6 友達
光来が購買で買ってきた焼きそばパンの袋を開けるのに手こずっていると、前の席から唐揚げを頬張る間抜けな声が飛んできた。
「光来もう食うた? マウドの抹茶パパイヤバーガー」
「うわ、それ期間限定のやつだろ? 食うわけねーじゃん気持ち悪い」
「ええーなんでなん、美味そうやんか」
「え、そのマッウのやつお前食うって言ってなかったっけ?」
「おうミヤモ遅かったやんけ! 光来の感想聞いてから食お思て」
「光来を実験台にすんなよ」
光来を実験台にしようとしたのが増田で、ナチュラルに昼休みから登校したにもかかわらず、さも遅刻などしていないかのように悠然とした態度でツッコんでいるのが宮本(通称ミヤモ)である。
夕慈と出会った入学式の日から数日が経った。
あの日は自分が死ぬことで天使に復讐をしてやろうと思っていた光来だったが、こうしてくだらない話を交わす友人もできた。人生どうなるかわからないもんだ、と開封に成功した焼きそばパンを齧る。
光来がどうして天使への恨みを出さず角も立てず、こうして周りと融和するように一般高校生らしい生活を送っているのか。それは夕慈の言いつけを守っているからだった。
ーー光来は回想する。
『ニードル』で過ごしたあの日ーー夕慈はコーヒーをひと口啜り、来るXデー・つまり校外学習の日に向けた計画と、それにあたって盤石な体制を整えるべくやるべきことを光来に説いた。
『校外学習では姉妹校との交流の後、島内を散策する自由時間が与えられる……時間は2時間! 薬の効果もちょうど2時間だ。自由時間は5〜6人で1組の班行動、すぐに抜け出さないと間に合わない。適当な理由をつけて2人で抜け出す予定だが、ここで疑われないように抜け出すには人間関係の地盤をちゃんと構築しとく必要がある、友情のために見逃してもらえるようにな。もし先生にチクられでもしたら終わりだ、根城で守護隊に本気を出させたらウチらみたいなタダの人間に勝ち目はない』
夕慈は逐一指で数字をつくりながら話した。光来は黙って頷く。
『抜け出すことすらできなきゃ元も子もない。確実にスタートラインに立つこと、そのために普通に過ごせ、クラスメイトと仲良くなれ。疑われるようなことをするな。入学式のときみたいな目すんじゃねえぞ』
ーー最後の一言を言う夕慈の憎たらしいニヤつきを思い出して光来は若干イラついたが、目の前の友人を見ると気持ちが落ち着いた。
どうだ、ちゃんと友達作って普通に過ごしてるだろ? 俺はこう見えて結構上手くやる方だぜ。
夕慈の方をチラチラ見ながらそう心の中でドヤっていたとき、目の前の友人……増田が、訝しむような表情とささやくような小声で言った。
「なあ……光来って森本のこと好きなん?」
「ブゥーッ」
「きッッたねえー!! 俺の顔焼きそばまみれじゃんかあー!!」
光来が噴き出した焼きそばパンを顔面にみっちり貼り付けた宮本が怒りの叫びを轟かせ、一瞬クラス中の視線が光来達3人に集まる。光来は恥ずかしさに顔を赤くして縮こまった。
「何だよお前急にッ」
ボリュームは極限まで絞りつつも怒りを存分に込めたハイレベルな声色で光来は増田に抗議する。増田は元凶のくせにうっすら引いたような顔で「いやだってたまに見てるから……」などと述べたので、光来は「お前が引いてんじゃねえ」と言って増田の右手をチョップした。
そんなことを言い合いながら夕慈の方をこっそりと・一瞬だけ・バレないように・気をつけて伺い見ると、彼女は光来を『こいつと組んで本当に大丈夫なのか』的な目で一瞥し、しれっと女子グループの会話に戻っていった。
「えーなんか南君こっち見てなかった?」「気のせいじゃない?」……みたいな会話がかすかに聞こえてくる。冷たい夕慈の声、気まずすぎて心臓がキュッとしてきたぜ。
夕慈が昼食を共にしている女子2人ーー道上まろのと八重川京。知らない間にいつメン的な感じになっていた3人である。女子とはいつ仲良くなるものなのかわからないが、気がついたらよく見るメンバーになっていた。焼きそばどうのこうのと騒ぐ光来達のことなどは既に知らん振りで、きゃっきゃとガールズトークに花を咲かせている。
夕慈らのグループと光来のグループは特に目立って交流が多いわけではないが、自然な感じで会話することはある。これも疑われないための工作の一部だ。と光来は勝手に考えている。俺はわかってるぜ森本夕慈。増田のアホがいらんことばかり言うが気にしないでくれ。俺はオマエとの計画のために、この生活を必ず守ってみせる。
……と、光来は心に誓っていた。
その日の放課後、とある『事故』が起きるまでは。