森での出会い 1
ウエチ村を出発して丸1日。
とぼとぼ森の中を歩いている……。いや、迷っている。
ペガサスのエニフにウエチ村の近くまで送ってもらった時は、1本道を真っ直ぐに歩くだけだった。村の中も狭くて、適当に歩けば宿屋に着いた。
でも、森の中は難しい。
「う~ん、確かアレックは一番太い道を選んで歩けばラーナ町に着くって言ってたのに……なんだか、獣道のようね」
この時はまだ自分が方向音痴なのに気付いてなかった。
地球ではスマートフォンの地図アプリがあったから道で迷うことはなかった。
いや、迷った事はあるけど大体は友達に電話したり、道行く人に尋ねたりして事なきを得た。
2日目。
「この道、さっきも通った気がするわ……」
3日目。
「この道で合ってるのかしら?」
4日目。
「これって、迷ってるよね」
5日目。
「遭難だー!!」
完全に迷った。
そもそも、地球でトラブル続きだった私がこんなに事が上手く運ぶはずなかったんだよ。
買い込んだお弁当や携帯食は7日分。これまで1日3食きっちり食べてしまったから残るご飯は2日分。食いしん坊な自分を殴りたい。
食材は沢山あるけど、山の中で1人で自炊は心細いからしたくない。だって、作ってる間に魔物が来ても対処できないもん。
ガサガサッ!
「……なん、で……!」
「あな……ね!!」
遠くの方で音や人の声が聞こえてきた。これで道が聞ける!
声がする方へ必死で走っていった。
そこには、中年男性2人と少女と少年の4人がいた。
何か揉めているようだったので、大木の裏に隠れて暫く様子を窺うことにした。
「う、う……」
「さすが、ウィンストンは頑丈ね。痺れ毒にも少し耐性があるようね」
少女が倒れている少年に向かって言い捨てる。
「ウィンストン様。お国と姫様のために、そろそろ潔く死んでください」
ドンッ!
もう1人の中年男性が動けない少年に向かって、火魔法を放った。
「なっ……! お前たち、何で……」
「我が国の戦争に協力しないあなたに用はないわ。それに私からの婚約を断るなんて許せない! ウィンストン、私が今まであなたと仲良くしていたのは、あなたに協力してもらう為なのよ。幼馴染だと思ってた? バカじゃないの」
「アリーサ……」
少女の言葉に少年が俯く。
「さすが、ウィンストン様は頑丈だ。猛者の血を色濃く受け継いだだけある」
「姫様と結ばれ、我が国に協力をしておけば良かったものを」
「あなたの猛者の血を引く強さは今後、我が国に脅威をもたらしそうだから暗殺しろってパパからの命令なの。悪く思わないでね。さようなら」
少年に言いたいことを言い終えたのか、3人同時に魔法を発動しようとしている。少しずつ3人に集まる光が強くなっていく。
あぁ! もう! お節介かも知れないけど体が勝手に動いてしまう。こうやって面倒ごとに巻き込まれたことも一度や二度じゃない。
「やめて――!!」
私は咄嗟に少年をかばうように覆い被さった。
ドドドンッ!!
覆い被さったと同時に、凄まじい閃光と高威力の爆発が背中に伝わってきた。
爆音と熱風の中、朦朧とする意識の中で先ほどの3人の声が聞こえてきた。
「なんなのよ、こいつ。突然出てきて」
「こんなところに人がいるとは。このあたりの村の少年か」
「我々の魔法の威力では2人とも既に息はないでしょう」
「ふんっ。バカな奴ら。城へ帰るわよ」
少女の声が遠ざかっていく。
しばらく動かずに死んだふりをしていると、人の気配は完全になくなっていた。
辺りを見渡すと私の周りの半径20メートル程が、焼け野原になっている。
私の身体は何ともないけどローブと服は焼け焦げて使い物にならなさそうだ。
「う、う……」
少年も生きているようね。
「あなた大丈夫!?」
改めて見ると、少年の体は私が覆い被さった以外の部分は赤黒く変色している。
「……君は?」
「私は通りすがりの者よ。それよりあなたすごい火傷!」
「俺はもう助か、らない。君は、逃、げて」
瀕死の状態で喋っているようで、すぐに意識を失くした。
「ヒール!!」
カールの時のように、傷を治すことをイメージする。
顔の火傷、右腕、右足……。体内の細胞から熱を取って、これ以上火傷が進行しないように、そして弱った細胞を活性化するように、毛細血管を繋げるように……。
「……魔法って本当に不思議ね」
独り言も言いたくなるぐらいに火傷がきれいに治っていった。
少年はまだ眠ったままだけど、取り敢えずは大丈夫だろう。
覆い被さる前にバリアでも張れば良かったかなとも思ったけど、それだとまだ生きているって分かって更に攻撃される。咄嗟に飛び出しただけで良かったと思った。
傷が治ったのを確認できたので、この場所を離れる。
3人が去って行った方角とは逆に少年を背負って歩いた。
不思議と、自分よりも大きい少年を背負っても普通に歩くことができた。これもエニフが与えてくれた力のおかげだろう。
数時間歩くと見晴らしのいい、草原に出ることができた。
山に囲まれながらも開けた草原の中心に壊れた石造りの建物があり、トロッコの廃線が草に隠れている。
昔は栄えた場所だったのだろうが、今は人影は全くない。
辺りが暗くなってきたから急いで建物の陰にテントを出して野営の準備をする。
少年はテントの中に寝かせておいて私は外を警戒することにした。
「サーチ」
探知魔法だ。周辺に生物がいないか確認できる。森の中の旅を始めた時から、この魔法を使って魔物の遭遇を避けてきた。今回は人も検索範囲にかけた。
あれ? もしかして、森で迷った時から、人も検索範囲にかけておけば良かったんじゃないかと、今更ながらに後悔した。
まだ魔法に慣れないから使い方や使うタイミングが掴めない。
それにしても夜は冷える。燃えた服が破けてかなり際どい姿になっていた。
アイテムボックスから服とローブの予備を出して着替えた。服はともかくローブも2枚買っておいてよかったと思う。
ふと、ステータスが気になった。
『ステータスボード開きます』
名前:東大寺 透子 レベル:2(前1)
体力:190/210(前200)
魔力:C+(前C)
防御:S
腕力:C
俊敏:B
属性:無
特殊効果:アイテムボックス(時間停止)/魔法操作自由
レベルが『1』から『2』、体力が『200』から『210』になっている。それに、魔力に『+』が付いていた。
ゴブリンとの戦いで魔法を使ったから、少し成長したみたい。
「アリーサ!」
ステータス確認をしていたら、テントの中から叫び声が聞こえてきた。
夢にうなされているみたいね。
「あの、大丈夫?」
「はぁ、はぁ……。ああ、すまない。えっと、君は?」
「ちょっと、通りがかりで……あなたが襲われていたから」
「…………!」
説明に困っていると、少年が先ほどの出来事を思い出して顔に影を落とした。
「喉渇いてない? お水飲む?」
水魔法でコップに水を入れた。
「君は一体? 俺は死んだはずでは?」
「私はトウコ。あなたの怪我は治したわ。どこか痛むところはない?」
「ああ……どこも痛まない」
少年は驚いた様子で手や足を動かして自分の体を確認している。
町へ行こうと森に入って道に迷っていたこと。そこで、人の声が聞こえたから近付くとさっきの現場に出くわしたこと、魔法に当たったから、3人は私達が死んだと思って、『城へ帰る』と言っていたことを説明した。
「……さっきの魔法は上級魔導士2人と中級クラスの魔法の使い手、合わせて3人の合同魔法だ。何で君は平気なの?」
「えっ、そうだったの? なんでかな? ははっ……」
訝しげに質問をされて、思わず愛想笑いで誤魔化してしまった。
エニフから授かった防御力『S』に心の底から感謝するけど、どうやって説明していいか分からない。
少年は、フードに隠れている私の顔をじっと見つめた後、突然距離を縮めて、すっと私の頬から首筋にかけて手を当てた。
「ひっ!」
今までの(不幸体質の)経験上、助けた人に責められることが多々あったから思わず変な声がでた。怒られる? それとも首絞められるの!?
「急に触れてごめん。もしかして君、女の子? 頬に傷がついてる」
「あ……平気よ」
この時、初めて少年の顔を正面から間近でみた。
透き通る青い眼に長い睫、彫が濃すぎない程度の鼻と口に男性的なまっすぐな眉毛。こんな時に不謹慎だが、それはもう大層な美少年だ。
私に対する攻撃じゃないことにホッとした。
美少年は、真剣な顔で質問を投げかけてくる。
「君も上級魔導士? どの組織に属しているの?」
「上級魔導士? 組織? ちょっと……いや、かなり遠くの田舎から出てきたところだから私はどこにも属してないわ。しいて言うなら『ラーナ町』へ行って冒険者登録をしようとしているぐらいかな」
「でも、君ほどの治癒魔法の使い手なら各国が放っておく訳がないんだけどな」
「今のところどこにも所属する予定はないわ。あまり目立ちたくないの。だから、あなたの怪我を治したことや、私の魔法はできれば人には言わないでほしいの」
「もしかして男の子の服を着ているのは誰かから逃れるため?」
「いや……、これはポケット重視と、虫が怖いから露出を減らしたらこんな服装になっただけ。それに、私の髪色が珍しいらしいから、宿屋の主人に隠した方が良いって言われたの。珍しかったら人買いに売られるんでしょ?」
「は?」
「ん?」
ちゃんと会話成り立ってるよね? おかしなこと言ってないはずだけど。
「ははっ。何だか君と話していると、自分の常識を疑いたくなるよ。一代で財を成せそうなほどの治癒魔法の使い手なのに力を隠そうとするし、あんな高威力の魔法の前に飛び出しておいて、虫が怖いなんて。それに、珍しいだけで人買いに売られないよ」
私の中では、虫がこの世で一番怖い。ポケットがたくさん付いた服にもこだわりがあるし人買いも全て真剣な死活問題だ。
笑われるようなこと言ってないよね。常識ってなによ。ちょっと、ムッとした。
「べ、別にっ、あなたに関係ないじゃない」
「……笑って悪かった」
悪かったって言ってる割にはまだ肩が震えているようだけど。
ジト目で見ていると流石に気付いたのか咳払いの後に自己紹介が始まった。
「失礼。助けてもらったのに不躾な質問ばかりして悪かった。俺の名前はウィンストン・フランクリン。猛者の子孫で君と出会うまでは隣国のポメアン国でダンジョン探索や第二王女の護衛をしていた」
「ええ~っと、猛者って?」
いきなり猛者と言われても分からない。
ウィンストンは猛者を知らない人がいるのかと、少し驚いていたけど簡単に説明してくれた。
古い昔にこの世界で混乱期があった。
大地は枯れ果て、海は荒れ狂い、人や魔族、魔物が争っていた。その時に威厳と人徳と強さを兼ねそろえた猛者が現われて混乱を鎮めた。その猛者の末裔は今でも特別な才能や強さを持って生まれてくることが多い。
その末裔の特別な力は国の政治や戦闘力に大きく左右する為、裏では数多の国が猛者の子孫を囲い込もうと血眼になっているらしい。
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