4 ヤバい薬?
「校外学習?」にやりと笑う夕慈に、光来は聞き返した。
「キミもご存じだとは思うが、5月に天使国への校外学習があるだろ」
「えっ!?」
「え?」
一瞬しんとした空気が流れる。
「……え、まさか知らないで入ったのか? それ目当てで入学する奴もいるくらいだぞ。むしろよくその情報に触れずに入学まで漕ぎつけたな」
「マジかよ……」
「じゃあ聞くけど、天崎が天使国の高校と姉妹校なのは知ってるか?」
「あ、やっぱそうなの? 入学式に天使長まで来るから癒着あるんだろうなとは思ってたけど」
「おいおいとんだ情弱ちゃんじゃないか。お前本当に合格してたのか? 入試のレベルは低くないはずだけどな……」
とても失礼なことを言われた気がするが、それよりも光来は驚きを隠せなかった。どーりでやたらと倍率高いわけだ。
「しょうがないな」
そう言って夕慈は、二人が今日から通う学校ーーつまり天崎高校について、何も知らない光来に噛んで含めるように教えはじめた。
曰く。
最も天使国に近い日本の学校で、かつ日本で唯一天使国の学校との姉妹校提携を結んでおり、天使に憧れを抱く日本全国の少年少女から絶大な人気を誇る高校……
「それが天崎高校、か……」
一通りの説明を聞き、光来は呟いた。天使国に近くて巡回の天使が多そうという理由だけで入学を決めたが、その実がまさかそこまでしっかりズブズブだったとは。
「ちなみに天使国の学校には天使だけじゃなくて人間も入れる学校も存在するんだ。けどそれは金とコネと立派な家柄を持ってるごく限られた人間のみに許されたものであって、ただ天使に憧れているだけのその辺の一般市民には99%縁がない話だな」
「つまりそんな一般市民が手の届く、最も天使に近い学校が天崎ってワケか」
「そういうこと。で、ここからが本題だから。こんな一般常識で驚かれてたら困る」
本題ーーつまり“侵入”。光来は思わず背筋を伸ばした。
夕慈はおもむろにスクールバッグから何かを取り出した。どうやら錠剤のようだ。それを摘んで光来に見せながら、夕慈は衝撃的なことを口にした。
「これは透明薬。一時的に身体を透明にできる薬だ」
「は…………?」
光来は固まった。
しばらくヤバい空気が流れた後、光来は努めて冷静に席を立ち財布から札を抜いた。カップにはまだカフェオレが残っていたがそんなことはどうでもいい。
「ごちそうさまでした。お代はこれぐらいでいいですか」
「待て待て待て、聞いてくれ。てか奢りって言っただろ、てか絶対五千円もしないだろ」
「こんな頭おかしー奴らに奢られたくねーよ!」
光来が夕慈と浦辺を順番に指差して罵ると、カップを拭く浦辺の手が一瞬止まった。が、すぐに何事も無かったようにまた動きはじめる。
と、夕慈も音を立てて席を立ち光来に反発した。
「浦辺さんはおかしくないかもしれないだろ!!」
「この話聞いて平然としてる時点でおかしいに決まってんだろ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐふたりを横目に浦辺は動じない。無表情すぎて気まずいのかどうかもわからない。
透明薬? あまりにも信じ難い。というか戯言としか思えない。光来は挑発するように言った。
「なら試してみろよ。今、ここでそれ飲んでお前が消えたらさすがに信じるぜ」
「いや……それはできない。透明薬はあと2つしかないから、今使えば侵入ができなくなる」
「はん、じゃあ信じられねーな。今日のことは全部忘れてやる。明日はじめましての挨拶から仕切り直そうぜ」
「光来……ッ」
夕慈は一瞬伸ばしかけた手をすぐに諦めたように引いた。そして光来はリュックを手に席を離れた。そのときだった。
「その薬を作ったのは私です」
浦辺の声だった。出入り口に向かおうとしていた光来は思わず立ち止まり振り返った。浦辺は視線をカップに落としたまま、しかしクロスを持つ手は完全に止まっていた。そしてまた呟くように言葉を繋いだ。
「私は天使国の研究機関で働いていました」