲遊んだ。超高難易度の曲を立て続けにフルコンボし、バチを振り続けてさすがに疲れたのか、「手が痛い〜」と言って綾香は両手をぶらぶらさせた。
「あれだけ難しい曲を連続でやったらそりゃ痛くなるよね。楽しかった?」
「うん、すごく楽しかった! あ、ねえねえ唯斗、あれやろうよ! 1週間前に出来なかったやつ!」
綾香が指差したのは、エアホッケーの機械だった。パックを打ち合って得点を競う定番のゲームだ。1週間前のデートで綾香は興味を示していたものの、ゲームセンターの機械が故障中だったため、遊ぶことが出来ていなかった。
「いいよ。ルールは分かる?」
「うーんと……あ、機械にルール書いてある! なになに、スマッシャーでパックを打って相手のゴールに入れる……得点を競う……なんか面白そう!」
「やってみれば分かるよ。じゃあやろっか」
「うん! 負けないぞ〜!」
綾香はスマッシャーを手に、腕をぐるぐる回して気合を入れている。機械に硬貨を投入し、俺はにやりと笑った。
綾香には言ってないが、実はこのゲームがけっこう得意だ。俺は何故かパックを壁に反射させて相手のゴールに叩き込むのが上手く、このゲームをやって負けた記憶がない。
太鼓のリズムゲームでは綾香の足元にも及ばないが、このゲームならきっと勝てる。負けっぱなしじゃないところを見せてやる、と意気込み俺はスマッシャーを手に取った。
「スタート〜! あ、なんか出てきた! これがパックだね! このパックを打てばいいの?」
ゲームがスタートし、ぽん、と機械から出てきたパックを綾香は凝視している。
「そうそう。思い切り打ってゴールを狙えばいいんだよ」
「分かった。よーし、おりゃっ!」
綾香が打ち出したパックを俺はスマッシャーでがっちりとガードした。そして、壁のどの辺に反射させればゴールに叩き込めるかを計算し、渾身の力を込めてパックを打ち出した。パックはものすごいスピードで盤上を滑り、俺の予想通り壁に反射してコースが変わり、そのまま綾香のゴールへと吸い込まれた。
「よし」
「え? え!? 何今の!?」
何が起きたのか分からないのか、綾香は目を丸くしている。
「壁に当たってコースが変わった!? そんなのありなの!?」
「ありだよ。そういうゲームだから」
「ちょっと唯斗、それ早く言ってよ! ずるいよ!」
「ごめんごめん」
壁に当ててコースを変えられることを事前に教えることも出来たが、結局しなかった。得意なゲームでは絶対勝ちたい、という思いがいつの間にか芽生えていたのだ。
「なるほど、壁に当てればいいんだね……でりゃっ!」
機械から出てきたパックを綾香は勢いよく打ち出した。パックは壁に反射して俺のゴールへ向かってくるも、コースを予測している俺ががっちりとガードして得点にならない。
「何で入らないの〜!」
「予測してるからね。おらっ」
俺は勢いよくパックを打ち出した。こちらから見て綾香のゴールの左側にパックが向かっていく。綾香はなんとか反応してガードするも、パックを受け止めるには至らず俺の陣地にパックが跳ね返ってきた。すかさず俺はゴールの右側にパックを叩き込む。左右の揺さぶりに慣れさせた後、ゴールのど真ん中にパックを叩き込むのが攻略法の1つだ。
「わわっ……何これ……防戦一方じゃん……」
右に左に飛んでくるパックに綾香は四苦八苦しているようだ。綾香の意識は左右に向いている。チャンスだ。俺は勢いよくパックを打ち出した。ゴールのど真ん中めがけて放たれたパックは綾香のカードをすり抜け、見事ゴールに吸い込まれた。
「よーし」
「もぉ〜!! 何で何で〜! 何で唯斗ばかり得点してるの〜!!!」
「神様にも苦手なことはあるんだね。この勝負はいただきかな」
ぶーっ、と綾香は頬を膨らませている。相当悔しそうだ。しかし手を緩める気はない。
「その言い方ムカつく! もう、怒ったんだからね!」
機械から出てきたパックを綾香は勢いよく打ち出した。壁に反射して向かってくるパックを俺が受け止めようとすると、突然パックがかたかたと振動し、次の瞬間物理法則に反したかのような曲がり方をして俺のゴールに吸い込まれた。
「え!?」
「やった〜! 初ゴール〜!」
綾香は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ちょ、ちょっと綾香! 今神様の力使ったでしょ!」
「え? なんのこと?」
「惚けないでよ! 今のパックの動き方絶対におかしいって!」
ふー、ふー、と綾香は吹けない口笛を吹くふりをしている。
まさかこんなところで力を使うなんて。綾香はそれほど負けず嫌いだったのか。思えば1週間前のゲームでも、対戦型のゲームで勝つことにかなり執念を燃やしていた気がする。
その後も綾香は要所要所で力を使い、俺の打ち出したパックを力で無理矢理ガードし、打ち出したパックの軌道を無理やり変えて勝利をもぎ取ろうとした。負けてたまるかと俺は何とか踏ん張り、最終的に引き分けでゲームは終了した。
「いやあ……お互いに正々堂々戦った、いいゲームだったね」
「どこが正々堂々なの! 何度も力を使ったくせに!」
俺のツッコミを受け、綾香はぺろっと舌を出した。
「えへへ……ごめんね、負けたくないと思って、つい」
「まあいいよ。楽しかった?」
「うん、楽しかったよ!」
綾香は嬉しそうに答えた。綾香が楽しめたら何でもいい。
「じゃあ、この後は近くの商業施設を散策しよう。遅くても夕方には家に戻る感じで」
「分かった!」
その後俺は綾香と一緒に商業施設を見て回った。綾香と交わす何気ない会話の一つ一つが楽しかった。なんだか体の芯がじわっと温かく感じるのは、施設内の暖房のせいだけではないと思う。
「はああ、色々見て回って楽しかったね」
一通り施設を散策し終え、綾香は満足げだった。スマホで時間を確認する。午後3時半すぎ。ちょうどいい時間だろう。
「綾香、そろそろ帰ろっか」
「うん。あれ、ねえねえ唯斗、あの年越しそばって何?」
綾香が指差したのは、施設内のスーパーの食品コーナーの一角だった。「大晦日は年越しそばで決まり」というでかでかとしたポップ、さらに年越しそばを作るのに必要な材料が棚に並んでいるのが見える。
「年越しそばっていうのは、まあ、そばのことだよ。大晦日にはそばを食べる文化があるんだよね」
「ふーん。じゃあ唯斗もこの後そばを作って食べるってこと?」
「家にあるカップそばを食べようと思ってるよ。俺、カップそば大好きだから」
何とはなしに言葉を返した俺だったが、綾香から意外な言葉が返ってきた。
「だめだよ」
「え?」
「だめ。カップそばって、インスタント食品のことだよね? そんなのだめだよ。体によくないよ」
「うーん……」
カップそばが体にあまりよくないというのは至極真っ当な意見ではあるが、だからといって作るのはめんどくさい。
「それはそうなんだけどさ、麺を茹でて具材を揃えて、っていうのはちょっとめんどくさいかな……」
「じゃあ、私が作るよ」
「へ?」
「私が作る。唯斗に、年越しそばを作るから」
目を丸くする俺に、綾香は自信満々に言い放った。




