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クラリスは婚礼の式の後、披露目の夜会に出席したが、緊張と物珍しさで圧倒されるばかりだった。
二度目の夜会はそのときよりも盛大で、大勢の招待客が集まった。カールとクラリスは辺境伯夫妻として挨拶の対応に追われた。
その中にはウルフスタンたちもいた。
「よく来てくれたな」
「飛竜の誕生を祝う席だ。出席しないわけにはいくまいさ」
カールの言葉に長がにやりと笑う。五十代の精悍な顔つきの長はまだ現役として戦いの場に出る。貴族たちとなにかと衝突することが多いウルフスタンたちは、滅多に夜会に出席することはない。
「いや、とにかくめでたい」
「マーティンの旦那もようやく肩の荷が下りただろう」
「魔獣に遭っても平然としている旦那が、クィンさまが飲まず食わずだっておろおろしていたもんな」
好き放題に言って、どっと笑う。とたんに、一部貴族たちから冷たい視線が飛んでくるが、彼らは気にしない。
「俺たちゃ、奥方さまに礼が言いたくてやって来たんだ」
飛竜隊の副団長であるマーティンに親しみを抱いているのだな、とクラリスが思っていると、ウルフスタンたちがこちらを向く。
「クラリスに?」
「そうさあ。先だっての助言が的を射ていたんだ」
「とにかく、根は残しておくようにして使わないでいたら、いろんなことが改善されてさ」
カールにウルフスタンたちが口々に言う。
「それはようございました」
「奥方さまは誠に英明であり、慈悲深く、そしておうつくしいですな」
ウルフスタンの長が如才なく言って、クラリスの手を取って指先に口づけた。それは恭しく、誰にも跪かないウルフスタンをして最大の敬意の表れであり、大勢の面前で示して見せた。
そんなことは知らないクラリスだったが、丁寧に礼を言う。
「過分なお言葉、光栄に存じます」
「我がウィングフィールドにとってウルフスタンの協力は得難きもの。今後もよろしく頼む」
「もちろんだ」
カールの言葉に、言外の意味を読み取ったウルフスタンたちが銘々頷く。そろそろ魔獣の定期討伐の時期を迎える。ウルフスタンも戦闘に加わる。
「我らが辺境の守護者たちに栄光あれ!」
辺境伯の側近が酒の入ったグラスを高く掲げると、竜騎士たちが賛同してグラスを持ち上げる。煌々と灯された灯りを、大勢が掲げるグラスが反射する。それは意気揚々とした未来への寿ぎの輝きだった。
夜会の招待客は辺境伯領の貴族や同盟者であるウルフスタンのほか、有力者たちもいた。外国から訪れた裕福な商人もいる。
「魔獣の素材はとかく臭いがきつすぎましてね」
「あれさえなければ、中央に持ち込めるのですけれどね」
商人たちもじきに魔獣討伐の時期だという意識があって、話題はそれに関連するものとなる。
そんな中、外国の有力者のひとりが同行した学者が飛竜について話しを聞きたがった。竜騎士のひとりを捕まえてあれこれ話していた後、ウルフスタンとも話し始めた。
「それは魔獣の皮ですか?」
「ああ。保温性も防水性も高い」
臭いに臆さず話しかけて来るひょろりとした学者に、ウルフスタンも淡々と答える。
「魔獣の攻撃もしのげますか?」
「もちろんさ」
にやりと笑うウルフスタンに学者が二度三度頷く。
学者はウルフスタンから魔獣の素材の瘴気抜きの技術を聞いた。
「やはり、結構な手間暇をかけるんですね」
「当然さ。こっちが瘴気にやられちまうからな」
教えてくれた返礼として荒地でも育つ芋の種芋の話をしたものだから、ウルフスタンが学者を取り囲んだ。
「なんの話だ?」
「いやね、この学者が———ええと、なんてったっけ?」
「アスチアンです。ウィングフィールドへは飛竜や魔獣について知りたくてやって来ました」
「なんか俺たちの平原でも育つっていう芋があるって言うんだよ」
荒れた土地で農耕どころか草も乏しく牧畜すら持てないウルフスタンは興味津々である。
「この近辺の土地は魔獣の森と隣接しているから、そこから発生する瘴気の影響を受けているのだと思います」
「まあな。それが定説だわな」
「ただ、瘴気の影響を受けにくく、荒れた土地でも育ちやすい芋がありまして」
「ほうほう!」
「どんなのだ?」
「俺たちが手に入れられるか?」
アスチアンの説明にかぶせ気味にウルフスタンたちが口々に言う。
「当然、ウィングフィールドの土地も瘴気の影響を受けているのだろうか」
カールが言うと、アスチアンは彼を見上げて静かに言った。
「そうだと思います。そして、飛竜は人や獣よりも魔獣寄りです。多少の瘴気を持つ。言い換えれば、ある程度は瘴気を必要とするのだと思います」
カールを初めとする竜騎士、そしてウルフスタンたちが息を呑む。
瘴気は穢れであり、それを帯びる魔獣は邪悪とされている。瘴気を摂取した動物は狂気に陥り、あるいは病を得るという。植物もその性質を歪めると言われている。だから、魔獣が跋扈する森には通常の獣はおらず、かの地の植物を採取する人間はいない。自身がどんな悪影響を受けるか分からないからだ。辺境はそんな危険な場所と隣接しているのだ。まさしく、国を守る防衛線でもある。
その国防に最も貢献しているのが飛竜であり、類まれなる武力をウィングフィールドはもちろんエルドレッドだけでなく周辺諸国も頼みにしている。エルドレッドが周辺諸国の盟主の地位についているのは、飛竜のお陰であるとも言えるのだ。
邪悪を憎み敵とみなす神殿の教えからすれば、飛竜を邪悪だと言っているのも同じである。
アスチアンの言葉は飛竜を貶める発言だった。
とんでもないことを言ってのけたアスチアンは目を剥く面々を前に、飄々としている。
竜騎士たちがいきり立ち、カールが取りなす。
ウルフスタンたちはそこまで怒りをあらわにすることはなかった。竜騎士たちと比べると幾分冷静である。それは彼らが有益な情報を教わったから以上に、神殿の教えに懐疑的だったからだ。
学者を同行させた外国の有力者は慌てふためいた。非常に見識が高い学者だからこそ連れてきたというのに、辺境伯や神殿を敵に回すようなことを言う。自分の立場を危うくしかねない言葉だった。
有力者に強く制止され、アスチアンは黙らざるを得ない。
「そいつぁ、どういうことだ?」
「まさか、飛竜が?」
ウルフスタンは有益な情報の価値を、先だってクラリスから教わっていたことから、荒れた土地にも育つ芋のことを教えてくれたアスチアンにむやみに突っかかることはなかった。
「いや、しかし、彼らは森の濃い瘴気にも怯まない」
「それどころか、喜々として突っ込んでいる感じがすると思ってはいた」
竜騎士たちの中からはそんな声すら出て来る。
「学説のひとつだと捉えていただけましたら」
ウルフスタンたちを他所に、有力者は竜騎士たちを統べる辺境伯であるカールに言い訳をする。
「アスチアン殿は飛竜のことを研究しているのか?」
カールが尋ねると、アスチアンは何度も頷きながら目を輝かせる。
「ええ、そうなんです。ですから、憧れのウィングフィールドに訪れることができて嬉しくて仕方がなくて。滞在中に幼獣が生れたなんて!」
「滅多にないことですからな。いやあ、運が良い」
カールの側近たちはとにかく、めでたいということに話を着地させ、なんとかその場の雰囲気を取り繕った。




