やってきました!南方公爵家①
神殿から大体馬を駆け足で十分くらい走らせていくと、街道を抜ける。その先に少し小高くなった丘の上に岩で出来た堅牢なお城らしき建物が見えてきた。
三階建てで内向きにコの字の様に作られており、その手前に茶色の金属で作られた頑丈そうな柵が城を取り囲むように作られていた。
近くに来ると見上げる程の高い柵で、同じ様に金属で作られ優美な曲線を描く門扉には二人の門番が立っていた。
こちらに気付き姿勢を正し一礼すると、重そうな門を二人だけで内側に開けた。
少し軋む音を立てながら、その門を潜ると、青々と広がる芝と、所々に生け垣と花壇が設けられ、城への入り口は更に奥にあった。
玄関までの遠さも驚きだが、横幅の広さも半端なく、ここからは端の鉄柵が見えない。
あまりの豪華さと広さにあんぐりと口を開けると、上から笑い声が聞こえた。
「ルティア、口が開いてるぞ」
ハッとして口を慌てて閉じるが、心の中はパニックで、心拍数が上がっていく。
「公爵」と聞いたから、広いだろうなと、ラノベの世界でも公爵家はそういう設定だったから、何となくイメージは持てたが、想像と実際見るのとでは遥かにスケールが違った。
これ、ドーム何個分あるんだろう……。
ここまで来る時も、街並みの道幅にしろ、家にしろ全てが幅広く、建物の面積も大きいなぁ、とは思っていたけど。
国が大きいと上級貴族の所有面積も広大なものになるんだろうなぁ……。
日本みたいに密集してないもんなぁ、家が。
外国の土地面積が広い所は、場所によっては一軒一軒の間隔が開いてるもんねー。
ここはそれよりも広大だけど。
はぁ……と感嘆しながら、キョロキョロと周囲を見てしまう。それにアッシュはクスクス笑いながら、馬を進めた。門から五分くらい経っただろうか、ようやくあの堅牢なお城の全容が見えてきた。
岩かと思いきや、大理石で薄い灰色に白のマーブル模様のつるりとした石だった。華美ではないけれど、よく見ると部分的に精緻な模様が刻まれているのが見て取れた。
玄関先には、姿勢をピシリと伸ばした初老の男性が、後ろに侍従とメイドを数十人従えて待っていた。
三人が馬から下りると、男性は口許に笑みを浮かべて一礼した。
「お帰りなさいませ、アシュレイ様。任務お疲れ様でございます」
馬から下ろして貰ったのに、また抱き抱えられそうになったのを阻止して、アッシュの後ろに下がる。キーファ達は、ルチェル、シリックの首を軽く叩き労ってから、男性に片手を上げながら気軽に挨拶をした。
「やあ、グレイ。またカイルアと一緒にしばらくお世話になるよ」
「世話になる」
お互い気安い関係なのか、軽く挨拶をしたキーファとカイルアに、男性(グレイさんと言うらしい)は嬉しそうに頷いて二人を迎えた。
「お二人とも、お久しぶりでございます。ご健勝そうで何よりですね。滞在されるとのことで、以前と同じ部屋を整えさせていただきましたので、そちらをご利用ください」
それに二人は礼を述べて言葉を交わしていた。その間に三人の乗ってきた軍馬達が、知らぬ間に控えていた侍従に連れられてどこかへ去っていった。
え、いつの間に!仕事が早い。でも、気配を感じなかったよ。
ヴィルタ達は、侍従達に手綱を握られているわけでもなく、人間のように案内されている感じだった。何度も言うけど、この世界の軍馬、賢すぎる。
いろいろ驚いていると、前に影が射しハッと前を向くと、そこには片膝を付いたグレイさんがいた。
全く気配すら感じなかったので、驚きすぎてビクリ!と軽く飛び上がってしまう。
それに申し訳なさそうにグレイは眉を下げると控え目に微笑む。
「お嬢様、驚かせて申し訳ありません。私はこの公爵家に仕える執事長のグレイと申します」
優しげな眼差しから、取りあえず悪感情はなさそうなのにホッとするが緊張から両手を握りしめてしまう。ゆっくりと手を開き腰をきっちり折り曲げ挨拶をする。
「こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ないです。ルティアと言います。お世話をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
頭を下げたまま、じっとしていると横からアッシュに背中をポンポンと叩かれた。
「お顔を上げてください。ルティア様」
ゆっくりと体を上げると、目線がグレイさんと合う。
「お気遣いされなくとも、アシュレイ様のツガイ様なのでご遠慮なさる必要はございません。ご不便な点がございましたら、遠慮なくお申し付けください。足りないことなど、いつでも言っていただければご用意させていただきますので」
好々爺な笑顔でグレイさんはそう申し出ると、圧を加えないようにか、少し下がってから立ち上がった。
「アシュレイ様達をそれぞれの部屋へご案内を」
一斉に一礼し侍従、メイド達は部屋への案内係を残して、それぞれの持ち場に戻っていった。
アッシュに軽く背を押されると三人と一緒に玄関を潜った。中に入ると、これまたシックでありながら落ち着いた内装で、模様はないが浅葱色と白色の壁紙とで統一されており、床は壁と同じ大理石が使用されていた。
壁の一部の柱の部分や階段の手すりは、磨かれた木製で飴色で艶々している。通路の中央には毛足の長いエンジ色の絨毯が敷かれていた。
エントランスの先には上に上がる曲線の階段が設けられ、グレイさんとメイドさんが先導していく。
二階に行くと、そこでキーファとカイルアと分かれることになる。これから使う部屋でそれぞれ休息をして、夕食の時にまた会うことにした。
二階は客室があるそうで、てっきり自分もここの階に部屋があると思って、二人に付いて行こうとしたら、アッシュに引き留められる。
「?……この階が客室なんでしょ?私もここじゃないの?」
メイドさんの方に行こうとしたら、アッシュに腕を捕まれ戻される。首を傾げて彼を見上げると軽く首を振られた。
「ルティアは三階だ」
グレイさんを見上げると微笑んで頷いている。
キーファとカイルアはこちらを特に気にする事もなく、各自の部屋へ行ってしまった。
どういうことだろうと、アッシュとグレイさんを交互に見上げた。
「君は俺のツガイだから、家族同然だ。だから、家族の居住空間の三階ということになる」
「えっ!」
当然だと言わんばかりの二人の表情を見て、まだ会って数日の自分を家族のカテゴリーに入れられるとは。『ツガイ』と言うのは有無言わさず家族枠なのか……。
「でも、まだ結婚も婚約もしていないのに。あと、アッシュさんの家族に了承も得てないのにいいんですか?」
ちょっと焦りながらアッシュに尋ねると、彼は心配いらないと言った感じで笑う。
「ツガイは無条件で迎え入れられる。家族には伝えてあるから気にしなくてもいいさ」
えぇ~。まだ対面すらしてないのに、ここが気に入らないとか荒探しとかされないのかなぁ……。
アッシュの兄弟には認められるのかな……。
あー、ちゃぶ台返しとかされないよね。
この世界だと、テーブル返し?
と、下らないことを考えながら、案内されていくと1つの扉の前に辿り着く。
付いてきたメイドさんが扉を開けると、これまた豪華な部屋だった。
ホント、漫画で見るあの中世ヨーロッパのような雰囲気。猫足ソファまである!
全体的に白とベージュを基調とした部屋で、女性らしい感じ。空色のカーテンにタッセルやソファにさりげなくレースが使われている。メイドさんがバルコニー側にある背の高い窓を開けると、緩やかな風が部屋に入ってきた。
「ルティア、ここがお前の部屋になる。入浴と着替えをすませたら、少し休むといい」
呆然と入り口付近でキョロキョロ見ている私にアッシュがそう告げると、中へ入るように促した。
遠慮がちに中へ入ると、微かに花の香りがした。
向い合わせのソファセットのローテーブルに黄色と橙色を中心とした花が飾られていた。花に近づき香りを嗅ぐと主張しすぎない柔らかで甘い香りがした。ソファに恐る恐る座ると、柔らかくここで寝られそうな程フカフカしていた。
アッシュはその様子を見てメイドに指示を出すと、彼女は入って右側にある二つの扉のうち、手前にある方へ姿を消した。
「晩餐の頃には、俺の家族と顔を合わせるだろうから、それまで入浴してゆっくり体を休めて、この部屋で寛いでいてくれ。なんなら、睡眠を取っていてもいいぞ。俺は少し仕事を片付けてから迎えに来る」
近くに寄ると、そう言い添えると頭を軽く撫でて部屋から出ていった。
少し気が抜けたのと、ソファの座り心地が良すぎてボンヤリしていると、呼ばれる声にハッとした。
「……さま、お嬢様?」
声のする方に顔を向けると、先程のメイドが顔を覗くように屈みこんでこちらを心配そうに見ていた。
よくよく見ると彼女の頭部には本来人間には無いものが付いていた。
猫耳!!
公爵邸の豪華さに気を取られていて気付かなかった!
侍従とメイドの認識はしていたけれど、細かいところまで見ていなかった。
薄茶色の猫耳はスコティッシュフォールドの様な小さな垂れ耳で、ふんわりとした髪質だったのもあり、これは良く見ないと気付かないわ、と改めてマジマジと見てしまった。
彼女は私がどこを見ているのか視線を追い、自分の耳と気付くとクスリと柔らかく微笑んだ。
「珍しいですか?」
問いかけられて素直に頷くと、彼女は体を起こして軽く挨拶をした。
「初めまして、お嬢様。私、今日付けでお嬢様の専属メイドを仰せつかりました、メアと申します。種族はご覧の通り猫種ですわ」
ふわりとした緩い癖毛を後頭部の下の方で軽く団子に結んだ髪の上には、可愛い猫耳。こちらの声をしっかり聞き取ろうとしているのか微かにピクピク動いていた。
軽く頷くと、ソファから立ち上がりペコリと腰を折り挨拶を返す。
「こちらこそ、お世話になります。ルティアと言います。よろしくお願いいたします」
「ふふふ。ルティアお嬢様、これからは私達には丁寧にお話しにならなくて宜しいのですよ」
微笑みながらメアにそう言われると、ええー、良いのかなぁと思ってみたりしていると。
「大丈夫ですわ。私達は仕える者ですから、普通にお話しくださいませ。また疑問に思うことや、分からないこともお尋ねいただければ、答えられる範囲でお答えしますわ」
少し思い悩んだが、軽く頷き早速聞きたいことを言う。
「アッシュ達は耳やしっぽが出ていないのだけれど、出している人といない人の違いは何?」
彼女は私の手を軽く取ると、導くように先程の扉の方へ誘導した。
「では、ルティアお嬢様の質問にお答えしながら、入浴を致しましょうか」
扉の向こう側は、洗面所と脱衣室を兼ね合わせた六畳ほどの広めな部屋だった。その奥には更に扉がありおそらくそこがお風呂なのだろう。
なんて贅沢なスペースの取り方!この一部屋で私が始めに住んでいたアパートの一室と変わらない!
わぁ、と呆然としてしまっている間に、てきぱきとメアに衣服を剥ぎ取られていた。
しごできメイドさん!さすがの私も恥ずかしがっている暇はなかった。まだまだ未発達な自分の体を見て、メアの女性らしい体型を見て比べてしまう。
チーン、と何となく落ち込み仕方がないのに溜め息が出た。
その間に彼女はいくつかのタオルを手に取ると、そのまま促され奥の浴室へ入る。
猫足バスタブかと思いきや、嵌め込み式の浴槽だった。床はタイル張りで浴槽には段差があり、大人が二、三人入っても余裕な広さだった。
出入口付近にはタオルを置くワゴン、ボックス型の棚が並んでおり、そこには綺麗な硝子瓶が色や大きさを変えて何種類か入っていた。また、ブラシやら何に使う用途のものなのか分からないが、可愛らしくラッピングされた物もいくつか入っていた。
ふと気付いたのだが、なみなみとお湯が揺れているし、じんわりと暖かい微かに湿気った空気は、自分の知るバスルームと違って思ったより湿度が無い。
「???」
辺りを見回していると、メアに浴槽の前にある木製の椅子に座るように導かれる。知らぬ間に彼女は濡れても良い作業着の様な、簡易的なワンピースを着ていた。早っ。
そして手桶に浴槽からお湯を取ると、足元からゆっくりと徐々に上へと順番に掛けられていく。
「どうされましたか?」
手桶のお湯と、綺麗な硝子瓶からトロリとした液体を手に取ると手元のタオルにそれを付けた。
擦り始めると泡立ち(液体石鹸だ!)それを優しく肌に当て洗い始めた。
「ここの浴室、湿度が低いな、と思って。かといって乾燥してるわけでもないし」
洗われることに馴れなくて、なんとなくモジモジしてしまう私に対し、彼女は素早く全体を洗い上げる。それにメアは頷くと説明をしてくれた。
「この浴室は空気循環が出きるように、部屋の四方に魔石が埋め込まれています。設置する場所によってですが、魔石が必要のない所には、ちゃんと換気窓が整えられていますよ。ここの階は全てこの仕様になってますね」
うわあ、魔石!でもそんな機能性ある石って高くないのかな、高いよね、絶対。
本当に異世界は不思議設備が多い。
「そうなんですね」
そうとしか返答出来ない。魔石の相場も知らないし。
「あ、さっきの耳の話は」
洗い終わった体にお湯をかけて泡を落としていく。石鹸はほんのり甘く爽やかな香りだ。
そして、浴槽に入るように促されると、そこは幅の広い段差があり、腰かけられるようになっていた。
浴槽の一部に窪んだ部分があり、そこへ移動するように言われると、頭をこれから洗ってくれるそうだ。
これって美容院みたい!
窪みが良い感じに首にフィットするし、そこだけ何故か硬くない。首を置いてもヒンヤリともしないし、痛くもなかった。見た目は浴槽と同じように陶器に見えるのに……異世界、不思議物体発見。
熱すぎない適度な温度とお湯が揺蕩うのに体を任せながら湯船に浸かる。後ろでカチャカチャ音をたてながらメアが洗髪の準備をしていた。
「ああ、はい。耳のお話しですね。この獣耳や尾は、魔力が平均よりやや低めの者達は、この様な形態を取っています。昔は恥ずべきことだと差別的な偏見があったのですが、今では普通の事となりました」
歴史的な内容らしい。やっぱりあるんだね、差別って。
「魔力の高い上位者程、耳や尾を収納する能力が高く、だからと言って上位者の方達が全て己の獣性を隠しているわけではありません。耳や尾等を出すことで自分の種族を誇っている方達もいます。今は自由化が高くなり、獣頭、耳や尾、または翼等を出したまま生活する者や、獣体をとって気ままに過ごす人達もいます」
ちらりと上を見ると、耳をピクピク動かして微笑んでいるメアがいる。
「ルティアお嬢様も、ここまで来る道中で見かけたのではないでしょうか?」
ハッとして、そう言えば街中で動物の姿のまま闊歩する人達を見かけた。耳や尾だけではなく、顔が動物のままな人達もいたわ、確かに。
あれにはビックリだった。
差別がない、と聞いてホッとした部分もある。
なぜなら、自分の中途半端な翼が気になっていたのだ。
さっき、体を洗って貰いながら、メアは背に生える中途半端な翼を見ても何も問わなかった。これが普通、と考えているからだと思う。
問われても、こちらも答えようがないから、突っ込まないで貰えるのは有りがたい。
ヘッドスパ並みの気持ち良さで、思わずウトウトとしてしまう。絶妙な力加減。
私が眠気に誘われて、目蓋が重くなってきたのを察して、メアはそれ以上話を続けなかった。
その後、がっつり寝てしまい、気付いたら天蓋付きのお姫様が使うような豪華なベッドに寝ていた。
畏るべし、メイドテクニック!
全く気付かないくらい熟睡していたみたいで、どれだけ体が休養を求めていたのか知った。触られているのにも気付かないって、どれだけ深い眠りに落ちたていたのか。こんなこと今まで経験したことなかった。
異世界に来てこんなにリラックスしたことはなかったからか、身体も精神的にも疲れていたみたいだった。
上半身を起こして、さて、どうしようかな、と思っていると、軽くノックする音が聞こえた。
「メアです。お嬢様、お目覚めですか?」
タイミング良くメアが訪れ、それに返事をすると、服を抱えた彼女が入ってきた。入り口から中ほどに、服を掛ける木製のハンガーラックがあり、そこへ何点か服を掛けて、こちらにやって来た。
「深く眠って見えましたよ。お疲れだったんですね」
目を細めて柔らかい笑みを浮かべると、メアはベッドから下りる手伝いをしてくれた。足元には布の可愛らしいスリッパが揃えて置いてあった。それを履くとソファに座る。
メアがハンガーラックに掛けたいくつかのドレスを1つずつ見せてくれる。
ワンピースではなく、ドレスだ……。
「夕飯と聞きましたけど、ドレス着用なんですか?」
その問いにメアは軽く頷くといくつかのドレスから1つ選ぶ。
グラデーションのかかったミモザカラーのドレスだった。
「アシュレイ様のツガイ様が現れた、と言うことでご親族の方達が来られるそうです。ですので、礼装に近いドレスをいくつか持ってきました。礼儀としてドレス着用が必須となります。普段は華やかな装飾の付いたワンピース等で構いませんが、正式に近い場ですのでこちらのドレスを着ていただきます」
メアは話しながら数着のドレスを選び、私の方へ向けて見合わせていた。
「急遽集めさせていただいたドレスですので、ルティア様のサイズに手直し貰いますね。では、この三着の中でお気に召すものはありますか?」
テキパキとたくさんあったドレスから最終候補を決めたらしく、始めに見たミモザ色のドレスとペールグリーンのドレス、桜色からの裾が薄紅色になっているドレスを見せてくれた。
うわぁ、ドレスだ。友達の結婚式に着たドレスより華やかで全部がプリンセスラインのロング。
着たことのあるのは、ドレスはドレスでも膝丈ドレスか、パンツ型の物しか着たことがない。
見せられているドレスは花嫁さんが着るドレスと遜色ないものに見える……。
これ着るの?……マジかぁ……。
私が何気にドン引きしているのを感じたのか、申し訳なさそうにメアは伺うようにこちらを見る。
「お気に召しませんでしたか?」
少ししおしおしたメアに私はハッとすると、ブンブンと首を振る。
「違います!あまりにも豪華すぎて私に似合わない様に思えて……」
あわあわしてメアにフォローするように答えると、キラキラして私の言葉を否定するように首を横に振った。
「何をおっしゃいますの!ルティア様はとても可愛らしいですわ!」
「え?」
私に立ち上がるように促すと、ベット近くにあるメイクドレッサーの椅子に座らせてくれた。
座って前にある大きな鏡を見ると知らない少女が映っていてビクッとする。
そこには、淡いプラチナブロンドの髪に大きな薄桃色にオパールがかった瞳の美少女が覗き込んでいた。
首を傾げると鏡の少女も傾げる。手を挙げても同じ動きをする少女に、えっ!と驚いて鏡を再度見つめる。
椅子に座った途端、驚きおかしな動きをする私に、不思議そうにメアが尋ねてきた。
「ルティア様どうかされましたか?」
「えーっとですね。私、こちらの世界に来て、年齢が幼くなって髪色が変わっただけかと思っていて」
まじまじと鏡を見ながらはぁーと息つくと頬に手を添える。
「まさか顔の造形まで変わっているとは思っていなくてですね……。鏡も今日改めてしっかりと見ました」
苦笑しながら、ポリポリと頬をかき、鏡越しにメアを見つめ返した。
「あらあら、まあまあ!そうだったんですね。大丈夫ですよ、ルティア様。以前のお姿は存じ上げませんが、今のお嬢様でしたら、どのドレスもお似合いになると思いますので、好きな色でお選びになってくださいませ」
嬉しそうにさっきの三着のドレスを手元まで持ってきてくれた。
確かにこの美少女顔であればドレスに負けることはなさそう。
ホント、驚きだわ。ここまで顔が変わってるなんて!
馴れないわー。鏡を見るたびにビックリしそう。
容姿が整っているのは、正直言ってすごく嬉しい。
前の顔は特段悪くはないけど、この西洋顔ならいろいろメイクや服装等を頑張らなくても、そこそこの物を身につければ何でも似合いそうだもん!
転生特典かなー?これは転移だけど、容姿が変わっちゃってるから転生だよね、これは。
これは得した気分。
にまにまと笑っていると、メアはドレス選びを喜んでいると勘違いしたのか、1つずつ体に当てながら、どれが良いのかを聞いてきた。
鏡に映る自分を見つつ、ドレスを改めて見ると、若いのもあってどれも似合っているように見えた。
でもやっぱり、故郷を懐かしむ心が残っているからか、桜色から薄紅へのグラデーションが入ったドレスに目が行く。
可愛らしさもあり、少し大人っぽい雰囲気のドレスで裾にキラキラした小さな宝石が留められている。
スカート部分には、小さな桜色と白色のシフォン素材の小さな花も縫い付けられいて華やかさを演出していた。
その分、上身ごろは淡い桜色でシンプルな形に、袖はパフスリーブだった。パイピングに白のレースが添えられている。
「このドレスがいいかな……」
桜色のドレスを指差すと、メアは嬉しそうに装飾品や靴を選んでくれた。
椅子に座りうっすらとメイクをすると、ハーフアップに後ろで緩やかに結び、ゴールドの繊細な花の髪飾りを着けると首飾りにはダイヤモンドとパールの付いたネックレスをしてくれた。
鏡に映る美少女に思わずガン見してしまうと、ハッとする。
キラキラしてる……。
首もと宝石……付いてるし。絶対これ、ガラス玉じゃないよねー。パールもうっすらとピンク色だ。
これが『今』の私の顔なんだよね……。
宝石とドレスに顔が負けてない。
若いわー。肌プルプルしてるし。
髪は艶々。まつ毛長ッ。これがつまようじが乗るくらいの長さって言うやつか!
唇なんて、元々淡い桃色だから、ちょっと色をのせただけで、噛みつきたくなる程ぷりッとしてる。……変態か、私。
なーれーなーいー!
あまりに真剣に顔を見つめていたからか、何か不備があったのかとメアが心配そうに覗き込んだ。
「ルティア様。なにかおかしなところがございましたか?」
鏡越しに首を振って見つめ返す。
「大丈夫です。すごく素敵に仕上げてくれたので、これが私なのかと疑ってみてました」
ハハハ……と苦笑しながら答えると、彼女は満面の笑みで長い尻尾をピン!と立てて嬉しそうにしてくれた。
「ありがとうございます!喜んでいただけて良かったです」
「こちらこそありがとうございます」
お互いにニコニコして見つめ合っていると、コンコン、と軽くノックをする音が聞こえた。
メアが扉へ行くと、少し開けて訪問者の確認をした。軽く会釈をしているので、アッシュかな?とそちらに顔を向けた。
開けた扉の向こうから、薄灰色の光沢のあるスラックスを履いたスラリと長い足が見え、濃紺のジェストコールを着こなし、白のシャツにボルドーのクラバットを巻いたアッシュが入ってきた。漆黒の髪は前髪を緩くバックへ流し、長めの髪はきっちりと結ってあった。
詰め襟になっている襟元は金色の縁取りがしてあり、華やかさを添えていた。
うっわー。美形が更に強化された!
眩しすぎる!でもカッコいい!!
容姿端麗な人は、何を着ても似合うことを再認識。
目がぱしぱしして瞬きの回数が増える。
一方、アッシュの方は、こちらを見ると目を見開き、それから蕩けるような甘い笑みを浮かべ満足そうに頷いていた。近くに来ると少し屈んで顔を寄せると言った。
「俺のツガイが花の妖精へと変わったね。とても素敵だ。誰にも見せたくないくらいに」
囁くように言うから、ボッと赤面をして慌ててしまう。
両手を無意味にバタバタさせると顔を覆って下を向いてしまった。
は、恥ずかしいーー!!
こんな気障な言葉を言われたことがなくて、余計にあわあわしてしまう。免疫が無いだけに辛い!
異世界の男性は、流れる様に相手を褒めるんだね、これは常識なのか!?
常日頃からそんなこと言う人がいない中で育った日本人には、免疫皆無!!
ホントに言うんだ!異世界男性!!
これがまた違和感なく似合っているから、なんとも……。
軽くトントンと手のひらを叩かれると、何だろうと顔を上げた。
が、目の前には美形の暴力が!!
琥珀色の瞳を甘く蕩けさせ、麗しの笑みを浮かべた顔面凶器がいる!!
「ひっ!」
驚き過ぎて椅子ごと後ろに仰け反り、危うく椅子から落ちそうになったが、そこは現役軍人、反応早く私を支えてくれた。
それと同時に椅子から流れる様に立ち上がらせてくれると、アッシュは少し悲しそうな顔でこちらを見つめた。
「俺の顔がそんなに恐かったか?」
短い悲鳴を上げて避けたので、アッシュは私に拒絶されたと思ったらしい。
思いっきり首を横に振る。
「ち、違うの!あまりに顔面凶器すぎて!」
そのまま思ったことをポロリと言ってしまうと、アッシュとメアは、何を言ってるの?この人?と言うような呆けた顔で表情が固まっていた。
いち早く意識を戻したアッシュが苦笑する。
「顔面凶器?」
それに焦ってまた意味もなくパタパタ両手を振る。
「いえ、あの、悪い意味じゃなくって。何て言っていいか、えーっと、私の回りにはいない美形の人が、甘い言葉を吐いて、尚且つ微笑んでいたら、免疫がない私には目がつぶれる程強烈で、どうしても直視するのを躊躇われる状況に置かれまして……。えっと……」
言っている意味が迷宮入りしそうなほど慌ててしまい、羞恥で更に焦ってしまう。
「もう無理!って感じです!」
いっぱい一杯になり、言わなくて良いことまで言ってしまったようで、急にシン……と部屋が静まり返った。
どこか空気が冷えた?固まった感じがして恐る恐るアッシュ達を見ると、そこには真っ青になったメアと、表情が抜け落ちたアッシュがいた。
えっ?何が起きた?
あまりに静かになった部屋に私は唖然とすると、チラリとアッシュに視線を向けた。
こ、怖っ!
美形の無表情怖すぎる!!
アッシュの後ろにいるメアに視線を向けると、彼女は真っ青の顔色のままでブンブン首を振る。
えっ?どういうこと?
顔色の悪いままでメアはチラッとアッシュの方向を見て、私を見た。
えっ?メア、それどういうこと?
それだけじゃあムリ!察する能力皆無な私にも分かるようなジェスチャーを!
私もアッシュを見て、メアを見てを繰り返す。お互いにまだ意志疎通の出来ない、にわか主従の関係なので、察することが出来なかった。
それが数秒なのか数分なのか分からない時間が過ぎると、また扉の向こうからおとないが来た。
ハッとしてメアが対応に出ると、グレイさんが訪ねてきたようだった。
扉を開けて中を覗いた彼は、無表情なアッシュとオロオロしている私に何か思うところがあったのか分からないが、特に問われることはなく、訪問の理由を述べた。
「アシュレイ様、ルティア様。晩餐の準備が出来ました。また皆様そろそろお揃いになりますので、ダイニングルームに足をお運びくださいませ」
右腕を軽く前に折って、頭を下げながらグレイさんはアッシュの返答をその姿勢で待っていた。
メアはグレイさんの冷静な姿勢に我に返ったようで、スッと私の近くに来ると、少し乱れた髪型とメイクの直し、確認をするとドレスの最終確認をして後ろに下がった。
それからしばらくまた無言。
いやいやいやいや……。こ、これどうすればいいの??
沈黙が辛い!!
そこに助け船をグレイさんが。
「アシュレイ様」
低く少し圧の籠った声に、やっとアッシュは動き出した。
いや、動き出したけど、無表情!!
そしてアッシュの表情が改善されないまま、私の方へ向き直り、片手を差し出してきた。
こ、怖いんですけど。手、を乗せるんですよね、これ。
視線をグレイさんとメアに向けると、メアが頷く。
恐る恐る手をそっと振れるか振れないかの辺りに差し出すと、ガッと握り込まれた。
「ひっ!」
また悲鳴じみた声が漏れると、アッシュは少し強張った様に体が揺れた。
「行くぞ」
これまたグレイさんに負けず劣らずのひっくい声を掛けると、扉へと足を向けた。
それと共にグレイさんは体を起こし、私達二人が通り過ぎると後ろに付いてきた。
メアは部屋の扉を閉めたようで、その後から付いてきているようだった。
無言、無表情のアッシュに連行されるように付いていくが、歩みは私に合わせてゆっくり歩いてくれている。
気遣いを見せる優しさはあるのに、何故、なにも言わないの!
ちょっと怖々としながら、付き従いつつも何がダメだったのか思い返してみる。
特に悪気があって言ったわけではないけど、あれかな、「顔面凶器」か、無理って言った言葉が拒絶に聞こえたのかな。
私達の世界では特に悪い意味ではない「顔面凶器」=「容姿端麗、美形のカテゴリー。もしくは強面」。
まあ、人に寄っては顔面凶器は、言葉面は拒否感のある意味になるけど、私的には割りと良い意味で捉えているんだよね……。
無理、って言葉がダメ押しになったのかも。
異世界言語が自動翻訳してくれたとしても、ニュアンス的に違うふうに聞こえたとしたら、意味としてアウトな言葉もあるかもしれない。
それを思うと言葉って難しい。
まあ、あとはちょっとビックリして悲鳴を上げたことかな。あれは仕方ないよ、だって美形に甘々の表情を突然向けられ、迫られたらあげちゃうよ、悲鳴を。
それに無表情、無言でいきなり手を握り込まれたら、普通驚くよね。
それに対し、こっちが引く程にショックを受けている模様。
なんだろ、『ツガイ』が関係してくるのかなぁ。
私的にはちょっとしたことだったのに。持ち直すのにこんな状態になるもんなの?
感情の波が激しすぎるよ!獣人さん!
悶々と考えながら歩みを進めていると、あっという間にダイニングルームに辿り着いたようだった。
重厚な扉の前に止まると、グレイさんがすかさず寄ってきてその扉の開けてくれた。
とうとう、アッシュの家族とご対面だ!
こんな状態でご対面なんて嫌だよー!




