第二章 大切な人 下
あの時、芙法(祈羽)が浮かべた表情と佇まいを思い返すと、どこかで見たような気がした。
次第に思い出した。昨夜、彼が芙法(祈羽)を見つけた時、彼女が浮かべていた表情が、今のそれと全く同じだったのだ。すでに帰る場所を得ているはずなのに、またしてもあの表情を浮かべている。まるで昨夜、行く場所がなかった時のように。ということは、昨夜と同じことが、再び起こる可能性が高いということだ。
上条伏嗣の胸に、嫌な予感が走った。
「ちっ……!」
上条は呪いの言葉を吐くと、スイーツ店から飛び出し、来た道を必死に駆け抜けて家路を急いだ。もっと早く気づくべきだった。芙法(祈羽)の表情と言葉は、安心した人間のそれではなかった。もしもっと早く気づいていれば、彼女を一人で部屋に残したりはしなかっただろう。明らかに、彼女の悩みは解決していなかった。彼女は迷い、苦しんでいた。上条の言葉は何ら実質的な効果をもたらさず、むしろ彼女の心の負担を重くしただけだった。
あの時の上条は、あまり干渉せず、彼女自身に考えさせるのが最善だと思っていた。しかし、それは間違いだった。それは彼の願いであって、少女の望みではなかったのだ。もしあの時、彼女の苦しみをしっかりと聞き入れていれば、もっと安心させられたかもしれない。
しかし、すべては手遅れだった。この数分間の隙は、少女が何かを為すには十分すぎる時間だった。もちろん、自ら命を絶つことも含めて。上条の部屋の窓からは、通り行く人々の一挙一動が見渡せた。上条自身の姿も含めて。彼は自分を呪った。気づいていたのに、なぜ少しの疑念すら抱かなかったのか?
今の彼にできるのは、これらすべてが自分の幻想であり、錯覚であったと願うことだけだった。少女が何事もなく部屋にいて、彼の帰りを待っていると願うことだけだった。
ただただ、そう切に願うしかなかった。
彼は全身全霊で走った。通りすがりの人々に次々とぶつかり、被害者たちは困惑した表情を見せたり、怒りを露わにしたりしたが、彼はもうそんなことにかまっていられなかった。ようやくアパートの下にたどり着き、エレベーターへ直行し、ボタンを狂ったように押したが、エレベーターは現在使用中で、すぐに一階に来ることはできなかった。ここで待っていれば、また数分の遅れが出る。そして、乗客がこの一組だけとは限らない。その間に何が起こるか、想像するのも恐ろしかった。彼はエレベーターを使うのを諦め、非常階段へと駆け込んだ。今の状況では、階段の方がエレベーターより確実に早い。彼は数歩下がり、深く息を吸い込むと、猛然と階段を駆け上がった。一歩ごとに三段を飛び越える。その方が一段ずつ上がるより確実に速いはずだ。
彼の家は8階にある。段数に換算すると、200段近くにもなる。しかし、そんなことはどうでもよかった。早く家に帰り、これが自分の幻覚なのか、それとも現実に起こってしまった結果なのかを確認することだけを考えていた。
一段踏み出すごとに、彼の胸の不安は倍増した。彼は純粋な無神論者だったが、この時ばかりは神に祈った。どうか芙法(祈羽)に何も起こりませんように、と。
(お願いだ……!俺の寿命の半分でも持っていくから……お願いだ、彼女に何も起こりませんように……!)
彼女の顔を思い浮かべた。今朝の彼女の頬の紅潮を、憂いを帯びた表情を。どうあれ、もう誰にも泣いてほしくなかった。もう誰も失いたくなかった。
ついに、8階の最後の段を越えた。左足が8階の廊下に触れると同時に、よろめきながら自宅のドアへと走り寄った。長年の筋肉の記憶で素早くパスコードを入力し、ドアノブを回して部屋に飛び込んだ。
「芙法(祈羽)!」
彼は家の中に向かって大声で呼んだ。
……
長い間、返事はなかった。
(もしかしたら……まだ部屋にいる……ただ聞こえなかっただけかもしれない……)
かすかに残る最後の希望を胸に、彼は一歩一歩、自分の部屋の前に近づいた。彼はドアの前に長く立ち尽くし、開けるのをためらった。躊躇した。開けた後に何の痕跡も見えなかったら? 彼女がすでに床に倒れ、意識がない姿を見てしまったら? 自分の希望が一瞬で打ち砕かれるのが怖かった。
しかし最後に、彼はドアノブを握りしめ、ほとんどゼロに等しい確率を信じ、ゆっくりとドアを開けた。
そこには、整頓されたベッドと、きちんと畳まれた布団だけがあった。
窓には、少し開けられた形跡があった。
まるで誰も来たことがないように、まるで芙法(祈羽)が最初から存在しなかったように。
ただの幻だった。
「………………………………はっ……はははは………………」
自室を見つめながら、上条はその場に呆然と立ち、何度か笑い声を漏らした。空虚な笑い声。感情の欠片もない。
彼は床に崩れ落ちるように膝をついた。頭の中は真っ白で、瞳孔は次第に焦点を失い、迷いが心臓を満たした。今何をすべきか、わからなかった。ただ、無力感が手足を満たすのを感じた。
幾つかの雷鳴が共鳴し、彼を別世界から引き戻した。
彼は視線を窓の外に向けた。木々の葉に遮られて見えなかった空が、今はその全貌を覗かせていた。厚い雨雲が、紺碧の空の色をすべて覆い隠し、絶望的な灰色だけが残っている。
「……探さなきゃ……彼女を……探さなきゃ……」
床に崩れ落ちたままの上条は、再び力を振り絞り、よろめきながら立ち上がった。彼女がいないということは、逃げたということだ。もし部屋で意識を失った彼女の姿を直接見なかったのなら、今も彼女は生きている可能性がある。少なくとも、かすかな希望はある。最悪の結果ではなかったのだ。
まだ、すべては間に合う。
上条は心の中に残る希望を再びかき集めた。今すぐ絶望するのはまだ早すぎる。今すぐ出発すれば、すべてを取り戻せるかもしれない。上条は頭の中の雑念を一掃した。今、彼にはたった一つの任務がある。行方不明の少女を探し出すこと。それ以外のいかなる考えも、彼を邪魔してはならない。
彼は壁に手をかけ、先ほどの茫然自失から徐々に自我を取り戻し、一歩一歩玄関に向かって歩き出した。彼の信念が次第にすべてを支配し、ようやく体が徐々に回復し、彼は一切を顧みずに玄関から飛び出した。
さっき二度通った場所は、芙法(祈羽)が人に見つかりたくなければ、まず選ばないだろう。焦りと切迫感に駆られた上条は、頭の中で全ての可能性を整理し、頻繁に左右を見渡しながら、一つまた一つと狭い路地をくぐり抜けた。彼の身体能力は限界に近づいていた。
(一体……どこにいるんだ……!?)
まだ数分しか経っていないが、芙法(祈羽)が数キロ先に逃げるには十分な時間だった。彼女は風属性の魔術師だ。風を操れば、遠くへ移動することは容易い。アパートを中心に、半径ほぼ1キロの円を描けば、その範囲は広大すぎる。上条がすべてを探し回ることなど不可能で、彼が探せるのは5%にも満たない区域だ。その5%の中で少女を見つけ出すことは、上条にとってほぼ不可能だった。
彼は可能性が最も高い区域を考えなければならなかった。早急に芙法(祈羽)を見つけ出さなければ、上条が考えるのも恐ろしいことが起こりかねなかった。彼は走りながら、怒りを叫び、弱すぎる自分への悔しさをぶつけた。人混みの中をかき分け、突き進んだが、彼はもう何もかも構っていられなかった。
ただ、花奏祈羽のことを考えていた。
「ぱしゃっ。」
一滴の水滴が上条のそばに落ちた。続いて、二滴、三滴、四滴、五滴……次第に多くの水滴が上条の体に、頭に、肩に落ちてきた。前方の視界がぼやけ始めた。
空はしとしとと小雨を降らせ始めた。雨が彼の頬を伝い、目に入ることもあった。彼は手でそれを拭った。一つの考えに支配されていた上条の脳裏に、雨後の筍のように、ある情報が浮かんだ。
臨沂市に豪雨が発生する予報。
突然、上条がいる路地に激しい風が吹き抜けた。いや、雲に覆われた地域全体に激しい風が吹き始めたのだ。雨粒はより大きく、より密になり、まるで空から水をぶちまけたかのようだった。
通りの人々は走り出し、雨宿りの場所を探し始めた。しかし、ただ一人、上条だけが、激しい雨をものともせず、必死に誰かの姿を探していた。高く水しぶきを上げながら、彼の重い足取りはなおも前へと進んだ。自分のためではなく、ただ一つの約束のため、今も雨に打たれている一人の少女のために、彼は体に鞭打って、豪雨の中を走り続けた。
彼は一つの路地を抜け、もう一つの路地へと曲がろうとしたその時、
「ずぶっ!」
不愉快な音が響いた。雨水に濡れた足元が突然滑り、彼はバランスを失い、地面に倒れ込み、横に滑っていった。
彼は地面に丸くなった。体は完全に持ちこたえられず、体中から走る痛みが神経を刺激し続け、雨粒は争うように彼の顔を打ちつけた。
彼は無理に体を起こそうとしたが、手のひらが再び滑り、上半身が無防備に地面に叩きつけられた。痛い。苦しい。体はもうこれ以上動くことを許さなかった。
それでも、彼は諦めたくなかった。
彼は再び体を起こそうと試み、力の抜けた足でよろめきながら立ち上がり、足を引きずりながらそばへ歩き寄り、壁に寄りかかってしばし休むと、また前へと歩き出した。彼の体は限界に達していたが、意志力が彼をさらに走らせた。一つの路地からまた次の路地へと。雨が視界を遮っても、なおも彼は必死に走り続けた。
「くそっ! こんなんじゃ……絶対に無理だ……!」
上条は悔しさを叫んだ。芙法(祈羽)がいそうな場所はすべて探し尽くした。周囲の路地も一つ残らず探した。それでも芙法(祈羽)の姿は見えない。悔しいが、どうすることもできなかった。彼は昨夜、あの孤独な少女の姿を思い出した。階段のそばに丸くなり、遠くでまだ灯りのついている部屋を、切望する眼差しで見つめていた姿を。
……待てよ。
何か見落としている気がする。
上条はついに思い出した。自分の思いで頭がいっぱいになり、忘れていたことを。上条は歯を食いしばり、目つきが次第に強固になった。
「ここにいないなら……残る場所はただ一つ――」
5
十数分前。
「……行った……かな?」
芙法(祈羽)はドアの方を伺い、上条がもういないかどうか確かめようとしたが、部屋の中にいる彼女にはドアの外の上条は見えない(当然だ!)。上条が(どうやら)去ったことを確認すると、彼女はため息をついた。
(本当に……こうするべき? 何か違う気がするけど……でも……これ以上の選択肢はない……)
芙法(祈羽)は迷い、なかなか決心がつかなかった。彼女は未練がましく上条の姿や表情、この家のすべてを名残惜しんだが、最終的に決心を固めた。彼は上条のベッドを整え、そっとドアを開け、最後にもう一度リビングを見渡し(上条が本当にいないか確認する意味もあった)、それからドアを閉め、静かに窓を開けて部屋から外へと身を乗り出し、そっと窓を閉めた。風魔法を使ってアパートから飛び出したのだ。
(これで……本当にいいの? もっといい解決策はなかったの? 結局、私は……抜け出せなかったんだね……)
たとえ離れても、芙法(祈羽)は自分の決断が正しかったかどうか疑い続けていた。
(……まだ……ちゃんと別れを告げられていない……)
適当な場所を見つけると、芙法(祈羽)はゆっくりと空中から安全に地上へと降り立った。もはや迷っている場合ではない。決断した以上、覚悟を再び裏切ってはいけない。彼女は昨夜を思い返した。上条のあの純粋な言葉が、今も耳元で響いているようだった。彼女は初めて、自分が確かに生きていると実感した。孤独な彼女を受け入れてくれた上条に感謝した。もし可能なら、上条にもう一度「幸せになってほしい」と言ってほしかった。
「……そんなわけ……ないよね……はは……」
芙法(祈羽)は諦めきったように自嘲気味に笑った。彼女は伝信用携帯電話(実は普通の携帯電話。機関のメンバー全員が持っているが、芙法(祈羽)はメンバーとの連絡にしか使わない)を取り出し、画面をタップする指がためらったが、最終的に大主司に電話をかけた。
彼女は今朝からずっと迷っていた。機関に戻るべきかどうかを。たとえ上条が彼女を引き取る言葉を口にしても、芙法(祈羽)はそれがあの状況下で仕方なく言った言葉に過ぎないと知っていた。そうしなければ、彼女がとても悲しむからだ。
上条はあの夜、彼女の感情に触れ、彼女がこれまで持ち得なかった、束の間の温もりを与えた。たとえそれが嘘だったとしても、芙法(祈羽)は素直に、それが上条の本心だと信じ、心からそれを喜んだ。しかし、結局は嘘だった。千回、一万回言おうと、それは心にもない言葉に過ぎない。上条は本当に彼女を引き取りたいわけではなく、ただの気まぐれかもしれない。退屈になれば、当然彼女を疎ましく思うだろう。ならば、彼女は空気を読んで、自ら進んで去るべきだ。上条を困らせてはいけない。
彼女はそんな人間を数多く見てきたので、それほど驚きはしなかった。ただ、上条に似た人々は口先だけの言葉を吐くだけで、その言葉に相応しい真実の感情は伴わなかった。しかし上条は違った。彼女は彼の感情を肌で感じ取った。あんな言葉を聞くのは初めてだった。おそらく最後でもあるだろう。芙法(祈羽)に、自分が生きる過酷な世界の中に温もりがあることを初めて感じさせてくれた。
しかし、社会の深い闇に触れてきた芙法(祈羽)は知っていた。それは長くは続かない。永遠に彼女のような者に優しくしてくれる、そんな馬鹿な人間はこの世に存在しない。彼女は災いであり、厄難であり、本来存在すべきでない存在だ。彼女自身さえ自分を嫌っているのに、誰が彼女を気にかけようとするだろうか?
……
上条伏嗣? もしかすると、上条伏嗣は彼女を見たことがあり、彼女の心の奥底を知っているのかもしれない。たとえそれが昨夜だけに限られていたとしても、それだけで十分だった。そのかすかな記憶だけで、これから先の暗い日々を、それでも強く生き抜いていけるのだから。
彼女は上条伏嗣に、あんなに美しい夢を見させてくれたことに感謝した。たとえそれが嘘で紡がれた美しい夢だったとしても。
彼女は永遠にその夢の中に浸っていたかった。過ぎ去った苦しみを忘れていたかった。
ただ、その夢は覚める時が来た。
……
彼女が永遠にそこに留まることは不可能だった。彼女は昨日、すでに決意していた。二度と上条を自分のせいで危険に晒してはならないと。彼女は魔術師であり、それも執行課だ。上条のそばに長くいれば、必ず彼に災いをもたらす。彼女は結局、機関に戻るべきだった。それが上条への恩返し、彼の優しい夢への恩返しだ。それが彼女の決意であり、また彼女がせざるを得ない決断だった。
上条は彼女を受け入れてくれたが、結局は彼女の帰る場所ではなかった。上条と共にいても、彼女は安心できなかった。彼女の帰る場所は、始めから終わりまでただ一つ、機関だけだった。それは痛みを伴う帰る場所だが、それでも優しさに満ちていた。大主司は決して彼女を見捨てなかった。たとえ大主司が彼女に傷を負わせても、彼女は大主司を責めたことは一度もない。それはただ自分の心が弱いからだ。生涯の約束として、彼女は上条から離れ、この思い出を大切に守り続ける。たとえ上条がすぐに彼女を忘れてしまっても、彼女は永遠に上条のことを覚えている。彼の惜しむべき優しさを、彼の無言のそばにいてくれたことを。
もしかしたら、彼女も機関の中で、こんな思い出を数多く作り出せるかもしれない? もし本当にそうなれば、これからの日々はもはや暗闇ではなく、世界のように昼と夜が巡る、期待に満ちたものになるだろう。もしそれが叶わなくても、構わない。この思い出だけで十分だ。彼女が何度も何度も反芻し、傷だらけの体を支えていくには。
こんなに長く離れていれば、大主司もそろそろ彼女のことを心配しているだろう。彼女は茨に満ちた機関を懐かしく思い、唯一の家族である大主司を想った。大主司は彼女を責めたりしないだろう。優しくどこか傷はないかと尋ね、数日休む必要はないかと気遣ってくれるだろう。芙法(祈羽)は再び大主司と会うことを期待し始めた。
上条伏嗣の追捕についての問題は、さっきもうどう対処するか考えていた。任務は成功し、上条伏嗣は国際超科学協会のメンバーの手により、国際刑務所へ移送されたと偽れば、それで十分説明がつく。何しろ臨沂市の機関の権限では国際協会に干渉できない。真偽を確かめるすべもない。このやり方は適切ではないかもしれないが、芙法(祈羽)はもう深く考えたくなかった。その時はその場で対応すればいい。
すべての後始末を考え終え、今は機関に戻り、このことを説明する必要があった。彼女は大主司と会うことを期待し始めた。これからも暗闇が続くかもしれないが、彼女はもう何も恐れていなかった。帰る場所ならば、心を安らかにしてそれを受け入れるだけだ。
ところが、
「プーーーー……プーーーーーーーー……」
「……?」
応答なし。
芙法(祈羽)の期待に満ちた表情が一瞬で固まった。彼女は必死に表情を保ち、再び大主司に電話をかけた。
……
「プーーーー……プーーーーーーーー……」
それでも応答なし。
「……?」
芙法(祈羽)の表情は次第に信じられないものへと変わった。彼女は自分に言い聞かせた。大主司が携帯電話を持っていなかっただけだと。
しかし、明らかで残酷な事実がある。すべての機関メンバーは、どこにいても常に連絡可能な端末を携帯している。実際、以前芙法(祈羽)が大主司に電話をかけようとした時は、いつでも数秒以内に大主司は電話に出た。
しかし、今回は違った。
機関にはこうした厳しい規定がある:
もしある機関メンバーが除名された場合、すべての現役メンバーは彼との連絡を絶たなければならない。大主司を含めて。
そうして、自然と、彼女が想像すらしたくなかった事実が浮かび上がった。
彼女は、機関に見捨てられたのだ。
彼女の唯一の家族、大主司が、彼女を見捨てたのだ。
「……はは……ははは……」
彼女は二度、軽く笑った。世の無常を嘲笑っているようでもあり、自分自身を嘲笑っているようでもあった。彼女の指は震え、もう「発信」ボタンを押すことができなかった。すでに確定した事実に対して、何度も何度も確認する必要があるのか? それはただむなしい希望を増幅させ、その後乱暴に引き裂かれ、より大きな絶望を残すだけだ。
彼女は沈黙し、ゆっくりと携帯電話を閉じた。長い間立ち尽くし、うつむいたままだった。まるで公園で動けない銅像のように、足を進めるべき方向がわからなかった。なぜ大主司が彼女を除名したのか、まるでなぜ大主司が彼女を機関に連れ帰ったのかわからないのと同じように、彼女には知らないことが多すぎた。ただ哀れな事実だけが残され、彼女に背負わされていた。
昨夜、彼女が機関に戻れなかったのは、少年を守るためだった。しかし、今の事実は、彼女が、
どうやらとっくに見捨てられていたということだ。
すべてが無駄だった。最初から、彼女は追い出されていたのだ。
理由もなく連れ帰り、わけもなく見捨てる。まるで彼女は単なる駒であり、今や彼女はすべての価値を失ったので、見捨てられるのも当然だった。すべての優しさ、すべての親切は、ただの見せかけであり、彼女をより巧みに操るために仕組まれたものだった。
すべては偽りだった。彼女が生きる世界は、一度も彼女を大切に扱ったことはなかった。
「…………」
芙法(祈羽)は沈黙した。彼女は声を発する手段をすべて失い、声を発したいという欲望さえも失った。今の自分が何を考えているのか、わからなかった。この体は彼女のものではなく、ただ本能に従ってさまよい続けていた。
頭の中は混乱していた。今、彼女に何ができる? どこに戻ればいい?
今、彼女はどこに行けばいい?
さまよい、さまよい続けた。自分が何をしているのかも、何が彼女を動かし続けさせているのかもわからなかった。左右にふらつきながら移動していると、たまたま通りすがりの人にぶつかってしまった。彼女は謝ろうと思ったが、脳はまったく自我の意識に従わず、ただ前へ前へと彼女を操り、振り返ろうともしなかった。
唯一の帰る場所が、これほどまでに荒唐無稽な過程で失われた。もしこれが何かを意味するとしたら、おそらく彼女の結末もまた、これほどまでに荒唐無稽に終わることを暗示しているのだろう。
しかし、彼女はもう気にしなかった。今の彼女は何事も気にしていなかった。たとえ本当に気にしたとしても、何が変わるというのか? すべての結末は決まっている。どんなに努力しても、ただ一つの悲惨な結末から、また別の悲惨な結末へと飛び移るだけだ。
それだけのことだ。
「……?」
ようやく果てしない思考の虚無から解放された時、芙法(祈羽)はある階段の前に立っていた。階段の中央には手すりがあり、上りと下りの人を分け、移動の補助もする。
昨夜とまったく同じ場所だった。
芙法(祈羽)はなぜここに戻ってきたのか疑問に思った。彼女の潜在意識には、ここに戻りたいという意思があったのかもしれない。しかし芙法(祈羽)はもう考えたくなかった。彼女は疲れていた。もう何も望めなかった。ただ休みたかった。
彼女は今、どこにも行けず、どこにも行きたくなかった。だから彼女は階段に腰を下ろし、両手で膝を抱え、頭を深く腕の中に埋めた。灰色の髪が腕の周りに広がり、腕の外には一対の目だけが残され、遠くの高層ビルを見つめていた。思考はどこか遠くへと漂っていた。
「…………」
彼女は沈黙していた。今何をすべきか、わからなかった。ただ、このままこの姿勢で、誰にも見つけられずに死んでいきたいと願っていた。
「ぽつり、ぽつり、ぽつぽつ……」
いくつかのか細い物体が彼女のうなじに落ちた。冷たい感覚が首筋を伝った。彼女は手を伸ばしてうなじを触り、目の前で見た。
ああ、雨が降っているんだ。
芙法(祈羽)は遠くを見たが、前方の視界はますますぼやけていった。雨が彼女の体に打ちつけ、少し痛かったが、彼女はその情報を遮断することを選んだ。彼女の目は自分のつま先を見つめた。雨が薄い水たまりを打ち、小さな水しぶきを上げ、一重また一重と円形の波紋を作った。
雨は次第に激しくなり、雨水が彼女の服を浸した。これは上条の家の服だ。彼女自身の白いローブはまだ上条の家に置きっぱなしで、彼女は取りに戻ろうとしなかった。もう戻りたくなかった。あそこは彼女が行くべき場所ではなく、白いローブももう彼女のものではない。彼女が着ている服さえ、彼女の所有物ではない。彼女の命も、おそらく一度も彼女自身のものだったことはなかったのだ。
彼女は突然顔を上げ、あちこちを見回した。何かを必死に探しているようだった。何もないことを知ると、苦く寂しい表情を浮かべた。彼女は雲に覆われた光を見つめた。隠されてはいるが、それでも明らかだった。それはそこにあり、朝昇り夕沈むという法則に従い、決して変わらない。それが永遠の帰る場所だ。
しかし、少女の帰る場所はどこにある?
おそらく、最初から存在しなかったのだろう。ただ彼女がそうしたくて抱いた、天真爛漫な幻想に過ぎなかった。
「…………」
彼女は空に向かって手を伸ばした。残された一片の光輝を受け止めたいかのように。彼女は遠くの太陽を見つめ、目は次第に曇り、思考は気づかぬうちに彼女の視線と共に遠くへと漂っていった。
この雨が上がったら、彼女は風の中に消えていくのだろう。
……
「ざばっ!」
「……?」
場違いな音が、少女の耳に飛び込んできた。水しぶきの音だが、周囲のそれとは全く違い、余計に騒がしく、少女がはっきりと聞き分けられるほどだった。彼女の右前方からだ。
彼女は視線をその音の方へ向けた。視界が捉えた瞬間、彼女の瞳孔は一気に焦点を結び、思考は引き戻された。彼女が永遠に会いたくなかった人物が、今、彼女の目の前に立っていた。
上条伏嗣。
雨が絶え間なく彼の頭を打ち、髪を濡らし、服は雨水でいっぱいだった。彼の両拳は固く握られ、ズボンの膝には何箇所か破れがあった。彼はうつむき、一言も発せずにそこに立っていた。雨が彼女の視界をぼやけさせ、今の彼の表情がどうなっているのか、はっきりとは見えなかった。
彼は長く沈黙し、芙法(祈羽)に向かって一歩を踏み出した。
「……近づかないで。私はあなたを不幸にする。」
芙法(祈羽)は、彼が再び踏み出そうとする左足を見つめながら、もとの膝を抱えた姿勢を保ち、半面を腕に埋め込み、感情を込めずに上条に警告した。
上条の動きが止まった。躊躇しているようだった。
「……構わない。お前が無事でいれば、それで十分だ。」
長い沈黙の後、上条はようやくゆっくりと口を開いた。ひどくかすれた声。彼が一体何を経験したのか、誰にもわからない。しかし芙法(祈羽)はただ彼の言葉を聞き、黙っていた。
上条はさらに数歩前に進んだ。
「私はあなたを殺す。あなたのすべての親しい人も。」
芙法(祈羽)は上条の動きを見つめ、脅しをかけた。目には鋭い冷たい光が宿っていた。
「お前は殺せない。」
彼はゆっくりと顔を上げ、芙法(祈羽)の脅しの眼差しを恐れもせず、芙法(祈羽)の目をまっすぐに見つめ、ゆっくりと芙法(祈羽)に近づきながら、確信と苦さを帯びて言った。
「お前にはできないからだ。俺を殺そうと思えば、以前にも十分な機会があった。しかしお前は結局手を下せなかった。今なおさらお前にできるわけがない。お前の警戒し嫌悪を帯びた口調は、ただ俺をお前から遠ざけるためだ。」
「違う。」
芙法(祈羽)は上条の判断を否定し、うつむいたままそう言った。
「お前は俺よりよくわかっている。」
上条はさらに数歩前に進んだ。
「何をしても無意味だ。」
芙法(祈羽)はもう上条の目を見なかった。自分のつま先を見つめ、諦めと懇願が入り混じった口調で言った。
上条は固まった。芙法(祈羽)は顔を上げて上条を見ず、上条の今の表情がわからなかった。彼女はちらりと見ただけだった。上条が次第に拳を握りしめるのを。
上条は歯を食いしばり、口調は次第に強くなったが、声は震え始めていた。
「もし本当にそう思っているなら……なぜお前はまだここに座っているんだ……!」
「!?」
上条の声は泣き声を帯びていた。
「お前がここに戻ってきた理由は……! 誰かに見つけてもらうためじゃないのか!」
芙法(祈羽)はついに思い出した。
そうか、ここは上条が彼女を家に連れ帰った場所だったのだ。
芙法(祈羽)は動揺した。
つまるところ、なぜ彼女はここに戻ってきたのか?
彼女にもわからなかった。ただ体の本能に従い、よろめきながらここまで歩いてきただけで、彼女の主観的な意識の支配下にはなかった。
ということは、たとえ彼女が上条から、すべての人から遠く離れ、雨の中で一人消え去りたいと願っていたとしても、心の奥底では、見つけられることを渇望していたのだ。ここにいさえすれば、上条が必ず彼女を見つけてくれると、彼女の心は固く信じていた。
たとえ頭でどんなに自分の考えを構築し、自分の本心を欺こうとも、彼女の心の奥底は、一ミリも変わっていなかった。偏執的ではあるが美しい希望を。
彼女はついに自分の心を理解し、ついに心の中の本当の思いを直視しようとした。
なるほど、彼女の潜在意識は、やはり救済を渇望していたのだ。
「……伏……嗣……伏嗣……」
彼女はよろめきながら立ち上がり、顔を上げ、雨が顔を打つのを任せたまま、上条を見つめた。苦しみと諦めの眼差しだった。彼女は苦笑いし、無力な表情で、何度も何度も上条の名前を呟き、最も言いたかった言葉を口にした。
「伏嗣……私……帰る場所がない……」
「俺はお前がいる!」
上条は飛びかかるように前に駆け寄り、芙法(祈羽)を強く抱きしめた。今や彼の感情は抑えきれず、涙が止めどなく溢れ、流れ落ちる雨滴と共に地面に落ちた。彼はもう嗚咽していた。
「一人にはさせない……! お前には幸せに生きてほしい……俺がお前を幸せにする……! きっとできる……! 必ず守ってみせる……」
二人は抱き合い、支え合いながら地面に膝をついた。雨に打たれるまま、二人はただ抱き合う力を強めるばかりだった。
「無事で……本当によかった……」
上条は嗚咽しながら、ついに大切な人、一生かけて守るべき人を見つけられたことを心から喜んだ。
芙法(祈羽)の小さな体も、今は上条をしっかりと抱きしめていた。上条の言葉を聞き、彼女はもう声を上げて泣いていた。泣きじゃくりながら、雨の中で嗚咽し、何度も何度も上条の名前を呼んだ。
彼女が泣くのは、喜びのため、ついに大切な人を見つけられたため、ついに大切に思う人を見つけられたため、ついに上条の気持ちを理解できたため、彼女は思う存分泣けた。
二人はお互いの肩に頭を預け合い、涙を分かち合い、心の内を語り合った。
二人は雨の中で抱き合い、ついに自らが大切に思う人を見つけられた喜びに浸った。
今は思う存分泣く時だった。