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 スザンナは自身が辺境伯のひとり息子に嫁ぐ際、姑となる夫人が降嫁した元王女だというのでずいぶん悩んだ。とても気位の高い者だと聞いていたからだ。ほとんど辺境の社交の場には出なかったため、言葉を交わしたことすらなかった。自分の目で耳で人となりを確かめることもなかった。

 貴族たちは姑を担ぎ出そうとあの手この手を使うも、成功していない。辺境伯の代が二度も代わったというのに、まだそんな向きがあるのだから、苦笑するばかりだ。


 思いもかけず早々に夫を失ったが、それでも貴族たちの統制はとれている。辺境伯領の特権が防衛に依拠することを知っているからだ。

 ウィングフィールドは飛竜がいる限り、安泰だ。


 新しく来た嫁が元王女だが、とても好ましい性質をしており、なにより飛竜に好かれている。その飛竜を惹きつける薬草に、秘密がありそうだが、当のクラリスはなにも知らないのではないかというカールの意見にスザンナも賛成だ。


 クラリスは貴族たちを落胆させたが、竜騎士たちの尊敬を集めている。辺境伯夫人としてまずまずだ。まだ若いのだから、貴族連中との付き合い方はそのうち覚えて行けばいい。それまでは自分がしっかりと手綱を取っていけば良い。

 そんな風に思いながら、要望や嫌味を言う貴族たちをやんわりいなしながら夜会会場をゆっくりとめぐる。挨拶をしておきたい者たちには声を掛けた。これほど大きな催しは久々であることから、情報収集をしようと考えた。


 ヘレナもローラも自身の役割をわきまえているので、あちこちの輪に加わっているのを見かける。クラリスはカールの傍にいる。飛竜の誕生の功労者のひとりとして印象付けることができる。辺境伯夫人としての地位を確固たるものにしてくれるだろう。


 そんな風に考えていたスザンナの耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる。

「ですが、辺境伯夫人は飛竜と心を通わせても、辺境伯とはいかがなのでしょうか」

「そうね。女性の身としては、夫が第一であるべきですわ。そして、夫の第一でありたいものです」

 令嬢たちだ。単に飛竜に好かれただけで、夫婦仲が良いとは限らないと話している。


 クラリスになにを贈れば良いかと悩むカールを見ているスザンナは吹き出しそうになった。竜騎士は常に飛竜のことばかり考えている。その飛竜に好かれ、自分たちと同じように世話を焼くクラリスはもはや飛竜隊の一員のようなものである。スザンナの目にはもはやちょっとやそっとでどうにかなる仲ではないように映る。


 ともあれ、スザンナは竜騎士オズワルドの妹エルシーが孤軍奮闘しているのに加勢することにした。もともと、エルシーは物静かな令嬢である。けれど、大勢の令嬢を相手にクラリスを庇うのだから、芯がしっかりしているのだろう。


「まあ、ずいぶん気概がありますのね。竜騎士たちの敬意を一心に受ける辺境伯爵夫人にそんなことをおっしゃるなんて」

 令嬢たちは輪の外から掛けられた声に、一斉に振り向く。そこに前辺境伯夫人スザンナを認め、蒼ざめながら会釈する。

 現在のウィングフィールド社交界に君臨する女性が対抗勢力に育ちそうな辺境伯夫人を擁護する。これは敵対するのではなく、手を組んだとみて取るべきだ。貴族たちはそう考えた。


「今日は飛竜の誕生を寿ぐための催しです。違いませんこと?」

 スザンナは近くにいた貴族に声をかける。

「おっしゃる通りですな。いつぶりの飛竜の子供でしょうか」

「卵を孕んだ飛竜が穏やかに健やかに過ごせるのはひとえに辺境伯夫人のお陰らしいですわ」

 年配の貴族たちが口々に言う。令嬢たちは劣勢を悟り、肩をすぼませる。


「イーズテイルさまが辺境伯夫人の薬草園の手伝いをされているそうですわよ」

 スザンナが声を潜めてさもとっておきの情報だとばかりに話すと、貴族たちが前のめりになる。

「「まあ」」

「「おお」」

 魔獣討伐においては非常に頼もしい飛竜は自由を好む獣だ。気儘な飛竜が率先して人の役に立とうとするなど、珍しいことこの上ない。

 あちこちから上がる感嘆のため息に、聞き手が増える。夜会ではいくつものグループができてそこに加わったり抜けする。


「水汲みや水撒きを手伝ってくださるとか。とても器用で賢い飛竜ですわ」

 集まった貴族たちのうち、見知った者の顔を見つけたスザンナがにっこり笑う。

「あら、辺境伯夫人がそのようなことまでなさっておいでですの? 侍女たちはなにをしていますの?」

 スザンナの目配せの意味を正確に理解したノーラは大仰に驚いて見せる。


「確か、夫人の侍女は元王女殿下に侍るのだからと由緒正しい家門のご令嬢が選ばれましたなあ」

 クラリスをあげつらっていた令嬢の中にいた元侍女たちがそそくさと輪を抜けていく。


「夫人が薬草を育てるとはいえ、雑用までなさるなんて。その侍女たちは心得違いをしていたのではなくて?」

 すっかり、令嬢たちの怠慢ぶりが露見してしまった。その令嬢たちは姿を消したものの、彼女たちといっしょになってクラリスの悪口に興じていた令嬢はばつが悪そうな表情をする。


 スザンナはエルシーに声を掛ける。

「グレネル男爵令嬢エルシーさま、クラリスさまにご紹介しますわ。歳も近いことですし、ウィングフィールドのことについていろいろ教えてあげてくださいませ」


 令嬢たちはしまったという表情を扇で隠す。くみするべきは、辺境伯夫人の方だったのだ。本人に政治的手腕がなくても、周囲がそうではないとは限らない。現に、辺境伯領においての社交界に君臨する前辺境伯夫人は明らかに辺境伯夫人をかばっているし、味方を増やそうとしている。


「も、もちろんですわ!」

 エルシーの頭の中には「帰ったらお兄さまに自慢しよう」という言葉が浮かんだ。



「ギュワギュワ~(最近、出番がないな~)」

「ギュワ? ギュワ? ギュワ? ギュギュワ?(宣伝? 評価? この星? え、触っちゃだめなの?)」

「ギュギュワァ。ギュワァ!(うーん、分からないよ。クラリスー!)」




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