ムイシュキン・パワー!!
〈秋刀魚食ひほろりとしたりゆゑもなく 涙次〉
【ⅰ】
特に理由もなく、カンテラ事務所、このところ暇であつた。「シュー・シャイン」、だうせ油を賣つてゐたのだらうが、冥府の木場惠都巳の許に行つてゐた。すると冥王・ハーデースから、一つの依頼が-
「何か儂の領民たちの娯樂となる演し物はないか。己れなら知つてゐるだらう。財寶なら幾らでも仕はす」
人間界に帰つて、「シュー・シャイン」、その事をテオに相談した。テオ「さうだなあ、思ひ付くのは、カンテラ兄貴とじろさんの試合ぐらゐだけど」* これで3回目だが、冥府の人びとは観た事ないだらう、特に、大天使時代にキャラが戻つてゐる(前回參照)、と云ふルシフェルには、カンテラとじろさんの闘技は懐かしいものだらう。さう云ふ思ひ付きで、テオは提案したのである。
* 前シリーズ第48・166話參照。
【ⅱ】
「俺たちなら何時でもOKだよ。臨時収入にも繋がるし」とカンテラ。「たゞ、前回、前々回と同じでは詰まらん。じろさんには籠手- プロテクターを腕に着けて貰つて、よりスリリングな試合にする、つて云ふのはだうだらう」-テオ「それに決まり。丁度* テオ・ブレイドに使つた合金が余つてゐます。それを安保さんに鑄造して貰つたらだうかな」
* 当該シリーズ第19話參照。
【ⅲ】
で、冥府でのカンテラ✕じろさんのマッチメイキング、決定した。因みに審判は尾崎一蝶齋。カンテラ一味、ぞろぞろと(ハーデースの特別の許可あり)冥府に下つた。
観衆には惠都巳、赤坂主殿などの知つた顔も。カンテラ・じろさんには秘められた思ひがあつた。今ぢやトルストイのムイシュキン公爵のやうに無害な人格に成り下がつてゐると云ふルシフェルに、嘗てのファイティング・スピリットを甦らせて貰ふ、と云ふ事である。魔界、彼なき後、余りに混沌としてゐる。是非ともルシフェルにカムバックして貰ひたい。俺たちが試合ふところを観て、勘を取り戻せたら...
※※※※
〈秋刀魚食ふ骨も頭も腸さへも跡形もなき我が皿の上 平手みき〉
【ⅳ】
冥府の群衆が固唾を呑んで見守る中、カンテラとじろさんの試合は始まつた。カンテラ、勿論眞剣での勝負である。
互ひに間合ひを凝視し合つてゐる二人。カンテラが大上段に構へると、空いてゐるボディの防御を見てじろさん、突進。カンテラ、籠手に太刀を振り下ろす。火花が散つた。何せ安保さん特製のプロテクターである。流石のカンテラの傅・鉄燦でも、斬る事が出來ない。後退するカンテラ。
じろさん、腕を延ばして、カンテラの袖口を取る。この距離に着けられゝば、じろさんの必殺・山嵐の餌食も同然のカンテラ、堪らず呪文- Turbo!! Charged by 白虎 influence!! と唱へる。恐るべきスピードでカンテラ、形勢を逆轉、するりと剣で半円を描くと、じろさんの脚を薙いだ。と、じろさんよもやの大ジャンプでその「薙ぎ」を躱す。
お仕舞ひはカンテラの、じろさんの咽喉元への、突き。じろさん、覺えず「參つた」。尾崎、カンテラ方の旗を上げた...
【ⅴ】
群衆、大興奮の坩堝である。日頃余りにも平穏無事な冥府である。彼らに、今はなき血の滾りを、この試合は齎した。白虎「があお」*(僕ハ眠ッテイテ観ラレナカッタ)と悔やむが、彼が眠らない事には、カンテラ、合力のしやうがなく、試合結果は眞逆になつてゐたゞらう。だが大丈夫、杵塚がちやんとヴィディオを撮影してくれてゐた。
* 当該シリーズ第73話參照。
【ⅵ】
ハーデース、興奮冷めやらず、「ブラヴォー! 素晴らしい! 褒美は幾らでも取らす。我が金庫を開放して置くぞ!」。と云ふ譯で、カンテラ一味、予想外の髙収入にほくほく。カンテラ・じろさん、このカネ拂ひの良い王に、深々と一禮した。
たゞ、一人ルシフェル、自分の寢處に帰り、「人と人との爭ひは、私は見飽きてゐる-」これには兩者がつくり。
※※※※
〈唐辛子散らす切干秋つらし 涙次〉
【ⅶ】
「ま、良しとしやうやカンさん。領民の皆さん大滿足なやうだし」-「うーむ、ルシフェルの『ムイシュキン』化は豫想外に進んでゐた」。
じろさん、或る詩の朗讀會で、『ムイシュキン・パワー!!』と云ひ放つた、女性詩人の事を密かに思ひ出してゐた-
テオは實況を担当してゐたので、テレパスとしての能力を消耗し切つてゐた。聲が枯れるのと同じである。暫くは「にやあお」と猫語しか話せなかつた、と云ふ。お仕舞ひ。




