勇気無き人々へ
「『噂好きのオバチャン』と『狼女』には、少々不義理を働いたとは思うがな。棺から取り出して、君の家に放置したのも」
「……若者さんは、よく協力してくれましたね」
「行き過ぎはしたが、お前さんに対する愛情は本物だよ」
村役場内、棺に収まった『被害者二人の死体』を、若者は回収して竜人娘の家に配置。この二名の遺体を家ごと焼くことで、二人分の死体を偽装したのだ。
消えた二人分の死体だが、既に棺に収まっていた事と、防腐処理を施していても、村のゴタゴタで処理が不全だったと説明し、早急に埋葬。それが空の棺と村にバレる前に、土の下へ埋めた。少々強引な手際ではあるものの……生き延びた悪魔、ドワーフ、ハーピィ娘は、強い疑いをかけ、誤認で殺めてしまったと動揺している。逃げていた村人たちも、口を挟める立場ではない……
作業を終えた後は、二人を転送魔法使いに頼んで『境界線の村』に移転。若者の方の家財は最低限のみ許可し、さらに重労働の義務を罰の代わりに付与したのだ。
「んで、アイツは今どこに? 確か近場を開拓して、荒れた村を再建する労働に従事しているらしな。まぁ、俺がそう仕組んだんだが」
竜人娘が引きこもったのは悪かもしれない。しかし、やむにやまれぬ事情もあるし、彼女自身は罪を犯したとは言い難い。
が、若者は四名の殺害に関わっている。無罪放免とするにはあまりに重い。犯人に何の罰も与えないのは……村側に対して不義理だろう。
故に村長は『若者へ重労動』を命じた。多くの人物が敬遠する、滅ぼされた国境の村への援助活動。壊された村の残骸をどけ、遺体が見つかれば埋葬し、使えなくなった畑に鍬を入れ、新しい資材を運び入れ家を建てる。魔族であろうと重労働で、人間でも嫌になりそうな仕事だが……帰って来たのは意外な答えだった。
「それが……すごく頑張っています」
「君への愛がそうさせているのか?」
「違います……なんでも『村八分の起きない村を、自分の手で作り上げるんだ』ですって」
「相変わらず若いねぇ……最初からそういう方向に、エネルギーを使ってくれれば良かったのに」
一瞬だけ暗い表情を見せた竜人娘だけど、最終的に苦笑へ変わった。やはり以前より、こちらの方が生きやすいらしい。若者も若者で意欲を燃やし、村八分の起きない村の実現に励んているらしい。実行は非常に困難かもしれないが、その意気や良し。罰と償いのつもりで行った処置だけど、前向きな更生に繋がるなら悪くない。
「ところで……若者は君に思いを寄せていた訳だが、君としてはどうだった?」
「……それどころじゃ無かったですよ」
「村八分の過去に怯えてりゃ、それもそうか。すまない。流石に無神経だった」
君のためだと殺人を始めてしまった若者。きっと竜人娘は、責任を感じているのだろう。しかしだからと言って、人を殺せる人間を愛せるか……となれば、話は違ってくる。現に竜人娘と若者は、別居しているのだから。
「いいんです。私が神経質すぎました。私も、勇気の無い村人でした。どこか一つ、何か一つ変えていれば……あの村で生きていけたのかもしれません」
「それが幸せに繋がるかは、別の話だけどな」
「そうですね。私も、彼とどう向き合えばいいか、まだ分からないんです」
「だろうな……」
「でも、もう黙っているのはやめにして……今度はちゃんと、向き合ってみます」
「……あぁ、そうだな」
一方的な愛による暴走と、流されるだけだった竜人娘。二人の溝が埋まるのか、それとももっと致命的な亀裂になるのか……それを知れるのは、多くの時間が過ぎ去った後だろう。
しんみりとした空気が流れ、ふと竜人娘が顔を上げた。紫色の瞳で彼女は……ある事柄を尋ねる。
「村長……今まで聞く事も出来なかったのですけど」
「ん?」
「村長は……勇気について、どう考えています? 私は……私に『勇気が無い』のは分かります。でも村長は私や、あの人を……若いあの人を生かす勇気もあったでしょう? 上官に逆らう勇気も」
「馬鹿者、持ち上げ過ぎだ」
竜人娘の言葉を、強い語彙で遮る。村長は苦々しく口を結んで、溜めた物を吐き出した。
「少なくても、現時点で君や若いのに感謝されるのは分かる。だがそれが勇気かどうかは分からん。例えば今後……若いのが絶望して、この近辺の村を支配して、やっぱり許せないと俺の村を滅ぼしに来るかもしれない」
「……そんなことは」
「全く絶対にありえない、とは言い切れん。既に一度、殺人に走っている訳だしな。誰に強要されるでもなく『自発的に極端な行動を取れる』ってのは……危険な才能の一つでもある。現に今も、極端な理想を掲げてあくせく働いている」
極端から極端へ……人の持つ悲しい性質の一つを、どこか寂し気に村長は口にする。正しさについて、勇気について、どこか胡乱な目つきで語った。
「もしそんな事態になったなら、俺のやった事は勇気でも何でもない。危険な芽を摘まず、甘い判断で自分の村を滅ぼした馬鹿野郎。他の評価はない」
「極端な言い方でしょ、それは。村長も、あの人も、私だってそんなつもりじゃ……」
「どんな意図があろうが無かろうが、外野はンな背景を気にするかよ。結局勇気も正義も、最終的にどういう結果に行きついたか……当事者以外は気にせんよ。いや、当事者だって忘れていたな。あの村では」
「……………………でも、それなら。なんで村長は、かつてこの村に手を出さなかったんですか。それは、間違いなく勇気でしょう?」
「……境界線の村側からすれば、そうだろうな。だが、正直言うと少し後悔した時期もある」
「どうして? この村を救わず、指示に従って出世していれば良かったと?」
村長は深く深く、暗く悲しい過去を明かした。
「俺は……俺は兵士を止めるために『自分たちの住む村がやられたらどう思う』と演説して止めた。だが……俺が帰って来る場所は無かった」
「それは左遷で……」
「違う。俺の女房が、家財持って逃げちまったよ。軍での評判が悪くなったのもあるし、どうも浮気していたらしい。俺に……俺に、守るべき場所なんざ無かったんだよ」
「…………」
散々な結果だ。勇気を出して無辜の民を守った、一人の指揮官。その彼に待っていたのは、左遷に加えて帰るべき場所の裏切り……
なんたる悲劇、なんたる道化か。村長がしきりに、若者の事を気にかけていたのも……どこかで重ねて見ていたから、かもしれない。ため息しか出てこない村長だが、ため息しか出てこない現実と向き合った結果だった。
「外野や成果を見て、勇気だ正義だと口にする。だが……そう讃えられるのは、成果や結果を出してからだ。何らかの栄光を掴んでからだ。形にならない勇気は……多少理解されたり、同情を買える程度で終わりだ。そして時間や状況によって、基準もコロコロ変わりやがる。勇者も英雄も一瞬で、流れ一つで人間は掌を返しちまう。でも……なんでか知らねぇが、人間は勇気や正義ってモノを求めるんだから不思議だよな……」
散々な目に遭ってなお、若者や竜人娘を生かす選択をした村長。疲れ果て、くたびれて果て、うんざりしながら……それでも勇気を捨てられない。何も指標の無いような世界で、誰もが勇敢な誰かを求めている。
村長の呟きに対して、竜人娘はしんみりと言う。
「でも村長……本物の勇気ってあるんでしょうか? 時代や環境によって、勇気や正義の形が変わってしまうなら……どこにも存在しない事になりませんか?」
「どうだろうな……俺はそこまでは悲観してない」
「そうなんですか? 聞いている限りですけど……村長生き方は、勇気についてあまり良い印象が無いように見えますが……」
「誤解されているようだな。勇気そのものは悪く思ってねぇよ。勇気に振り回される人間が嫌いなだけだ」
そして、村長は勇気について喋り出した。
「みんな勇気を求めながら、無い奴を平気で笑いものにする。『それは勇気じゃない』と否定する。じゃあ何が真の勇気なんだ? と尋ねりゃ、やっぱりそれは本物とはズレている。微妙にしこりが残っていると、その僅かな澱みが勇気じゃねぇって騒ぎ始める。
でもよ。間違えて間違えて、散々失敗と後悔を重ねて……いつか、本当の勇気って奴を見つけられる日が来るんじゃないかな。そう信じてねぇとやってられねぇ」
拗ねながら、ひねくれながら、それでも村長は……いつか人が、誰かが、本当の勇気を見つけられる日を信じていた。だからこそ、若者や竜人娘を生かす選択をしたのかもしれない。答えられない竜人娘に、村長は恥ずかしいのか目線を逸らした
「済まない。ちぃと喋り過ぎたかな」
「いえ……でも、そうですね。いつか本当の勇気を見つけて、それが多くの人に共有される日がくれば……私の村八分みたいな事も、無くなるかもしれないですね」
「……そうだな」
長らく続いた話に区切りをつけ、村長は竜人娘から去っていく。
いつか、どこかの誰かが、真の勇気を見つけられる日を信じて。今回の事件を乗り越えた先で……未来の勇気に、繋がると信じて
これにて完結! 思ったより文字数増えてびっくりですw お疲れさまでした!




