勇気と、正義と、矛盾と、感情
「何が、悪かったって言うッスか?」
搾り出すように、吠えるように、ついに若者は村長へ牙を剥いた。怒りと、絶望と、憤懣と……ドロドロに煮詰まった黒い感情を宿した眼差しが光る。恐らく三年前から、村八分が始まり、騒動が終わっても――いや違う。彼にとっては、まだ三年前が終わってないのだ。どこにも吐き出さず、表向きは自然な若者の顔を張りつけたまま……腹の底で煮詰めて溜め続けたのだろう。濁流のような激しい感情が言葉となってあふれ出た。
「ただ殺すだけじゃ意味がない。全滅まで届かなかったとしても……この村の人間には『なんで事件が起きたのか』を知らしめないといけないッス。村八分があって、それが事件に繋がったと。こんな過ちは二度と御免だと――」
「そりゃ人間に期待しすぎだろ。若いから仕方ねぇが……無理だよ。ほとんどの人間に、自己を顧みる能力なんてない。三日も経てば自分のやった事忘れて、平気なツラして生きていけるのが人間だろう」
冷たく言い放つ村長に、若者は明確な敵意を胸に吠えた。
「だったら、アンタらはますます滅ぶべきッス。何の関係もないあの子を……明るく朗らかに走り回っていたあの子を、あんな……あんな悲劇と影に覆われた人生に変えちまったアンタらは滅ぶべきだ」
それは村長が知らない姿。若者の脳に焼き付いた淡い思い出。きっと覚えているのは若者だけだろう。村人が記憶しているのは、村八分の後に映る、影を宿した後ろ姿と……村八分の最中に犯した罪で覆い隠され『それ以前』は印象に残らない。あるいは――今現在の村の様に、罪ごと忘却しているかのどちらかだ。証明不能な事柄である。
いや、だからこそますます、若者は怒りと憎しみを募らせた。以前の姿を忘れて、平和に共に生きていた頃を忘れて、変化した彼女を置き去りに、村の中で平和に生きていく。竜人娘を好いていたのなら、この現実を破壊せんとする衝動も湧くだろう。
「何も知ろうとせず、犯した罪を反省せず、ただ流れる今だけを享受して……勇気も希望も腐り果てたアンタらを滅ぼして何が悪い!」
「だったら村が竜人娘を嬲って何が悪い?」
今まで一方的に喋り続けていた若者にとって……凍り付くような一言だった。反撃が出来ないと踏んでいた相手から、感情を逆撫でるような残酷な一言。一瞬頭が真っ白になった若者に対して、村長は残酷な仮説を立てた。
「あの子が原因で事件が起きた。あの子は最初から居るべきではなかった。こんなことが起きる前に、村から追い出してしまえばよかった……このまま村に居させたら、また同じことが起きるんじゃないか――今回の事件が一通り解決したとしても、こんな具合に吹聴する奴が必ず出てくるぞ。そして最終的には『三年前にきっちりブチ殺しておけばよかった』……そんな論調がこの後生まれたとして、全部村のせいだって言い張る気か?」
「そうッスよ」
「アホか。流石に『全責任が村にある』って主張は無理があるだろ。事件起こしたお前ら二人もそうだし、もっと昔の話をするなら……戦争が起きなければ長老の知人も死なず、竜人娘の村八分も起きなかった。何か一つ、誰か一人だけが『完全な悪』なんざほとんどねぇよ。今のお前だって、原因がなきゃ事件を起こさなかった。違うか?」
三年前の戦争……それにより長老の関係者が死亡し、魔族側への感情悪化が村八分を引き起こした。追い込まれた悪魔が村八分に加担し、竜人娘の家は追い込まれた。巡り巡ってそれが『勇気無き村に死を!』へ繋がった。
うんざりするような連鎖――幾度と無く繰り返される惨劇の渦に、村長は一つの矛盾を指摘する。
「そこまではいい。そこまでは同情できなくもない。だが――竜人娘に知らせたのはマズかったな」
「何を言っているッスか……⁉ だって俺は、俺は……あの娘のために――」
「それはお前の動機だろう。竜人娘側の心象を理解した上でやったのか?」
「毎日、村で生きていくのが苦しくて、ふとした瞬間に思い出して……辛いって顔をしていたッスよ。なのに、ちっとも気が付かず、罪とも向き合わず、平気な顔をして生きている村じゃ、いつか何かの拍子に再発しかねない。だから……」
「……そうじゃねぇ。全部お前目線の話だろうが」
「客観的に見ても事実じゃないッスか!」
「俺は竜人娘視点の話をしている!」
いい加減にしろと吠える村長。気迫に満ちた言霊が、竜人娘の家の前で響く。人を殺すに至る動機は否定しないが、同時にこれは致命的な矛盾を含んでいたのだ。
「彼女の目線で、今回の事件を考えてみろ! いきなりお前が押しかけ、犯行を予告し、本当に人が殺される。自分が強く望んだ事でもなく、依頼した訳でもないのに――それを『君のためだ』と主張する! これが恐怖以外の何だってんだ⁉」
「……今は分からなくても、いつか理解してくれると」
「その前に、現実に耐えられなくて首を括ったらどうする? 自分のせいで事件が起きたと己を責めて」
「そこまで彼女は弱くは」
「確かめたのか? どうやって?」
「……」
そこまで詰められて、やっと若者は自覚する。確かに彼は竜人娘を想っていた。激情のあまり、人を殺せるほど情動を煮詰めてもいた。
しかしその実、彼は竜人娘側から見た景色を見落としていた。恐らく、村長と対面するまで「結果さえ示せばいつか理解してくれる」と、本気で思っていたのだろう。
――誰しも自分の感情、衝動、行動に、少なからず己の欲望を宿している。
だが、それも行き過ぎれば――酷い道化を演じる事になりかねない。
「自分……自分、は」
自覚しようとして、受け止めきれずに固まる若者。
――信念が崩れる瞬間は、誰であろうと、辛い。




