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レベルズ・スカイ  作者: プリティー神話
校外学習編
6/23

5 陰謀論か真実か

「浦辺さん」


 夕慈が気遣うように声をかける。浦辺は心配はいらない、とばかりに何も言わず手のひらを軽く夕慈に向けた。


「どういう……」


 光来は立ち止まったまま言葉を発した。


「天使国関連施設では日々、人命を軽視した人体実験が行われています、私もそこで働いていました、この薬はそのときに作ったものです」


「は、話が見えないんですが……」


「その薬の原料は人です」


 光来はぞくりと身体を震わせた。浦辺は機械のようにただ単調に話す。しかしその手は震えていた。


「私は研究の過程で妻子を失いました。彼らは常に屈強な守護隊隊員を求めています、多少の犠牲は意に介しません。……これ以上はあなたを不必要な危険に晒すだけになりますから控えます」


 到底信じ難い話だったーー光来でなければ。兄の光雪を天使にさらわれた光来でなければ、ただの陰謀論だと一蹴していたことだろう。


「……不安を煽るようなことを言ってすみません。私は何のために生きているのかわからないような人間です、でもうららさんを助けたいと思っている、これは本当です。夕慈さんは希望を持っています、私にはそれだけが生きるよすがです、あなたにも助けたい人がいると、聞きました……私にできることは全てします。勝手な贖罪のつもりかもしれません、けど、あなたには希望を捨ててほしくない」


 単調だったが、しかし、浦辺の言葉には真に迫るものがあった。光来は何も言わずさっきのテーブルに戻った。


 うららというのは……おそらく夕慈が救いたいという人だろう。光来が再び席に着くと、夕慈は変わらず落ち着いた瞳で光来を見つめた。光来はカップに残ったカフェオレをぐいと飲み切って口を開いた。


「俺は兄を天使にさらわれた」


 夕慈は表情を変えず、ただ静かに耳を傾けた。


「兄っていっても、親の再婚でできたきょうだいだから血は繋がってない。でも俺にとってはたったひとりの兄貴だった」


 夕慈だけじゃない、浦辺もただ静かに聞いてくれている。薄暗い照明が今はどこか心地良くて、店内はまるで薄い膜に包まれているかのように温かい。ああそうか、ふたりとも同じなんだ。だからこんなに……光来はそう思った。


「突然、両親が家を出て行った。俺たちはふたりきりで生きることになった。兄は俺を養うために、学校を辞めた」


 思い返す。勝手に拳に力が入る。光来は自らを落ち着けるように、わざと少しずつ区切りながら話した。


「それからしばらくして、ある日の夜、兄は、俺を抱きしめて泣いた。その次の日、兄はスーツを着た知らねー天使とどこかに消えて、もう帰ってこなくなった。少しして、俺の口座には、一生暮らしに困らないほどの大金が振り込まれた。……あのとき、震えていた兄の腕が、今も忘れられない」


 兄の話をするのははじめてだった、だから上手く伝えられているのか光来にはわからなかった。こんなに甘えているのが光来自身にも不思議だった。今日会ったばかりの人間に。ただ、ただ話すほどに、今まで絡まっていた心の糸が少しずつ解けていくようだった。


「なあ、なあ……俺の兄貴は、生きてるのかな」


 これ以上甘えられない、と、他人にただ心を委ねる心地良さが光来の中で相反し、抑えきれずに縋るような言葉が口先からこぼれ出た。唇を薄く噛んで泣くのを必死に堪えた。


「生きてるよ」


 夕慈は変わらない声で言った。

 欲しかった希望を言葉にして。


「お前はひとりじゃないから」


 言い方こそ淡白だったがそこには確かにあたたかさがあった。光来は心が軽くなった気がした。斜め上を向いて涙を誤魔化す。なんだか恥ずかしくて照れたような気持ちになったので、悟られないように話を変えた。


「……そういやさ、こんな話俺にしてよかったの。今日会ったばっかの、素性もわかんねー奴にさ。なんで俺に話してくれたの」


「あ? ああ……まあ、勘だな、私の勘がコイツはいけるって言ってたんだよ」


「勘!? 勘でこんなこと喋っていいわけないだろ!!」


 思わず光来が声を荒げると、夕慈はハハハ、と心底愉快そうに笑った。何が可笑しいんだと光来は眉を顰めたが、彼女は構うことなく言った。


「やっぱり大丈夫だよ、光来は。お前がどう言おうと、私は私が信じられるって思ったから信じるだけだ」


 馬鹿らしくなって肩に入っていた力が一気に抜けた。光来は思わず、はは、と笑みを溢した。


 多分、ここで断ることだってできた。“協力してくれるなら話す”ーー夕慈は屋上でたしかにそう言ったが、多分今の話を聞いた上で断ったとしても、きっと何も無かったふりをして自分と新しく関係していくだろう、光来はそう感じていた。

 ……そうでなければ俺が席を立ったとき、あんな表情をするはずがない。あのとき夕慈は俺を引き留めなかった。あまりに強引で未知数で得体の知れない話だったが、だからこそ夕慈はきっと常に光来を気遣っていた。夕慈ははじめから真っ直ぐに感情を伝えてきた、だからなんとなく、いや確信をもってそうだと思えた。


 残ったカフェオレがカップの底に輪をつくっている。土星の輪っかみたいだ、と、関係ないことを考えてみた。深く呼吸する、考える。


 別に、ここで踏みとどまっても光雪が帰ってくるわけじゃない。色々考えたって仕方ないのかもしれない。どうせ仕方ないんなら、今、“コイツを信じてみたい”と、そう感じた自分を信じてみてもいいかもしれないーー光来はそう思った。


 光来は顔を上げた。そして真っ直ぐ夕慈を見つめ、彼女の真似をするように、にやりと笑顔をつくって言った。


「聞かせてくれよ、戯言の続き」

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