姉弟
どうしてなのか聞くことすら反応できず茫然とした。
沈黙は数秒のはずなのだが空白の時間はとても長く感じた。
「しばらく…というか家にはもう戻らないかもしれないの」
「ど…どうして?」
「お姉ちゃん…縁談が決まりそうなの」
「!」
グラント家は紛れもない上級貴族である。
貴族の娘は政略結婚として嫁ぐのが習わしである。
恋愛結婚は少なくともおとぎ話以外では聞いたことがない。
長女リア・グラントは今年で20歳。一般的には遅い方である。
これまでも縁談の話はあったがグラント家の長女と釣り合いが取れるところは限られる。
「でも…」
「リア姉…?」
「私…」
見つめられ自分の心臓の音が分かるほど鼓動が高鳴る。
「私より弱い人は嫌なの~!」
「へ?」
予想外の答えに間抜けな声が出た。
いつも俺と話すときのリア姉の一人称はお姉ちゃんなのだが、私に変わった時に不覚にもドキッとしてしまった自分を殴りたい。
「縁談相手は名家の筆頭騎士らしいのだけれど弱そうで耐えられないの!」
「リア姉より強い人なんてこの国で見たことないんだけど…」
「えー!ひどーい!お姉ちゃんか弱いのよ!レイの意地悪!」
「か弱い…?」
冗談のつもりだろう。
フルプレートアーマーを一刀両断するのを見たことがある。縦に。
きっと冗談に違いない。
そうでなければ今まで斬られた『か弱い』人たちが浮かばれない。
「そういうわけで旅に出るのよ。だからその前に…」
「リア姉…」
また見つめられ目と目が合う。
いやいや次は騙されないぞ。
唇と唇が重なった。体感1分ほどだろうか。
先ほどと同じ手は食わない。
…あれ?今…
「えっ?」
固まってしまっていたようで、硬直から解けると姉のリアは既に脱衣所に移動した後だった。
その夜、リア姉は食卓に書置きを残して旅に出た。
翌朝ちょっとした騒動になったのは言うまでもないのだが
意外にも父上は全く怒っていなかった。
縁談が正式に取り消しになりしばらく経ってからも姉が帰ってくる様子は今のところない。
訓練の合間や寝る前に時折思い返してふと考える。
俺にとってはじめてだったキスの意図は一体なんだったのか。
姉にとってはただのスキンシップだったのかもしれない。
それから数日後。
はじめての魔法を覚えた。




