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冒険者登録 2


「次はトウコちゃんの測定だね。トウコちゃんも剣士かい?」

「ひょ。あ、いえ、私は剣は使ったことがなくて」

 リップスに急に話かけられて変な声が出た。私の測定も当然だよね。


「じゃあ、魔導士かな?」

「はい、一応……」

 攻撃魔法は、ゴブリンを倒した時しか使った事がないから、正直自分のレベルが分からない。


「魔導士は僕の管轄外だから、ゴンゴさんが相手だよ」 

「……はい、頑張ります」

 まじか、ゴツゴツ岩のおじさんに攻撃と戦うとか怖い、無理すぎる!



 挙動不審になっていると、リップスがいたずらっ子のような顔をしていた。

「なんて、冗談だよ。怖がらせてごめんね。魔導士は水晶に手を当てて魔力レベルを測定するんだ。で、基本的には魔力レベルのワンランク下が冒険者ランクになるんだよ。ただ、レベルだけだと実戦で使えるか分からないから、得意属性を選んでもらって実際に披露してもらうんだ」


「あまり妹をからかわないでください」

「トウコちゃんが小動物みたいで可愛いから、ついついからかいたくなってね」

 いつからウィンの妹になったのだ。生きてきた時間は2倍近く私の方が長いんだぞ。 


 魔力の計測は簡単なもので、水晶に手を当てると『C』ランクだった。ステータスボードと同じだ。

 あとは得意属性を選んで披露するだけなんだけど、どの属性が得意か自分でも分からない。


「どうしたの、トウコ? 得意な魔法は治癒なんじゃないの?」

「そうね……」


「トウコちゃんは治癒ができるんだ? 治癒の使い手は少ないから重宝されるよ」

 リップスは満足気に頷いたあと、冒険者ギルドに隣接されている治療院に私達を案内した。

 治癒院には、見習いの治癒魔法の使い手と医者が在籍しているらしい。

 冒険者は怪我が多い為、ギルドに加入していれば安い価格で応急処置が受けられる。


 市販品のポーションもあるが、大きな怪我は高価な中級や上級ポーションでないと治せないため、出費を減らしたい冒険者はなるべく治療院で応急処置をしてから自然治癒を待つようだ。

 初級ポーションは比較的安いが、小さな切り傷ぐらいしか治せないのだ。




 治療院に着くと、腕を骨折した人や、深い切り傷やひどい火傷の冒険者達が長椅子に座って治療の順番を待っていた。

 私達はさらに奥の治療室まで通されたが中は慌ただしく、とてもじゃないけど冒険者登録の魔法披露をするような雰囲気ではなかった。



「ああ、リップス。悪いね。今は重症患者の手当で余裕がない。実地試験は別の日にしてくれるか」

 白衣を着たおじさんがリップスに断りを入れてきた。おじさんの後ろには顔面蒼白の男性が寝かされている。

 ウエチ村のカールのように、腹部が血で真っ赤に染まっていて、恐らく何かが刺さったのであろう。


 治癒士の見習いであろう人も、必死で何か長い詠唱を唱えながら傷に手を当てているけど上手くいってないようである。

 寝かされている患者は下級冒険者らしく、お金を持ってないので命の危険があっても上級ポーションを使うこともできないようだ。



「よろしければ、私が診ましょうか?」

「トウコちゃん、治せそうなのか?」

 リップスが不安そうな表情で訪ねてくる。

「ええ、恐らく……」


「待て、この患者は魔物の牙が貫通したんだ。内臓も損傷している。ただ傷口を塞ぐだけではダメだ」

 白衣のおじさんも冒険者登録もまだの私に患者が治せるのか、疑いの眼差しを向けてきた。


「以前、似たような症状の人を治療したことがあります。取り敢えず魔法でやってみます」

「ううむ、分かった。このままだと、どちらにしてもこいつは助からないからな。宜しく頼むよ」



「ヒール」

 患者の傷口に手を近づけて、ウエチ村のカールの時のように内臓の傷の修復をイメージしてから傷が塞がるのもイメージしていく。

 自分の手のひらに熱がこもっていくのが分かる。集中して、集中して…………。



 …………。





「うう……」

 暫くすると、患者が少し意識を取り戻した。

「あの? 僕は……?」

「調子はどうだ?」

「ええ、何とか……」

 患者は倒れてからの記憶が曖昧らしい。


 白衣のおじさんが患者の血を軽く拭き取り、腹部や背中を触診して、異常がない事を確かめた。すでに出血は完全に止まっており、傷口までもすっかり無くなっていた事には驚かれた。

 リップスも患者の後ろや前に回っては傷口の確認をして驚いている。


「ううむ、出血はおろか傷口までもなくなっている。それに、あんなに短い詠唱は初めて聞いた」

「患者さんはもう大丈夫そうですか?」

 詠唱の事はスルーして、念のために白衣のおじさんに確認したけど、一晩寝て白湯を飲んでも吐かないようなら大丈夫とのことだった。


「こんなに高度な治癒魔法は初めて見た。うちではせいぜい傷口を綺麗にして自己の治癒力を促してやるのが精いっぱいだ。こんなに簡単に魔法で治されると、治療院の立場がないなあ」

 目の前の患者が一命を取り留めた事により、少し和やかな雰囲気になり、白衣のおじさんは笑顔を向けてくれた。



 ほっと一息ついたのも束の間。

「トウコちゃん、魔力はまだ大丈夫かな?」

 リップスが期待したような顔で尋ねてきた。

「ええ、まあ」

「実は、さっき長椅子に座っていた連中はまだ駆け出しで、あまりお金を持っていない者が多いんだ。治してやってくれると助かるんだが……」


「試験が終わったんなら、あまり妹を良いように扱わないでください。それに瀕死の怪我を治すなんて上級魔導士でもできるかどうかだ。報酬もなく治療する理由がありません」

 ウィンがムッとした様子で話に入ってきた。当たり前のように妹扱いなのは慣れてきたが、まるで保護者のようだ。


「無償ではない。しかし、怪我は各冒険者の責任だからギルドからもあまりお金は出せないから……金貨5枚ってところだろうけど」

 リップスが申し訳なさそうにしている。


 長椅子に座っている怪我をした人のほとんどが、EランクからDランク冒険者で、商人の定期便で安全とされている護衛に行ったのだが、運悪くオークの群れに遭遇したらしい。その仕事を受け付けたリップスも少し責任を感じているらしい。



「分かりました。そのかわり、私が治療した事が広まらないようにしてください。詮索されたくありませんので」

「ありがとう。怪我人には誰に治療されたか伏せておくのを条件に治療をすると言っておく」

 リップスが少し涙目になって私の手を両手で握ってきたのを、ウィンが何気に外していた。完全なシスコンの図だ。



 こうして、骨折1名と深手の傷を2名、火傷患者1名の治療をした。

 治療が終わると、ウエチ村の時ほどの体力の消耗はなかった。きっと、魔力『C』に『+』が付いたからかな。




*****リップス


 今日もいつも通り出勤するとギルド内で問題が起こった。

 何度注意しても懲りない3人組がまた新人に絡んでいた。

 話を聞くと、まだ冒険者登録をしていない少年が3匹の魔犬を倒したのは嘘で盗難品だからそれを自分たちによこせと。


 確かに一見するとまだまだ線の細い少年のようだが、隙のない立ち振る舞いとオーラが明らかに一般人ではない。話を聞くために別室に呼んだ。


 少年はウィンと名乗った。冒険者ギルドが個人の情報や能力を無暗に漏らすことはないと説明すると安心した様子だった。何か事情があるみたいだな。名前も偽名だろうが、犯罪者ではなさそうだからそれ以上の詮索は避けた。


 

 一般人ではないだろうと予想をしていたが、実際に剣を持って向き合うと一分の隙さえもなかった。緊張が高まり先に動いたのは、いや、動かされたのは自分だった。


 今はギルド職員になっているが、これでも自分はAランクに届きそうな冒険者だった。その僕が登録もまだの少年に負ける日が来るとは思ってもみなかったが、これは持って生まれての規格が違う。訳アリっぽいがもしかすると猛者の子孫に関わりがあるかも知れない。


 連れている少女はウィンの妹らしいが、それも怪しいな。ウィンは堂々としているがトウコちゃんは少しおどおどして小動物のように可愛らしい。


 規格外のウィンに負けたことは仕方がないとは理解していたが、大人げなく意地悪心でトウコちゃんをからかってしまった。トウコちゃんの相手はゴンゴだというと明らかに目が泳いでいた。

 こんな素直な反応をするなんてウィンが守りたくなる気持ちも分かるな。



 そしてその直後、ウィンだけではなくトウコちゃんも規格外ということを思い知った。もしかしてウィン以上かも知れない。


 瀕死の状態の怪我を短い詠唱一つで瞬く間に完治させた。

 冒険者時代は最先端で各地を回って色々な治癒士にも出会ったが、こんな現象は見たことがない。あの怪我を治すのは最低でも数時間はかかるはず。それも魔力がもてばの話だ。

 確かトウコちゃんは魔力ランクCだったはず。理解が追い付かない。



 それに、善人すぎる。

 僕がダメ元で他の冒険者も治療して欲しいとお願いしたら嫌な顔をせずに引き受けてくれた。


 トウコちゃんが治療したのは伏せるという条件付きだったが、怪我人一人一人の手を握って安心させるように「もう大丈夫ですよ」と丁寧に治癒魔法をかけていた。


 今回怪我をした冒険者たちは元はスラム街で悪さばかりしていたガキ達だった。

 縁があって、冒険者として働けるように指導して、やっと生活が安定してきたところだった。

 手間がかかる分いつの間にか弟のように思っていた子達だ。


 さすがに全員にポーションなんて買ってあげられないし、深手の傷が治るのには時間がかかりすぎる。またスラム街に戻ってしまうのかと心配していたが、トウコちゃんのお陰でまた働けそうだ。


 治療されてる時に弟達が震えていた。スラムで育った孤児だから無条件に他人に優しくされたことがない子達だ。

 その姿を見て僕もまた涙が出そうになった。


 暖かい言葉と治癒魔法に、どれだけの心と体が救われたか。

 


 本当に感謝してもしきれない。



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