25 光る、飛ぶ、針
まだ日曜日です。(確信)
「こ、この猫は……その辺の野良猫ですよ。そんな変な名前はついてません」
光来は震える声で言った。恐怖で喉が渇いている。
「ん〜? そうかなぁ? じゃあ……」
桜井は両手を浦辺さんの顔の前に持っていき、突然パンと叩いてみせた。浦辺さんは驚き、身体がビョンと跳ねたが、踏みつけられたままの尻尾のせいで高さはなかった。
「アハハハハッ! これこれぇ、この良〜いリアクション! やっぱり浦辺さんじゃないですかあ!」
「だ……誰だって驚くだろ、そんなことされたら」
「ん〜ん、違いますねエ。これは浦辺さんだ。そうだろ、少年」
桜井はそう言って光来の方を見た。じろじろと顔を眺めてくるのが不気味で思わず目を逸らした。夕慈は怖がっているのか、俯いたまま顔を上げない。長い黒髪が簾のようになっている。
「君……良い“礎”になってくれそうだねぇ」
「!?」
下から光来の顔を覗き込むようにして言った。“礎”? 一体何のことだ。言葉の意味はわからなかったが、それを聞いた瞬間、浦辺さんがまたぶるっと身体を震わせてニャッと小さく鳴いた。
「そんなに警戒しなくても。僕らに必要なことでしょう」
「ニ……」
浦辺さんは唸りながら桜井を睨み上げている。毛は逆立ち、耳はぺたんと寝ている。
「ありがとうございます浦辺さん……これは良いお土産ですよ。じゃ、行きましょうか」
「さ、触るなッ」
そう言って桜井は光来の腕を握った。反発しようとしたが力が強くて振り払えない。するとそのとき、焼肉屋の裏口が開いてさっきの男が出てきた。桜井が警戒するようにそちらに顔を向ける。その隙を突いて夕慈がポケットからカッターナイフを取り出し、桜井の腕を切りつけた。
「痛ッ」
「走れ!」
掴まれていた腕と浦辺さんの尻尾が自由になった。光来は咄嗟に浦辺さんを小脇に抱え、夕慈に着いて行くように暗い路地の奥へ走り出した。夕慈は後ろの桜井を振り返りながら走る。
「逃げられないよ」
後ろから声が聞こえた。
「光来ッ」
それから間を置かず、すぐに目の前の夕慈から怒号が飛んできて腕を引っ張られた。身体が左に動く。するとさっきまで光来が走っていた空間に、キラリと光る何かが飛んだ。後ろを振り返る。桜井は立ち止まったまま指を差すようなポーズをしていた。
「なんで軌道がわかったんですか?」
夕慈は後ろを見ながら走る。角を曲がる。桜井はなおもその場に立ち止まっている。離れていくだけの距離。曲がりきる直前、かすかに声が聞こえた。
「まあ……わかったところで、だけど」
角を曲がりきったとき、シュンという風を切る音とともに、光来の背中にちくりとした痛みが走った。痛みを知覚して振り返る。誰もいない。痛みの震源地に触れる。ひやりとして細い。これは、針か? 夕慈が悲痛な表情で近寄ってくる。自分を呼ぶ声が遠のいていくのを感じながら、光来は意識を手放した。