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第三章 覚醒 中


  「?!」上条が反応する間もなく、彼はすでに空中にいた。耳元で唸る風と足元の浮遊感が、全てを非現実的に感じさせた。突然の支えを失ったことによる無重力感は、上条に非常に異質なものだった。


  激しいめまいと共に、上条は落下を始めた。過ぎ去る一秒一秒が、恐怖と窒息感を彼の脳内で暴力的に増殖させていく。


  上条は何か反応を示そうとしたが、断続的な耳鳴りが身体のあらゆる部分を制御不能にし、ただ為す術もなく、身体を周囲の空気に晒すしかなかった。


  「ドンッ!」という鈍い音と共に、上条の背中は堅い地面に強く叩きつけられた。


  「げっほっ!」上条は苦しそうに血の塊を吐き出した。衝撃によって生じた強大な波動が彼の身体の各部に伝わり、内臓と波動の共振が絶え間なく彼の消化器系を襲ったが、脳はめまいの中でも次第に明晰さを取り戻しつつあった。


  上条とは対照的に、男の表情は微動だにせず、彼はゆっくりと窓辺へ歩み寄り、見下ろした。頭の位置は全く動かず、虫を見るような眼差しで上条を凝視し、きわめて軽蔑的な口調で言い放った。


  「おや?君が上条伏嗣か?どうやら……まだ高校生のようだな?」


  上条はよろめきながら立ち上がり、右手で傷ついた内臓を押さえた。足元の砂埃が彼の一歩で舞い上がり、彼は三階にいる男に向かって怒鳴った。


  「くそっ!お前たち、一体何が目的だ!?」


  「お前に答える義務はない、」


  男はゆっくりと右手を上げ、腕全体を宙に浮かせた。五指を伸ばし、掌を上条に向け、嘲るように口を開いた。


  「そして、お前には質問する権利すらない。」


  「座標偏移、横軸4、縦軸3に調整、属性はグリーン、」


  男の右手の掌前に複雑な紋様が浮かび上がる。


  「狂い咲け、生のライフシード。」


  上条の足元に全く同じ紋様が現れた。


  (バキバキッ!)


  一瞬、上条の足元の地面が突然ひび割れ始め、大量の太い蔦が絡み合いながら地中から噴き出し、上条をきつく縛り上げると共に、彼を空へと持ち上げた。


  上条は必死にもがいたが、蔦は非常にしなやかで強靭だった。上条が全身の力を振り絞っても、蔦は微塵も傷つかなかった。


  男のいる階の高さに達すると、蔦はゆっくりと成長を止めた。


  男は蔦を操り、上条を建物の開口部へとゆっくりと近づけた。


  「てめえ!一体どうするつもりだ!」上条は必死にもがきながら、絶え間なく男に詰め寄った。


  「生命はついに死に、死は塵土に帰す、生の土は植物を養い、植物は新たな生命をもたらす、」


  男は上条を無視し、独り言のように呪文を唱え続けた。


  「魔法変化、作用は自身、属性は緑、右手に植物生成、形態は剣、信念は殺戮サトレイジ


  「顕現せよ、『荊棘のスパイク・オブ・ソーン』」


  男の右手から袖口を通して絶え間なく植物が湧き出し、うねり、絡み合い、次第に棘だらけの蔦の剣へと変貌した。


  男は蔦に命じて上条をさらに近づけさせた。上条は必死に逃れようとしたが、全て無駄だった。


  「小僧、」


  男はゆっくりと上条へ歩み寄る。


  「天涯海角へ逃げるがいい。」


  手が届きそうな距離で、


  上条はついに男の顔をはっきりと見た。


  彼の眼窩まなこは、


  黒穴のように深淵だった。


  **3**


  「?」


  ひんやりとした。


  上条は不思議に思った。


  動けないはずなのに、


  なぜお腹に何かが滑る感覚があるのか?


  上条は男を見た。


  「じゃあ、さらばだ。」


  男は手を振った。


  上条は落下を始めた。


  まるで捨てられた人形のように、


  無造作に窓の外へ放り出され、


  無力な四肢は、無重力のため空を指していた。


  上条は地面に落ちた。


  しかし、全く痛くなかった。


  上条は再び奇妙に感じた。


  ただお腹を触っただけなのに、


  なぜ赤い絵の具があるのか?


  上条には理解できなかった。


  ......


  血だった。


  上条の腹部は、貫かれていた。


  上条はゆっくりと下を見た。


  流れ出た血は、すでに上条の周囲の土を濡らしていた。血まみれで荒々しい穴、空気中にむき出しになった臓器は、野蛮に引き裂かれたテディベアのようで、飛び散った詰め物のように、はっきりと見えた。


  上条は喉の奥から熱い液体が身体の内側から絶え間なく噴き上がり、押し上げられてくるのを感じた。


  「げほっっ!」上条は激しく咳き込み、口からまた大量の真っ赤な血をこの静寂の地に吐き出した。


  純粋な赤が上条の顔を映し出していた。それは灯油が尽きかけている老人の面影だった。


  上条は男を見上げようとしたが、自分の目の前が次第にかすんでいくことに気づき、もはや自分の手さえも見えなくなっていた。


  彼は立ち上がろうとしたが、大量の出血がすでに彼の全ての力を奪っていた。震えながらまっすぐにしようとした両脚は、ついに体力不足で崩れ落ち、強大な引き裂く力で飛び出した小腸の上に倒れ込んだ。


  しかし、そうであっても、大地は彼に同情することを拒んでいるようだった。まるで貪欲な蚊のように、彼の体温を絶え間なく吸い取り、彼と彼の血を一緒に吸収しようとしているかのようだった。


  「寒い……」脳の極度の虚血が彼の脳細胞を次々に死なせていった。彼の両手は絶え間なく身体をこすり、わずかな熱さを得ようとした。


  厳冬の中、路上に流れ着いた小さな女の子が、持っている全てのマッチを燃やし尽くしても、幻想に溺れながら次第に冷たくなり、死に至るしかなかったように。


  「俺……死ぬのか……?」


  彼に応えたのは、


  空虚な反響音だけ、


  そして彼の腹部にゆっくりと止まった蝿だった。


  (母さん、今はまだイギリスにいるはずだよな?あっちの時間は何時だろう、今もまだ休んでいるのかな?ちゃんと眠れているだろうか?冷蔵庫の料理は全部持っていったのかな?もし魔法使いの女の子と友達になったって知ったら、どんな顔をするだろう?本当に伝えたいよ、父さんがいないこの間、俺、頑張って生きてきたんだって……)


  寿命が尽きようとしている上条は、ほのかに笑った。


  諦めと無念が入り混じった笑いだった。


  (……少し眠いな……じゃあ……ちょっとだけ寝よう……)


  上条は赤い海の中に横たわり、


  羊水に浸かった赤ん坊のように、


  ゆっくりと目を閉じた。


  意識が完全に消え去る直前、


  (?!)


  彼は銀灰色の髪の少女を思い出した。あの夜の彼の誓い、彼の約束を思い出した。


  彼が敗れたのなら、どうしてあの少女が男の手から逃げられると思う理由があるだろう?彼の助けなしでは、少女は男の視界から一秒たりとも離れることはできない。


  男がどれほど慎重か、上条はよくわかっていた。


  男がどれほど強いか、上条以上に理解している者はいない。


  上条はすでに敗北し、上条の手下敗将である少女に勝ち目などさらになかった。


  だからこそ、上条はここで軽々しく倒れてはならなかった。もし彼がここで死ねば、少女は永遠に果てしない闇と絶望の中に囚われ、日の目を見ることはない。


  彼は自分の命などどうでもよかった。だが、せめて、あの少女には救われる権利がある。


  彼はまだ死ねなかった。


  救うべき少女が待っているから。


  「……ッ!」


  上条は苦しそうに頭を持ち上げ、真っ赤に染まった右手の腕全体を上げ、掌を勢いよく地面へ押し当てた。地面を押す反作用力を利用して、自分の身体を支え起こした。飛び散った血液が上条の深く沈んだ湖のような瞳に付着したが、彼はそれすらも顧みなかった。


  血走り、血を流す両眼、漆黒の瞳孔には生命の終焉を告げる狂乱の炎が燃え盛っていた。長く地面に埋もれて血まみれになった顔立ちは、まるで血に飢えた狂戦士のようだった。


  彼は前方にある物を死に物狂いで見つめた。


  それは彼の携帯電話だった。今は何らかの外力によって電源が入った状態になっている。


  「祈……羽……!」


  上条は必死に前方へ右手の人差し指を伸ばした。今この瞬間、死という事実はすでに彼の頭から完全に消え去り、脳裏に残ったのはただ一つ、「電話をかける」という考えだけだった。


  もし「電話をかける」ことができれば、彼は救われるかもしれない。そうすれば、あの少女は、上条の死によって絶望的な状況に直面することは決してないだろう。


  たとえ身体が千々に傷つき、たとえ万矢心臓を貫くような痛みが走り、たとえ彼の歯がこの絶望的な状況下で全て砕け散っても、彼はなおも無謀にもこのかすかな希望に触れようとしていた。


  「俺は……必ず……!!」


  だから、全てを賭けて、己の生命の炎を思う存分燃やし尽くせ。たとえ身体が消え失せようとも、唯一の希望を象徴する微かな灯りへと手を伸ばすのだ。


  他者が無事に生きるために、たとえそれが果てしない深淵であろうとも、彼はなおも恐れることなく、一人で絶望の地獄へと飛び込むだろう。


  これこそが、上条伏嗣が常にここに立ち続ける唯一の意義だった:


  誰も泣かせないこと。


  「……お前を……救い出す……!!!」


  全生命力を凝縮した人差し指。生と死の天秤が、上条の眼前に轟然と現れた。


  彼は、前方へと人差し指を強く押し込んだ。


  時間が、この瞬間に凝固したかのようだった。


  長い沈黙。


  ------


  ------


  「プーーーッ」


  発信音が、沈黙した空気を破った。


  成功だ。


  上条は安堵の息を吐いた。


  今、彼の身体機能は完全に崩壊していた。生と死の天秤は依然として微動だにしない。


  彼を待つものが再び見える光なのか、それとも永遠の闇なのか、それはただ天命に任せるしかなかった。


  彼は静かに血の海の中に横たわった。


  ゆっくりと目を閉じた。


  長く響く呼び出し音に包まれながら、


  上条伏嗣は「死んだ」。


  **5**


  黒。


  世界の果てさえも飲み込む黒。


  まるで宇宙ビッグバン以前の特異点の中にいるかのようだった。虚無以外には何もなく、いかなる物質もここでは生まれず、いかなる生命もここでは生きられない。


  光の概念はここで侵食され尽くし、ただ果てしない恐怖だけが残された。上条は空間の中に身を置き、裸のままで、当てもなく彷徨った。心に何を思うのかも、どこへ向かうのかもわからなかった。


  世界全体が、まるで神に見捨てられたかのようだった。


  彼は漂い続け、とても長い間、漂った。


  ふと、前方の闇が引き裂かれるかのように、ゆっくりと奇妙な光を放つ球体が浮かび上がった。太陽のように放射しているが、まったく温かさはなく、周囲の虚無と溶け合っているようだった。まるでその輝きさえも、はるか遠くの闇に属しているかのように。裂け目の中心には、人のような影があり、まるで胎内の胎児のように、果てしない温かさを享受しているようだった。


  伏嗣はゆっくりと光に近づき、触れようとした。


  手が光の内部に入った瞬間、


  まるで黒い紙の上の白い墨が神に拭き取られるかのように、


  きらめく光は忽然と消え失せ、人影もろとも消え去った。


  再び見渡す限りの虚無だけが残された。


  彼は独りで漂い続け、どれほどの時が流れたかもわからなかった。


  彼の眼前に一枚の鏡が現れ、そこには自分の姿が映っていた。


  彼は鏡面に手を伸ばしたが、鏡の向こうの自分に触れてしまった。


  彼は反射的に手を引っ込めた。鏡の中の自分も同じ動作をした。


  「自分」はとても驚いているようだったが、上条は自分の表情が「自分」と同じかどうかはわからなかった。なぜなら、彼は自分の身体のいかなる部分も感じることができなかったからだ。


  目の前の「自分」はゆっくりと消えていった。上条は静かにそれを見つめた。


  ついに彼一人だけになった。


  彼は再び一人でさまよい続けた。


  やがて、彼の眼前に一つの後ろ姿が現れた。


  それは彼の父親だった。


  伏嗣は必死に前へ駆け出し、この真偽定かならぬ幻影を掴まえようとした。


  しかし男は、微動だにしないようだった。


  後退もせず、前進もせず。


  伏嗣がどれほど彼へ向かって走っても、彼と彼の距離は全く変わらなかった。


  ただ無情に背中を向けたまま、


  そして舞い上がるタンポポの綿毛のように、


  ゆっくりと消散していった。


  伏嗣はゆっくりと足を止め、果てしない空間の中で、当てもなく漂い続けた。


  突然、上条を中心に、周囲の空間は何の前触れもなく白光に飲み込まれ、次第に崩壊していった。まるで超新星が寿命を迎える前に放つ、宇宙を震撼させる強大な爆発のようだった。あまりにまぶしく、伏嗣は思わず目を閉じた。


  一陣の強い耳鳴り。


  「……?」上条は突然ベッドの上で飛び起き、その後茫然と周囲を見渡した。


  傍らのガラス窓の外から差し込む温かな陽光が、上条の身体にかけられた真っ白な布団に静かに降り注ぎ、七色が混ざり合った光を優しく反射していた。ベッドの真正面には赤茶色の木の扉があり、陽の光がその木目の質感をくっきりと浮かび上がらせていた。今は固く閉ざされている。


  周囲の壁には装飾は一切なく、ただ白いペンキが塗られているだけで、とてもシンプルに見えた。傍らの医療機器は奇妙な折れ線や波形を刻み、時折、上条には理解できないデータを変化させていた。上条のベッドの脇には、一人の少女が静かにうつ伏せになってうたた寝をしており、彼女の安定した均一な息遣いが時折聞こえ、規則的な気流が上条の左手の指の神経を絶え間なく撫でていた。


  この少女は、上条伏嗣の実妹、上条香鈴かみじょう かりんだった。


  香鈴の湿り、ほのかに赤みを帯びた目尻は、彼女がつい最近まで激しい感情の起伏を経験していたことを示していた。


  上条は右手の時計を見た。そこに表示された日付は「8月4日」。上条が意識を失う前に最後に見た日付は携帯電話の「8月3日」だったのをかすかに覚えていた。どうやら、丸一日が経過していたようだ。


  上条は左手でそっと香鈴の髪を撫で、後悔と申し訳なさを込めた口調で嘆いた。


  「……ずいぶん……疲れただろう……」


  ベッドの上での動きを感じ取ると、上条香鈴はゆっくりと眠りから目覚めた。過度の疲労で非常に重たそうな頭を持ち上げ、眠そうな目で上条を見つめ、ぼんやりと尋ねた。


  「……ん?お兄ちゃん……目が覚めたの……?」


  上条は何も言わず、ただ優しく、どこか困ったような笑みを浮かべてうなずき、彼女への返答とした。香鈴の髪を撫でていた手を止め、ゆっくりと離した。


  「……はあ……ああ……」香鈴はあくびをし、背伸びをした。腰を左右に揺らし、長時間同じ姿勢を保っていた背骨を伸ばした。彼女はふくらはぎの筋肉をそっと揉みほぐすと、ベッドの脇から立ち上がった。


  「すまない……心配かけたな……」


  上条の眼差しには罪悪感と自責の念が満ちていた。彼はゆっくりとうつむいた。


  「家族なんだから、当然のことよ。親のお兄ちゃんを見殺しにはできないわ。」


  香鈴は自身の犠牲については全く気に留めていない様子だった。おそらく彼女にとっては、兄が生き延びたことが最大の報いだったのだろう。


  上条は自分が生き延びられたことを非常に喜んだ。少なくとも彼にとって、自分の過ちによって他人が感情の代償を払う姿を見るのは、とても耐え難いことだった。


  ついに他人に心配をかけずに済む。上条はそう思った。


  香鈴は部屋の隅に置かれていた椅子(どこから持ってきたのかわからない)を手に取り、上条の病床の脇に座った。ポケットから小さな櫛を取り出すと、ぼさぼさの髪を整え始めた。


  上条はそっと布団をめくり、身体の傷を調べた。


  気絶する前に見た、血まみれで荒々しい腹部の致命傷は、今では病衣の下で平らに、完璧に癒え、わずかな盛り上がりや傷跡さえ残っていなかった。


  「……?」


  上条は明らかに驚いていた。彼は何度も腹部を触り、昨日の戦いの証を探そうとした。


  しかし、どうやら全てが元通りだったようだ。何度試しても、身体には不可解な傷は見当たらず、あの凄惨な戦いなど一度も起こらなかったかのようだった。あの衝撃的な傷跡は、ただの上条の白昼夢で、全てがいつも通りに進行しているかのように。


  (ここは……現実? それとも夢?)


  上条の脳は少し混乱していた。


  「これは生流せいりゅう魔法よ、」


  香鈴は毛先で忙しく動かしていた手を止め、呆然とする上条にゆっくりと説明した。


  「治療系の魔法って理解していいわ。肉体の外傷を治癒できるの。」


  もし香鈴が声をかけなければ、ついさっき地獄を経験してきた上条は、彼女の存在を忘れてしまうところだった。


  上条香鈴。上条伏嗣より二歳年下の妹であり、魔法使いだった。


  ただし、普通の人とは異なる超凡な力を持っているが、香鈴は他人の前で魔法の才を見せることは決してなかった。ごく緊急の場合か、家族の前でだけは遠慮なく使う。


  理由の一つは、彼女自身の特殊体質の制限によるもの。


  二つ目は、彼女が実に「面倒くさがり」だからだった。


  結局のところ、上条と血を分けた実の妹なのだから、似たところもある。


  上条香鈴も超がつくほどのゲームオタクで、必要不可欠な場合以外は、部屋の外に一歩も踏み出そうとしなかった。現実世界よりも、ゲームの仮想世界に没頭する方を選んだ。この消極的な生活態度は、彼女がどんな知人に対しても非常に気さくな態度を取らせ、自身の本当の生活様式を隠さずに見せることにつながった。


  そのため、彼女の行動は兄である上条を常に悩ませ、いつか彼女が不注意にも薄着のまま外に出てしまわないか、あるいは外のベンチで寝てしまわないかと、上条はとても心配していた。そうしたことを防ぐために、彼は時折外に出て、薄着の奇妙な女の子がいないか探したり、疲れ果ててベンチに横たわっている女の子がいないか探したりした。もし見つかれば、彼女を服屋に連れて行って着替えさせたり、抱えて家に連れて帰ったりした。後者をする時は、いつも「純真な少女を誘拐するクズ野郎」と見なされ、正義感の強い善良な市民たちに道を塞がれ、事情を理解させて通行を許可してもらうために長々と説明しなければならなかった(それでもなお、香鈴はほとんどの場合、目を覚ますことはなく、まるで睡眠薬を飲んだかのようだった)。


  しかしそうは言っても、上条は香鈴の生活に過度に干渉することはなかった。何しろ彼女は魔法使いであり、本当に危険な状況に遭遇しても対処できるからだ。この点において、上条は彼女が非常に優秀であることを認めざるを得ず、彼女の命を過度に心配することもなく、生活上の些細な点に少し気を配る程度で、深く立ち入ることはなかった。


  それに、香鈴は危機的状況では非常に頼りになる。


  香鈴はベッド脇のテーブルの上の果物皿からリンゴを一つ取り、ポケットから折りたたみナイフを取り出すと、皮をむき始めた。


  上条はただ静かにそれを見つめ、一言も発しなかった。


  「ほら。」


  香鈴は、ちょうど皮をむき二つに切ったリンゴを上条の目の前に差し出した。上条は両手でそれを受け取った。


  二人は非常に息の合ったように何も言わず、黙々とリンゴをかじった。


  香鈴は立ち上がり、ゴミ箱のそばへ歩くと、残ったリンゴの芯をさっと捨て、手を叩いた。その後、上条の前に歩み寄り、尋ねた。


  「さて、これからどうするつもり?」


  「俺は……」


  上条は黙り込み、考え込んだ。


  敵は強力すぎる。彼を倒せる保証はない。彼の口から祈羽の居場所を聞き出せる保証もない。彼の魔法術式やタイプさえも見抜くことができない。一方、敵は上条の全てを見透かしているようで、上条の位置だけでなく、具体的な行動まで把握している。これほどの情報格差が、初対面で上条を死の淵へと追いやった直接の原因だった。


  まるでまだ未熟な子供が、風雪に耐えた大人と対峙するようなものだ。戦うまでもなく、勝敗は明らかだった。


  敵の正体は依然として不明だ。


  あの座標式の魔法は一体何だったのか?


  彼の言った言葉には、どんな意味が込められていたのか?


  情報はまだ少なすぎる。


  「……どうすればいいのか……わからない……」


  上条は両手で頭を抱え、深く自責の念に駆られた。


  「気分転換に外に出ようよ。」


  上条が考え込んでいる間、香鈴はすでに上着を着ていた。彼女は襟元を整え、靴のつま先をタイルの床で軽く叩くと、上条の手を引いて言った。


  「ああ。」


  上条は病床から降り、その後立ち上がった。


  しばらくして、私服に着替えた上条と、赤と黒のストライプのプリーツスカートに真っ白なシャツ、黒いウールのベストを合わせた香鈴が、病院の正面玄関脇の青灰色のタイル張りの通りに現れた。


  ついさっき退院手続きを終えたばかりだったが、おそらく魔法の力の恩恵か、上条は何の不快感も疲労感も感じなかった。


  香鈴は退院したばかりの上条の手を引いて、街をのんびりと歩いた。


  おそらく昼休みの時間帯のせいか、普段はにぎやかで騒がしい人混みは今では街を歩くわずか数人だけになっていた。何しろこれは一日の人の流れが全国トップクラスの臨沂市りんぎしだ。経済、科学技術の発展レベルも大部分の都市区をリードしている。今のこの光景は確かに少し寂しかった。


  「焦らないの?」


  前を歩く香鈴は周辺の飲食店をあちこち眺めながら、最も適した昼食の場所を探しているようだった。彼女は振り返り、上条に尋ねた。


  「焦ったって何の役にも立たないしなぁ……」


  上条はやるせなく、苦々しい笑みを浮かべた。


  彼は祈羽の安否を非常に心配していたが、少なくとも彼女が魔法使いとしての能力は信じたい。短期的には大きな問題はないはずだ。


  それでもなお、あまり長引かせるべきではなかった。敵はいつでも場所を移動する可能性がある。その時になってから手がかりを探すのは大海原で針を探すようなものだ。彼は少しペースを上げる必要があった。できるだけ多くの情報を集めることが、今後の戦いに大いに役立つ。


  しかし、どこで情報を集めればいいのか?


  彼にはわからなかった。


  上条が考え込んでいる間、香鈴はどうやら絶好の場所を見つけたようだった。彼女は上条の手を引っ張り、人通りがまばらな道路を横切り、向かい側の歩道へ出ると、看板に向かってまっすぐに歩き、その後入り口で立ち止まった。


  上条は不思議に思って顔を上げた。店のドアの真上には、店名の文字が均等な間隔で並べられ、時折点滅していた。80年代、90年代のレストラン看板の歴史的な重厚感を感じさせるものだった。真昼のまぶしい太陽の下で、LED看板は非常に目立たず、むしろ少し愚鈍に見え、店のオーナーが相当裕福なのかと疑わずにはいられなかった。なんと昼間からLEDを点けているのだから。


  「禾風堂かふうどう。」


  この曖昧模糊とした店名は、一瞬にして上条にその種類を推測させなかった。彼は店内をじろじろと見渡したが、何やら忙しそうにしている大人たち以外は、他の物は何の参考にもならず、何の装飾も施されていない白と緑が交互に塗られた壁と、散らばって置かれ、何の役に立つのか全くわからない木製の四角い食卓があるだけだった。奇妙なことに、キッチンさえないのに、サービス設備は一通り揃っている。食器洗い機、掃除ロボット、洗濯機まで何でも揃っていて、まるである家の住居のようだった。普段どんな人々がこの店を利用しているのか想像し難く、それでいてまだ倒産していない。「店のオーナーは非常に裕福だ」という印象が上条の脳裏にますます深く刻まれた。


  (わあ、こんな店もあるんだ、本当に珍しいな。あの人たちはどんな気持ちでこの店に入るんだろう。判断を司る脳神経が誤作動したんじゃないか? 普通の人ならこの店に構いたくないだろうに。)


  上条は心の中でつぶやいた。


  「よし、入ろう。」


  香鈴は上条の手を引いて店内へと歩き出した。


  「うん。えっ?」


  上条は自分の知性が突然急降下したと感じた。


  「ちょ、ちょっと待って!」


  自分の言葉と行動が分離し、誰もが心穏やかに受け入れることはできなかった。


  彼は香鈴の決断に強く反対した。ふくらはぎの筋肉が勝手にエネルギーを放出し、必死に前方へ伸ばそうとした。かかとで地面を蹴る反作用力を利用して香鈴を反対方向へ動かそうとし、頭はできる限り後ろに引っ込め、空いている左手を錠前のように握られた掌に差し込み、香鈴の手を外へこじ開けようと努力した。身体は本能的に後ろへ引っ張り、「く」の字型を呈した。


  しかし香鈴は微動だにしないようだった。白くて細い手が、青少年男性である上条をぐいっと店内に引きずり込み、握りしめて空間を縮め続ける手は、上条の差し込まれた親指の骨と右手の骨を粉砕骨折寸前に追い込もうとしていた。


  「やめろ!やめてくれ!」


  上条は必死にもがいた。彼は言行一致の品格を諦めた。少なくとも今は、これからの日々に首に医療用包帯を巻き、手にギプスをはめて人に挨拶するような姿にはなりたくない。自分の身の安全の方がもっと重要だった。


  上条の抵抗と妥協を感じ取ると、香鈴はゆっくりと握る力を弱めた。彼女はそっと上条の手を握りしめ、まるで上条の手をリラックスさせているようであり、同時に自分の非を詫びているようにも見えた。他人の目にはそう映るだろう。


  しかし、上条だけが知っていた。さっき一体どれほど恐ろしいことが起こったのかを。彼は香鈴が何を考えているのか理解できなかった。おそらく罪を隠そうとしているのだろうが、彼女自身はそれに気づいていないようだった。


  「はあ……」


  拘束から解放された上条は長いため息をついた。彼はこの実の妹にも手を焼いていた。その時、乱れに乱れて生えた漆黒の長髪に、無精ひげを生やし、場違いな青い瞳を持つ中年の男が、満面の笑みを浮かべて迎えに来た。芸術と世俗が衝突する趣があった。この芸術家然とした男は目を三日月形に細め、香鈴に尋ねた。


  「いらっしゃいませ、お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」


  香鈴もまた曖昧さを残さず、非常に速い口調で答えた。


  「はい。『ファゴリド』一杯と『エルギア』一杯、砂糖抜きで『長雪山酒ちょうせつざんしゅ』を多めに。『躍動のウォーク・オブ・スピリット』は嫌いなので『柔緩のソフト・ハープ』に変更。それに『沐光舞会バス・イン・ライト・ボール』を少々。それから『霧の都会ミスト・メトロ』も少々。私はこの店の『公正のジャスト・フォレスト』を持っているので、『風騒のウィンド・ノイズ』もお願いします。ついでに『破空星夜スター・ナイト・ブレイカー』を添えて。こちらのお客様には『ルースのルース・サイト』は不要です。『寂蓦仙霊ロンリー・フェアリー』を一つ。彼は『徘紅のクリムゾン・シン』を好む傾向にあるので、それに『纏綿藤蔓ラビング・ヴァイン』と『風鈴ウィンド・ベル』を加えてください。」


  一息もつかずに。


  「えっ?!」


  上条は彼女の恐るべき肺活量と驚異的な早口に圧倒された。まるで超高速詠唱の高位魔法使い(ゲーム内で)のようだった。


  「かしこまりました!」


  香鈴の「詠唱」を聞くと、どうやらオーナーらしき男は慌てて背を向け、小走りで背後の深淵の巨獣のような細長い廊下へと入っていった。入り口に足を踏み入れると同時に、際限のない闇に飲み込まれ、目の前から忽然と消え去ったようだった。


  「行くわよ。」


  香鈴は振り返って上条に言った。


  「行く?どこへ?」


  上条は周囲を見渡したが、この一丈四方(約3.3平方メートル)の長方体の空間と、どこへ続くかわからない真っ暗な長い廊下以外には、どうやら他の隠しスペースはないようだった。大人たちは相変わらず何やら忙しそうにしていた。ドアの外の看板は相変わらず痙攣するように点滅しているかもしれなかったが、彼ら以外の人がこの店に入ってくる様子は見られず、上条はこの店が合法かどうかますます疑わしくなった。表向きは客を呼ばない気まぐれな店だが、実は何か裏があるのか?しかし今のところ、何かおかしい点は見つからなかった。むしろ、この店がここにあること自体がすでに十分異常で、それに比べれば店内の従業員たちの行動の方がよほど正常に見えた。


  彼は不思議に思って香鈴を見つめ、彼女と目を合わせた。


  「ついてくればわかるわ。」


  香鈴は上条の手を引いて、未知の領域へと踏み出した。


  「ちょっと待ってよ!あまりにもわけわからないよ!『風騒の器』って何だか全然わからないよ!これ本当に料理なのか!この店、見た瞬間から普通じゃないってわかるだろ!それにキッチンもないのに、どうやって料理を作るんだよ!『お前が俺の兄貴だからここで働け』みたいな展開にはなりたくないよ!何か陰謀を企んでるなら自分でやってくれ!俺を巻き込まないでくれ!」


  上条は強く抵抗した。彼は香鈴のぼんやりとして計り知れない思惑に非常に畏敬の念を抱き、彼女の邪悪な計画おそらくないだろうがには敬意を表せなかった。それでもなお、彼は言葉で強く拒否を示しただけで、香鈴に正面から対抗する勇気はなかった。何しろ、もうすでに障害者になりかけた前科があり、不用意に引っ張れば逆効果になり、さっきよりもさらに悲惨な結果になる可能性があったからだ。


  おそらくこれは香鈴の本意ではないが、反射的な結果でも十分にそうなりうる。


  しかし香鈴は立ち止まり、振り返って上条を見た。彼女の困惑した表情は、上条に彼女の心を推し量ることをますます難しくさせた。彼女は上条に愚痴った。


  「お兄ちゃん……少し静かにしてくれない?……私はあなたの実の妹よ。あなたに害を加えるようなこと、私がするわけないでしょ。」


  「はあ……はあ……そうだよな……」


  上条は気まずそうに笑った。自分が一体何を気にしているのかもわからず、素直に香鈴について行き、明かりのない狭い廊下へと入っていった。


  廊下は非常に窮屈で、上条は全身が落ち着かないと感じた。


  未知の恐怖が上条の周囲に漂っていた。もしこの時、誰かが音もなく上条の後をつけていても、彼はまったく気づかないだろう。想像するだけで上条はひどく怯えていた。たとえ毛むくじゃらの小さな猫が上条の足元にすり寄ってきただけでも、上条の理性は瞬時に崩壊してしまうかもしれなかった。彼はおとなしく香鈴の後について行くしかなかった。


  しばらくすると、どうやら行き着いたようで、香鈴が上条の前で立ち止まった。そこで上条も立ち止まった。


  周囲の環境があまりにも暗く、上条は落ち着かなかった。彼はそっと香鈴の肩をポンポンと叩き、その後小声で尋ねた。


  「あの……この可愛いお嬢様……どうして立ち止まったのですか?」


  「待ってるの。」


  香鈴は振り返らず、ただぼんやりと前方を見つめながら、簡潔に答えた。


  「待ってる? うわっ!」


  上条がさらに詰め寄ろうとした時、突然襲ってきた巨大な騒音が彼の思考を遮った。


  彼の視線は香鈴を飛び越え、彼女の前方へと向かった。一筋の明るい光がゆっくりと昇っていき、深い夜の中で、明るく輝く家が自家用の昇降ドアを開けたかのようだった。こうして長い夜に一つの彩りが加わった。


  この不意打ちの明るさは上条にとって非常にまぶしく、彼は身体の本能に従い、一時的に闇へと戻り、ついでに驚きの声を漏らした。


  「しっかり掴まってて。」


  オレンジ色に染まった空間の中で、上条はこの言葉を聞き、黙って香鈴の手を握りしめた。しかし、慎重に力をコントロールし、できるだけ香鈴に痛みを感じさせないようにした。徐々に明るさに目が慣れると、上条はゆっくりと目を開けた。


  彼は今、自分の前に立っている香鈴を見た。


  そして、地面にかすかに光を放つ四角い穴を見た。


  そして、香鈴が飛び降りる構えをしているのを見た。


  「ちょ、待って! わあっ!」


  この突然の動きは上条に極めて不自然で唐突に感じられ、彼は香鈴を止めようとしたが、彼女の両足はすでに地面を離れ、上条もろとも穴に飲み込まれた。彼がさっきいた場所には、今や長く響く残響音だけが残された。


  上条はトンネルに入り、自由落下運動をしていた。強い風圧が上条の肺と鼓膜に押し込み、シャツは空気で膨らみ、彼は怠惰で貪欲な太った男のように見えた。


  下から空間を引き裂くような強風は、上条が目を開けようとする意図を困難にさせた。そこで彼は目を閉じることにした。しかし、彼は香鈴の手を決して離さなかった。彼女が言ったように、一瞬たりとも緩めることなく、細心の注意を払って力加減をコントロールした。


  オレンジ色の空間の中で、上条は突然地面に触れたと感じた。周囲の騒々しい嵐もその時ぴたりと止んだ。そこで彼は目を開けた。


  「わわわわわわわわわわわわわ!」


  上条はこの時、言語能力を完全に喪失し、最も偉大な言語学者でも解読できないような感動詞の連続を発するしかなかった。


  今上条がいる空間は、さっきの店と比べて、まさに天と地ほどの差があった。さっきの店内を地球に例えるなら、今の空間は広大で果てしない宇宙であり、それに加えてもう一つ地球があるようなものだった。ほとんど違いはなかったが。


  上条の口は大きく開けられ、次の瞬間には顎が外れるのではないかと心配させるほどだった。彼は周囲を見渡した。このエリアは想像を絶するほど広大で、天井がなければ、これが室内であると気づくのは難しいほどだった。床には四角いLEDライトがまばらに均等に配置されていた。それに対応して、天井の光源は分子の配列のように非常に密に分布していた。


  これほど広々とした空間が、一面の白色灯に覆われているため、かえって上条は空虚さと寒さを感じた。


  上条が今いる場所は空間の中心だった。そして彼の周りには、四つの白い四角いテーブルがあった。この空間に比べればそれほど大きくはないが、一辺が約5メートルにも達していた。


  上条の右手側の壁の近くには、数十個のガラスケースが隙間なく整然と並んでいた。中には奇妙な形の武器が展示されていた:短すぎて、しかも刃が非常に曲がりくねった両刃の短剣、波状の刃を持つ両手剣、奇妙な符印が刻まれた現代的なコンパウンドボウ、そしてどんな素材でできているのか全くわからない半透明の矢など。


  そして上条の左手側には、銃器の展示壁があった。様々なライフル、拳銃がそこに陳列されていた。もし武器マニアがここを見つけたら、きっと狂喜乱舞することだろう。残念ながら上条はそうではなかった。彼はゲームの中でしか銃を見たことがなく、現実では模型すら見たことがなかった。


  上条が驚嘆して呆けている間、香鈴はすでにガラスケースの前に歩み寄っていた。彼女はポケットから鍵を取り出し、ショーケースのドアの鍵穴に差し込み、軽く数回回すと、ケースを開けた。彼女はそこから符印のボウと十本の矢を取り出し、独り言のように呟いた。


  「『ユートピア』も持っていこう……万全を期して……」


  彼女は四角いテーブルへ歩き、弓と弾薬をきちんと並べると、上下に手をパンパンと叩いた。その後、再び銃器エリアへ向かい、中央の展示棚から全身黒の拳銃を取り出した。炎のような赤い模様が荒々しく絡みついていた。彼女は弾倉を取り外し、下の引き出しから弾薬を探すと、弾倉を満タンに押し込み、再び銃身に装着した。


  「はあ……早くゲームに戻りたいなあ……」


  香鈴は憂鬱なため息をつくと、また元ののんびりした表情に戻った。


  上条はまだ他のことを夢想し、自分の世界に浸り、呆けた表情を浮かべていた。


  香鈴は彼の方へ歩み寄ると、「ユートピア」を手元のテーブルに置いた。そして身をかがめ、左手で膝を支えて重心を安定させ、右手を伸ばして掌を上条の目の前で上下に振った。袖口は上下の動きで波状のシワができた。彼女は繰り返し尋ねた。


  「おーい?おーい?生きてる?作戦会議を始めるよ?」


  上条のぼんやりとした視線が次第に香鈴の揺れる掌に焦点を合わせ、自分の幻想からゆっくりと現実に戻った。彼は当惑したように香鈴を見て尋ねた。


  「……なに?」


  「作・戦・会・議。」


  香鈴は一語一語、また繰り返した。


  彼女は掌で膝を押し、ゆっくりと背筋を伸ばすと、背を向け、手元から拳銃を取り上げ、一歩一歩上条の向かいの椅子へと歩み寄り、座った。同時に上条の隣の椅子を指さし、座るよう合図した。


  「ほら、護身用の武器よ。」


  続けて香鈴は軽く拳銃を押さえ、そっと前方へ押し出すと、テーブルの滑らかな表面を横切り、上条の目の前まで滑っていき、そして落ちた。


  「うわっ!」


  上条は慌てて空中で拳銃をキャッチした。彼は本物の銃を握ったことがなく、その重さを知らなかった。これほど重いとは思ってもみず、指ごと地面に落としそうになった。彼は重々しい「ユートピア」を持ち上げ、銃身をじっくりと観察した。


  香鈴は両腕のひじをテーブルに乗せ、目の前で指を組み合わせ、真剣な面持ちで上条に尋ねた。


  「さて、君を襲った敵の術式について、何か知ってることはある?」


  「……」


  気まずい沈黙が流れた。


  「……わからない……」


  上条はしばらく考えた後、非常に正確な結論を出した。


  一瞬、香鈴は100億ボルトの電流に打たれたかのように、重々しくうつむいた。


  上条の答えは彼女に大きな衝撃を与え、彼女は気まずく、やるせなく苦笑いした。


  「はあ……はあ……そ、そうだよね……だ……だって君……君は魔法使いじゃないんだもん……知らなくても……当然だよね……はは……はは……」


  香鈴をがっかりさせた張本人――上条はこの時、非常に後ろめたく思った。兄として妹を傷つけるとは。兄は本来、妹を守る役割として存在すべきなのに。そこで彼は慌てて付け加えた。


  「ちょ、ちょっと待って! 魔法については詳しくないけど、あいつが使った魔法の効果は経験したから! だからそんなに悲しまないで! それなりに価値のある情報はあるんだ!」


  これを聞くと、香鈴は顔を上げた。情報不足で非常に憂鬱だった表情がいくぶん和らいだ。彼女は首をかしげ、非常に期待した表情を作った。


  「えへん、」


  上条は喉を鳴らし、その後高らかに言った。


  「あいつと対峙した時、いくつかのキーワードを聞いた。一つは『生のライフシード』、一つは『荊棘のスパイク・オブ・ソーン』、そして『属性はグリーン』だ。」


  「『生の種』……『荊棘の刺』……『属性は緑』……」


  香鈴は情報の手がかりを繰り返し呟き、必死に頭の中で関連する情報を検索した。さながら情報解読員のようだった。


  突然、彼女の身体が激しく震えた。まるでひらめいたかのように、興味深そうに上条に説明し始めた。


  「なるほど!わかったわ。彼が使っているのはおそらく元素魔法で、属性は植物。彼は植物系の魔法使いよ。」


  「植……物……魔法使い?」


  彼は一語一語、また繰り返した。香鈴の興奮した様子を見て、彼は魔法分野の知識をあまり理解できず、深く疑念を抱いた。


  「簡単に言うとね、」


  香鈴は襟元を整え、椅子から立ち上がった。シャツのほこり(おそらくないだろうが)をはたき、空中で身振り手振りをしながら上条に説明した。


  「地球上には限界属性げんかいぞくせいが存在し、限界属性はさらにいくつかのカテゴリーに分けられる。全ての魔法術式の基本フレームワークとなる『塵白じんぱく』属性を除いて、他のカテゴリーの属性はそれぞれ特徴を持ち、独立して存在している。いかなる属性も『塵白』属性と結合することができ、異なる表現形式をとるのよ。」


  理解しやすく、より直感的に表現するために、彼女は隅から移動式のホワイトボードを引きずってきた。黒の油性マーカーでホワイトボードに書きなぐり、メモを取り始めた。それは上条に学生時代、教壇で授業をする先生を思い出させた。


  彼女はホワイトボードに「限界属性」と「塵白」と書き、一本の直線でそれらをつないだ。そして続けた。


  「世界のあらゆる物質には、それに対応する属性が存在する。広義のものでも、狭義のものでもいい。一つの物質が複数の属性を持つことも可能よ。


  「もし魔法使いが特定の一種類、あるいは複数種類の属性の術式に精通する傾向にあるなら、私たちは彼を象徴的に『元素系魔法使い』と呼ぶの。属性の制限のため、元素系の魔法使いはそれぞれ長所と短所を持っている。うーん、考えてみるわね……」


  香鈴先生はホワイトボードの「限界属性」から枝分かれする線を引き、「植物」と書いた。少し間を置き、その後講義を続けた。


  「植物系……その長所は術式が単純で、観賞性が高く、そして予測不可能な攻撃手段を持っていること。短所はね……えっと……夜になると属性の感応濃度が弱まるんだったかな。ただし植物属性の濃度だけが弱まるのであって、塵白属性には影響しないわ。」


  すっかり知識を伝授する楽しみに浸りきった香鈴は、興味津々でさらに補足した。


  「もう一つのケースは、魔法使いが属性と『共生』することを選んだ場合。そうすると、彼の対応する属性の濃度は大幅に上昇し、同時に彼の身体にも指定された属性と似た特徴が現れるの。それと対応して、属性の劣性も激化するわ。


  「先生! なぜ地球の属性は『限界属性』と呼ばれるんですか? 単に『属性』じゃダメなんですか?」


  上条は高く手を挙げ、完全に「生徒」という役割に没入していた。


  「なぜなら、」


  香鈴は全く存在しない、あるいは賢者にしか見えない眼鏡を押し上げ、ホワイトボードを強く叩き、この話題の終わりを示した。そして「限界属性」の下に「非界属性ひかいぞくせい」と書き、続けて補足した。


  「宇宙には『非界属性』も存在するの。どんなものか見たことはないけど、確かに存在するらしいことはわかっているわ。『神典しんてん』に記録されていて、『神典』が発見された後になって初めて、人々は地球の外に属性が存在することを知ったのよ。


  「今となっては『神典』の出所や真偽を確かめるすべはない。不思議だと思わない? まるで科学者が四次元空間の存在を証明したのに、誰も見たことがないようなものよ。今の魔法体系と歴史学がこれほど発達し完成しているのに、まだ研究すべき魔導書が存在しているなんて。それが『魔導書』の類に帰属するかどうかさえも早急に議論されるべきなのに、なぜなら現在知られているいかなる文献や魔導アーカイブにもそれについての記述がなく、まるで別の世界から来た本のようだから。だからその発見は、属性研究における巨大な進歩だったの。


  「でも残念なことに、『神典』の原本は今は行方不明よ。世界が緊急捜索隊を派遣しても、本のページの断片一枚すら見つけられなかった。今私たちが知っている『神典』に関する情報は、すべて行方不明になる前に解読されたもので、ほんの数ページだけなの。」


  香鈴は「非界属性」の下に「神典」と注釈した。上条はその下で熱心に講義を聞いていた。教室の中よりも真剣だった。やはり魔法の知識は教室の退屈な文字よりも面白いからだ。香鈴は続けた。


  「伝説によると、『神典』はとある没落した天神が神域から盗み出して地球に持ち込んだものらしいわ。でもこの噂の信憑性は非常に低い。なぜなら『天神』や『神域』について聞いたことがある人は誰もいないから。少なくとも私は聞いたことがない。


  「それに、もし本当にそうだとしたら、その『天神』の目的は一体何だったの?」


  「だからこそ、地球上の『限界属性』は『非界属性』と区別するために、やむを得ずそう名付けられたのよ。」


  徐々に脱線していく香鈴はついに最後の一筆を書き終え、長く息を吐いた。彼女はテーブルから水のボトルを取り出し、喉を潤した。


  上条は手でそっと顎を撫でながら、思案に暮れた。


  その後、彼は香鈴に最後の疑問を投げかけた。


  「座標式の魔法って存在するのか? 敵と戦ってた時に見たんだ。」


  背を向けて水を飲んでいた香鈴は振り返って上条を見た。口に含んだ水を喉へ流し込み、コップをテーブルに置き、上条に説明した。


  「座標式の魔法? 考えてみるわね……たぶん、君が言ってるのは『位相魔法フェイズ・マジック』じゃないかな。」


  香鈴はホワイトボード消しを取り、ボード上の文字を消し去った。その後、再びペンを手に取った。


  彼女の指は長時間の握りこみでやや無力に震え、力点も赤くなっていたが、それでもなお講義を続けた。


  「位相魔法は、本質的に一つの領域ともう一つの領域を魔法で結びつけるもので、ワームホールに似ているわ。この魔法は十一次元空間に関与する必要があるため、しばしば座標系と組み合わせて、高次元空間内の具体的な位置を特定するの。」


  上条は香鈴に別の疑問を投げかけた。


  「その術式は破壊できるのか? それとも、一旦術式が発動したら、術者が術式を解除するまで待つしかないのか?」


  「できるわ。」


  香鈴の答えは非常に簡潔で、いささかの躊躇もなかった。


  「高次元に関わる以上、必ずそれとつながる通路が存在する。私たちはそれを『次元特異点ディメンション・シンギュラリティ』と呼んでいるの。次元特異点の内部と周囲には、いかなる術式も存在してはならない。さもなければ通路は遮断され、術式は破壊される。つまり、たった一発の魔法が次元特異点に命中するだけで、位相魔法全体の次元構造もそれに伴って崩壊するのよ。」


  「高次元の通路が破壊された時、術者は一時的な魔力不足状態に陥る。私たちはこれを『次元反噬ディメンション・バックラッシュ』と呼んでいるわ。


  ただしこの状態は持続時間がとても短く、数秒程度しかないし、肉体的には全く感覚がないのよ。」


  香鈴の声は次第に疲れを帯び始め、手首も痛み出した。そこで彼女は板書を諦め、手を空中で動かしながら言った。


  「だから、位相魔法の中には、必ず術式範囲内の特定の領域があって、他の領域とは全く調和せず、非常に強い違和感があるはず。そこがおそらく次元特異点なのよ。」


  香鈴は長いため息をついた。位相魔法の構造と弱点についてはすでに全て説明し終えた。あとは上条自身の魔法への理解力と、理論を実践に移す能力にかかっていた。


  ベテランの自宅警備員として、香鈴はほとんど人と話すことはなかった。必要な情報交換以外は、普段は非常に無口だった。そのため彼女にとって、他人と長時間話すことはほとんど足を踏み入れたことのない領域であり、上条が魔法についてほんの少ししか知らないのと同じだった。


  いきなり見知らぬ領域に飛び込めば、誰でもすぐに完全に適応できるわけではない。彼女は今、自分の精力が枯渇しそうだと感じていたが、それでもなお頭をはっきりと保とうと努めていた。


  今は極めて重要な作戦会議の段階だ。休憩は後で終わってから考えよう。


  香鈴はそう考えた。


  「さて、今他に質問はある?」


  彼女は手にした黒の油性ペンを揺らし、絶え間なく空中に円を描きながら、動くペン先に焦点を合わせて上条に尋ねた。


  「えっと……たぶんない?」


  上条は先ほどの知識にまだいくつか疑問を抱いていたが、少なくとも今はこれ以上見知らぬ知識や難解な原理を学ぶ必要はなかった。


  彼の答えを聞くと、香鈴は上半身の力が突然すっかり抜けた。彼女は震えながらペンを置き、その後目を閉じ、数回深呼吸すると、身体の精力が徐々に回復していくのを感じた。


  彼女はゆっくりと目を開け、自分の前の白い塗装の木製の椅子に座った。右足を左足の膝の上に組み、身体をわずかに後ろに傾けた。右ひじをそっと肘掛けに当て、指で髪をいじりながら、それによって頭を支えた。頭をわずかに右に傾け、視線をぼんやりと上条に向けて言った。


  「よし、それじゃあ今度は、私が君に質問する番ね。」


  「……?」


  上条は緊張して唾を飲み込んだ。


  香鈴は左手の人差し指でリズミカルにテーブルを叩きながら尋ねた。


  「なぜ君は魔法使いに追われる身になったの?」


  「えっと……」


  上条は思わず苦い顔をした。14歳の少女と同棲している件については、どうしても口に出しづらかった。


  「普通、魔法使いは一般人に手を出すことはないわ。そうすれば執行課しっこうかに追われることになるから。


  「でも君には実際にそんなことが起こった。その中には必ず何か理由があるはずよ。さもなければ、テロリストがこれを利用して大規模な襲撃を起こそうとしているのかも。もし後者なら、状況は少し楽観できないわ。


  「その理由は何なのか、教えてちょうだい。」


  香鈴は上条をまっすぐに見つめ、威圧感のある眼差しはまるで取調官が犯人を尋問しているようだった。


  「理由が複雑すぎて……説明しにくいんだ……」


  上条は親指を絶え間なく絡め合わせ、困惑してうつむいた。


  しばらくして、決心を固めたかのように、上条は顔を上げ、目をしっかりと香鈴と見つめ合い、ゆっくりと口を開いた。


  「わかった、教えるよ。」


  彼は祈羽との出会い、戦い、最後に彼女を受け入れたことを、すべてありのままに香鈴に話した。


  「敵のターゲットは高確率で俺だ。だから祈羽を拉致した。俺は彼女を救い出さなきゃならない。」


  最後に、上条は明確に最終結論を述べた。


  事の経緯を知った香鈴は深い意味を含むように上条の肩をポンポンと叩き、奇妙な目で彼を見つめた。


  上条は彼女の瞳を見つめた。


  そこには憐れみと心配の感情が混ざっていた。


  「お兄ちゃん……そんな趣味があるなんて思わなかったわ……」


  「違うってば! 仕方なく受け入れただけだよ! たった14歳の女の子が路頭に迷ってるのを見て、どうして見捨てられるかよ?!


  断ったら良心が痛むだろ! 一体何が起こるかわかったもんじゃない!」


  上条は必死に弁解し、空中で手足をバタバタさせた。


  しかし香鈴が上条を見る目はますます奇妙になっていった。


  「お兄ちゃん……もう言わなくていいわ……私もわかってるから……思春期の生理的な活発性は理解してる……私にとっては、これらは正常なことよ……刑務所には見舞いに行くからね……」


  「違うってば違う! まったく、お前どこまで妄想してるんだよ! 本当にただ保護しただけだ! それ以外の考えはこれっぽっちもなかった! 今もない! これからもない!」


  上条は顔を真っ赤にした。


  「ぷっ、はははははははは!」


  香鈴は上条の慌てふためいた滑稽な様子に笑い出した。彼女はお腹を押さえ、身体をぷるぷる震わせ、とても楽しそうに見えた。


  上条はようやく自分が妹の掌の上で弄ばれていたことに気づき、やるせなく苦笑いするしかなかった。


  「はあ……うちの妹……本当に考えが読めないよ……」


  香鈴の笑い声は次第に弱まり、身体の震えも小さくなっていった。彼女は大笑いで曲がっていた腰をゆっくりと伸ばし、口元に笑みを浮かべて上条に言った。


  「よしよし、場を和ませる話題はここまで。これから作戦会議を続けましょう。」


  彼女はさっと一本の矢を手に取り、何気なく点検しながら、気軽に上条に言った。


  「君のやり方に何の問題もないと思うから、全面的にサポートするわ。」


  「でも一つ、残念なことを伝えなきゃいけないの。」


  「私は正面からの戦闘には参加できないわ。」


  「……えっ?」


  上条の無理に作った笑顔が一瞬で固まった。


  「お兄ちゃん、知ってるでしょ? 私の欠陥のこと。」


  香鈴の指摘で、上条は議論の中でずっと頭から離れていた重要な情報をようやく思い出した。


  彼の妹は、魔法を一度使うたびに気を失う。


  これは遠回しな言い方ではなく、物理的、生理的な「気絶」だ。威力の大小や範囲の広狭に関わらず、最低レベルの魔法を使うだけでも、数秒で気を失ってしまう。この生理的な欠陥は、今でも具体的な原因がわからず、これが香鈴がずっと魔法を使いたがらなかった理由の一つでもあった。


  彼女が幼い頃に初めて魔法を使い始めて以来、この症状はずっと続いている。彼女はそれをやるせなく思っていたが、特に気にも留めていなかった。


  魔法を一度使うと気を失うなら、最初から最強の一撃を放てばいい。香鈴はそう考えていた。


  こんな大事なことを、上条は忘れていた。


  「……はあ……やっぱり俺も年を取ったのかな……記憶力まで衰え始めたみたいだ……」


  上条は右手の掌で額を押さえ、やるせなく首を振った。


  「私は後方支援に回るしかないわね。この『流星りゅうせい』もそのために生まれたのよ。」


  香鈴はコンパウンドボウを取り上げ、弓身をじっくりと点検しながら、優しい眼差しを向けた。


  「わかった、仕方ないことだ……」


  上条は彼女に優しく微笑んだ。彼は彼女を責めたりはしない。結局、この件は彼から始まったのだから、彼の手で終わらせるべきだった。香鈴が助けを提供してくれるだけで、彼は感謝してもしきれなかった。


  「できる限り君をサポートするわ。」


  香鈴はそっと弓身を撫でると、左手で弓身を握り、右手で弦を引き、基本的な性能が低下していないか点検しているようだった。


  彼女は弦をゆっくりと元の位置に戻し、弓をテーブルの上に平らに置いた。少し目を閉じると、その後立ち上がって上条の方へ歩いて行った。


  彼女は上条に半開きの掌を差し出し、指を上下に動かしながら、やや焦った様子で上条に言った。


  「『ユートピア』、今ちょっと貸して。」


  「ん? ああ。」


  上条はリラックスしてテーブルの下に垂らしていた左手の「ユートピア」を、香鈴の揺れている掌に渡した。


  香鈴は拳銃を受け取ると、弾倉を手際よく取り外した。上条に見せると、その後一心不乱にいじり始めた。


  「ほら。」


  香鈴は弾倉の底から取り外した小さな部品を上条の目の前で軽く揺らしながら言った。


  「これは底のスプリングよ。多分、長年使ってきたせいで、今は手動で取り出せるようになっちゃった。使う時は気をつけてね、落とさないように。」


  「わかった……」


  可能なら、上条は銃器を使いたくなかった。


  自分が不慣れなことも理由の一つ、使いにくいことも理由の一つ。


  だが一番の理由は、彼が一人の人間を傷つけるために、もう一人を傷つけたくなかったからだ。


  彼が最も見たかった光景は、敵であれ味方であれ、皆が無事に自分が大切に思う人の元へ帰れることだった。


  しかし今の情勢を見る限り、この願望も少し霞んでしまったようだった。それならば、できるだけ犠牲を最小限に抑え、全員が生きて帰れるようにしよう。


  「他に準備するものはあるか?」


  上条は両手で膝を押して立ち上がり、そっと自分の服を引っ張りながら、香鈴に尋ねた。


  「うーん……どうせ私はお兄ちゃんの指示に従うだけだから、お兄ちゃんが準備万端かどうか見てね。」


  香鈴は両腕を胸の前で組み、右手の人差し指で絶え間なく顎に触れ、考え込むような表情を作って上条に言った。


  上条はしばらく考えて、香鈴に尋ねた。


  「ついでに聞くけど、お前の最強の攻撃はどれだ?」


  「えっ?」


  香鈴は上条に理解できないという表情を向けたが、すぐに答えた。


  「考えてみるわね……最強の攻撃……もし最も破壊力が強いものなら、たぶん『超火焰符印スーパー・フレイム・シール』かな? ああ、そうだ。思い出した。符印カードを一枚書いて、君に持たせてあげられるわ。」


  香鈴はテーブルの下の引き出しを引っ張り、そこから一本の奇妙なペンと一枚の小さなカードを取り出した。カードをテーブルの上に置き、身をかがめると、ペンのキャップを外し、上条には理解できない模様をカードに描き始めた。後ろのポニーテールが横に流れた。


  上条は全行程、そばに立って、香鈴の手元の動作を見守っていた。


  「できたわ。」


  香鈴はペンのキャップを閉め、肩にかかったポニーテールを下ろした。テーブルからカードを拾い上げ、目の前でじっくりと見ると、その後上条に差し出した。


  「このカードが『超火焰符印』よ。事前に位相魔法と接続してあるから、離れた場所から魔力を注入するだけで『超火焰術式スーパー・フレイム』を発動できるの。」


  上条はカードを受け取ると、ライトの下で掲げて見た。そして尋ねた。


  「術式の範囲はどれくらい?」


  香鈴は頭をわずかに下げ、左手を胸の前で組み、右ひじを左手の掌に当てながら、顎を撫でて考え込む様子で上条に答えた。


  「うーん……敵は一人だけだろうから、範囲を半径5メートルの円内に制限しておいたわ。そうすることで術式の作用空間を極限まで圧縮できて、威力を増大できるの。」


  「そうか……」


  上条は左目を細めながら、カードを繰り返しひっくり返し、思案しながら答えた。


  「準備はいい?」


  香鈴が上条に尋ねた。


  「ああ。」


  上条はカードを左ポケットに入れ、襟元を整えて香鈴に答えた。


  「そう。じゃあ、こちらへどうぞ。」


  香鈴は上条にうなずくと、背を向けて出口へと歩き出した。


  「ん?」


  出ようとしている途中で、上条はある物に気づいた。


  それは小さな四角い箱だった。中に何が入っているのか、あるいは何も入っていないのか、ただガラスケースの中に静かに横たわっていた。周囲の様々な新奇な武器とは一線を画し、場違いに見えた。


  上条はただその箱を見つめていた。


  「あれは……あれ? 私もあれが何かはわからないの。代理人が今朝持ってきたんだけど、ある男性が私に渡すように依頼したらしいわ。」


  上条があの小さな箱に興味を持っているようだと気づき、香鈴は彼に説明した。


  「そうか……」


  「どうしたの? 気になる?」


  香鈴はケースのドアへ歩きながら、歩きながら鍵を取り出した。中から小箱を取り出すと、その後上条の元へ戻り、箱を開けて中身を確かめようとした。


  中には一枚の符印カードが入っていた。


  「ん?」


  香鈴はカードを取り上げ、その上の模様をじっくりと調べた。


  「この魔法……見たことないわ……」


  しばらく注意深く観察した後、香鈴は結論を出した。


  彼女はカードを箱に戻し、それを上条に押し付けながら言った。


  「あとで上に上がったら、ゴミ箱に捨ててきてね。」


  「えっ?! なんで?」


  上条は香鈴の行動を理解できない目でいっぱいの困惑した顔で香鈴を見つめた。


  「一つには、私はその術式のタイプを理解していない。だから術式の構築があっても、安易に発動はできないわ。万が一攻撃系の術式だったら大変だから。」


  香鈴は自分の右手の人差し指を上条の目の前で左右に揺らし、その後二本目の指を立てて言った。


  「二つ目に、この術式は使い捨ての符印よ。一回使ったら終わり。箱の中に説明書がない以上、発動しても無駄になるだけで、実戦には使えない。特に私にとってはね。」


  「だから捨てた方がいいの。場所を無駄にしないために。」


  言い終えると、香鈴は首を振り、その後またため息をついた。


  「普通の人が拾ってこの術式を使わないか心配じゃないのか?」


  「そこがわかってないのね、」


  香鈴は突然知性の光る目を輝かせ、一抹の自信に満ちた微笑みを浮かべて、誇らしげに上条に言った。


  「普通の人はこの術式の構造なんて全く理解できないから、でたらめに魔力を注入しても、発動する前に壊れちゃうだけよ。」


  「それに、まともな魔法使いは見たことのない符印を安易に試したりしない。だから普通の人がそれを使って何かを成し遂げようとする確率はほぼゼロなの。」


  香鈴は上条の目の前で「ピース」のサインを作り、彼の前でそれを揺らし続けた。上条は目もくらみ、聞いてもくらくらした。


  「でも、もし君が欲しいなら、あげるわ。」


  そう言うと、香鈴は箱を上条の手に押し付け、手動で上条の掌を握りしめた。


  「まあ、いいか……もしかしたら役に立つかもしれないし……」


  上条は箱を右ポケットに入れ、その後目を閉じて深呼吸をすると、香鈴に向かって言った。


  「行こう、あの植物魔法使いに会いに行くんだ。」


  「うん。」

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