第三章 覚醒 下
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灼熱の陽光が薄雲の天蓋に斜めに差し込み、烈々たる輝きを撒き散らしていた。地平線の果てには幾筋もの浮雲がたなびき、夕暮れの金色の光糸がそれらに降り注ぐと、まるで和紙に滲む墨滴のように広がっていく。
光の滝は次第に細い糸へと収束し、鬱蒼とした森の縁に脆い琥珀色の縁取りを施した。枝葉が微風にそよぎ、金糸は波のような形を描く。
酔いしれた夕陽の気配が、亀裂と苔に覆われたビルに映り込み、過去と重なりながらも、未来と通じ合っているかのようだった。
スーツに身を包み、紫色のリーゼントの男が、ガラスのない窓枠の後ろに長い間佇み、地平線を深く見つめていた。
「実に美しい風景だな。」
男は思わず感嘆した。
それから彼の視線はゆっくりとビルの足元へと移る。そこにも一人の少年が立っており、こちらを見つめていた。彼は美しい景色には無関心なようで、鋭い銃身のような眼差しは決意と怒りに満ちていた。
「……お前さえいなければな。」
男は重くため息をつき、首を振った。唇をわずかに開け、威厳に満ちた口調でゆっくりと、上方へと語りかける。
「まだわからんのか?なぜまたここに戻ってきた?もう一度死にたいのか?」
彼の声には金属の錆びたような感触があり、しわがれて重々しかった。
上方から見下ろされる彼の陰鬱で冷たい顔を見つめ、上条伏嗣は歯を食いしばり、思わず右拳を握りしめ、男に反論した。
「クソッ!俺がなぜここに来たか、お前が一番よく知ってるんじゃないのか?!」
「はあ……」
男はまたもや諦めたように首を振った。彼がなぜまたここに戻ってきたか、男はもちろん理解していた。そもそも今回の戦いは彼が仕掛けたものなのだから。
花奏祈羽、執行課の14歳の少女。上条の目的は、男に拉致された彼女のためだった。
「実に哀れだな……お前も、俺も。」
男の陰鬱な声が空気中に重く響いた。
「お前は最も大切な人のために、自分の体を駆り立て、奴隷のように働かせている。そして俺もまた、お前と似たような境遇にある。」
「我々は共に『信念』という名の檻に囚われ、そこから抜け出せずにいる。」
「そして少し後、お前はこのはかないもののために、ここで命を落とすことになる。」
「ただ、お前の『信念』の中に、一体どれほどの悪意が混ざっているのか、知りたいものだな?」
上条は彼の一言一句に込められた意味を理解できなかったが、それでも怒りの眼差しで男を睨みつけ続けた。一瞬たりとも目を逸らそうとはしなかった。
男もまた彼と見つめ合い、鷲のように鋭い視線は、一瞬で上条の内面を見透かすかのようだった。
しばしの沈黙の後、男は視線を外し、ビルの真正面に広がる市街地を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……お前には相棒がいるな。どこかでこっそりとここを観察している奴が。」
「……!?」
上条は彼の言葉に驚愕し、呆然と男を見つめた。
(香鈴……もうバレてるのか?)
男は上条の考えを察したかのように、続けて言った。
「彼女の位置はわからんが、戦いに参加していることは間違いない。」
彼は再び上条に視線を戻す。
「お前が魔術師でないことは知っている。しかし、お前の負傷はすでに完治している。昨日から今日までたった一日だ。医療の可能性を排除すれば、残る答えは一つ:誰かがお前に治療系の魔法を使ったのだ。」
「お前は一般人が魔術師に敵わないことをよく理解している。だから彼女と手を組み、俺を倒そうとした。お前と関係のある者すべてを合わせれば、答えは明白だ:上条香鈴。」
「なっ……!」
上条は心底驚いた。瞳孔を震わせ、眼前のビル上から自分を見下ろす謎の男を見つめる。
視力ではなく、上条への調査だけで、もう一人の魔術師の正体を即座に見抜いたのだ。
この男は、いったい上条のことをどれだけ知っているのか?
「クソッ!俺のことをどれだけ知ってるんだ?!」
血が滲み出そうな眼で男を睨みつけ、上条は詰め寄った。
男はまた首を振り、ため息をついた。失望極まりない口調と眼差しで上条を叱責する。
「本当にどういうつもりだ……へぼ魔術師を連れて戦おうだなんて。そんなに死に急いでいるのか?魔法が一度しか使えないだと?何と滑稽で哀れなことか。魔術師とも呼べず、魔術界への愚かな侮辱、そして俺への不敬だ。」
「てめえ!妹を侮辱するなんて許さねえぞ!」
上条の怒りは頂点に達した。下唇を食いしばる歯の間から一条、また一条と血の筋が滲み出し、顎を伝って地面に滴り落ちた。握りしめた右拳からも血が滴り落ちているが、彼の痛覚はこれらの信号を遮断しているようだった。
男は彼の怒りに少しも反応せず、ただ平静に、冷淡に、軽蔑の眼差しで見下ろすだけで、まさに高みの見物といった態度だった。
再び息が詰まるような沈黙が流れた。
「はあ……」
またもや惜しむようなため息。
男の眼差しが次第に鋭く、冷たくなっていく。まるで上条の心臓に突き刺さる冷たい刃のようで、彼の体内でぐるぐると掻き回す。唇をゆっくり開け、一語一語、上条に言い放った。
「一度は機会を与えたというのに、それでも命を粗末にする気か?」
「少し後悔してきたぞ、」
「あの時、お前を直接殺しておくべきだった。」
そう言うと、男は右手で髪を後ろへ梳かし、威圧的な眼差しで上条を睨みつけた。左手をポケットからゆっくりと持ち上げ、両足を肩幅に開き、楽で無理のない姿勢を取った。
自然に垂らしていた右手を上げ、手のひらを上条に向け、戦闘態勢を整え、上条に言った。
「俺の名はジャン・ブレスト。これから俺に命を奪われる者として、お前に俺の名を知る権利を与えよう。」
「お前が初めて知る名であり、最後に聞く名でもある。」
彼の手に複雑な紋様が浮かび上がり、空中でゆっくりと回転する。腕には三つの光輪が現れた。上条がかつて見たことのないものだった。
「『生命は虚無に帰演すconnection genesis』!」
(しまった!)
上条の足元に突然多重の円環が現れ、その中心から白く光る球状の物体が昇り始めた。彼は危機感を察し、慌てて周囲へ飛び退こうとした。
(ドン!)
白い物体のあった場所で突然、凄まじい衝撃波が発生した。上条は耐えきれず、吹き飛ばされ、距離を取られた。続いて、衝撃波の中心、すなわち白い物体が、周囲に向かって無数の太い枝を放射状に撒き散らした。上条は避ける時間も場所もなく、真正面から襲い来る攻撃を受け止め、数メートルも押し出された。
「ぐはっ!」
上条の腹部は再び強烈な衝撃を受けた。打ち倒された彼はバランスを崩しながらも必死に起き上がろうとしたが、足元のふわついた感覚はどんな攻撃も発動させられず、ブレストに半歩も近づくことを許さなかった。
上条の命は完全にブレストの掌中にあった。
彼は右手で打たれた左腹部を押さえ、激しい痛みで理性を保つのが困難になりつつあった。左手をポケットに差し込み、無意識に硬く冷たい物体に触れた。
それは「ユートピア」だった。
(……まずは持ち物に紛失がないか確認だ。)
彼はわずかに理性を取り戻し、右ポケットを調べ始めた。
(よし、符印カードもまだある。)
指が物の鋭い角に触れた。そっと握りしめ、親指でその上の紋様を繰り返し撫でた。
(これが奴を倒し、祈羽を救い出す唯一の方法だ。絶対に失ってはならない。)
彼は拳銃のグリップを握り、ポケットから取り出すと、右手を自然に垂らした。
「おお?符印武器か?あの魔術師がくれたのか?」
ブレストは上条の動きに気づいた。彼の手にある武器を見て、少し興味を持ったようだ。
「お前に魔力は一切ない。最強の符印武器『闇喰み』すらお前の手にあっては無意味だ。あの魔術師が一体何を考えているのか、手持ちの符印武器が多すぎると思っているのか?それとも単純に、これで俺を倒せると本気で思っているのか?」
彼の掌は特定の法則に従って動いているようだった。上条は警戒を強めた。
「時々、思い上がった奴らが本当に嫌いになる。彼らは傲慢で偏屈、独りで全てを変えられると信じ込んでいるが、ただの道化に過ぎん。」
彼の手は次第に速度を落とし、やがて止まった。続いて、上条の足元に、境界がぼやけた環状の光に似たものが突然現れた。
彼は最初、地面の模様かと思ったが、すぐに違和感に気づいた。
ゆっくりと顔を上げた。
彼が見たのは、輝きを放つ雲霞だった。
そして、真上に浮かぶ巨大な光輪だった。
「終決を降らせよ、『淵暗の流れSingularity』!」
光輪に号令をかけるかのように、ブレストの右手が猛然と下ろされた。
(?!)
強大な風圧が上条に襲いかかった。彼は両手を交差させて顔の前に構え、同時に受動的に後退した。
高速の風浪で目を開けられず、目尻の隙間から状況をうかがうしかなかった。
その時、ブレストは空中の一点を見つめ、表情は陰鬱で、目つきは鋭かった。
上条は彼の視線の先を追った。
光輪の中心で、まばゆい白光を放つ球状の物体がゆっくりと膨張し、巨大化していた。風圧はそこで生じていたのだ。
息が詰まるような圧迫感で、上条の両足は枷をはめられたかのように、一歩も動かせなかった。
上条の身体は本能的な危険信号を発していた:
すぐに行動しなければ、死ぬ。
「ぐっ……ああ……!」
死の恐怖が攻撃への恐れを超越した。上条は強烈に身体を駆り立て、この圧迫下でも足が動くようにした。攻撃範囲から逃れようと。しかし、彼の両足は石化したかのように、半歩も動かせなかった。
全てはもはや手遅れだった。彼の足は床に釘付けになっていた。
「はあ……はあ……」
彼はゆっくりと顔を上げ、自嘲とも諦観ともつかない数声の笑いを漏らした。水平線の彩霞を見つめる。これは彼が今まで見た中で最も美しい瞬間だった。
「なぜだ……お前まで泣いている……敵のために泣くなんて……それでいいのか……?」
彼は一歩も逃げられず、膨張を続ける光球は落下する空の如く、上条はついに死を免れない。彼は諦めの想いを抱き始めた。
「伏嗣……俺は……家がないんだ……」
ブレストの変わらぬ表情を見て、上条は悟った。今回は本当に負けると。今の局面を救うことはできない。一般人が魔術師に打ち勝てるというのは所詮痴人の夢、あの時はただ運が良かっただけだ。
あの日、家を出なければ良かった。祈羽に出会わなければ、「一般人でも魔術師に勝てる」という錯覚を抱かず、こんな状況に陥ることもなかったろう。
「……伏……伏嗣は……綺麗だと思うか……?」
元々彼はただの高校生だった。今、魔術師である者の手で敗れることができれば、それも誇るに値するだろう。
他人のために命を投げ出すことができる。彼はいつも自分の命がそんな風に終わることを望んでいた。
「そ……それでお前のベッドはどうする……俺が濡らしたんだろ……やっぱり、俺のせいだよな……」
「……手……手伝おうか……?」
「うまい……こんなに美味いもの初めてだ……」
しかし、これは今の彼が望むものではなかった。
彼はまたあの幼い少女を思い出した。あの無力で孤独な姿を。雨の中で崩壊した夢を思い描き、陽光を見上げる、虚ろな眼差しを。雨が止んだ後、おそらく彼女の身体は消えてしまうだろう。
彼は誓った。あの少女を守り、二度と孤独を感じさせず、悲しみで泣かせないと。必ず彼女に幸せを与えると約束した。もしここで終われば、少女の希望は完全に砕け、彼女の悲惨な結末を迎えることになる。
今は決して彼が望む結末ではない。
上条伏嗣はここで死んではならない。
彼にはまだ最後の手段があった。
「はあ……はあ……」
強烈な窒息感の中、上条は右手の銃をポケットに入れ、必死に探り続けた。
彼は忘れていたものに触れた:
小型の折りたたみナイフだ。
もちろん、ブレストにとってはただのおもちゃに過ぎない。
上条がそれを取り出したのには別の狙いがあった。
彼は左手で刃を出した。頭上からの白い光が刃に冷たい光を放つ。滑らかな表面に、青ざめ、きらめく汗を浮かべた彼の顔が映った。
ナイフを握る右手が微かに震える。
「はは……仕方ないな……」
彼は苦笑した。
逆手にナイフを握りしめ、
一瞬ためらった後、
自分の左太もめがけて、思い切り刺し込んだ。
激しい痛みで彼の表情は制御不能になった。しかし、体内の恐怖と窒息感はこの瞬間、痛みによって一時的に抑えられ、脳も徐々に思考を取り戻した。彼はこの機会を利用して術式範囲からの脱出を試みた。
「はあ……はあ……」
太ももの深く抉られた傷口から絶え間なく湧き出る血を押さえながら、彼は足を引きずって光輪の縁へと歩いた。
ブレストはこれに対してもなお無視していた。上条が逃げられないと確信していた。
上条は光輪の外側へ手を伸ばし、それとの距離が縮まるのを感じた。
しかし、頭上にある光球は、もう限界に達しようとしていた。
長い間沈黙していたブレストが、突然この瞬間に上条へ向かって言った。
「さらばだ。」
そう言うと、上条に恭しく一礼した。まるで公演終了後、観客に挨拶する役者のようだった。
「?!」
上条は驚いてブレストを振り返り、それからまだ距離のある術式の境界線を見た。
その時、頭上で膨張し続けた光球は最大限に達していた。
(クソッ!やっぱりダメか?!)
彼は無力に前方へ歩いた。
「ユートピア」がポケットの中でかすかに音を立てた。
(?!)
突然、上条は最後の手段を思いついた。
(仕方ない……試すしかない!)
躊躇わずに前方へ飛び込むと同時にナイフを捨て、素早くポケットから拳銃を取り出し、右手を背中後ろへ引いた。
「バン!」
そして思い切り背中に向けて一発撃った。
弾丸が発射される反動を利用し、上条はより大きな推進力と慣性を得た。彼は地面を数回転、転がった。
その瞬間、
「ドゴォォォン!!!」
光球が猛然と落下し、天をも貫く巨大な光の柱となった。
光柱を中心に、巨大な衝撃力が上条を硬く粗い地面に引きずり、距離を飛ばした。
わずか数センチの差だった。
「ふう……ふう……」
死地を脱した上条は、心臓が胸から飛び出しそうだった。絶え間なく胸を撫でながら、気持ちを落ち着かせた。
「……?」
生き残った上条を見て、ブレストの脳内は混乱し始めた。平静を装っていたが、絶え間なく痙攣する口元は、彼の心の動揺を露呈していた。
大波の後の束の間の平穏。
(パン!パン!パン!)
ブレストは拍手をした。
「ははははは!」
彼は大笑いを止めなかった。まるで上条の危急の中での冷静さを心から称賛しているかのようだった。
しかし、次の瞬間、
彼の喜びに満ちた表情は突然、非常に厳しいものに変わった。
「ズッ!」
彼は植物を操り、自分の腿に一つの傷を刻んだ。
「傲慢な者を罰するはずの俺が、このように傲慢になっていたとはな。これは俺の過ちだ。だが次は、お前をこんなに運良く逃がしたりはせん。」
彼の眼差しはさらに鋭く、凶暴になった。遠くの上条を睨みつけ、腿から流れる血が白いスラックスのズボンを染めたが、彼は全く気にしていないようだった。
上条はわずか数センチの距離にあった術式の痕跡を見た。地面は相変わらず無傷で、ついさっきここで骨すら燃え尽きるかのような巨大な光柱が現れたとは信じがたかった。
消えたナイフを除いては。
無傷でそこに転がっているはずだったナイフは、今や跡形もなく消えていた。
上条は想像できなかった。もしさっき、拳銃の反動を利用して術式から逃げ出すことを思いつかなかったら、自分がどうなっていたかを。
彼に残された選択肢は、塵と化すことだけだったかもしれない。
そう考えると、上条はなおさら自分が生き残ったことを喜び、植物の肥料になることを免れた。
彼は左手の袖を力強く引き裂き、裂いた布で太ももの傷口を簡単に包帯した。手で地面を支え、反動を利用してゆっくりと立ち上がった。
(残された武器は二つだけだ。『ユートピア』はまだ6発残っている。次は……どうする……?)
上条は情報を必死に整理し、それを自分に有利な情報に変えようとした。
ブレストはビルの三階に立ち、無表情で上条の一挙一動を観察していた。
そして、彼はゆっくりと右手を上げ、掌に魔法の紋様を浮かび上がらせた。
「咲けよ、生の種。」
彼の冷たく、感情のこもらない声が、上条に即座に警報を鳴らさせた。
(ゴゴゴッ!)
上条の足元の地面から突然、数本の植物の牙が突き出した。
(?!)
上条は躊躇わずに横へ飛び込んだ。着地で舞い上がった土埃が上条の周囲に立ち込めた。
次の瞬間、
(ゴゴゴッ!)
上条がついさっき立っていた場所から、突然地中から数十本の蔦が飛び出し、檻状の空間を取り囲んだ。
(こいつ……俺を苦しめ抜いて殺そうってのか?!)
状況を理解した上条はブレストを見た。その瞳には点々と炎が揺らめいていた。
「あの幼稚でつまらないP3027が、お前にそんなに大事なのか?彼女のためにここまでする価値があると?」
ブレストは冷たく上条に言った。
「余計な口出しはするな!」
上条は鋭くブレストを遮り、左手の掌で右手首を支え、いつでも銃を撃ち構える準備を整えた。
上条の警戒を見て、ブレストは突然滑稽に思えた。彼は皮肉を込めて言った。
「まさか本気で、運だけで攻撃をかわしたと思ってるんじゃないだろうな?俺が望めば、今すぐお前を殺せる。ただ、あまりにもつまらん。お前が死ぬ前に、もっと楽しみを提供しろ。」
「大主司も本当につまらん。こんな退屈な仕事を俺にやらせるなんて。もっと挑戦的な任務を割り振ってほしかったものだ。」
「大……主……司……?」
上条の声は震え、銃を握る右手の掌にも微かに汗をかいた。
ジャン・ブレスト、こいつは執行課だ。
「てめえ!お前もかつて祈羽の仲間だったのに、なぜ裏切った!人間としての同情と羞恥心は微塵もないのか!」
上条の一連の詰問と糾弾は、むしろ真実を知った後の衝撃と受け入れがたい感情を表していた。
「チッ。」
ブレストは頭を高く上げ、目つきはさらに軽蔑を増し、苛立たしげに舌打ちを一つした。
「小僧、お前は本当に鬱陶しい。」
「お前がそうまでして信じる、お前の言うところの『正義』は、ただより多くの者を苦しみに陥れるだけだ。」
「お前は自分が人を救っているとそんなに信じているのか?P0327がお前についていくことは、ただ苦痛を増すだけだ。最初から一人で逃げる方がましだったろうに。」
「お前は自分の弱さを本当に自覚していないのか?それとも天真爛漫に、弱者が強者に勝つ英雄のように振る舞えると思っているのか?一般人に魔術師を守らせるとは、何と滑稽なことか。」
「お前が最初から遠くへ消え失せていれば、世界に無駄な苦痛がまた一つ増えることもなかっただろうに。」
「な……何を言ってるんだ……?!」
上条は怒り心頭、ブレストを睨みつけ、怒りの気勢で対抗した。
「お前は最初から、」
ブレストはますます見下すように、
「誰かを守る能力など持ち合わせていない。」
「お前は畏敬の念を持って命に感謝し、下水道のネズミのように、恥知らずに一生をやり過ごすべきだったのだ。」
彼は右手を上げた。
「俺とお前の差を思い知らせてやろう。」
一つ、また一つと光輪が浮かび上がった。
「『枯れゆく花を葬れShriveling Rot』!」
(ドオォン!)
彼の掌から、極めて大きなエネルギーの光線が迸った。
「!?」
上条は慌てて両側へ転がった。
(ジリリリリッ!)
上条がその場を離れた瞬間、攻撃が追いかけた。
光線が掃った場所には、人工の地盤がむき出しで空気中に露出し、上の覆いは跡形もなく消え失せ、縁だけが枯れた小草が残り、周囲の土地と組み合わさって、一本の線状の窪みを呈していた。まるで大地に傷痕を残したかのようだった。
(こ、これは一体……?!)
上条は茫然と攻撃が残した痕跡を見つめ、身体の本能的な恐怖が脳に直撃した。
アドレナリンはさっきの一瞬で見事に作用し、彼は紙一重で致命的な魔法攻撃をかわした。
彼は大きく息を吐き、現状を仔細に分析した。
「チッ。」
またしても苛立たしげな声。
ブレストは両手を胸の前で組んだ。完全に忍耐力を失ったようで、高慢に言った。
「本当につまらん。もう十分だ。」
彼の足元に微かな光が浮かび上がった。
「狂おしく育て、生の種よ。」
上条の目の前で、突然地面から二本の蔦が飛び出した。鋭い先端は槍のように戦慄を誘う。それらは真っ直ぐ雲を突き抜け、空中で急旋回し、上条を攻撃し始めた。
「?!]
上条は慌てて立ち上がると、また横へ飛び込んだ。追いかけてきた蔦は上条のさっき心臓があった位置に猛スピードで突進した。もし上条の反応が遅れていたら、彼の胸は貫かれていただろう。
非常に高い運動エネルギーを持つ蔦は斜め上へ天空へ突き進み、空中から再び上条に攻撃を仕掛けた。
(またかよ!?)
上条は立ち上がる暇もなく、体を横たえたまま横へ転がり、辛うじてこの一撃をかわした。
「くそっ!」
上条はよろめきながら立ち上がり、かろうじてバランスを保った。彼は右手の「ユートピア」を掲げ、蔦の先端を狙い、それを粉砕して殺傷力を減らそうと試みた。
しかし蔦の移動速度は非常に速く、上条の手の動きは全く追いつかなかった。彼は諦めて銃を下ろし、窮地を打破する別の機会を探す準備をした。
空中を縦横無尽に飛び回る蔦が突然急旋回し、上条に向かって突き刺さった。
「来い!」
上条は腰を落とし、まさにこの一撃を正面から受け止める構えを見せた。
蔦が空気を切り裂く音が近づき、瞬く間に上条の眼前に迫った。
千鈞一髪のその時、
上条は突然横へ跳んだ。
蔦の先端は曲がりきれず、凄まじい速度で地面へ突っ込み、地中深く刺さってしまい、もがいても抜け出せなかった。
蔦が拘束されているこの時間を利用して、上条は拳銃を三階のブレストに向けた。
ブレストは相変わらず無表情で彼を見つめていた。
しばしの対峙。
「荒唐無稽だ。」
嘲笑を一つ交えて、ブレストは右手を振った。すると攻撃術式は解除され、彼は軽蔑の眼差しで上条を見た。
「な……何がだ?」
上条の攻撃的な眼差しはブレストの侮蔑に真っ向から向けられた。彼は銃身を強く握りしめ、いつでも引き金を引く準備を整えた。
「まさか本気で、この拳銃が俺を傷つけられると思っているんじゃないだろうな?」
上条の防御動作を見て、ブレストは彼の無知と傲慢を大いに滑稽に感じた。
「物理的な攻撃は俺を傷つけられない、まだわからんのか?」
「くそっ!」
上条は無念だったが、不本意ながらも拳銃を下ろすしかなかった。
「爆ぜよ、生の種よ。」
ブレストは上条が考え込んでいる隙に突然攻撃を仕掛けた。
(?!)
情報整理中の上条は突然現れた蔦に思考を引き戻された。彼は横へかわそうとしたが、すでに手遅れだった。
「ぐはっ!」
彼は真正面から飛んできた頑丈な蔦に腹部を強打され、身体は受動的に「く」の字を描き、蔦に引きずられて数十メートル飛ばされ、さらに地面を数メートル転がってようやく止まった。
おそらく奇襲だったため、蔦の先端はそれほど鋭くなく、むしろ太い丸太のように上条に襲いかかった。致命的ではないが、上条に重傷を負わせるには十分だった。
「げほっ……げほっ……」
上条は咳き込み続けた。二度目のダメージを受けた腹部は内傷を負っていた。もし再び攻撃を受ければ、彼は全ての攻撃と防御手段を失うだろう。その時は、敵の思うままになるしかない。
ブレストは術式を解除した。上条はその時ようやくもがきながら立ち上がり、右手首を握っていた左手を離し、代わりに傷ついた腹部をかばった。
「狂おしく爆ぜよ、生の力よ。」
連続した攻撃が続々と襲いかかった。
上条は横へ跳び、正面からの突進攻撃をかわした。続いて彼は前方へ飛び込み、側面からの攻撃が追いかけて、上条がさっきいた位置を突いた。地面に伏せた彼は横へ転がり、足首を狙って掃ってくる蔦をかわした。
上条は辛うじて連続攻撃をかわし、緊張で激しく鼓動していた心臓も次第に落ち着いていった。額にいくつかの汗を浮かべた上条はゆっくりと立ち上がり、ブレストの方を振り返った。
ブレストは、その時、勝利者のような笑みを浮かべていた。
次の瞬間、
(?!)
上条の足元に突然、密集した光輪が現れた。
「くそっ!」
上条は横へ飛び込もうとしたが、ブレストが高く掲げた右手がこの時猛然と下ろされた。
「狂おしく育て、生の種よ。」
上条の足元の魔法陣から突然、凄まじい速さで数本の蔦が飛び出し、彼をがっちりと絡め取った。
「またこれか?!」
上条は狂ったようにもがいたが、蔦は微動だにせず、ひび一つ入らなかった。絡め取られた上条はゆっくりとブレストの面前へと運ばれた。
「勝負は決した。安らかに死ね。」
ブレストは、
垂らした右手の掌を開き、
「『荊棘の棘』。」
一振りの荊棘の剣が彼の手に現れた。
彼は上条の前で剣身を揺らめかせ、勝利宣言を下す。
「お前は戻ってくるべきではなかった。」
上条は終始うつむいたままで、一言も発さなかった。すでに絶望の極みに達し、抵抗を諦めたようだった。
もしブレストが彼の顔を見ていなければ。
「ん?」
彼は髪に隠れた上条の表情に気づいた。
彼の口元が微かに笑みを浮かべていた。
上条はずっと待っていた。ある機会を。
今、ついに彼はそれを待ち受けた。
それは:
ブレストが警戒を緩める瞬間だ。
今の上条は、ブレストの全注意を引きつけていた。
言い換えれば、ブレストはこの時、完全にもう一人の存在を忘れ去っていた。
しかし上条は覚えていた。
ビルの真正面にある市街地、高層ビルの屋上に、一人の少女が佇んでいた。彼女は時折、すぐそばの果てしない彩霞を振り返り、密林の間にそびえ立つ廃ビルを見渡していた。
距離があまりにも遠すぎたため、彼女はビルの輪郭をかすかに見えるだけで、おおよその距離を判断するしかなかった。
高所の空気は薄く、風の震えを伴って、少女の茶色の長髪を撫でていた。赤と黒のストライプのプリーツスカートも風に乗って軽やかに片側へ流れ、時折浮き上がった。
少女の左手には現代的なコンポジットボウが握られ、右手には特殊素材でできた半透明の矢が持たれていた。右手の真下には全く同じ矢が入った袋が置かれていた。
少女はだらりと髪を揉みながら、右襟に掛けられた黒い物体が規則的に緑色の点滅光を放ち、時折ざわついた音を立てるのを、首を傾げて聞いていた。
「はあ……俺のゲームが勿体ない……」
この少女こそが、上条香鈴、上条伏嗣の妹であり、協力者だった。
上条は香鈴が一撃でブレストを倒せると期待していたわけではなかった。
彼には別の狙いがあった。
その時、ブレストはようやく上条の首筋の襟に微かな緑色の光が点滅していることに気づいた。
それは通信機だった。
上条は顔を上げ、勝利者にふさわしい微笑みを浮かべた。彼は確固たる自信に満ちた眼差しで驚愕するブレストを見つめ、叫んだ。
「香鈴!X軸10!Y軸16!次元特異点はそこだ!全力で攻撃しろ!」
その時、市街地のビル屋上で、香鈴は目を凝らして戦場を見つめていた。
情報を受け取ると、香鈴はゆっくりとコンポジットボウを掲げ、左手の矢をそっと弦に当て、だらりと答えた。
「はーいー」
彼女は体を横に向け、弦を引き始めた。手の甲の血管が徐々に浮き出て盛り上がり、滑車もゆっくりと回転し始め、摩擦音を立てた。彼女は遠くの一点を狙い、徐々に力を込めていった。
弦が限界まで張られた時、彼女はゆっくりと目を閉じ、満弦の姿勢を保った。
続いて、彼女の足元には数えきれないほどの大量の光輪が現れ、緑色の奇妙な紋様が彼女の足首、体、腕へと這い上がり、全身を覆った。
「?!]
ブレストは驚愕してビルの下の一点を見た。それは彼が設置した位相魔法の次元特異点だった。今は何の動きもなかったが、次の瞬間には魔法攻撃に晒されるかもしれない。
無防備に空気中に晒されていた。
まさにその時、魔力を注ぎ込んでいる香鈴はゆっくりと片目を開け、視線を標的へと結んだ。緑の紋様が微かな光を放ち始めた。
コンポジットボウの奇妙な紋様も緑の紋様と共鳴し、生命を吹き込まれたかのように、規則的に点滅しているようだった。
「流星の軌跡を超越せよ、」
矢は次第にまばゆい白光を放ち始めた。あたかも薄暗い空に降り注ぐ稲妻のようだった。香鈴はすべての魔力を術式に注ぎ込んでいた。傾いた夕陽が果てしない地平線に完全に沈み込んだその時、
「『星夜Stella』!」
彼女は躊躇わずに右手を離した。
(バン!)
矢が放たれた瞬間、鋭い矢尻の部分で巨大なソニックブームが発生した。その速度はマッハ40をはるかに超え、周囲の次元を引き裂く勢いで、まるで天を貫く流星のように、目的地へと猛スピードで襲いかかった。
「くそっ!」
ブレストは慌てて手を上げ、防御魔法をかけ始めた。
「『覆羽Full coverage』!」
彼は体内に残るすべての魔力を術式に注ぎ込んだ。突然現れた硬質の白い蔦が次元特異点を包み込み、球状となって、未知の位置からの魔法攻撃に備えた。
しかし、次の瞬間、
(バキィィン!!)
彼の全力の防御は、矢に正面からやすやすと貫かれた。
耳をつんざく爆発音が轟き、流星の矢は寸分違わずブレストが設置した位相魔法の次元特異点を直撃した。
(ガシャン!ガシャン!ガシャン!!)
ガラスの砕けるような音が響き渡り、位相魔法は完全に破壊された。
「くそォォォォ!!」
ブレストは怒りに満ちて罵倒した。しかし彼は術式破壊の怒りに浸っており、全く気づかなかった。
上条がその隙を利用し、束縛から解き放たれたことを。
「この小僧め!」
怒りに燃えるブレストが蔦の方を向くと、そこにはもはや上条の姿はなかった。
「?!]
これがブレストに与えたもう一つの衝撃だった。彼は焦って上条の姿を探し、ビルの足元で立ち上がろうとしている上条を発見した。
「くそっ!」
ブレストは急いで右手を上げ、再び植物魔法を使って上条を捕らえようとした。魔法陣が再び彼の前に現れた。
「?」
しかし、今回は魔法陣は何の反応も示さなかった。
ブレストは呆然と顔を上げ、すぐに理由を理解した:
その時、夕陽ははるかかなたの世界の果てに消え失せ、代わりに果てしない闇夜が広がっていた。
「これは我々の初めての出会いでも、二度目でもない、」
上条はすでに立ち上がっていた。彼は拳銃をブレストに向け、顔を上げ、まだ茫然としている彼に言った。
「三度目の出会いだ。」
「お前は一昨日、つまり8月14日に起きたことを覚えているか?その時お前はどこかのケーキ店で気に入った商品を選んでいたはずだ。しかし不運なことに、その時俺もそこにいた。」
「俺はお前の身に漂う奇妙な匂いに気づき、だからお前に多少の印象を持っていた。」
「俺が二度目にここに立った時、すぐに理解した。お前があの男だと。」
「お前は……植物と『共生』する道を選んだのだ。」
「……」
ブレストの視線は上条へと移った。彼の震える瞳孔は予告なく大きく開いたり縮んだりした。彼は口を開いて何か言おうとしたが、次の瞬間、
「バン!」
上条は彼に向けて引き金を引いた。
「!」
巨大な爆音で我に返ったブレストは慌てて防御術式を発動させ、弾丸を防いだ。
「はは……やっぱりダメか……」
銃口からゆっくりと白煙が立ち上る。上条は掲げた右手を下ろし、諦めの苦笑を浮かべた。
属性魔法が完全に使えなくなっても、通常魔法にはまだ影響がなかった。
慌てて攻撃を防いだブレストは徐々に冷静さを取り戻した。彼は凶悪な目つきで上条を睨みつけ、やがてゆっくりと言った。
「……お前は確かに……幸運だ……」
彼はポケットの中で何かを探り、それを窓の外へ撒き散らした。
次の瞬間、植物魔法が再び彼の前に現れた。
突然現れた蔦が一段また一段と階段を形成し、最後の一段が設置されると止まった。
ブレストは階段を伝ってゆっくりと足元へと降りていった。革靴が落ちるたびに響く音は、上条の心臓の鼓動と一致していた。
「お前の度胸は称賛に値し、戦略も賞賛に値する。」
ブレストは一歩一歩階段を降り、ついに右足が最後の段に降り立った。
地面に着いた彼は上条に横向きで、目を閉じて何かを考えているようだった。右手はポケットの中で探り続けていた。
「だが、お前は今日、ここで死なねばならん。」
彼は突然体を上条に正対させると同時に、右手の物を投げつけ、大声で叫んだ。
「咲けよ、生の種よ!」
「!?」
上条は即座に警戒態勢に入った。これは植物魔法の術式だ。彼は両側へ飛び込んで攻撃をかわそうとした。
「ビリッ!」
しかし、もう遅すぎた。
「うわっ!」
上条の左腿の付け根が突然の攻撃で切り裂かれ、ズボンも引き裂かれた。ポケットに入っていた符印カードが地面に落ちた。
上条はそれを拾おうとしたが、ブレストは彼に息をつく暇を与えなかった。
「爆ぜよ、生の種よ!」
ブレストは素早くポケットから物を取り出し、上条へ投げつけると同時に術式を発動させた。
すでに警戒態勢にあった上条は素早く反応した。彼は慌てて体を回転させ、前方へ飛び込んだ。
(バン!)
物体を中心に、空中で数十本の蔦が迸った。しかし魔力不足のためか、術式範囲は元の半分に縮小しており、上条は術式に巻き込まれなかった。
上条は立ち上がると、ブレストの魔法攻撃を常に警戒した。彼は振り返り、ブレストに向き合い、両足を開き、右足のつま先をわずかに上げ、左手で拳銃を持つ右手首を支え、いつでもどちらかへ飛び込める準備を整えた。
ブレストは長い間立ち尽くし、上条を見つめ、一言も発しなかった。周囲の闇が上条に彼の表情を見えにくくしていた。
「……お前を完全に打ち負かすために、俺は多くの準備をしてきた。」
ブレストはしばらく沈黙し、口を開いた。
「俺はビル周囲に広範囲の位相魔法を張り巡らせ、お前の動向を掌握し、お前の関係も調査した。」
上条は彼の動く唇を見つめ、言葉に耳を傾けつつ、常に警戒を怠らなかった。
「万一に備えて、最後の保険もかけた。」
「俺は闇夜属性魔法の流出に備え、昼のうちに自らの属性魔法を大量に凝縮し、『生の種』に変えたのだ。」
「これが俺の最後の保険であり、最も遭遇したくない状況だ。」
「だから日が暮れる前に、最強の攻撃を使ってでもお前を殺そうとした。」
「しかし、お前は夜まで引き延ばした。今や俺の攻撃は大きく弱体化している。実に滑稽だな?正規の魔術師が、一般人に追い詰められて緊急手段しか使えなくなるとは。」
ブレストは無力に笑った。それは自らの不注意への嘲弄と皮肉に聞こえた。
上条は黙って彼を見つめ、何も言わなかった。眼差しには固い決意と哀れみがにじんでいた。
「お前の執念は称賛に値する、」
ブレストの右手がポケットへ入り、生の種を探り始めた。上条は緊張した。
「しかし、もう一人の大切な者のために、お前はここで死なねばならん。」
ブレストは右手を引き抜くと、生の種を上条へ撒き散らし、同時に大声で詠唱した。
「爆ぜよ、生の種よ!」
上条はすでに警戒していた。彼の右足のつま先が猛然と後ろへ蹴り出し、術式範囲から飛び出した。同時に彼は「ユートピア」を掲げ、ブレストに向けて一発撃った。
「無駄だ。」
ブレストの右手が前に振られた。撃ち出された弾丸はダンピングを受けたかのように速度が大幅に低下し、最後にはブレストの眼前で止まり、地面へ落ちた。
「俺は属性魔法こそ使えぬが、一般人が敵う相手ではない。基礎防御術式で大抵の物理攻撃は防げる。」
ブレストは上条へゆっくりと歩み寄りながら言った。
「くそ、魔術師は本当に恐ろしいほど強いな。」
上条は作り笑いを浮かべて言い、ゆっくりと後退した。
「一人のために、一つの誓いのために、一つの託された言葉のために、俺は今もここに立っている。お前と同じだ。」
ブレストはゆっくりと言った。
「そして、」
彼はポケットの中を探り始めた。上条は警戒を強めた。
「お前を逃がしたりはせん。」
ブレストは右手の生の種を握りしめ、詠唱した。
「敵を貫け、生の種よ。」
続いて、彼は生の種を上条へ投げつけた。
「?!]
上条は急いで後退したが、術式を避けるには全く役立たなかった。生の種は一本また一本と鋭い槍へと変わり、上条の身体を目指した。
「ちきしょう!」
上条は罵声を一つ吐き、横へ飛び込んだ。目標を見失った槍はまっすぐ上条の背後にある森へ飛び、幹に深く突き刺さった。
「爆ぜよ、生の種よ。」
上条が顔を上げた瞬間、ブレストはすでに生の種を上条へ投げつけていた。
生の種は上条の頭上で爆裂した。地面に横たわっていた彼は回避する時間がなく、両手を交差させて顔の前に構え、この一撃を無理やり受け止めるしかなかった。
「ぐあっ!」
威力は弱まっていたが、分裂した蔦が上条の左足の傷口を直撃し、それなりのダメージを与えた。
「咲けよ、生の種よ。」
ブレストは再び攻撃を仕掛けた。目標は地面に伏せている上条だ。
痛覚神経が激しく反応した上条は抵抗する力もなく、攻撃が来る方向へ転がることで受けるダメージを軽減しようとした。
「うおおおおおおお!」
上条の丸まった身体は、まっすぐに襲い来る頑丈な蔦に引きずられ、数メートルも地面を滑った。術式範囲を離れるまで。
「げほっ!げほっ!」
上条は苦しそうに血を吐いた。歯の間はすでに血で満たされていた。彼の顔の筋肉は不自然に痙攣し、表情は歪み不自然だったが、それでも痛みをこらえて立ち上がった。次の攻撃に備えるためだ。
「身体がこれほど傷ついているのに、それでも信念を捨てられないのか?」
上条の惨めで苦しそうな様子を見て、ブレストは思わず問いかけた。
上条はゆっくりとうつむいていた頭を上げ、ブレストを見下ろすように睨みつけ、弱々しくもなお粘り強い口調で言った。
「お前に他人のために殺人の罪を背負う信念があるなら、俺にも他人のために命を捧げる決意があっていい!この野郎!」
「……」
ブレストは黙り込んだ。
上条は彼を睨みつけ、いつでも動ける準備を整えた。
何かを思い出したのか、ブレストはうつむいた。
周囲には夜の蝉の鳴き声と、頭上で瞬く無数の星の光だけが残った。
「はあ……はあ……」
ブレストはゆっくりと顔を上げ、途切れ途切れの笑い声を伴い、懐かしむような口調で感嘆した。
「お前とあいつ……本当に似ているな……」
「……?」
ブレストの上条に対する調査とは違い、上条はブレストの人間関係を全く知らなかった。だから彼が指す人物が誰かわからなかった。
「だからこそ……あの馬鹿はあんなに軽率に死んだんだ……この野郎……」
ブレストは時折ため息を交え、旧友への罵倒を混ぜながら言ったが、上条にはむしろ彼が悲しんでいるように感じられた。
「俺はここでお前を殺す。たとえ全ての手段を使ってもな。」
ブレストは回想から覚めた。彼は顔を上げ、自分の目標をすっかり固めたようで、上条に死刑宣告を下した。
「俺には死ねない理由がある!だからここでお前を完全に打ち負かす!」
上条の眼差しには確固たる信念が光り輝いていた。彼は右手を上げ、銃口をブレストに向け、
「バン!」
そして引き金を引いた。
弾丸はブレストの眼前で急停止し、空中で回転したまま止まり、地面に落ちた。
「爆ぜよ、生の種よ。」
ブレストは上条に生の種を投げつけた。
上条は足首を回し、つま先をブレストに向け、地面を力強く蹴って術式範囲から飛び出した。
長時間の高度な緊張が、上条に疲労をもたらした。彼の注意力は散漫になり始めた。
「貫き通せ、生の種よ。」
それがブレストに付け入る隙を与えた。
鋭い槍が上条に襲いかかった。上条は呆然と前方を見つめ、やがて状況に気づいた。
しかし、すべては手遅れだった。
上条は急いで横へ飛んだが、槍は彼の左腹部をかすめた。
「うっ!」
攻撃を受けた上条は突然バランスを崩し、地面に倒れた。慣性でさらに前方へ数メートル滑った。
何度も擦り切れ、上条の服はすでにボロボロだった。傷ついた身体は至る所血まみれで、精力も限界に達しつつあった。
「狂おしく育て、生の種よ。」
ブレストは勝ちに乗じ、猛然と上条に生の種を投げつけた。
「俺の勝ちだ!」
生の種が上条の頭上に来た。ブレストは最後の一撃を与えようとした。
上条はうつむいたまま、静かに死の訪れを待っていた。
ブレストはそう思っていた。
しかし、次の瞬間、
「?!]
上条はうつむいたまま、右手を上げ、飛んでくる生の種に向けて引き金を引いた。
「バン!」
強烈な衝撃力と運動エネルギーによって、ブレストが投げた生の種は弾丸に点火され、空中で燃え尽きた。頑丈な蔦を迸らせる暇もなかった。
二度目の巨大な衝撃を受けたブレストは、茫然と上条を見つめた。上条はゆっくりと顔を上げ、星空を見上げながら、時折独り言を呟いた。
「あれが蠍座……あれが北斗七星……それに……」
続いて彼の口元が思わずほころんだ。
「ははは……」
上条はゆっくりと立ち上がった。バランスの取れない彼は何度かよろめきながらようやく足を踏みしめた。しかし彼の眼差しは、今の状況とは全く釣り合わなかった――
それは確固たる、自信に満ちた、勝利者にふさわしい眼差しだった。
彼は茫然とするブレストを見て、左手で銃底を支え、右手で銃床を握り、拳銃を掲げて銃口をブレストに向け、ゆっくりと言った。
「俺の勝ちだ。」
「?」
ブレストは一瞬上条の言葉を理解できなかった。彼はまだ呆然と上条を見つめていた。上条は続けた。
「自分の足元を見ろ。」
ブレストはゆっくりと地面を見下ろした――
一枚の符印カードが、静かに彼の足元に横たわっていた。
ブレストはその上の紋様を仔細に見つめ、やがて指先が震え出した。
超炎符印。
昼間であれば、ブレストも辛うじて防げただろうが、今は星が瞬く夜だ。
狩人と獲物の立場が入れ替わった。
「違う!」
ブレストは急いで上条を見た。震えながらも確かな声で彼に叫んだ。
「お前は魔法が使えん!上条香鈴も位相魔法破壊の過程で魔法を使った!だから誰もこの術式を起動できん!俺の勝ちだ!」
彼は勝利者の姿を真似て、無理にこわばった笑みを浮かべ、上条の唇をじっと見つめた。
「はあ……」
しかし、上条はただため息をつき、ゆっくりと皮肉った。
「今のお前の様子……実に哀れだな……」
「お前はそんなに確信を持っているのか?香鈴があの時魔法を使ったと?」
「?」
ブレストは再び上条の言葉に衝撃を受けた。
「当、当然だ!」
彼は慌てて当時の状況を繰り返した:
「その時お前は位相魔法の次元特異点を発見し、通信機で上条香鈴に信号を送り、魔法で術式を破壊させようとした。俺は非常に焦り、慌てて俺の最強防御術式を使った――」
ここまで言って、ブレストは突然口を閉ざした。
香鈴が魔法でブレストの防御を貫き、次元特異点を破壊し、彼の位相魔法を破壊した。それは確かに合理的で、ブレストが理解した状況だった。
しかし、もし最初から上条は香鈴に魔法を使わせるつもりがなかったとしたら?
ブレストはその時、注意をすべて上条に集中していた。だからもう一人が密かに観察していることに気づかなかった。
上条が香鈴に次元特異点を攻撃させると言った時、彼の行動は明らかに慌てふためいた。
だから彼は慌てて魔法を使い、特異点の周囲に防御を張った。
もしその時、彼が誤って術式を次元特異点の上に施してしまったとしたら――
過程は同じでも、結果は大きく異なったはずだ。
だから、術式はブレスト自身によって破壊され、「次元反噬」が上条を束縛から解き放った。香鈴の矢が防御を貫き、「香鈴が魔法を使って位相魔法を破壊した」という偽装を作り出したのだ。
上条はブレストの防御術式を利用した。
ブレストは最初から上条の計略に嵌っていたのだ。
これを理解したブレストは、無力に右手をポケットから取り出し、やむを得ず苦笑した。
「はは……お前は本当に天才だな……」
上条は冷たく彼を見つめ、銃口を空に向け、左拳を握りしめて言った。
「香鈴が空に向けた火花を見た時、彼女は直接術式を起動する。」
「降伏しろ。」
ブレストは顔を上げ、諦めの眼差しで上条を見つめ、きっぱりと言った。
「いや、俺は戦いの中で死ぬことを選ぶ。魂を侮辱されるよりはましだ。」
これほど近距離での超炎術式は、一瞬でブレストを塵に変えることができる。勝負はすでに決していたが、彼はなおも諦めなかった。
たとえ彼の前に死が待っていても。
彼の意思を知った上条はしばらく沈黙し、首を振ってため息をついた。そして再び確固たる尊敬の眼差しを彼に向けて言った。
「わかった。」
ブレストは彼に向かってうなずいた。
その後、死のような静寂が流れた。
月影は闇夜の幕に隠れ、蝉の鳴き声が絶え間なく響く。真夏の夜が最も静かな時だった。
------
「咲けよ、生の種よ!」
ブレストは猛然と生の種を振りまき、空気中に響き渡る詠唱が長く続いた沈黙を破った。
たとえ焼き尽くされようとも、彼は全力を尽くし、最後の瞬間まで戦うつもりだった。
彼の最も大切な人のために、最後の一瞬まで戦うために。
生の種は空中で迸り、二本の蔦が地面の符印へと突進した。
遠距離からカードで術式を発動できるなら、カードには必ず位相魔法が繋がっているはずだ。
カードは彼の足元にあった。
カードの上には必ず次元特異点が存在する。魔法で触れれば破壊できる。
彼は蔦の先端をじっと見つめた。
しかし、
上条の方が彼より速かった。
「さらばだ。」
上条の敬意を込めた言葉がブレストの脳裏に届いた時、彼は微笑んで目を閉じた。
もう十分だ。彼は最後までやり通した。
もはや何の未練もない。
今、彼が最も会いたいのは、自分の命を捧げるに値するあの人だ。
もう一度彼女の頬に触れ、ケーキを持って行き、満足した彼女の姿を見ることができれば、それだけで満足だった。
「さらばだ、唯……」
命の最期の瞬間、彼はついに心のわだかまりを解き放った。
上条はゆっくりと引き金を引いた。
「カチッ!」
しかし、
銃声は響かなかった。
(?!)
驚いたのは上条だけではなかった。結末を受け入れる準備を整えていたブレストもいた。
ブレストは急いで足元の符印を見た。
次の瞬間、
(ガシャン!)
ガラスの割れる音が響いた。
蔦が符印カードに触れた。彼は位相魔法の破壊に成功したのだ。
「ちきしょう!こんな時に詰まるなんて!」
上条は罵りながら銃身を叩き、再び空に向けて引き金を引いた。
しかし、
「カチッ!」
撃鉄が落ちる音だけだった。
「?」
上条の表情は驚愕から信じがたいものへと変わった。彼は弾倉を銃床から取り外し、確かめようとした。
しかし、
「咲けよ!生の種よ!」
「うわあああああ!」
一難を逃れたブレストはそんな機会を与えなかった。
「奇跡だ!俺の命はここで尽きると思ったぞ!」
ブレストは蔦を操り、上条の左足をがっちりと絡め取り、激しく自分の方へ引きずった。窮地を脱した喜びで、ブレストは全てを称賛したかった。
「あはははは!もう詰みだ!お前は全ての手段を失った!」
「くそっ!忘れてた!来る前に試し撃ちで3発撃ってたんだ!」
上条はもがいた。蔦が彼を地面に引きずり回し、左足が乱暴に引きちぎられそうだった。
しかしブレストはタイミングよく術式を止めた。
「小僧!認めざるを得ん。お前は俺が初めてここまで追い詰めた相手だ!永遠に忘れん!」
ブレストは狂ったように笑いながら、一歩一歩上条へと近づいた。
「ちきしょう!」
上条はゆっくりと後退し、振り返って、遠くない森へと足を引きずりながら駆け出した。
「お前はあの小娘の命の恩人になる!感謝の念を持ってお前を殺す!苦しみは一切与えん!」
ブレストが後方から追いすがる。
狩人と獲物の立場が再び逆転した。
上条は陰鬱な森に飛び込み、草むらを縫うように走り抜け、ブレストの追跡をかわした。
「かくれんぼか!付き合ってやろう!」
ブレストは生の種を一握り取り出すと、空中に撒き散らし、大声で叫んだ。
「爆ぜよ!生の種よ!」
一瞬、花火が開くように、無数の蔦が非常に遠方の術式範囲内から一斉に飛び出した。空気を切り裂く音が続々と響き、蔦の網は森の隅々に深く突き刺さった。
まさに捕食者が獲物のために張り巡らせた巨大なクモの巣のようだった。
「?!]
逃げている上条はいくつもの空気を切る音を聞くと、急いで振り返った。
その時、一本の蔦が彼の頭部を目がけて突進していた。
「くそっ!」
上条は反応する時間がなかった。だから頭をもう一方に傾けることで、ダメージを最小限に抑えるしかなかった。
「うわっ!」
鋭い蔦が上条の左肩を切り裂いた。彼は痛みに歯を食いしばり、苦しそうな悲鳴を上げた。
獲物の悲鳴は、鋭敏な狩人に捉えられた。
肩をかすめた蔦は前進を続け、ある廃屋の壁にぶつかってようやく止まった。先端は鉄筋コンクリートの壁面に深くめり込んでいた。
上条は大きく息を吐き、対応策を考えていた。
突然、
「パキッ!」
彼は枝が折れる音を聞いた。
背後から。
闇の中から人影がゆっくりと現れた。
ブレスト、狩人である彼の顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「見つけたぞ。」
ブレストはゆっくりと顔を上げ、上条を見た。その眼差しには殺戮への渇望が透けて見えた。
彼はゆっくりと上条へ歩み寄り、そのたびに響く音は上条の心を動揺させた。
「くそっ!」
上条は慌てて振り返り、足を引きずりながら建物の中へ逃げ込んだ。
ブレストはゆっくりと玄関へ向かった。彼にとって、建物に逃げ込むことは死路に等しい。だから彼は急いで上条を殺そうとはせず、この世に少し長く生かしておくことにした。
建物の玄関は外開きだった。夜だったので内部は非常に暗かった。以前は倉庫だったようで、あちこちに様々な雑物が置かれていた。なぜ廃墟になっても物が残されているのかはわからなかった。
しかし、それは重要ではなかった。重要なのは、上条が部屋のどこかに隠れているということだ。
そう考えると、ブレストの口元が思わずさらにほころんだ。彼は部屋の中で呼びかけた。
「上条伏嗣!隠れ続けるな!一瞬で苦しみを終わらせてやる!これは俺の信念を貫くためだ!」
しかし、彼の耳に届いたのは空虚な反響だけだった。
ブレストは唇を開け、再び呼びかけようとした。
突然、
(バタン!バタン!)
ブレストの背後にあるドアが突然閉まった。
(?)
ブレストは疑問を抱いたが、深く考えなかった。
結局のところ、これは彼にとって非常に有利だった。
今や上条は檻の中の鳥となり、ブレストの意のままに逃げることはできない。しかし、彼への敬意を貫くため、ブレストは最初の瞬間に彼の命を絶つことを決めた。
彼が大切にする人はついに彼のために生きられる。彼は筋肉の力を抜いた。
ポケットにはまだ「生の種」が300個残っている。攻撃手段を一切持たない上条を扱うには十分だった。
彼は心の中でそう考え、周囲を見渡した。
闇以外、何と言えばいいのか全くわからなかった。
ブレストは闇を嫌っていた。理由の一つは彼の魔法の不利さだ。
しかし今、彼は初めて闇がこれほど美しく、心を動かされるものだと感じた。思わず鼻歌を歌い始めた。
彼の真正面には、壁から延びた鉄製の通路が何層にも重なっていた。ブレストの左手には、その上へ続く階段があった。
(こいつ……どこに隠れた?)
周囲を何度も探し、呼びかけても見つからず、ブレストは非常に困惑し始めた。
しかしどこに隠れようと、重傷を負った彼がこの倉庫から逃げ出すことはできない。ブレストの自信は次第に膨らんでいった。
しかし、
彼は気づかなかった。
その時、上条は彼の目の前の通路で、ひそかに彼を観察していた。
彼は隠れることを選ばなかった。観察しやすい場所を選び、見つかりやすい地点に留まっていたのだ。
彼はブレストの一挙一動をじっと見つめ、彼の位置を判断していた。
まさにその時、
「ここにいたか!」
ブレストも彼に気づいた。
彼は素早く向きを変え、同時に右手をポケットに突っ込み、数個の生の種を取り出し、上条を完全に殺そうとした。
「もう袋の鼠だ!」
ブレストは高慢に上条を睨みつけ、一歩一歩彼に近づきながら、右手の生の種を彼に投げつけた。
「咲けよ!生――」
「バン!」
しかし上条は彼を撃つことを選ばなかった。
代わりに、彼の頭上に向けて引き金を引いたのだ。
「?!]
ブレストは即座に警戒を始めた。術式を中断し、いつどこからでも襲いかかってくる攻撃に備えた。
彼は顔を上げ、自分に向かって落ちてくる木の樽を見た。
「こんな小手先の技!」
ブレストは横へ飛び退き、右脚を上げて樽を完全に粉砕した。
しかし、
「?」
彼は生臭い物を蹴飛ばした。
樽の中には事前に物が詰められていた。
今、樽が破壊されたため、その物が周囲の空気中に充満した。
「げほっ!げほっ!」
ブレストはむせて声も出せなかった。彼は目を細め、掌で空気を掃き、それを近くに寄せて観察した。
粉塵のような物質だ。
「?!]
ブレストは慌てて顔を上げ、上条を見た。彼は常に上条の一挙一動を観察し、対応策を考えていた。
上条はポケットの中で何かを探り始めた。しかし周囲に光源が全くなかったため、ブレストは彼の手にある物を見ることができなかった。
しばらくして、彼は物が滑る音を聞いた。
続いて、
「?!]
上条の目の前で火の粉が現れた。
この揺らめく炎は非常に微かだったが、果てしない深淵の恐怖が充満する密閉空間で、それは唯一の光を象徴していた。
もちろん、それはブレストの完全な敗北も象徴していた。
「なんだと?!」
上条は炎を目の前で数回揺らめかせると、ゆっくりと通路の下へ投げ落とした。
炎がブレストの目の前に来た時、
この微かな光の中で、
彼はついに樽の中に詰められていた物を見た――
小麦粉だ。
ブレストが気づいた瞬間、彼の目の前で爆発が始まった。
「爆ぜよ!生の種よ!」
爆発音が次々と響く。ブレストは急いで生の種を取り出し防御した。
続いて、ブレストの周囲の物が突然燃え始めた。
「くそォォォォォ!!」
ブレストは生の種を一握り掴み、自分の足元に撒き散らした。蔦が自分を取り囲み、この致命的な炎を防ごうとした。
しかし植物魔術師であるブレストは、すでに強弩の末だった。
彼が展開した植物魔法は、一瞬で燃え尽きた。
「野郎め!」
ブレストは生の種を取り出し続け、叫んだ。
「爆ぜよ!生の種よ!」
無数の蔦が彼の目の前で飛び出した。
しかしほんの一瞬で、
「?!]
消えることのない炎の中で灰と化した。
彼の植物魔法の最も致命的な欠点は、夜間における属性濃度の大幅な低下だった。
彼の植物属性は激しい高温に耐えられなかったのだ。
「くそォォォォ!」
ブレストは狂ったように周囲に生の種を撒き散らし、絶え間なく術式を発動させた:
「爆ぜよ!生の種よ!」
「咲けよ!生の種よ!」
「貫き通せ!生の種よ!」
生の種は彼の目の前で様々な形に変化した。
しかし例外なく、
全て灰と化した。
赤い炎がブレストを完全に包囲した。もしこのまま何もしなければ、彼は炎の中で苦しみながら死ぬだろう。
「この野郎!」
ブレストは罵りながら、生の種を自分の足元に撒き散らした。
「爆ぜよ!生の種よ!」
数本の蔦が彼を取り囲んだ。彼はつま先を返し、玄関へ向かって突進した。
蔦は一本また一本と燃え尽き、彼は狂ったように地面へ生の種を投げつけた。
「爆ぜよ!生の種よ!」
彼は玄関へ向かって疾走し、自分を死に追いやる火の海から逃れようとした。
「畜生め!」
彼は必死に前方へ走り続け、ついにドアの取っ手に触れた。
彼は取っ手を回し、ここから逃げ出し、態勢を立て直して上条を完全に殺そうとした。
しかし、
「?!]
彼はどうやってもドアが開かないことに気づいた。
炎の高温が金属製の取っ手に伝わり、ブレストは必死に取っ手を握りしめ、回し続けたが、ドアは微動だにしなかった。
彼は茫然と振り返り、勝手気ままに横行する炎を見つめた。爆発音がその中で時折響いた。
今、彼はついに悟った:
先ほどのドアが突然閉まったのは、すべて彼を死に追いやるために周到に計画されたものであり、囚人の自縄自縛などではなかった。
全てが事前に計画されていた。
「!!」
ブレストは茫然状態から覚めた。歯を食いしばり、迫りくる傲慢な炎を見つめ、考えた。
(今、行動を起こさなければ……!火の海に葬られる!)
(俺のすべてを捧げよう!)
彼は右手をポケットに入れ、今まで残っていたすべての生の種を取り出した。口の中で何か唱えながら、眼前の炎を凶悪な目つきで見つめ、生の種を前方にすべて撒き散らし、大声で叫んだ。
「『神々よ、奇跡を降らせ給えÔ Dieu, fais descendre un miracle』!」
一瞬、すべての生の種が同時に爆裂した。迸る蔦は絶え間なく絡み合い、強大な衝撃波を発生させ、ブレストは吹き飛ばされて地面に倒れた。
続いて、蔦は次第に人の上半身の輪郭を編み始めた。それは蔦で編まれた大きな手を振り回し、周囲の炎をことごとく消し止めた。
これはブレストの最後の術式であり、最も使いたくなかった術式だ。
しかし今の状況はあまりにも切迫していた。彼は使わざるを得なかった。
瞬く間に、倉庫内の炎は完全に消し止められ、散らばった火の粉だけが微かな光を放ち、夜空に瞬く星のようだった。
「はあ……はあ……はあ……」
ブレストは大きく息を切らし、苦労して地面から起き上がった。周囲の荒れ果てた様子を見て、無理に笑みを浮かべた。
彼はゆっくりとさっきの炎の中心へ歩いていき、周囲の状況を一掃した。
倉庫内の物は焼け焦げて灰となり、ただ空虚な闇だけが残されていた。
「はは……やはり……」
ブレストはやむを得ず苦笑した。
その時、
彼の背後から足音が聞こえた。
ブレストはほほえみ、ゆっくりと目を閉じた。
彼の背後から声が聞こえた。
「降伏しろ。」
ブレストはゆっくりと振り返った――
上条伏嗣が、今まさに彼の目の前に立ち、深淵のような銃口を向けていた。
「はは……お前には……まだどれだけの策略があるんだ……?」
ブレストは諦めの笑みを浮かべた。
上条は彼を見つめ、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……『ユートピア』は、まだ最後の一発が残っている。これが俺の最後の一手だ。」
「はは……」
ブレストは首を振った。
彼はすでにすべての手段を失っていた。生の種は炎の中でことごとく消え失せ、彼の魔力も完全に枯渇していた。彼はただの一般人になっていた。
彼にはもはや上条に対抗する力はなかった。
上条は人差し指を引き金にかけ、確固たる眼差しでブレストを直視し、ゆっくりと言った。
「『ユートピア』の弾倉には欠陥がある。底のバネは取り外し可能だ。だから俺はお前が驚き呆れている隙に底を取り外し、続けて二度空に向けて引き金を引いた。お前を騙し、『ユートピア』の弾が完全に尽きたと信じ込ませるためだ。」
「お前が俺がすべての手段を失ったと思い込んだ時、心のどこかで安心し、お前はすべてを忘れ去った。俺の行動を深く考えず、『勝利の女神の加護』の喜びに浸った。」
「俺は事前にこの倉庫に仕掛けを施した。紐で玄関の取っ手を引っ掛け、常に開いた状態に保った。また天井に木の樽を吊るし、中に小麦粉を満たした。お前を窮地に追い込むためだ。」
「俺の四発目の弾丸は、外の取っ手に掛けた紐を撃ち、閉じた状態を保たせた。続いてお前が広い空間の真ん中に立った時、五発目の弾丸で天井に吊るされた樽の紐を撃ち、それを落とした。お前を火の海に沈めるためだ。」
「お前をこの倉庫に誘い込むため、また俺の行動を正当化するため、俺は前に多くの策略を仕掛け、お前に俺が手も足も出ないと思い込ませた。」
「俺はそれほど自信がなかった。だからお前が慌てて自分で位相魔法を破壊するとは保証できなかった。だから位相魔法破壊の際、香鈴はすでに魔法を使っていた。彼女は再び『超炎術式』を発動できない。」
「符印カードがお前の足元に落ち、お前が俺の言葉を真に受けた時、お前の敗北は決まったのだ。」
「もしお前が俺の左ポケットを撃ち、符印カードの落下を正当化しなければ、俺は慌てたふりをして左ポケットから取り出し、『うっかり』落としたふりをするところだった。」
「俺の最初からの目的はお前をここに誘い込むことだった。そのために多くの布石を打った。」
「お前は完全に負けた。諦めろ。」
月光は深い霧に覆われ、地球全体が果てしない闇に沈んだ。