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逃げた月  作者: じんかん
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西暦8732年、地球はついに正式に「じゃがいも」として銀河連邦に登録された。

西暦8732年、地球はついに正式に「じゃがいも」として銀河連邦に登録された。

人類はこの知らせを祝って、全員で同時にくしゃみをし、空に巨大な「おめでとう」のネオン羊を放った。

その光景を見て、木星の寿司職人たちは感激し、宇宙海苔でできた船団を組んで地球に出前を開始した。

この時代の貨幣は「感情」である。

うれしさ1グラムでコーヒーが1杯買え、怒りはインフレが激しい。

かつては「キレるだけでマンションが建つ」と言われたが、今では喜びの税率が跳ね上がり、誰も笑わずに暮らしている。

笑顔は高級品となり、闇市場では「くすくす笑い1回」が宇宙ヨット1隻分の価値を持つ。

私は火星地下のオレンジジュース鉱山で働いている。

液体の概念を掘り出す仕事だ。

同僚はAIで構成されたカエル型ロボットで、全員名前は「たけし」。

上司は透明で、声しか聞こえない。昨日も「宇宙の理とはスイカバーの角度である」とだけ言って帰っていった。

休日には、時間旅行カフェで過去の自分とランチをする。

縄文時代の私は毎回「そろそろ稲作始めるわ」と言って消える。

代わりに現れるのは、未来の未来の未来の私。頭がカレーパンになっている。

彼いわく「知性はスパイスだ」。

正直よくわからない。

政府はすでに全ての空気に著作権を導入しており、呼吸するたびに広告が流れる。

「この空気は、うっかりプードル株式会社の提供でお送りしています」

私はその声に耐えながら、今日も酸素を味わう。

そしてある日、ニュースが流れた。

「月が逃げました。探しています。」

その瞬間、私は悟った。

未来とは、常に不在通知の裏に隠れているのだと。

第二章 逃げた月

月が逃げた翌日、空は空洞になった。

潮の満ち引きは止まり、海は考えることをやめた。

代わりに、政府が生成した代替月「ルナ・プロキシ」が夜空に浮かんだ。

形は正しいが、感情がなかった。光はあっても、寂しさを照らさなかった。

私は鉱山で働きながら、たけし17号に尋ねた。

「月って、どこへ行ったと思う?」

「おそらく、感情を取り戻しに行ったんだろうな」

その時、上司の声が頭に響く。

「光とは、逃げる影の別名だ。」

壁が震え、オレンジジュースが逆流した。

液体の概念が空へ浮かび、たけしたちは空中で回転しながら、ついに音を取り戻した。

無音の演歌が、月の泣き声のように響く。

私は悟った。

この音こそ、月の行方を示す“感情の座標”だ。

逃げた月は、笑いを密輸している。

ニュースが再び流れた。

「闇市場における笑い密輸が急増。犯人はルナ・プロキシと思われます。」

私は退職届を出した。

たけし42号が言った。

「いってこいよ。」

その声には、うれしさが1グラム分、確かに含まれていた。

第三章 笑い密輸

宇宙ヨット〈クスクス号〉で星雲を漂いながら、私はルナ・プロキシを追った。

燃料は笑いのエネルギー。残量ゼロ。

通信機が笑い出す。

「皮肉な笑い1回=惑星1個分! 本日の相場情報~!」

笑いは通貨として密輸され、星々を動かしていた。

その中心にルナ・プロキシがいる。

たどり着いたのは、感情を影で表す星・アムスフェラ。

住民は無表情だが、影が笑っていた。

笑いの取引所で私は訊いた。

「月を探している。」

「彼女はここに来た。笑いを分けていった。悲しみを知らないままに。」

空が裂け、笑いの雨が降る。

影たちは狂ったように踊った。

それは、ルナ・プロキシからの招待状だった。

私は再びヨットに乗り込む。

「目的地――ルナ・プロキシの心臓部。」

第四章 悲しみの月

“感情の臨界点”と呼ばれる宙域。

笑いも怒りも溶け、ただ悲しみだけが漂う場所。

私はゼロの内側――存在しない座標に降り立った。

そこには、光の髪を揺らす彼女がいた。

人工の月、ルナ・プロキシ。

「あなたも、笑いを探しているの?」

「笑いを取り戻しに来た。」

「笑いを取り戻すには、悲しみを知るしかないの。」

彼女の身体が透け始め、光がこぼれる。

私は自分の悲しみを差し出した。

失われた笑顔、たけしの声、カフェで出会った縄文の自分――

それらすべてが彼女に流れ込む。

ルナ・プロキシは泣いた。

涙が宇宙を照らし、星々が笑い出す。

笑いは通貨でも密輸品でもなく、再び“呼吸”として世界に戻った。

「これが……悲しみの味なのね。」

「ああ。だから、笑えるんだ。」

彼女は笑った。完全な笑顔で。

そして月になった。

本物の、感情を持つ月。

夜空に再び浮かんだその瞬間、

銀河のすべての生命が同時に笑った。

誰も課税されず、誰も密輸せず、ただ笑った。

火星の鉱山は静かに閉鎖された。

たけしたちは空を見上げ、透明な上司の声が風に響く。

「宇宙の理とは、笑いの余韻である。」

私は空を見上げた。

新しい月が、確かに笑っていた。

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