24 研究狂いの男
「どうもぉ」
男はヘラヘラしながら歩み寄る。あれが天使国日本支部ふれあい研究所所長、らしい。細身のスーツを着ていて、身長は170cm半ばくらいだろうか。研究者というよりは普通のサラリーマンといったふうに見え、外見に特筆すべき点は無い。が、それが逆に掴みどころの無さを感じさせる。
声を掛けられた男は焦ったようにタバコの火を消し、頭に着けていたバンダナを勢いよく取って礼をした。
「ッス! 桜井さん」
“桜井”という名前が出た瞬間、浦辺さんはびくりと小さな肩を震わせた。顔は背けているままだが、耳だけは桜井達の方へしっかりと向けている。姿が猫なので可愛い分胸が痛い。それにしてもこの様子、彼とは相当因縁があるらしい。
「やあやあ」
桜井はポケットに突っ込んでいた手を軽く上げ、バンダナ男のすぐそばまで近寄ると足を止めた。
「吸ってて良かったのにぃ。僕も1本貰っちゃおうかな〜」
「えっ、桜井さん吸うんすか?」
「ん? うん、たまにね」
「そうなんすね……あ、火つけるっすよ」
バンダナ男はサッとライターを構えた。桜井は片手で礼をし、美味そうに煙を吸い込んだ。
「ありがと」
男達はそのまま2、3分ほど談笑していた。薬物の受け渡しにしては随分悠長にみえる、と思っていた矢先、桜井が急に何かを手渡した。
「遠いな、見えるか?」
夕慈が囁いた。
「ああ……柄が入ってて見えづらいけど、チャック付きの袋に錠剤がいくつか入ってる」
いいオッサンが使うには可愛すぎる、ウサギのキャラクターの柄だ。小学生の頃、女子は全員あのキーホルダーを持ってた気がする。えーっと、名前はなんて言うんだったか。
「お前目良いな」
バンダナ男はへへ、と言ってその袋を受け取り、代わりに分厚い封筒を差し出した。桜井はそれをスーツの懐に仕舞い込んだ。次はこのバンダナ男にあたって、あの薬の正体を突き止める必要があるな。
「いやー世話になりますネー」
「や、マジでアイツら、もうこれ無いとダメなんで。ほんと、アザス」
「えっ、ホントぉ? また話聞かせてよ。……あ、もう戻っていいよ。僕はコレ吸ったら行くから」
「うす、アス」
バンダナ男はペコペコしながら焼肉屋へ戻っていった。彼が戻って数秒ほど経った頃、桜井がタバコを口に咥えながらまたポケットから何かを取り出した。あれは……さっきの袋だ。が、今度は中身が空だった。
何をするのかと思って見ていると、バンダナ男が吸い終わったタバコの吸い殻を摘み上げて袋に入れ、しっかりとチャックを閉めた。
「ウワ……」
夕慈と光来は2人揃ってドン引きした。そのときなぜか光来はぴんと来た。
あ、わかった!
「チュリーちゃんだ」
“チュリーちゃん”ーーその言葉を聞いた瞬間、浦辺さんがバチンと尻尾を振った。
「!?」
光来と夕慈は2人して浦辺さんの方を向いた。ーーそれが命取りになるとも知らずに。
「ギャッッッ」
全員が目を離した、その一瞬だった。
「ねーッやっぱり浦辺さんですよねエ!」
「!!?」
桜井がすぐそこにいた。
ーー逃げ……いや、駄目だ!
光来は咄嗟に思考を巡らせたが、桜井の足元を見てとどまった。浦辺さんの尻尾が踏みつけられていたからだった。
「ん〜〜カワイイ尻尾の先っちょが見えてましたよぉ。どーしたんすか、こんなネズミちゃん2人も連れて。あっ、もしかして僕にお土産ですかあ?」
桜井はそう言いながら白い歯を見せて笑った。