五日目
そうして迎えた、五日目の朝。準備を昨日中に終えた村長は、緊張の面持ちで自らの頬を叩く。勢いに任せ、議論を誘導し、望む通りの形に出来るかは……これからの発言と行動にかかっている。汚した手を何度か握りしめ、改めて『村の視点』に思考を回した。
昨日の議論では『竜人娘が怪しく見える』『若者は竜人娘に気がある』『彼の恋心に免じて一日の猶予を与える』『犯人がこの中にいるなら、犯行を一日待って欲しい』と伝えた。そして竜人娘には『犯行を待て』を言わず、もし人が死ぬなら彼女を犯人と断定するとも言った。
この主張には、大きな穴がある。犯人が『竜人娘に犯行を擦り付けたい』場合、言葉を無視して殺人を継続すればいい。村人を一人始末した上、無実の人物に責任転嫁できるのだから。
それを承知で、村長は昨日発言した。あの段階で、彼目線では『若者がもう一人の犯人』と確信を持っていたし――何より『提案』を実行するに、この発言は利用できる。段取りを頭でおさらいした後に、村長は皆が待つ広場に向かった。
「おはよう……状況は?」
「あ、あぁ……よ、良かった。村長、来るの遅いよ……」
「悪い悪い、疲れが溜まっていてな。寝坊しちまった」
既に『ハーピィ娘』『臆病な悪魔』『酒飲みドワーフ』は広場に来ている。日は高く上り、いつもの集合時刻より遅い。悪魔は心底安心した様子だが、ドワーフとハーピィはまだ表情が険しい。
「いやーまさか二人死んじゃったのかなぁ? って思ったけど……」
「村長が無事でよかったわい」
「二人? どういう事だ?」
「村の若者がまだ来ておらんのじゃ。村長は確か、通り道じゃったのぅ」
「へ、変な所、無かった?」
「若者の家の前も通ったが、異常は見当たらなかった。変な物音も聞こえない。てっきり広場に来ているモンだと……」
前日の話し合いも虚しく、またしても犠牲者が生まれた……村の疑念は一気に竜人娘の家に向けられる。ざわつく周囲を村長はなだめて、ひとまず全員で若者の家に向かった。
異様なほど静まり返った若者の家を四人で囲み、村長がそっと扉に手をかける。鍵はかかっており、声をかけても中から返事はない……
「なにこれ? どういうこと?」
「反応がないのぅ……やはり殺されておるか?」
「どうだろうな……争った形跡や血痕もない。夜逃げも考えた方が良いか?」
「そ、それなら……最初から逃げているんじゃ……竜人娘が犯人だとしたら、逃げるのも変だと思うよ」
室内は若者だけがいない状態……村の皆は『若者を犯人』とは、微塵も疑っていない。この現状を見たハーピィ娘が、こんな意見を出した。
「ねぇ、これあんまり考えたくないんだけど……まさか若者君、竜人娘を説得しに行ったんじゃ……?」
「説得? 何を?」
「殺人事件をだよ! これ以上はやめてくれって。ついでに勢い余って告白まで⁉」
「ロマンス思考が過ぎるだろ……」
「で、でも……それなら、少し、納得できる……かも。竜人娘の家に行って、殺人を止めるように言ったなら……」
「それじゃと若者が帰って来てない事に……まさか、竜人娘の家内で殺されておる⁉」
村長の筋書きとは少し異なるが、計画に沿う流れにはできそうだ。現に村人たちは、村長に決断を促すような目線で訴えている。
当然と言えば当然だ。もう竜人娘への不信感は、限界まで高まっている。断罪を下す以外の選択肢は取れない。ゆっくりと息を吸い、吐いて、村人全員に指示を出した。
「もう和解の道も無さそうか。悪魔と俺、ドワーフの三人で家を包囲する」
「降伏を……促すの?」
「一回は警告する。だがそれで反応がない場合……家を焼き討ちにする。若いのが先行しているなら……竜人娘は室内で、突入を待ち構えている危険性もある。接触せずに仕留めるには、これが最上の手段だろう。少々過激なやり口かもしれないが……」
「何を言うとる村長! 村長は十分待ったじゃろ。それに、合計五人も殺しておるなら……焼き討ちにあっても文句は言えんわい」
家に火をつけるやり口は、平時であれば絶対に許されない。放火は古くから重罪であり、この村でも当然罰則が重く、逆に言えば――村から見た竜人娘への感情は、それだけ不満が溜まっていたという事だ。
焼き討ちを決行する三人が準備を始める直前、村長をハーピィ娘が呼び止める。
「ねぇ村長。ボクはどうするの? 焼き討ちメンバーに入ってないけど」
「上空から、逃げられないように監視してほしい。それと、飛び火する気配があったらすぐに知らせろ。畑まで燃え広がったら目も当てられん」
「飛べるボクだからこその役目だね。いいよん」
こうして――竜人娘の家への焼き討ち準備が始まる。火種、油、万が一が起きた時と、十分に火が回った後の消火用の物品を用意。四人全員が竜人娘の家を包囲し、村長とハーピィ娘が勧告した。
「竜人娘! 若者がいない。お前を説得しに行ったんじゃないか? もし殺したのなら……いや『勇気無き村に死を!』の主犯ならば、ここで降伏せよ! 従わない場合は、お前の住居に火をつける!」
「お前は完全に包囲されているぞー! 空からも見張っているぞー! 素直になった方がいいぞー!」
強い警告への反応はない。全員が目を合わせ、犯人への断罪の合図を待つ。
「やむを得ない。――火をつけろ」
たいまつを積んだ藁束に添え、やがて火の手は竜人娘の家を包み始める。
――これで、計画は完了。一番の山場を越えた村長は、密かに胸を撫で下ろした。




