竜人娘の証言
広場にいる村人たちに解散を促し、村長は一人で竜人娘の家に向かった。
騒動の前から、村にあまり顔を出さない娘だ。村長ともほとんど会話せず、なので彼も竜人娘の事を知らない。このような事態にならなければ、関わる機会も少なかっただろう。今更ながら、何の背景も事情も知らない事に気が付く。こんな事なら、平和な頃に会話をしておけばよかったのか?
後悔を振り払いつつ、村長は前に進む。もしもを考えていたらきりがない。オバチャンの遺体が転がる家を通り過ぎ、村長は竜人娘の家前までやって来た。
「竜人娘! いるか? いるよな? 昨日も村の状況を伝えたが……今日も来たぞ」
反応は昨日訪れた時と同じ。村長が扉の外から話しかけるが、彼女は決して家に招いてくれない。鍵もかけたままなので、外から話し続けるしかない。幸い、話を聞く気はあるようで、しばらくすると扉越しに、聞き耳を立てる気配を感じる。何がそこまで彼女を怯えさせるのか……背景は分からない。何度か質問もしたのだが、昨日は何も答えなかった。
しばし考えていると、竜人娘の気配を扉越しに感じる。二回足音を鳴らし、自らの生存を示してくれた。隠れてこそいるが、村や村長を気にしているようだ。
「……残念ながら悪い知らせだ。隣のオバチャンが死んだ。いや殺された。君は見ていないだろうが……犯人は『勇気無き村に死を』の張り紙をやったのと同一だろう。ほとんどの村人も退居しているから、犯人候補は絞られている」
息を飲む気配。かたかたと細かな振動が伝わって来る。怒りか恐怖かで、震えているのだろう。追い打ちをかけるようで悪いが、村長は竜人娘に問いかけた。
「残っている村人の中に、殺人犯が残っている。そのことは確定事項だ。よって私や君も犯人候補と言うことになる。これは広場に集まった村人全員の総意だが……明日から君にも、話し合いに参加してほしい。私個人としても希望する。君のその引きこもりは……生き残った者たちから『犯人ではないか?』と疑われても仕方のない行動だ。話しても潔白は証明できないだろうが、このまま黙り込むよりマシじゃないか?」
竜人娘は何かに怯えている。だから、強い言葉を使って命じはしなかった。村長としては、彼女は犯人ではないと考えているからだ。
殺人犯だとして……こんな露骨に疑われるような行動はしない。周囲と歩調を合わせ、悪意を隠し、人畜無害を装った方が犠牲者を増やしやすい。こんな分かりやすい行動は、返って犯人の首を絞めるのだ。故に村長は彼女を村人として扱い、丁寧な対応を心がけている。
が……返答は芳しくなかった。鈴のような凛とした声が、扉越しに冷たく響く。
「――お断りします。今の話し方とか……今日の出来事を伝えて下さったり、その前からも気をかけてくれたから、村長は信用できる。そう思います」
「それなら――」
「でも、村人は信用できない」
ぴしゃりと言い放つ言葉は、絶対的な断絶がある。ここまで意固地になるという事は……何らかの動機があるに違いない。想像力を駆使しながら、村長は喋りつつ考えた。
「そうか。集まりの中に殺人鬼がいるから……なんて理由じゃなさそうだな?」
「……はい」
集まりの中に犯人がいる。それは間違いがないのだから、悪意を隠した誰かと話したくない……パッと思いついた動機だったが、即座に否定され、次の話題を必死に絞り出す。そして思いついたのは、今回の犯人の動機だ。
「…………なぁ、今回の事件の『勇気無き村に死を』の張り紙だが、何か変だと思わないか?」
「変、とは?」
「一日目は独り身の長老が死んだ。二日目は噂好きのオバチャンが殺された。『勇気無き村に死を』と犯行声明を出したのに、勇気が無さそうな奴が死んでいない」
微妙にぼかしたが、何を言いたいかは伝わったらしい。聞こえたため息を申し訳なく思ったが、少しだけ毒吐きつつ指摘する。
「家に引きこもっているお前さんや、露骨に怯えて錯乱気味な悪魔の方が『勇気が無い』と表現できるし、もっと言うなら『ここに残らなかった村人』も勇気が無いと判定できる要素だ。にもかかわらず……何故そちらを無視して別の犠牲者が出ている? 未だに犯人側の動機が見えてこない。心当たりはないか?」
村長一番の疑問点だ。『勇気無き村に死を』と犯行声明を出しながら、あからさまに『勇気が無い』人物を標的から外している。犯人側の動機がいまいち読めないのだ。
彼が手がかりを求め、竜人娘に食い下がると――彼女は、深い悲しみを込めて言葉を紡ぎ続ける。
「本当に……村長はしらないんですね」
「何をだ? 一体何を隠している? 君は」
「私じゃない。村人たちが隠している。だから私は、村を信用できないの。だから多分……今回の事件は私のせい。村長には、悪いと思っている。ごめんなさい」
「謎かけはやめてくれ。率直に頼む」
家の扉に手を添えて、迫真の声で問い詰める。しばしの沈黙が流れた後、彼女が告げたのは驚愕の新事実だった。
「村八分があったの。村長が来る直前に。三年前の戦いが停戦するまで」
「――なんだって?」
村八分……一部の村人をのけ者にする、村全体での差別行為……
村長が知らないのも無理はない。彼がこの村に来る前に起きた事では、認知するのも難しいだろう。しかし誰も口にしなかった。間違いだと、過ちだったと、後ろめたい感情があったからだろう。
これが犯人の動機か。これが『勇気無き村』と糾弾する理由か。恐らく犠牲者の二人は、村八分に積極的に関わっていた可能性が高い。しかしその被害者は――
「……被害に遭ったのは、君か?」
「私と、私の母親。母親はそれが原因で……亡くなりました」
「……………………そうか」
犯行予告の張り紙を見た時の、村人たちの反応を思い出す。やたらと竜人娘を疑っていたが、あれは自分たちの心に『復讐される動機』が、はっきり浮かんでいたからだろう。
しかしますます、村長は分からない。もしこれが動機で、竜人娘が復讐を誓ったのならば……村長に動機を明かしはしないだろう。そして、ここまで追い込まれて尚……心当たりなはずの『村八分』を村長に伝えない村人たちに、竜人娘が不信感を抱くのも当然だ。
「情報提供に感謝する。明日、これを使って揺さぶりをかけてみる。早い所、この騒動に終止符を打ちたい。それは君も同じだろう?」
「そう……ですね」
それを最後に、竜人娘は何も喋らなくなった。他に聞けそうな事もないので、伝えるべき事を伝えて役所に帰る。
帰還した彼は『脱出した村人たち』と連絡を取りつつ……今後どう犯人を追い詰めるかを考え始めた。




