やっぱり波がやってきました
✳️このエピソードは、性的表現があります。ご注意ください。
様々な柄と色とりどりの布が、部屋を飾り、シックな紺色のソファセットと、白色のローテーブルにはいくつかのワインボトルとグラス、酒に合わせた摘まむための軽食と果物が乗せてある。そのソファセットの先を仕切るように、天井から垂れ下がるタペストリーの先には大きな寝台があった。
そして大きな部屋の入り口手前の奥には小部屋があり、付き人の控え室になっている。
その部屋では一人の少女が耐えるように耳を押さえながら、椅子に座っていた。
扉を閉めているのに、防音効果はほぼ無く、タペストリーの奥で睦合う女の喘ぎ声と相手の男の甘く煽る声。
パンッパンッとお互いの肌が激しく当たる音。グポッ、クチュッ、ズッと擦れ合う音に混じる液体から出る音、それらが絶え間なく聞こえていた。
二人の情事はかれこれ小一時間以上は続いていた。
控え室にいる少女の顔は羞恥で赤い。
もう何度となく聞いているのだから、慣れてもいいのだが、生々しい他人の情事を他人事のように感じるには、彼女の経験は浅かった。
くすんだ小麦色の長い髪を後ろでくくり、白のブラウスと茶色のスカートをはいていた。長めの前髪の奥にある、不思議な色合いのピンクの瞳は潤んでいる。
鼻の回りにはソバカスが散っており、日焼け気味の愛嬌のある田舎者、という容貌だった。
それからどれくらい経ったのか、嬌声は止み男女の話し声に変わっていた。
水の流れる音が聞こえる。と言うことは二人は浴室に入ったということだ。そこからも話し声は聞こえる。それと少しの喘ぎ声も。
また始まったのだろうか……。
少女は不安になりながらも、それらが終わるのをじっと待ち続けていた。
しばらくの後、また話し声が聞こえ、囁きに近いため内容は分からない。そもそもお客様の話に聞き耳を経ててはならない、と言われているので意識しないようにしていた。
それからまた時間が過ぎ、少女がいる控え室の扉をノックする音が聞こえた。
ガバッと素早く立ち上がると、控え室の扉を開ける。
その扉の前には、艶やかな栗色の長い髪をかき上げ、気だるげに少女を見る美女が立っていた。上にピン、と立てた三角の獣耳をこちらに向け、その豊満な胸が隠れるか隠れないかの際どいキャミソールワンピを着た美女。
「終わったわ~。ティアちゃん、薬ちょーだい」
あの激しい情事の事後を思わせる痕と、気だるさを見せてはいるものの、少女に頼む声には明るさがある。
「は、はい!」
慌てて少女は持ってきた鞄から、手の平サイズの小瓶を出すと美女に渡した。
ほっそりとした華奢な手がそれを受け取ると、彼女は後ろで揺れるフサフサな栗色の尻尾を左右に振りながらソファへと向かった。
ドサッ、という音を立てながら、彼女はソファにしなだれかかる。艶かしさはあるが、いやらしくはない感じだ。
水差しからコップに水を移し替えると、ティアと呼ばれた少女はそれを美女に渡した。
「ありがと」
ふう、と、こちらがドキリとするような艶かしい息をはくと、受け取った小瓶から丸薬を三錠出し、貰った水と共に飲み干した。
コップを貰い受けると、もう一度溜め息をついた美女はビクッとすると上体を起こし、前屈みになる。
「ああっ……んんっ……」
すると色っぽい声を出す美女はお腹を軽く擦った。
じりじりと内腿を擦る動きをすると、はぁ……とまた色っぽい声を出す。
「もうっ……全部出し切ったと思ったのにぃー。……ジル様ったら……どんだけ出すのよぅ……」
うぅんと、声を出し、また上体を起こす。
すると美女は突然、裾を手繰し上げると両股を開き、情事の跡が残る内腿を更に開いた。
下着は着用しておらず、そこには髪の色と同じ陰毛があり、蕾は入口付近が少し赤く腫れ上がってはいるものの、淡いピンクのそこからは白くドロリとしたものが滴り落ちていた。
「!!」
少女は驚き、慌てて浴室に駆け込むとタオルを掴んで戻ってきた。それを美女に渡すと、彼女は股から流れる白濁を拭き取りながら、やれやれと息をつく。
「もう、絶倫過ぎるのよ、ジル様はー」
拭き取ったタオルを受け取りながら、ティアは苦笑していた。それを洗濯用の籠へと入れると彼女に尋ねた。
「もう一度入浴されますか?」
もう一杯水を注いで、彼女の前にコップを置く。
「そうねぇ、また汚れちゃったから、湯船に入って念入りにもう一度流すわー」
腿に両肘を立て両手で顔を挟みながら少女を見た。
「ティアちゃん、お湯張りしてくれる?」
美女だけど、どこか少女っぽさを残す彼女はうふふ、と微笑みながらそう頼んだ。
「分かりました。ルシア姉さんは少し休んでてください。準備できたら呼びますね」
ティアは頷くとソファに掛けてあった膝掛けをルシアに渡し、浴室へ準備に向かった。
「よろしくねぇ~。ティアちゃん」
ヒラヒラと手を振りながら、ルシアはティアを見送りそのままソファにパタリと横になった。
入浴の準備が出きるまで、軽く寝ようとルシアは瞳を閉じ浅い眠りへと旅立った。
浴室へ準備に入ったティアは、中に散らばる使用済みの物を拾い上げ、外にある洗濯用籠とゴミ箱にそれぞれ入れる。入浴するルシアのために、軽く浴槽とその回りを洗い始めた。
そして必要なものを棚に置いて、浴槽にお湯を溜め始めた。嵌め込みの浴槽に徐々に湯が溜まり始める。
その水面に移る物憂げな表情の自分を見つめ、大きな溜め息をついた。
蒸気で顔に描いたソバカスが少し滲んでいるように思うと、慌てて備え付けのタオルで顔を押さえた。
「あー、もう。なんでこんな展開になっちゃったかなぁー」
憂鬱そうにタオル越しに溜め息をまた付くと、この状況になった事の顛末を思い返すのだった……。
あれは、公爵家での晩餐が終わり、それからの数日間は特に何事もなく過ぎていった。
そしてそろそろ休暇に入っていたアッシュ達が、中央地区へ戻る日が近づいてきていた。
特殊部隊が『還り人』を保護し、帰還後は中央神殿に引き渡す予定だった。しかし、早くにツガイが見つかったため、その後の神殿での手続きがなくなった。
ツガイ相手の実家でもあり、後見人になる南方公爵家も身元は確かであり、そのまま預けられる流れになったためだ。
他の三公爵家には、伝達で還り人の保護完了が伝えられた。数日間南方公爵家にいたが、三公爵家からは特に何も言われなかったため、引き続きアッシュの実家で過ごすことに。
これと言ってお披露目をするわけではないので、のんびりとこの世界の勉強をしつつ、慣れていくこととなった。
ツガイと分かった時点で婚約者となったが、獣人の世界、公爵とあるから、ラノベにある様な物々しい儀式があるわけでもなかった。
婚約証書にお互いの両親名前、私には親がいないので省かれたが、婚約するお互いの名前を記入し、中央神殿に提出するだけで成立した。
なんて簡易的事務処理。
婚姻式は、私が15歳になった時点で行うそうだ。13歳と神殿で判明しているので、あと2年で結婚することになるらしい。
15歳って中学3年生だよねぇ……。自分の世界の感覚があるせいで、違和感がありまくりだ。
18歳ではダメなのかと言ってみたが、アッシュに悲愴感漂う顔で拒否されたので、取りあえず15歳で婚姻届を出すことに。
ツガイだとは知っているが、アッシュの心情としては、この世界に私を繋ぎ止める確固たる証が欲しいらしい。
婚姻が認められると、ツガイ、と言うこともあり、誰にも引き裂くことが出来ない契約が成立するそうだ。
普通の婚姻では、私達の世界と同じで、紙切れ一枚で結婚、離婚が出来る。
しかし、そこにツガイという縛りが出来ると、婚姻証書が契約書となり、魔力まで絡んでくるという。
ツガイは互いを高めることの出来る、唯一無二であり、比翼連理となるかららしい。
なんと、ツガイ特典で、お互いの魔力が倍増するそう。(普通の夫婦はそうではない。余程相性が良くないと起きない現象)
只でさえ、還り人は魔力が多いらしいのに、それが倍増って……。
婚姻を急ぐのは、アッシュのツガイを囲い込みたい独占欲もあるが、『還り人』であるからと言うのが一番の理由だった。
神殿で説明されたように、還り人は誰にでも魔力を譲渡できる。だから昔に搾取されてたんだけど。
でもそこに、ツガイで尚且つ魔力の契約効力のある婚姻証書が成立すると、簡単には魔力譲渡が出来なくなるらしい。
還り人限定なんだが、なんと、ツガイの相手方が還り人の魔力を管理できるようになるんだって。
これにはビックリ。
なんか飼育される動物みたい、って思っちゃったけど。
お互い信頼関係がないと無理だよね。
いくらツガイでも、操作されるのって、なんか嫌だ。
別にアッシュを信頼出来ないわけではないんだけど、まだお互いをよく知らないから、結婚する迄の2年の間に知っていけばいいよね、と。
そこは二人で話し合ってみた。
でも、これは婚姻が成立している場合。
婚約期間はそれに該当しないから、もし、別の誰かに婚姻を迫られて成立させてしまうと、その相手限定になるが還り人特典の大量の魔力がいく。
婚姻しない限りは、誰にでも魔力譲渡が出来てしまう。
拉致監禁、魔力搾取される奴隷にされたら一貫の終わり。
これは最悪のパターン。
だから、ツガイであるアッシュの実家が後見人なのは幸運なこと。守って貰えるから。
公爵家って言うのもあるけど、狼種は家族を大切にする。一度テリトリーに入り、当主に認められると家族と認識するそうだ。
あ、例外がいたけど。
この、例外がまさかのやらかしをしてくれたため、こんな羽目に陥っているんだけどね……。
それは、アッシュ達が中央地区へ戻ったある日の事だった。
何故か、中央の部隊の訓練学校へ戻っていた筈のヴォルガが、まだ公爵家にいたのが発端だった。
ずっと無視され続けていたのだけれど、その日は向こうから話し掛けてきたのだ。
家庭教師から出されていた課題が終わり、気分転換に庭園を散歩している時だった。
いつも世話をしてくれるメアは、私が一人で気楽に散歩をしたいと言ったため側にいない。
普通は侍女がいるのだが、この公爵家は庭園をぐるりと囲む結界が張り巡らされているため、悪意あるものは立ち入れない仕組みになっているそうだ。
それもあり、アッシュは中央へ帰っていったのだが。
それ以外にもここに仕えている人達、忠誠心も強く戦える人が半数以上働いている。なんと!その中で一番強いのがグレイさんだそうだ。ロマンスグレー最強説!
華麗に咲き誇る花を眺めつつ、気楽に歩く。
この広大な土地は、庭園が終わりの合図となる低木の生け垣が現れる。
その先は広い自然を模した草原が広がり、ここで獣体になって駆け巡ることが出来るそうだ。
簡単に言えば、広すぎる運動場。
やけに広い土地だと思っていたけど、ちゃんと理由があったみたい。
時々、軍馬達も利用するそうだ。軍馬も魔馬も専用の場所が設けられているが、軍馬がここを利用するのは、戦闘意欲の強い種のみ放たれ、なんと獣人達と軽く運動する、いや訓練をするらしい。
でた!脳筋軍馬!
見たことがないので、どんなことをしているのか知らないが、まあ、言葉の通りなのだろう。
そんなことを考えながら、ふと好奇心に駆られ低木の向こうを覗き見ようと隙間を探す。
風の音に混じって、何かが走る音がするので誰かが利用しているのだろう。
ここは公爵家に所属さえしていれば誰でも利用できると聞いた。
きっと、休暇中の使用人か誰かが使っているのだろう。
この日は、当主は中央議会へ出席、伴侶であるゼルリウスさんは領地へ視察へ行っている。ご兄弟の兄アルリウスさんは視察へ、弟ヴォルガくん(歳が二つ上だけど、何となくさん付けが嫌で)は学校へ戻ったそうだ。残りヒューメイさんは、社交という名のお茶会へ出掛けていった。
そんな中、一人勉学に励む。教師から四方公爵が治める領地について話してくれた。
てっきりここが領地かと思いきや、本領地はここから一週間かけて行った場所にあるそう。ここは中央にある南方公爵家の領地だって。
中央にも四公爵家が管理する領地がそれぞれあるそうで、そのうちの南側がここだそうだ。
どれだけ広い大陸なのか想像も出来ない……。
狭い島国で生活していた庶民には分からない感覚だった。
ひょい、と低木の隙間を見つけ覗いてみると、獣体をとっている方達が、各自思い思いに過ごしている様子が伺えた。
大体が普通サイズの獣体姿だが、中には一回り大きな個体もいた。これは自分が持つ魔力が関わってくるそうで、保有量が多いと進化形である二倍から三倍の大きさになるらしい。
あの時、保護に来てくれた隊員達の姿は最終形態だった。
精鋭部隊だから、魔力保有量が多めなのは当たり前なのだ。さすが花形部隊。
それにしても何というか、生来の動物の色ではない、保護色の意味をなしていない者が闊歩している。
動物って言うのは、様々な色があるけれど、環境に合わせ、弱肉強食の世界を生き抜くためにあるべき色に進化しているんだよね、確か。
そりゃあさぁ、原色の生物もいるさ、いるけどさぁ……。
あの色はなぁ……。
目の前を運動がてらに走っているのだろう、フラミンゴ真っ青なショッキングピンク、いや、蛍光ピンクに近い色の……あれは豹??なのかな?ネコ科の動物だと思う。
しなやかな走りと、ネコ科特有の柔軟性がある。
あの色じゃあ野生では生き残れない。
あ、野生ではないか。
目立ちすぎて隠密には向かないよね。
そんな豹を見るとも無しにボンヤリと眺めていると、目の端に誰かの足が見えた。
「?」
顔を上げるといる筈のない人物が。
「え?なんでここに?」
思わず呟くとその人物は片眉を器用に上げて、こちらを見下ろした。
「ここにお前がいると聞いた」
どこか不遜な物言いでその人物・ヴォルガくんが言った。
誰に、とは聞かないがおそらく侍女の誰かに見られていたのだろう。
何を話せば良いのか分からず、そのままお互いに見つめ返していると気まずい空気がしばらく流れる。
何となく目を逸らすとダメな感じがして、視線を外したいが我慢して見つめ続けてみた。
すると彼は銀色の短い髪を片手でガシガシとかくと、大きな溜め息をついた。
「街に出てみないか」
ん?突拍子もないことを言い出したぞ。
あの食事の席でバリバリ睨んでた貴方ですよ?
警戒しますよ、私。
「なんで?」
しかし純粋に疑問に思ったので問いかける。
「ここに来てからずっと屋敷にいると聞いている。気分転換に南方領の街を見るのも良いだろう?」
ヴォルガは腕組みをすると、少し思考するように視線を右上に向けた。
「さっき、グレイにも許可を取った。一、二時間位なら外出しても良いそうだ」
視線を戻すとヴォルガは更にこう言った。
「俺も一緒に行くし、護衛も数名付けるから安心しろ。特に問題はない」
へぇー、珍しい。嫌われてると思ってたから、そこまでお膳立てしてくれるとは。
グレイさんから許可が出てるなら良いかなー。
確かにここまで来るのに、街はほぼ素通りしてきたから、じっくり見てみたい気もする。
「ホントに大丈夫?」
念押しして聞いてみると、軽くヴォルガは頷いた。
「ああ」
肯定が帰ってきたので、なら良いのかな?と考えた。
座って見ていたので、立ち上がりながらスカートに付いた草等を払うと彼の方へ向く。
「じゃあ、行きたいな」
にっこり微笑んでヴォルガを見つめると、彼はうっと詰まったような声を出すと体の向きを変えた。
「馬車は用意してある。こっちだ」
そのまま背を向けて歩き出すと、慌てて彼の後を追った。
「何も準備しなくていいの?」
歩幅が違うから、ほぼ小走りになる私は少し息を弾ませながら尋ねた。
歩調を緩めることもなく、またこちらに見向きもしないまま彼は言う。
「いらん。南方の街での買い物は、公爵家付けになり後から店舗が纏めてこちらへ請求が来て、即精算する」
そこで素朴な疑問。
「でも、公爵家の名前だけで買い物できたら、他の人達も同じ真似しないの?」
言うだけで事足りるなら、他人が真似しそうだ。
それに対し、ヴォルガは鼻で嗤うと懐から何かを出して、手に持ったものをこちらへ見せてくれた。
メタルブラックのチェーンの先に漆黒の狼の顔が正面にあり、背後には銀色の狼を左右配置し、遠吠えをしている姿を模し、さらにその背後には中央に大剣を付けるという凝ったデザインのペンダントトップだった。
「これを見せれば済む」
そう言ってペンダントトップを懐に戻した。
おー、ブラックカードならぬ公爵カード。
しばらく付いていくと、初めて来た時とまた違う門にやって来ていた。
シンプルな門扉は開かれており、その先に茶色の馬車らしい乗り物が待機していた。
彼が到着すると、どこにいたのか侍従が現れサッと馬車の扉を開け、彼を迎え入れた。
ヴォルガは馬車に乗ってしまうと、奥に座りこちらを見て促すように顎をしゃくった。
「さっさと乗れよ」
彼は身長がそれなりにあるから、楽に馬車の扉下にあるステップを上がれるのだろうが、初めて馬車に乗る私には不安定なステップを軽々と上れる自信はない。
えー。
これって乗るのを手伝ってくれないの?大体、馬車に乗る時、男性って女性をエスコートして乗せてくれるよね。
この獣人社会ではないのか?エスコート。
そもそも子供なんだから、手伝ってくれてもいいんじゃないの~?
チラッと横を見ると、彼付きらしい侍従も無表情でこちらを見るだけで、手伝おうという気はなさそうだ。
こっちもか!
主従揃って不遜だな!
溜め息を付くと、恐る恐るステップを踏み、扉と入り口を掴みながら、やっとの事で馬車へと乗り込んだ。
それに対しヴォルガは無関心。
この人、本当にアッシュの弟?
アルリウスさんでもこんな粗雑なことやらないよ。屋敷にいた時もいろいろ気遣ってくれたし。
私が乗り込むと、扉が閉められ馬車が出発した。
それからしばらく沈黙が続く。
この誘いって、一応私を気遣って街へを連れ出してくれたんだよね……?
誘ってくれた相手がこんなにも塩対応って。
街の見所とか話してくれても良いんじゃないの?
腕組みをして窓に視線を向けたまま、こちらを見ようともしないヴォルガ。
更に沈黙が続き、こちらからもヴォルガに会話を差し向けることも出来ずなんとなく手持ち無沙汰で外を見る。
白い壁が主流なのか、街並みの色合いは柔らかい配色で、やはり普通の間取りより窓も扉も大きめに作られていた。
石造りの街並みだが、無骨な感じではなく、どこかメルヘンチックな感じだった。
所々に蔦植物が壁を這い、それが更にメルヘンさを醸し出しているように見えた。
石畳の道は平らに成らしてあるため、馬車の揺れも少ない。ここまで来る時も、道として作られた地面は、この様に石畳で成らされ整備されていた。
この獣人世界は土木関係が整っており、基盤作りはほぼ私が住んでいた物と遜色がなかった。
上下水道も完備していたしね。
これはありがたかった。大事、衛生管理。
ここまで整っているのも、還り人のチート能力が遺憾なく発揮され、反映された結果だった。
良かった、私そこのところは全然詳しくはないし、能力もからっきしだ。
昔の還り人の偉人に感謝を!
ホント、一般人だもん。私。
何か突出して出来るものもないし、自慢できるものもない。きっと、還り人特典がなかったら特別感もない、無い無い尽くしの庶民として暮らしていたね。
まあ、ラノベにある異世界転生していろいろチート能力を与えられても、それを活かすことが出来なければ宝の持ち腐れだよね。
特別視されても荷が重いだけだし。
何かの使命を与えられるのもご遠慮願いたい。
面倒なことは、出来れば避けたい。
三十数年生きて悟ったのは、平凡が一番。
淡々と送る毎日、大事!
そういや、私の友達にいたな、異様になんでも出来る奴が。男女の幼馴染みがいたけど、あの二人はホント、オールラウンダーな人達だったから、容姿も整っているのもあり一緒にいると目立つ目立つ。
彼らの苦労を間近で見ていた私からすると、ホントーに平凡が一番だよな、ってしみじみ思ったもん。
それにしても、あの二人はなんでいつも傍にいたかな??さっさと結婚でもするかと思いきや、なんでかズルズルと三人でつるんでたし。
懐かしい二人を思い出し、少し郷愁の念に流されそうになったけど、首を振って深呼吸する。
唯一ずっと一緒にいた二人だ。
家族も思い出しはするが、この二人は別格だった。
家族以上の繋がりがあったし、支えでもあった。どちらかといえば家族は放任主義だったから、余計かも。
あー、もー。今まで気にしないようにしてたのにー。
思い出すと泣きそう。
心残りはあの二人のことだけだ。
私がいなくなったと分かったら、絶対に探しまくっている。世界の果てまで探しに来そう……。
それも怖いな。
でもあの二人ならやりそう。
ふふふ、と笑いが思わず溢れると、訝しげにヴォルガがこちらに視線を向けた。
「なんだ?」
問いかけられたが、首を振って何でもないと言う。
眉根を寄せて訝しげに見られたが、それ以上問われることはなかった。
そうした沈黙が続くと馬車が止まり、コンコンと扉を叩かれ静かに開かれた。
出入口にいる私から出ないと行けないと思い、慌てて降りようとステップを踏んだが、ズルッと滑ってしまい転けそうになる。
ギュッと思わず目を瞑り、体を固くしてしまったが、衝撃がやってこない。
「?」
両脇を掴まれていることを気付くと、ゆっくり目を開けて上を見る。
そこには呆れた顔をしたヴォルガがいた。
呆然とした状態のままの私を掴んだまま、ヴォルガは馬車を降りると意外と優しく下ろしてくれた。
「気を付けろ」
そう一言いうと、背を向けて御者に何か話しに行ってしまった。ぼーっとその様子を見ていると、ヴォルガが再び戻ってくる。
「この先に雑貨や日用品、衣料品店舗が続いている。好きなのを見ろ」
顎をしゃくりながら、その先に続く街頭の説明をざっとしてくれた。
ハッとするとヴォルガにお礼を言った。
「転ぶのを助けてくれてありがとう!」
ペコリと頭を下げてお礼を言うと、ヴォルガはどこか気まずげな顔をして、その後顔をしかめたが軽く頷き返した。
「あ、ああ。問題ない」
そうして短髪をガシガシかくと、後ろに控えていた護衛を指した。
「数人の護衛が付かず離れずで配置されるから、好きなように店を見ても構わない。俺は俺で勝手に見るから、もし何か購入するものがあれば護衛に声をかけろ。後はこちらで対処する」
それだけ言い捨てるとさっさと歩いていってしまい、数人の護衛達が散らばっていった。
は?案内も無しで、勝手にしろと??
誘ってくれたんだから、案内くらいしてくれるものじゃないの??
またもや呆然と去っていくヴォルガの後ろ姿を見ていると、先程の無表情侍従がこちらを見ていた。
視線が刺さるので、仕方なくそちらを向けば、軽く会釈をされこちらに近づいてきた。
どこか値踏みされているような不快な視線を向けられているが、発せられた言葉は意外なものだった。
「この先にお嬢様がお好きそうな雑貨店がございますが、ご覧になりますか?」
「え?」
なぜ提案を?と言わんばかりの返答をしてしまった私には気にも止めず、どうしますか?と再度聞いてきた。
どうしますか?と言われたけど。いや、雑貨店ね。
うん、確かに興味はある。
小物は好きだ。この世界の雑貨店、興味がある。
案内してくれそうだったので、その提案に乗ることにした。
「行きたいです。案内をお願いします」
頷きながら彼にお願いをすると、無表情のままその方向へ手を向け、案内をする仕草をした。
ゆっくり歩いて案内をしてくれたため、小走りすることなく、周囲のお店等を見ながら進むことが出来た。
馬車から数分歩いた先に、瀟洒なうっすらと水色かかった建物があり、そこが目的地のようだった。
白い扉を彼が開けてくれると、その先は横幅もあったが、奥行きもかなりありそうな中二階のある雑貨店だ。
色別で小物が置いてあり、それが全体を虹色のように見せて華やかな感じを醸し出していた。
中二階の方は布が色とりどりに飾られている。手芸用品も扱っているようだった。
物の多さに圧倒されていると、案内をしてきた彼が中へ入るように促してきた。
「こちらの店は種類が豊富ですので、楽しむことが出来ることかと存じます。私は店の外で待たせて頂くので、何かありましたらお声かけください」
そう言い置くと一礼して外に出ていってしまった。
いや、まあね、良いんだけどさ。
取りあえず放り込んどけ、って言う感じがありありと。
確かに一人で見る方が気楽だけどさ。
多分、この雑貨店、魔道具とか置いてるんじゃないかな。
キラキラとした宝石っぽいのが見えるんだよね。
あれ、魔石だよね。きっと。
その説明とか欲しかったんだけどー。
店員さん、見当たらないんだよね。広すぎて。
買い物客の人達はいるんだけど。
私、まだこの世界に慣れていないんですが……。
そして魔力すらまともに扱えていませんが、何か?
そんな私を放置ですか……。
諦めを含んだ溜め息を付くと、仕方無しに店内を見ることにした。
魔石を扱う小物もあるが、普通に便箋、ペン、筆記用具類の小物もあり、置物もある。
また、部屋に飾るちょっとした絵画もあり、なんだか展示会に来ているようだ。
この世界のペンは形状が万年筆っぽい形で、インクの詰め替えがいらない。ペンの頭に魔石が付いており、それがインクの代わりになるそう。
魔石の色がそのままペンの色になると言う分かりやすさ。
その魔石の色が薄くなると交換時期が近いと言う印。
ボールペンみたいだな、と思ったりした。
文字を間違えると、消しゴムの代わりとなる魔石があり、それを文字に当てると消える、という摩訶不思議。
ただ、この魔石は安価なものなので、時間経過が長期間になると掠れて消えてしまうそうだ。
大体、十年から持って二十年らしい。良い魔石を使用して五十年程。その文字を永久的に保ちたい場合は、固定する魔術をかけて消失を防ぐそうだ。これは出来る人と出来ない人がいるらしく、自分の魔力量の関係もあるらしいので、やるなら専門の人に頼むと固定して貰える。
今自分が使っているペンが練習用なので、安価なものを使用している。
でも色にこんなに種類があるとは思わなかった!
ざっと見た感じだと五十種類位ありそう。
目で楽しみながらペンを物色する。
暖色系、寒色系を一つずつ欲しいなー。
試し書きが出来るスペースで、目ぼしいものの何本かの色味を確認して、最終候補の二本に決める。
それを買い物用の籠に入れると、他の雑貨を見に行くことにした。
中にはこれは何に使うのだろう?と言うものが多々あったが、必要性を感じなかったので素通りする。
一階の奥の方には、ガラス細工で出来た小物入れや、額縁。そして休憩が出来る、カフェみたいな場所があった。
そこにはポツポツと、ご令嬢方が飲み物やお菓子を摘まみながら談笑している姿があった。
へぇー、こんなスペースまであるんだ。
窓際には一人で座れるソファが設置してある。
じっと見ていると、ススッと店員が近寄って来た。ニコニコと愛想よく笑う店員さんで、笑んだ目が月のように細められていた。
「宜しかったら、あちらの席でお茶でもいかがですか?」
指し示された席は窓際の日当たりのよい場所だった。
「えっと。今手持ちがなくて……」
お金が無いのをそれとなく言うと、店員さんはにっこり笑う。
「大丈夫ですよ。こちらはご利用いただく全てのお客様にサービスとしてご提供しておりますので、ご心配には及びません」
無料で利用できるなんて、なんて太っ腹なお店だ!
びっくりしたが、そのまま店員さんが窓際の席に案内してくれたので、外の庭に面しているソファに座ると手元からメニュー表を出してくれた。
「こちらからお好きなものをお選びください。お菓子も無料ですのでどうぞご遠慮なく」
見せて貰ったメニュー表はけっこうな品数が書いてある。このどれもが無料とは。
その中から、ココアと珈琲の中間の味がするアルルと言う暖かい飲み物と、クッキーをお願いした。彼女は承りました。と言い去っていく。
ペンの入った籠をソファの脇に置くと、ゆったりと背もたれに体を沈めた。
外の庭は公爵邸ほどの華やかさはないが、自然を意識した配置になっており、目に優しい温かな庭だった。
のんびりと庭を眺めていると、先程の店員さんが注文したものを持ってきた。
クッキーの更に可愛い包装の飴らしき包みがあった。
「こちらの飴は可愛いお客様へのオマケです」
ニコッとした口元に人差し指を当てながら、可愛く首を傾けて店員さんはそう言った。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと軽く頷き返した店員さんは一礼するとその場を去っていった。
早速、アルルに一つ砂糖を入れて混ぜる。カップは少し大きめなので、両手で持ちゆっくりと飲む。
少しの苦味とチョコ様な甘味が混ざってなかなか旨い。これはこの世界に来てヒューメイさんから薦められた飲み物で、子供達も好きな味だと言う。もちろん甘党の大人も砂糖は入れないが好きな人が多いポピュラーな飲料だそうだ。
それ以来すっかりこの飲み物が好きになり、ほぼ毎日飲んでいた。
横に添えられているクッキーを摘まみながら、ゆったりとした時間を過ごす。
チラリとオマケの飴に目が行く。
花柄の包装紙に包まれた飴を取り出すと、赤色の飴が出てきた。鼻を近づけ匂いを嗅ぐとベリーっぽい香りがした。
コロンと口の中に含むと香りの通りベリー系の味がした。さっぱりとした甘味と酸味が絶妙な飴だ。
コロコロと転がしながら舐めていると、パリッと割れて中からトロリとしたベリーの味を更に濃くした液体が出てきた。二層になっていたみたいで、ちょっとびっくりしたが、特に問題もなかったのでそのまま舐め続けた。
庭を見ながら、そろそろ他の雑貨も見ようかな、と考えていたことは覚えている。
そう、あの飴がくせ者だったと気付いたのは、意識を失い、ガタガタと揺れる振動で目か覚めた後だった。
アルルやクッキーには何も入れられていなかったが、あの飴の二層になった部分に睡眠薬でも入っていたみたいだった。いや、もしかしたらアルルにも何か入っていたのかも。
それはもう分からない。
振動で目が覚めたものの、頭から布袋を被せられているせいで何も見えない。両手両足共に縛られており、身動きもとれない。おまけにご丁寧に口まで塞がれている。
あー、もう!
なんか怪しいとは思っていたんだけど!
思ってたけどっ。
馬車を降りる時に助けてくれたから、気のせいか?
って思っちゃったんだよねー。
侍従も無表情デフォルメだったけど、不遜な態度と視線は怪しかったけど!
案内してくれたし、確かに店の外で待ってるのを見たから、放置する事はないなと安心したのもある。
が、やっぱりギルティ!だった!
信用し過ぎかっ!私!
これからどうなるんだろう……。スゴい不安。
さっきから心臓がバクバクいってるし。
まだ、魔法もまともに扱えないから、手首の紐も取れない。関節技覚えといた方が良かったかな~。
いや、日常に必要ないし。
自分でボケ突っ込みをしつつ不安を紛らわそうとしたが、ますます速度を上げる馬車に思考力が途切れがちになってしまう。
そうするうちに、馬車の速度が緩まり、そして止まった。
外で何か話す声が聞こえるが、布袋のせいで聞き取りにくい。
バサッという音が聞こえると、誰かが近づいてくる。その人が私を担ぎ上げるとどうやら外に出たようだった。
向かい風が吹いているようで、少し肌寒い。
担がれたまま、どこかへ向かっているようで、暴れようにも両手両足縛られの目隠し状態なので、不安定な状態で事を起こすことに躊躇いが出る。
よくラノベでは、この状態でも暴れて何とか助かろうと努力するものだが、身体を縛られ視覚も塞がれるし、口も塞がれ喚くことすら出来ない状態。
それに担がれているという不安定な状況を体験する身としては恐怖しかない。
恐怖で体が硬直してしまっているのだ。
その状態のまま担いでいる人が止まる。そこはさっきよりも強い風が下から吹いているように感じた。
その人は私を下ろすと、立たせ布袋を取り外してくれた。
が、目の前に広がるのは断崖絶壁。
下から吹き付ける風が不安をますます煽る。
崖のようになっている場所に立たされており、下には幅広い川が流れている。
どこかの森の様で場所すら分からない。
恐怖で硬直した体がガタガタと震え出す。
目の前の光景を唖然と見つめていると、その間に縛られていた両手両足の紐は切られ、口を塞いでいたものも取り除かれていた。
「拘束を外したのはせめてもの贖罪だ。怨んでも構わん。魔力を使えば生き延びることが出来るかもしれん。だが……すまん」
そう言われた途端、両脇を掴まれたと思ったら、川へと断崖絶壁から放り出されたのだ。
「はぁっ!?」
勝手に謝罪を述べられても、放り出されたらそんなの意味ないじゃん!!
振り向くと全身を黒でおおわれた男がいたが、表情等は見ることは出来なかった。
下から吹く風に煽られ、凄い風圧が掛かるのと、刺さるような風の痛みを最後に意識が途切れてしまったのだった。




