村長の推測
村長の発言を受けて、村人たちが一斉に騒めいた。突然の宣言は、つまらない憶測を吹き飛ばすに十分な威力を持っている。今までの軽い調子を捨てて、村長は鋭い眼光で全員を見定めた。
「いいか? 『勇気無き村に死を!』と張り紙張った犯人の意図は分からん。分からんが、ここはクソ狭いしみったれた村だ。五百人も人口いねぇし、そのクセ密度は高い。どいつもこいつも刺激に餓えていて、噂話が大好きだ。事件が起きればあっという間に共有されちまう。俺が村長になってからも覚えがあるし、ここでずっと暮らしている村人のみんななら、もっと心当たりがあるだろ?」
「あぁ⁉ もう少し言い方があるだろうが村長‼」
「長老殿! 話の腰を折らないで下さい!」
皆、表立っては言わないが、村人全員に心当たりはあるようだ。辺境の狭い村ではよくある話だが、全員顔見知りで、ちょっとした事件や話が村中に広がるなんてのは、日常茶飯事。誰もが発言を控える中、ひげ面の背の小さい男がガハハと笑った。
「そりゃなぁ! 取り寄せた酒の銘柄まで、みんなバッチリ知ってるのは驚いた! 珍しいのも頼むが、基本ワシは安酒が好みなのに……なんで名前まで分かるんじゃ?」
「仕事の後はみんなヒマなのさ。でもアンタの選ぶ奴、結構評判良いぜ? 二か月前に注文していたやつ、今は王都の方で流行ってるらしい。アンタ、利き酒でもやったらどうだ?」
「そんな小難しい事考えながら飲む酒はマズいわい!」
「違いねぇや」
ひげ面で小柄の、毛むくじゃらの男はドワーフと言う種族。酒好きで豪胆。細かい事を気にしない。金属を扱うのも得意で、金物屋の店主でもある。そうした諸々も重なって、声に張りがある人物だ。彼の方に顔を向けつつ、村長は持論を語る。
「ま、そういう細かい事まで、簡単に村中に広がっちまう。って事は、広場に張り紙を張った事実も、そして解決すれば犯人は、ずっと今回の事件が尾を引くだろう。犯人が村の気質を知っているなら、変に悪目立ちするような立ち回りはしない。集まりから離れるなんて、犯人だったら分かりやす過ぎるだろ」
「村長。そうした事情を、犯人が知らない可能性は? つまり村の外の人間がやったなら、村長の推理の前提が崩れてしまうんじゃない?」
手を上げて疑問を呈したのは、暗いグレーの毛並みを持つ種族。狼のような頭部を持つが、二足歩行で歩く知性体、獣人だ。そろそろ現役を引退する年のはずだが、まだまだ元気な女性だ。威圧感はあるが、なかなかの知恵者でもある。彼女の疑問に村長は答えた。
「その可能性も否定しきれんが……俺としては『ない』と考えている」
「何故?」
「この村……特に大きな産業が有るわけじゃない。中央からも遠いし、魔王だの魔族だのの諍いとも遠縁だ。外部犯だとして、こんなしみったれた村に遠路はるばる着て、大袈裟なイタズラをやる理由が無い。やるならもう少し大きな都市部で騒ぎを起こすだろう。それに……俺達は全員顔見知りみたいなモンだ。よそ者がくれば、一発で分かるし噂にもなるだろう」
「なるほど。確かにその通りね。だけど念のため皆に質問させて。誰か昨日、おとといでよそ者を見た?」
獣人が村人たちに問うが、ざわざわと隣の相手と話し合うばかりで……誰も見たとは言いださない。獣人と村長が互いに目を合わせ、少しだけ落ち着いた長老が言った。
「……前回、商人と取引があったのは四日前じゃった」
「なるほと。となると多分、そこがよそ者を見た最後の機会でしょう。それだけの間、村に隠れ続けてこんな文章を張り付ける……ってのは、少し考えにくい」
「無理じゃな。確実に誰かが目撃しておる。わしら全員から隠れるなんざ不可能じゃ」
「つまりどんな意図であれ、今回の事件は村の人間が犯人とみて間違いないだろう」
「で、でも村長……それならそれで、誰が張り紙をやったのか見てそうだけど……?」
怯えながら、おずおずと手を上げるのは……悪魔の羽を生やした男性だ。話によると、以前の集落でロクな目に遭わなかったらしい。卑屈さも見える彼に対して、村長は「良い質問だ」と続けた。
「そこだ。外部犯でない裏付けの一つは」
「どういうこと?」
「先ほど言った通り、外部犯だと目立つってのが理由の一つだが……それだけじゃない。俺達の村の内情を……行動スケジュールを把握していないと、見つかって面が割れちまう危険性が高くなる。誰も不審者を見てないって事は……『誰にも見られないタイミングを把握していた』とも解釈できる」
「う、うーん……でも、偶然見られるって事もあると思うけど……」
「それを言い出したらキリが無くなるが……内部犯なら成功率は高くなる。総合して考えると、犯人が村内部の人間である可能性が極めて高い」
諸々の要素を総合すると、外部の人間がこんなイタズラをする可能性は、限りなく低い。故に村の中の誰かが犯人な事は違いない。村長がそう話すと、背中に羽を生やした女性がちらりと広場に目をやってから質問した。
「そうだとしてもさ!『勇気無き村に死を!』の意味が分かんないよね! 詩的な言い回しでロマンチックだと思うけどさ!」
村長含め、村人全員がガックリと肩を落とした。このハーピー娘は一年前に引っ越してきた人物で、しょっちゅう歌を作っていたり作詞して過ごしている。幸い歌は上手なので、村の数少ない娯楽と名物となりつつある。ただ、空気が読めないのが難点か。改めてゴホンと、村長が咳払いして続けた。
「そうだな。『勇気の無い村』ってのが、どういう意味合いなのかさっぱり分からん。退屈な村である事は確かだが、だからって『勇気の無い』と断じるのは違う。正直に言うが、ここでの生活は勇気を出す必要もない。のどかでのんびり生きていける環境だ。そんな有様を『腑抜け』って主張したいのかもしれんが……」
「脅迫の可能性もありませぬか?」
「あり得る。今発言したオタク兄貴の言う通り、何らかの見せしめや、脅しの線も考慮せにゃならん。要求が無いのが不気味だが、実行後に命令する気なのかもしれん。もしくは途方もない馬鹿が、火遊びのつもりだったってのも……」
「ふざけるな!」
またしてもブチ切れる長老。いちいち議論が切れるので、いい加減にして欲しい。強く言えない村長だが、ここで老人は彼らにとって理想の行動をとった。
「こんな村に居られんわい! わしはもう家から出んぞ! あ、でも最後に畑の様子が気になる。見ておかんと……」
「ちょ、長老⁉ ……行っちゃったよ」
スタスタと歩いて去っていく長老。色々と不安だが、まずは犯人の情報を程度は絞らなければ。しかしまだまだ『かもしれない』要素が多すぎる。様々な線を考えながら、村長は村人たちに指示を出した。
「何にせよ……数日様子を見ない事には、こちらも動きようがない。とりあえず、みんなは身の回りに気を付けてくれ。特に夜は注意しろ。戸締りをしっかりとして、武器を扱えるなら寝室に用意しておくと良い。何事も無ければいいが……」
「そッスね。用心しておけば、自分の身を守れるかもしれないッスもんね」
村の若手の一人が、難しい顔で唸る村長の言葉を受け止めて頷く。釣られた村人たちも真摯に受け止めたようだ。
まだ何も分からないが、用心に越した事はない。解散を指示すると素直に従い、とりあえずはいつも通りの日々に戻る。
その後、村長は『この場に来ていない竜人娘』の家に行き、今回の事件についてまとめた手紙を郵便受けに入れて帰る。帰り際に見えた『勇気無き村に死を!』の張り紙が、不吉に嗤っているような気がした。