まだ日が出てる
夕日をゆっくり見たのはずいぶんと久しぶりだ。
柔らかい空。
透きとおった雲。
役目を終えてとろけていく太陽。
ピンク。薄紫。白。オレンジ。
水彩画のように。
にじんで。ぼやけて。とけあって。
夕焼けは優しい。
髪をなでていく風も優しい。
やわらかな光で包まれた世界は、とても優しく見える。
今の世界は生ぬるい優しさに包まれてる。
権利だなんだと喧しく騒ぐ人間が、うるさいと叱責されない優しい世界。
わがままを言う人間が、誰からも眉をひそめられることのない優しい世界。
人に迷惑をかける人間が、拒絶されない優しい世界。
見せかけの慈愛。
優しさという言葉で隠された諦め。
無数の誰かの犠牲を踏み台にして成り立つ優しい世界。
一皮むけば。
不満。嫉妬。苛立ち。嫌悪。
どす黒いものが蠢いているのに。
優しさという美しいベールで覆い隠してる。
貪るやつだけが好きなだけ貪って。
弱いやつが喰われて。
頭の良いやつは上手く立ち回って。
誠実な心の持ち主は次々とつぶされていく。
どんなに姿形を変えたって、この世界が弱肉強食であることに変わりはない。
不均衡。
破綻秒読み。
偽りだらけの優しい世界。
反吐が出るほど嫌だけど。
でも今は。
その気持ちの悪い優しさをあちこちに表明しないと生きられない。
だって今は。
優しい人間に優しい世界だから。
でもいつか。
世界は振り子のように移ろうものだから。
きっと今の世界は終わりを迎えるし、そのうちまた今の世界もなに食わぬ顔で戻って来るんだろう。
移ろう世界で最後まで生き残るのは。
タカでもない。
ハトでもない。
きっとハトの皮をかぶったタカなんだろうな。
ハヤブサたちの声が聴こえる。
ずいぶんと賑やかだ。
うまいメシにでもありつけたのかもしれない。
もうすぐ日が暮れる。
俺もそろそろ巣に帰ろう。
今はまだハトとして。