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やってきました!南方公爵家②

誰も知らない人ばかりの世界に転生して。

あの木の元で一生終わるのかと不安だった。そしたら獣人と呼ばれる人達が現れ、初めて会った人と突然ツガイにと言われ、流されるままに日々が過ぎていた。

数日の間は雰囲気が良かった筈なのに、何故か状況が悪いままで、その人の家族、親族とのご対面。


はっきり言って憂鬱以外の何ものでもない。

解決してからご対面したかった……。

キレイになって嬉しかったのに、気分は半減してしまったよー。


エスコートされるままに、黙々と歩いていてあっという間に扉の前に着きましたとさ。


中へ進むと縦長のコの字型にテーブルがセッティングされ、奥の上座にはそれはそれは美しい銀髪の美女と漆黒の髪の美青年が座り、両サイドには恐らくアッシュの兄弟もしくは親族が座っている。その兄弟であろう列にキーファとカイルアが座っていた。キーファはニコニコと。カイルアは安定の無表情。視線は柔らかいけど。

入り口に近い程に、親戚関係なのか無遠慮にこちらをジロジロ見ている。

上座の美女が満面の笑みで立ち上がると自分の隣の席を指した。

「ようこそ!我が南方公爵家へ!」

少し低めだが張りのある艶やかな声で彼女は歓迎の意を示してくれた。


ワンショルダーの濃紺色のドレスに美しい銀糸の刺繍が星屑のように散りばめられていた。首には大粒のエメラルドのネックレスが彩り、絶妙なバランスを配していた。


どう見ても若く見えるアッシュの両親は、こんなに大きな子供がいるとは思えない容姿をしている。

これも獣人特有なのか、この異世界だからなのか……。


アッシュは入り口で軽く会釈をしたので、慌てて自分も頭を下げると、そのまま彼は案内された席へ進んでくれた。


大きく間取りを取った窓の外には、茜色の不思議な灯りが街灯の様にいくつか設置され、庭園を明るく照らしている。

高い天井に吊るされたシャンデリアからは、蝋燭ではない、ふわりとした明かりが部屋全体を照らしていた。

あれは魔法の明かりなのだろうか?

チラリと興味をそそられ視線を上に向けていると、ふと、何や嫌な視線を感じた。

すぐに視線を戻したが、どこから来たものか見当がつかない。

そうするうちに席に着くと、美女の隣がアッシュでそのとなり、上座の端の席が私の場所のようだ。


アッシュが椅子を引くと、座るように促されるので、私にはちょっと高い椅子に何とか腰掛けようと斜めから行こうとしたが、ドレスの厚みを念頭に入れていなかった!

あ、と思った時には、ぐらり、と横へ倒れそうになったが、そこはすかさずアッシュがサポートしてくれ、何とか着席することができた。

心臓をドキドキとしながら座面で体勢を整えると支線を上げた。

いくつもの視線が自分に向いていたのが分かると驚き、見られていた羞恥でまた視線が下がってしまった。


は、恥ずかしいぃぃぃーーー!


隣にアッシュが座ったのが分かったが、なかなか視線を上に上げることができなかった。


すると、グラスと軽く叩く音が響く。

「さあ!皆が揃った。各自グラスを持ちなさい」

美女、恐らくアッシュの母親が場を仕切っていた。


ん?当主って大体男性だよね?


そうこうするうちに、周囲はそれぞれのグラスを持ち上げていた。慌ててテーブルの上にある皆が持っている同じグラスを取り上げた。


「今日という日を祝して、乾杯!」


アッシュの母親がそう言うと、乾杯!とそれぞれ言いながら、回りの人達とグラスと合わせる音がそこかしこで聞こえていた。

一気にグラスの中身を空けるのを見て、自分もやらなくちゃ!と慌てて飲もうとグラスを傾けたが、口に付く前に誰かの手のひらで遮られた。

「??」

その手の持ち主は勿論アッシュで、私が持っていたグラスを取り上げられた。

代わりとばかりにそれの中身を一気に空けると、後ろに控える侍従に指示を出す。

「彼女には果実水を」

流れるように一連の動作をやられ、ぽかん、とアッシュを見つめていると無表情で答えてくれた。

「これは酒だ。君にはまだ早い」

そう言うと何故か視線を逸らしたまま、侍従が持ってきた果実水のグラスを私に渡そうとした。


えー、なにも視線を逸らさなくても……。


渋々、渡されたグラスを受け取ると、ちびちびと果実水を飲んだ。


するとアッシュ側からクスクスと柔らかい笑い声が聞こえて、そちらに視線を向けると美青年が、いやアッシュの父親だと思われる漆黒の髪の男性が、透き通った翡翠の瞳を細めて微笑んでいた。


「アッシュがごめんね。多分この子が悪いんだろう?」


無表情のアッシュを見ながら、可笑しそうに笑っている。理由も聞かず、アッシュが悪いと彼はそう言った。

その隣の母親もアッシュと同じ琥珀の瞳でニヤッと笑ったと思ったら、スッパーンと小気味いい音を立ててアッシュの後頭部を叩いた。


えっっ!び、美女がスッゴいいい笑顔で、自分の息子を叩いたんだけど……!

他の人のいる晩餐なのに、い、いいのかな?


おろおろしてしまったが、周囲は特に気にした様子もなく、運ばれてくる食事をそれぞれ歓談しながら始めていた。


え?これでいいの?我関せず過ぎかと思うんだけど!?

当主の息子が思いっきり叩かれてたんだけどな。

これが通常なの?この家は。息子の扱い雑でない?


「いつまで拗ねてるんだ?アッシュ」

美女の母親がさっぱりとした口調で言う。


え?拗ねてる??

どう見ても怒ってるようにしか見えないんだけど。


チラリと横に視線を向けると叩かれた頭を擦りながら、母親に体を向けていた。


「母上、別に拗ねてませんよ。それよりも紹介を」

やれやれ、と言うように肩を竦めた彼女は、立ち上がると近くに寄ってきた。


あまりの美しさに近くで見ると更に迫力が増す。ナイスなプロポーションだし。

うらやまし……、くないから!まだまだ私は発展途上!

前の体もささやかだったから……ま、まさか今の体も連動しちゃうの!?


一人でアワアワしていると、彼女はニッコリと笑って自己紹介をしてくれた。

「初めまして、可愛いお嬢さん。私はこの南方公爵家の当主、アンネリーゼと言う。隣に座っていたのは、私の伴侶、ゼルリウス。私の左側に座っているのは、長男のアルリウス、次が長女のヒューメイ、三男のヴォルガ」


紹介された方向を見ると、先程の美青年がやっぱり父親だった!

長男は耳に掛かる位の長めの銀髪を片耳にかけて穏やかな琥珀の瞳で微笑みながらこちらを見ていた。隣の母親譲りを思わせる美女は艶やかな漆黒の長い髪を緩やかにまとめ、左側に流していた。こちらもおっとりと父親に譲りの翡翠の瞳を細め微笑んでいて、こちらを見ている。

最後のアッシュの弟は短い銀髪で、少し鋭い翡翠の目付きで伺うように?ん?睨んでいるのか?見ていた。


もしかしてさっきの嫌な感じの視線はこの人なのかな。


視線が合うたびに会釈をして応える。上の2人は特に悪感情を感じないけど、やっぱり最後の短髪くん・ヴォルガさんはヤな感じだ。

「初めまして。ルティアと言います。お世話になります」

挨拶をするとやはり上の2人はにこやかにしてくれているが、ヴォルガ……いいや、失礼なやつは短髪くんで。彼は舌打ちしそうな感じだ。視線は鋭く表情はほぼ無い。


「可愛い義妹が出来て嬉しいよ。今日は僕の伴侶のリーリアも参席したがってたけど、安定期に入ってないから来られなかったんだ。すまないね」

お義兄さん・アルリウスさんは、目尻を下げながら申し訳なさそうにそう言った。ご結婚されてるんだね!

そして、奥さんは妊婦さんのようだ。幸せそうに微笑んでいるから、円満な夫婦なんだろう。

「いえ、こちらこそ突然お世話になることになり、申し訳ないです。奥様、お大事にしてください」

幼さの残る私が相手を気遣う言葉を言ったため、少し意外そうな表情をしたが、どこか納得したような顔で口許に笑みを浮かべる。

「ありがとう。また、機会があったら会ってあげてくれ。彼女も楽しみにしていたから」

「はい」

返事をすると彼は頷いて、隣の美女を促す。

「ヒューも楽しみにしていたよね。妹が出来るから」

漆黒の髪をさらりと揺らし彼女は頷くと軽く両手を合わせて微笑んだ。

「ええ、嬉しいわ。男ばかりの兄弟で女の子は居なかったから。姉は出来たけど、妹は初めて!」

うふふ、と花が舞っているかのように柔らかく微笑んでいる彼女は、話し方もふんわりおっとりした感じだった。

美人なのに、可愛いって、両刀使い?いや、何か違うか。それにしても、この家族、顔面偏差値高いなー。

あ、この世界の人達の顔面偏差値が高いのか……。


と、考えていると会話がふと途切れる。

ん?と兄妹さんへと顔を向けると、短髪くんは黙ったままで何も言わない。

それに、お義姉さん・ヒューメイさんがふふふふ……と笑った次の瞬間、その白魚のような手を振りかぶり、短髪くんの後頭部を張り倒した!!


デ、デジャブ……!


ギャン!と言う声が聞こえたような……。え?スナップがスゴい効いてる殴り方だったよ?短髪くん大丈夫か?

この南方公爵家は、女性が強いの??

目を白黒させて様子を伺っていると、ヒューメイさんが殴ったこと等ありません、と言うような雰囲気でおっとり微笑んだ。

「ごめんなさいね、駄犬が無駄に意地になってるみたいで。この子は末子のヴォルガよ。普段はこの屋敷にいないから、気にしなくてもいいわ」

おっとり微笑んでいるのに、何となく怒気が漂っているかに思えるのは、横で短髪くんがビクッとなっていたからだ。

アルリウスさんはそれを見て苦笑している。

ご両親は特に気にしていないようで、普通にご飯を食べ始めていた。マイペースだ。


なんだろう、この家族のヒエラルキーがうっすらと見えたような……。

そのまま微笑んでいたヒューメイさんが、アッシュに視線をやった。

「アッシュ?あなた、ツガイが出来たのに浮かない顔してるけど?」


ん?これは拗ねてるんじゃなく、浮かない顔なの?え?どっちなのよ。私にはどう見ても怒っているようにしか見えないんだけど??


「別に普通ですよ。ヒュー姉上」

彼女に問われて普通と答えるアッシュ。なに?これが普通なの?

怒ってないの???

どれが正解なのよー!


疑問符を頭の上に飛び交わせていると、ヒューメイさんが申し訳なさそうにこちらに視線を向けた。

「ごめんなさいね、ルーちゃん。アッシュは昔からちょっと気になることがあると表情が乏しくなるの」


ん?ルーちゃん??いきなり愛称を決められた!

自然に呼ぶから誰の事か一瞬分からなかった……。

それよりもアッシュは気になることがあると表情なくなるの??判断しにくっっ!


「話せば解決することをグチグチ悩むから駄目なのよねぇー。このカッコつけ弟は。ルーちゃん、何かあったのかしら?」


わぁ……、弟ディスってる。それもとても良い笑顔で。

とりあえず先程あったことを会摘まんで話をした。

簡単にいうと、私が『顔面凶器』と言って悲鳴をあげ、『無理』と叫んでしまったと。

ただ、言葉には悪い意味を含んだつもりはないことも。


「まぁ……。顔面……凶器……。ふふふっ。アッシュの顔が凶器ねぇ……」

上品に口許に手を添えてはいるが、ほぼ爆笑しているのが、震える肩を見ると分かる。大爆笑はしないらしい。場所が場所なので。さすが令嬢。

隣のアルリウスさんも呆れたようにアッシュを見つめた。

「アッシュ、彼女にちゃんとその意味を聞いてのその表情なの?」

少し咎めるように、呆れを含みつつアルリウスさんは彼に尋ねた。

しばし無言のアッシュ。

「君ねぇ……。言葉を額面通りに受け取るなんて、普段はしないでしょうに」

やれやれ、と溜め息をついたアルリウスさんは、ごめんね、と言う顔でこちらをチラリと見た。

「ツガイ、だからかぁ……」

納得顔でこちらとアッシュを交互に見て、アルリウスさんは隣で爆笑し続けているヒューメイさんの背中を軽く擦る。


ツガイだから???


また疑問符を頭上にぐるぐる並べた私に、アルリウスさんがそれに答えてくれた。

「ルティアちゃん、誤解させてごめんね。これは初期の『ツガイ』持ちに起きることで、全てを受け止めてしまうんだよ。言葉も態度も全てそのままに。だから、ルティアちゃんが言った、凶器や無理と言う言葉が拒絶されたように受け止められたってこと。普段ならアッシュは言葉の裏を感じて理解するんだけど、きっとツガイが見つかって浮かれているんだね、判断力が鈍るほどに」


アルリウスさんは『ちゃん』付けか。まあ、この年齢だしなぁ。

『ツガイ』っていろんな影響与えるんだなぁ。

まあ、確かに。

アッシュはここまで来る間、ちゃんと部隊を率いていたし、判断力も適切だったと思う。

浮かれてるの?これで?

それにしても何が鈍らせたのかな?判断力。


うーん、と思わず腕組みをして首を傾げていると横から視線を感じて見上げた。

そこには食い入る様にこちらを見るアッシュがいた。

あまりの眼力にビクッとなりそうなのを我慢して、ちょっと引きつった笑みを浮かべると、ぱぁぁっと花が舞う様に表情を変えるアッシュ。

ええ、ホントに花が舞ってるように見えるくらい、表情が明るくなった。

視線を合わせて笑ったくらいで!?


ビックリしていると、アルリウスさんが可笑しそうに笑っていた。

「本当にツガイの一喜一憂でこんなに変わるんだね」

どういう事かとアルリウスに視線を向けると、アッシュは甘く笑みながら手を繋いできた。それも恋人つなぎ!!

えっえっ!とアッシュ、アルリウスさんと視線を右往左往していると、爆笑から復活したヒューメイさんが話を引き継いでくれた。

「私達はツガイに出会える確率はとても低いの。出会えたことは、この世の幸運と奇跡を享受できる強運の持ち主とも言われるくらいにね」

そう言うと、彼女は目の前の飲み物を手に取ると飲んでから再び続きを話す。

「アル兄様の奥様はツガイではないけれど、相性が合えば結婚し伴侶となる。これが獣人界では普通の婚姻関係。ツガイは少し特殊で、相性は勿論の事、魂で繋がっているとも言われるわ」

一言置いて、チラリと私達の手元に視線を遣ると元に戻す。

「あと、ツガイの男性獣人は特に執着心が強く、独占欲も普通の獣人よりも強いの。誰よりもツガイを優先し、その全てを受け止め、是とする」


全てを是とする??

じゃあ、さっきの凶器やら無理と言った言葉をそのまま受け取っちゃったってこと?え、社交辞令もお世辞も冗談も通じないの??

ツガイ、め、面倒くさい……。


何やらアッシュは私の不穏な空気を察したのか、握る手を強くする。


「ああ、ルーちゃん、大丈夫よ。さっきアル兄様が言った通り、額面通りに受け取ってしまうのは初期だけの事で、本人自覚がないけど、徐々に理解するから」


それを聞いてホッとする。

「ツガイに嫌われたら生きていけないから、何がなんでも矯正するわよ」

ふふふ。と、いや若干ニヤニヤも含まれてる様な気もするけど、ヒューメイさんはそう言い切ってくれた。

チラッと横のアッシュを見ると頷いている。

とりあえず、さっきの言葉の聞き取り間違いを正すためにアッシュに向き直った。

「あの、アッシュさん、さっきの言葉なんですけど……」

何故か恋人つなぎを解除してくれないままで、仕方なく放置すると、もう一度手をキュッと軽く握られる。

「アッシュでいい。これから共にあるのだから、気軽に呼んで欲しい」

真剣に見つめられそう言われる。

「えぇっと、アッシュ……?」

そう呼ぶと嬉しそうに微笑んで頷いた。

「何だ?ルティア」

こちらに向き直り、片手だけでなく両手を包むように握り込んできた!

「!」

大きな温かい手に、今は小さな自分の手が包まれる。

ドキリ、として赤面しているのが、鏡を見なくても分かるくらい顔が熱い。

「あー、えっとですね。……あの顔面凶器って言葉は、私の世界で容姿が美しい人に使われる様な意味合いで……、その、悪い意味じゃないんです……、はい。凶器はいわゆる……、えっと強烈にって言う意味が近い……かも。だから……」


うーん、上手く言えない。

悩みつつ言葉を選びながら話す。

「だから?」

握り込んだ両手を軽く揺すりながら、アッシュが聞き返す。そう、幼子をあやすように。

「……だから、えっと、その。……無理っていう言葉も、美形に、その……免疫のない私には見つめ続けられない……っていう意味での無理、ってことで……」

恥ずかしくて、視線が徐々に下にいき、繋がれた両手を見つめる。

「その、とくに悪く言うつもりもなかった……と言う……。思わず出てしまった言葉、と言うんでしょうか……」


説明してる筈が、なぜか私が悪いことをしたかのような呈になっていない??

そもそも、アッシュが怒り顔のような無表情になるから、私がビクビクする羽目になっただけじゃん!

何か理不尽!


ちょっとイラッとして、キッと顔を上げてアッシュを睨む。それにはダメージを受けてないようで、キョトンとした顔でこちらを見ていた。

「どうした?」


なんで睨んだのに、ノーダメージなのよ!効かないってこと?


「あの、ですね!そもそもここで私がわけを話す羽目になったのは、アッシュが怒ってるかのように無表情でいるから勘違いが起きるんですよ!」

愁傷さは吹っ飛び、そっちも悪いんじゃないかと責める口調で言ったものの、ノーダメージなアッシュは、ああ、と頷いて眉尻を下げた。

「すまない。兄上にも言われたが、思考すると無表情になるようで、怒っているようにも見える、と言われることが多い。ただあの時、ルティアに拒絶されたかのように感じてしまい、苛ついてしまったのも事実だ」

しゅん、と落ち込み肩を下げると、少し上目遣いにこちらを見つめ、伺いを立てるかの様に琥珀の瞳が潤む。


う、上目遣いだと!!

美形の上目遣いは毒だよー!!

キリッとした人がこんなギャップ使いをするなんて!あざとい!


「明らかに俺が悪かった。そんなつもりはなかったのだが、無意識に苛立ちを出していたかもしれない」

親指で私の手の甲を優しく撫でると片手を取り、そのままアッシュの頬へ寄せられた。

「!」

ビックリしてアワアワと彼を見つめ続けると、私の手に頬を擦り寄せて甘えるようにこちらを伺ってきた。


あざとい!あざと過ぎる!こ、これ無意識にやってる?それとも計算ずく??


「許してくれ、ルティア」

そう言って更に頬を擦り寄せるアッシュに唖然とする。


チラリと視界に入ったアルリウスさんとヒューメイさんは驚いてこちらを見ている、と言うことは、これは普段やらない、ホントに自然にやってるってこと!?

美形の天然スキル、強すぎでしょ!

普段は凛々しい美青年が、私だけにこんな甘い表情と行動をするなんて。

免疫ないんだから勘弁してよー!!


男性とは思えない程の滑らかで触り心地のよい肌は、本当に男性かと疑いたくなるくらいだ。

心臓が急速に走り、バテそう、と思った時、ガシャン!と強めに食器を置く音が突然聞こえた。

ビクッとして音の発信源を辿れば、先ほどからずっと会話に参加していない短髪くんだった。


一瞬、周囲が静かになったが、当主であるアンネリーゼ様(何となくさん付け、お義母様呼びを躊躇ってしまう)が軽く片手を振ると、またざわめきが元に戻ってきた。


そして軽く溜め息をついたアンネリーゼ様は、短髪くんに視線を遣ると私達を見た。


突然の音だったのに、アッシュは預かり知らぬとばかりに頬を寄せたまま私を見つめている。

「ルティア?許してくれるか?」

状況を分かっているのか、無視しているのか、アッシュは先ほどと変わらぬテンションで私に許しを乞うていた。


あー、えっと、今、それどころじゃないような……。


どうしよう、とアッシュから視線を外そうとすると、クイッと手を引かれて、こちらを見ろと視線を戻させる。

「ルティア?こっちを見て」

ついにはもう片方の手も、アッシュの頬へ行き、両手で彼の頬を挟む形になってしまった。


ああ……、これってどうしたら良いんでしょうー。


困り果ててアッシュを見つめていると、アンネリーゼ様が短髪くんへ話しかけた。

「ヴォルガ、言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」


え?席を外させて事情を聞くんじゃなくて、ここで?


おろおろと視線をさ迷わせると、アッシュがスルリと手の内側に唇を寄せた。

「ひゃっ」

急に手の平に唇の感触がしてビックリしてアッシュを見ると、嬉しそうに目を細めた。


いやいやいや……!ここでやることではないでしょ!

何かズレてますよ!アッシュさん!!

えぇーこれもツガイ誤作動?


こちらがワタワタしている間にアンネリーゼ様側は会話を進めていた。


「言うことがないなら、不満を食器で訴えるな。祝いの席で不躾だぞ」

「……」

それでも無言のようだった。

だが、アンネリーゼ様はそれだけ言うと短髪くんにそれ以上何も言わなかった。

そして会話の矛先がこちらへ向く。

「アッシュ、ルティアに許しを乞うのは後にして、彼女に食事をさせろ。先ほどから何も食べていないだろ」


あ、アンネリーゼ様は私を呼び捨てなんだね。

どうでもいいことを考えていると、擦り寄せていた唇を外し、やっと私以外に顔を向けた。

「そうですね。すみません、母上」


当主の言うことは聞く、のかな?

首を傾げると、可笑しそうに笑うヒューメイさんと苦笑するアルリウスさんがいた。

ん?なぜ笑っているんだろう?


二人とも短髪くんの事を気にすることなく、食事を再開していた。隣で微動だにしない短髪くんが怖いわ……。


やっと手を放してくれたアッシュだったが、なぜか、椅子をこちらへ近づける。

やや前屈みになっていた私の姿勢を直すと、前に運ばれていた私の食事にナイフとフォークを入れた。


なぜ?


大きめで厚めの肉を細かく切り出すと、添えてある野菜を食べやすい大きさにして、肉と共にフォークに刺した。

それを私の口許に寄せると落とさないように手が添えられている。


ん?


その肉を見て、アッシュの顔を見て、また肉を見る。

これを食べろ、と?

問うようにもう一度アッシュを見るとニコリと笑まれる。


あーん、じゃん!!

えっ!これ、食べろと!見られてるんだけど!

二人だけじゃないんだよ!


アッシュのこの行動に周囲がざわつく。

だが、それもまたしばらくの間だけで、私が逡巡していると少し収まっていた。

フォークが近づけられて、迷いに迷ったがエイっと口を開けた。そこにフォークが入れられ、肉と野菜を口に入れた。

スルリとフォークが抜けると、それはそれは嬉しそうに笑うアッシュがいた。


何だろう……初めて会った時のあの精悍で凛々しい感じがどんどん遠ざかっているような。

優しい感じは変わらないのだけど。

ツガイの男性って、オカン属性のお世話焼きなの?


モグモグと食べながらそんなことを考えていると、食べ終わるタイミングで、次の食べ物が待機していた。


「あ、アッシュ……。私、自分で食べられるよ」

少しカラトリーが大きめだが、使えないことはない。

遠慮がちにそう言うと、アッシュは軽く首を振り、ほら、とフォークを差し向ける。

「俺がやりたいんだ。だから食べな」

周囲を全くと言っていいほど気にすることなく、アッシュは私の世話を焼こうとした。

もうどうしていいか分からず、こちらをチラ見していたアルリウスさん、ヒューメイさんに視線で助けを求めると一人は首を振り、もう一人には手をヒラヒラと振られた。


なに、諦めろってこと?このまま継続しろと?

公開羞恥処刑ですか!


ふと視線を戻せば、すでにアッシュはスタンバっていた。次はスープ。

は?スープは別にあーんはしなくてもいいカテゴリーでない?病人じゃないんだから……。


思わず無理無理と首を横に振ると、スープが熱いと思ったのか、アッシュは冷ますようにスプーンに息を吹きかけ始めた。


ちっがーう!


脱力して溜め息をついていたら、アッシュは私の顎を軽く上げると、スプーンで突っついて開けるように触れると私の名前を呼ぶ。

「ほら、冷ましたから口開けて」

ん?と首を傾げながらこちらを見ると、アッシュはそんなことを言う。

「……だから……。自分で……うぐっ」

話した隙を狙い、アッシュはスープを口に突っ込んできた。これまた一歩間違うと危険行為だが、絶妙な匙加減でスプーンを扱うから……。


この人、前世オカンだったんじゃない?


現実逃避気味になった私は、致し方なくアッシュが運んでくれる食べ物を黙々と食べ進めるしかなかった。

そろそろデザート、というところで、ガタッと席を立ち上がる音が聞こえた。

「……お先に失礼させていただきます」

立ち上がった短髪くんは、こちらを見ないまま部屋を出ていってしまった。その後を彼の侍従と思わしき人が追っていった。

再びざわついたが、当主であるアンネリーゼ様が何も咎めないので、そのまま晩餐は続いたのであった。

アッシュは出ていった扉を一瞥はしたが、特に気にも留めず私への給仕を続けた。

他の三人も彼を見たものの、何もそれについては話題に出さず、楽しそうに各々食事を再開した。


あー、なんだかなぁ……。

アッシュの家族全員に歓迎されるとは思ってなかったけど、私が入ることで、不協和音を起こすのは本意じゃ無いんだけどな……。

もともと仲良さそうな家族みたいだし。


こんな出だしだと、大概あとあと面倒事が起きるパターンなんだよね、おそらく。


どうか波乱の幕開けとなりませんように!

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