22
カールはクラリスを伴って私室へ入った。
「特に手ひどい傷を受けた者はおりません。人も飛竜も」
「良かったですわ」
まだ硬い表情のクラリスに、こんなとき、気の利いた言葉が出てこない自分が歯がゆかった。
「竜騎士たちはみな、飛竜が好む薬草を携帯し、待機時にはその匂いを嗅がせていました。お陰で、「待て」の指示を守ってくれました」
「まあ」
こわばっていたクラリスの顔がほころぶ。
そのほか、腹に塗った精油の効果なども話した。さり気なく、薬草から精油を抽出する方法を尋ねる。
薬草によってより薬効がある部位は異なるとクラリスは話す。
「全草にあるものもあれば、根、茎、葉、花、実といった各部位で効果があったりなかったり、強かったり弱かったりします。一部には毒を含むものもあります」
そのため、服用量は慎重に計らなければならないという。
乳鉢や蒸留器といった器具を用いる手法だが、まず、どの薬草においても行う処理があるという。
「各部位の狭間にある粘液を取り出すのです」
その際、決して触れないようにと言われているのだという。
「それは弾力性があるものですか?」
「そうですわ」
それはカールが考えた通り、魔獣の瘴気抜きと酷似していた。
魔獣の死骸の首、左胸、腹といった各部位へナイフを突きさし、少し刃を揺するようにして探る。筋肉や骨とは違う弾力性のあるものに当たったらそこの皮を大きく裂き、弾力性のある器官に傷を入れる。皮をきっちり開けてやらないと瘴気が体内へ充満し、悪くするとほとんどの部位が素材として使えなくなることもある。
飛竜は薬草を引っこ抜いて食べた。つまり、瘴気抜きをする前の薬草を好んだのだ。
カールの閃きは瘴気に慣れているからこそ、訪れたのかもしれない。アスチアンの説を端から否定しなかったのもそのためだ。
「アスチアンから聞いたことを覚えていますか? 飛竜が魔獣と同じく瘴気を持つと」
「え、ええ、瘴気を必要するとおっしゃっていましたわ」
唐突に言い出したカールに、クラリスは戸惑いながらも先だっての夜会のことを思い出そうとする。
カールは使用人に茶を要求し、クラリスにも飲むように促した。そして、人払いをして続ける。
「アスチアンの話を検討してみたのです。飛竜たちは瘴気が濃い魔の森へも恐れずに入る。短時間で出るのは竜騎士たちの方が危ういからです」
飛竜たちは瘴気に対して耐性があるという証左ではないか。
「そして、あなたの薬草園の薬草を殊の外好む」
「え、」
まさか自身のことに繋がるなど思ってもみなかったクラリスは戸惑いの声を上げる。カールは身軽に立ち上がると、長椅子に座るクラリスの隣に腰掛け、そっと手を取る。
「先ほど伺ったあなたの薬草の処理は、魔獣の瘴気抜きと同じです」
「っ!」
もはや声もなく、クラリスはただただカールを見上げるばかりだ。そんなクラリスの手を、カールはやんわりと握る。
「単なる思い付きに過ぎません。しかし、飛竜は薬草園の薬草をそのまま食べます。精油などを精製する際に、前処理をされるのでしょう?」
「は、はい」
「飛竜たちは定期的に魔の森へ入る。それとはべつに、あなたの、つまりは王宮で育てた薬草を欲する。匂いをしきりに嗅いで、あんなに欲しいと主張するのは滅多にないことです」
「で、ですが、どうして」
「それは分かりません」
カールがなにかを断罪するのでもなく、疑うのでもなく、からかうのでもない様子を見てとって、クラリスはほっと安堵する。
「ただ、王宮では瘴気を含む薬草を育てるようになされていた」
だから、前処理として瘴気抜きの手順を教え込んでいた。
「それで、決して取り出したものには触れないように教えていたのですのね」
クラリスはまだ飲み込めてはいないが、ひとまずそう言ってみた。
「問題は、どこから瘴気が発生しているのか、です」
「そ、そうですわ!」
瘴気は邪悪であるとされている。それに触れると正気を失ったり病を得たりする忌むべきものだと神殿では教えている。
「あなたは不調を感じることはありませんでしたか?」
カールは真っ先にクラリスのことを心配した。
「大丈夫ですわ。健康そのものです」
「その、とても痩せていらっしゃいましたが」
「わたくしの母が身分が低くて、忘れられていない者扱いされておりましたのよ」
屈託なく笑うクラリスに、カールの方が悔しく思った。それで十分に食べられもせず、薬草を育てる傍ら野菜も栽培していたのか。いない者扱いされていたから、嫁入りの際ですら、十分なドレスや小物を用意されなかったというのか。
「カールさま?」
つい表情が歪んだものか、クラリスが不安げな顔をするので、カールはそっと彼女を抱きしめた。
「かの場所ではそうだったかもしれません。けれど、我がウィングフィールドではあなたはなくてはならない方です。そして、あなたがかの場所で行ってきたことが、この地では必要とされているのかもしれません」
「まあ、」
呆然とカールを見上げるクラリスの瞳が潤んだ。やはり、明るく振る舞っていても、傷ついていないわけではないのだ。思わず抱き寄せる腕に力がこもりそうで慌てて力加減する。
そして、大きく息を吸って、少し身を離して顔を見あわせて尋ねる。
「わたしと共に、あなたの薬草や飛竜の秘密を解き明かしませんか?」
思いがけないことを言われたクラリスは目を見開く。
王宮にいたときは、王女など名ばかりで、母や乳母以外からはいない者扱いされ、誰からも期待されることもなかった。でも、カールはクラリスが過去に行ってきたことを含めて必要だと言う。
こんなに嬉しいことはない。
「わたくしも? ———ええ、ええ、ぜひ」
そうして泣き笑いしたクラリスに、カールはそっと口づけた。
ロレッタがカールの側室になりたいと言ったとき、クラリスは自分の居場所がなくなるのではないかと足元が崩れ落ちるような心地に陥った。この地で心穏やかに過ごすうち、欲張りになっていた。竜騎士ですら四苦八苦する飛竜たちに好意的に接せられることで多くの者に認められるようになったのだ。
その秘密を解き明かすことは自分にとって良いことなのか、そうではないのか分からない。けれど、どんな結果になっても、カールならば大丈夫だと思うことができた。
だから、精いっぱい頑張ってみようとするのだった。




