選択肢
「村長……あんた、なんでこんな機会を設けたッスか? 村に平和を取り戻すだけなら、自分と話す前に潰せたはずッス。ここまで状況証拠を揃えているなら……犯人と断定までいかなくても、任意での取り調べや監視、上手くやれば逮捕まで持っていけた」
村長は無言で頷く。理屈の流れは『村長がオタク兄貴を、密かに殺す理由がない』のと同じだ。ここで密談する必要性は薄い。いやむしろ、逆上した若者に殺される危険性も存在していた。
一通り感情を吐き出して、冷静さを取り戻したのかもしれない。望ましい傾向を見出した村長は、やっと本題を切り出した。
「そうだな。一度は考えたよ。リスク負わずに無難にまとめるなら、お前に疑惑を向ければいい。だがそれだと……竜人娘の印象は変わらないままだ」
「それは、つまり……」
「あぁ。『事件の最中、ずっと非協力的な態度だった上――今回の事件の遠因だ』と村が責め始めたら、俺も庇いきれん。竜人娘にも落ち度はあるが、正直やりきれないのが本音だ」
ハーピィ娘が予見していた『村八分の再発』は、村長目線でも起こり得る事象だ。彼女の心象を考えると、引きこもるのも致し方なしだが……説明した所で、やはり人間自分の視点や思想を優先してしまうもの。伝わる可能性は、限りなく低いと言わざるを得ない。
若者が僅かな怒りの気配を見せた所で、若者が考えているであろう選択肢を村長も開示した。
「お前さんが考えているのは……『ここで俺も殺して、村人の殲滅を目指す』『ここで大人しく自白して、竜人娘は何とか巻き込まないようにする』……そんな所か?」
「エスパーか何かッスか?」
「追い込まれた奴の思考は読みやすい。そして二つの選択肢は、あまり明るい見通しはない。村の全滅はかなり困難で……しかも全員が殺された後、竜人娘がどんな反応をするか分かったもんじゃない。
自白の方も……竜人娘の行動と印象を、どこまで払拭できるか分からん。村人の良心を信じるなんてのは、殺人に走ったお前が言えた義理でもない」
どちらを選んでも、さほど良い展開とは思えない。そして若者側も、ハーピィ娘に言われたからか……目の前にある現実は認識しつつある。このまま殺しを愛と嘯いても、閉じこもった彼女は出てこない。反省して許しを請うには、殺人の罪は重すぎる。
貫き通しても、途中で折れても、もはや半端にしか目的を達成出来ない。優先順位を間違えたのか、どれかを切り捨てればよかったのか。俯く若者に示すのは、どれでもない選択肢だった。
「そして、この二つは俺にとっても望ましくない。全滅狙いなら確実に俺はお前と殺り合うだろうし、自白でも竜人娘が浮かばれん。どちらの展開も避けたいって意味じゃ、今の俺とお前は利害が一致している」
「まさか、無罪放免ッスか?」
「んな馬鹿な。それはそれで、村長として不義理だろう。罰は与えるが……そうだな。今から俺の提案を飲むなら、お前に罰として与える労働は、竜人娘の糧になる」
「話が見えてこないッス」
「ざっくり言うなら、お前と竜人娘を別の村に移住させる。その生活費はお前が稼げ……って話」
若者は納得いかないようだ。突然の提案は脈絡が薄いが、竜人娘を案じている要素が効いたのだろう。その詳細を村長に尋ねた。
「一体どこに行けと?」
「魔族領側の国境付近の村。三年前の戦争で荒れた土地が多くてな。事実上の開拓地、開拓村と呼んで差し支えない。おまけに戦地のすぐそばだったモンだから、人が近寄りたがらない。若い人材も労働力も不足しているから、種族は何であれ歓迎されるだろうよ」
「……どこでそんなコネ手に入れたッスか?」
普通の人間が、魔族側の土地の情報を知っている筈がない。村人には話せないが――目の前の若者になら、村長がかつて振るった勇気について、素直に喋る気が起きた。
「三年前の戦争で。俺は――その村を補給拠点にするよう、命令を受けていた」
「え――」
魔族側の国境付近、戦争、三年前――バラバラだった単語は、因果の皮肉を思わせる。村八分による悲劇が起きたように、現村長の過去もまた、三年前の戦争に因縁を持っていた。
「部隊は約三千。村はほとんど無防備な状態で、簡単に制圧できる。若い奴らや兵隊は前線に出張っている。村に戦略的価値は低く、何なら野営陣地を作った方が前線から離れずに済む。にもかかわらず――この命令が来た意味は分かるか?」
「…………まさか」
『村八分』の現実を知り、今も苦しむ若者は察しがついたのだろう。
戦場から遠く離れたこの村で『戦争による遺恨と悪感情』が起きたのなら――『最前線にいる兵が、どのような情動を持っているか』を。
「そんなの……村人みんなブチ殺せって命令と同じじゃないッスか!」
「上官曰く『村に退居を勧告し、従うなら攻撃は禁ずる』『抵抗を見せた場合、やむを得ず戦闘せよ』だとよ」
「………………その廃墟に、自分を送り込むと?」
「廃墟じゃない。俺は命令を拒否した。何が起きるかは明白で、不必要な虐殺でしかない。俺はその場にいた兵士に演説したね――『お前らの故郷が、同じ理屈で滅ぼされたらどう思う』ってな」
敵を倒すだけが、勇気ではない――当時の村長は自らの良心と決断、勇気に従った。暗黙の了解、それらしく着飾ったクソったれな命令を破棄して。だがその結果として……
「帰還した後、命令違反を詰められたよ。一応は出世コースも見えていたんだがね。おかげで辺鄙な村に飛ばされた。まぁ、終戦間近だったおかげで、苛烈な処分は避けたがね」
「なんッスか、それ。村長は……村長は勇気を出して正しい事をしたじゃないッスか!」
「それは全部上官の勇気に変わったよ。俺はむしろ暴走したことになっていた。いつの間にかな」
「………………」
「勇気も正義も、状況によってコロコロ変わる。信念とするにゃあまりに脆いのに――『それを持たない』とあからさまになると、どいつもこいつも指差して笑い物にする。うんざりだよ、そんなあやふやな物に振り回される人生は」
疲れ果てた様子の村長は、その過去をひけらかすだけではない。彼は多くを失ったが、しかし得た物もあった。
「だが、その後向こうの村人と縁が出来てな。村の運営について、色々と相談に乗って貰えたよ。他にも戦争から出戻って来た『魔族の転送魔法使い』がいてね。今回村人を逃がすのに協力してくれたのもソイツだ」
「どうりで。村人は随分と数がいたッスけど……」
「その魔法使いに、お前と竜人娘を村近辺に転移させる。二つ先の村は、俺とは別の隊が……」
「…………そこの復興に手を貸せと?」
「労働はキツく、給料も低いから滞ってる。おまけにお前は、そこで村八分を受けるかもしれんが……少なくても、竜人娘は暮らせるだろう」
若者が考えた二つの選択は、竜人娘にリスクがある。が、村長の提案は――若者に苦難を強いるものの、竜人娘の未来は悪くない。けれど彼には、まだ一つ引っかかっている点があった。
「自分とあの子を逃がすのはいいとして、その後村はどうするッスか?」
「やはり『反省』が無いのが気に入らんのだろう? 言うと思ったよ」
「……何か手が?」
「ある。もう少しだけ、お前に手を汚して貰う事になるがな。溜飲が下がるかは怪しいが、村から『反省』を引き出す事は出来る。どうする?」
――それ以上の言葉はいらない。
二人の男は、既に覚悟を決めていた。




