ウエチ村 2
次話でヒーロー登場します。
「おい、少年! 何を突っ立っている。戦うか逃げるかしろ!」
突然、耳元に大きな声が飛び込んできた。どうやら私に言っているようだ。
そこで、ゴブリン達と目が合ってしまった。
『グギャグギャ。グギャギャ』
「くそっ。ここは俺が何とかする。逃げろ!」
3匹のゴブリンがこちらに向かって走ってきた。
怖くて逃げ出したいけど恐怖で足が思い通りに動かない!
気が付けばゴブリンが5mの距離まで接近していた。
「ひぃぃ!」
何か武器っ! 武器と言えば固い物……石だっ!
「石っ! 小石!!」
ボコッ! バシッ!
ゴブリン3匹を目掛けて足止めするイメージで当てていく。幸いエニフからの魔法講座のおかげでスムーズに魔法を発動させることができたけど、生物を殺すことに慣れていないから威力は最小限に抑えた。
ゴブリンが立ち往生している間に、隣にいた男性が1匹ずつ倒していってくれた。
「ありがとよ。それにしても、小石を長時間出し続けるなんて大したものだ。魔法の詠唱は聞いたことのないものだったけどな」
「……」
「威力がもっと強くなれば、魔法だけで倒せるようになるよ。こりゃ、将来有望だ。魔力はまだもつかい?」
「あ……、はい。まだ大丈夫です」
「じゃあ、他のゴブリン達も今の方法で倒していくか」
こうして、私たちは協力してゴブリンを倒していった。だんだん2人の息が合い、効率が良くなっていき、気付けば2人で16匹倒していた。
「よく頑張ったな。俺はアレック。村の駐在所で兵士の団長を務めている」
茶色い短髪に薄茶色の瞳、ゴツめの体格でいかにも体育会系の青年だ。
「私はトウコです」
「トウコ、もしかして女の子か? いやぁ、これは申し訳ない。何せ服装がそんなだからな」
村を襲ってきたゴブリンの退治がひと段落ついたのも束の間、緊急を要するのか焦った様子で若い兵士が走ってきた。
「アレックさん! ポーションが足りません! 今回、襲撃が深夜だった為、怪我人が多数出ています」
「分かった、すぐに行く。……トウコ、もしかして、治癒魔法とか使えたりしない、よな?」
「少しなら治療できると思います」
「だよな。変なこと聞いて悪かったな」
そう言って、若い兵士に続いて歩いて行きかけたアレックが驚いた顔で振り返った。
「ええっ!? 土属性なのに治癒魔法使えるのか?」
「お力になれるか分かりませんが……、私にできることがあれば協力します」
エニフとの魔法の練習で火魔法を出したら威力の加減が分からずに、近くを通りかかった魔物の赤ちゃんに当たってしまったんだよね。
ちょうど治癒魔法の練習で魔物の赤ちゃんの火傷を治療したり練習中に負った自分の傷も治したからやり方は分かる。ちゃんと治せるのか不安だけど。
村の休憩所に着くと、15名程の怪我人がおり、その内1名が意識不明で寝かされていた。
意識不明の男性はカールという村の商人らしい。商人と言っても大雑把な性格で明るく、村のムードメーカーのような存在らしい。
子供をかばった為に深手を負ったらしく、ゴブリンの槍が背中からお腹に貫通したようだ。
さっきからカールの隣で小さな男の子が泣いている。
「カールおじちゃん、ごめんなさい。僕が興味本位でゴブリンを見にきたから……!」
「おい、ポーションはかけたのか?」
「ええ、先日旅の商人から村で購入した、中級と上級ポーションをかけたのですが、どうやら2種類とも粗悪品だったようで……」
「他のポーションはないのか?」
「いえ、後は初級ポーションしかなく……」
村の人や、アレック達が話し込んでいるので、私はそっとカールに近づいた。
カールの腹部を見ると、布を当てて止血しているが、みるみるうちに新しい布が血に染まっている。初めて見る大量の血と匂いに卒倒しそうになったけど、何とか持ちこたえた。
上手くいくかも分からないけど、何もしなければ確実に目の前のカールは死ぬ。少しでも可能性があるならやってみる方がいい。
「ヒール」
治癒魔法といえばこの言葉だよね。昔からRPGゲームで馴染みがある呪文。
手を傷口に近づけて、内臓の傷の修復をイメージしてから傷が塞がるのもイメージしていく。じわじわと体の中から力が奪われていくのが分かった。
「お願い、治って!」
少しずつカールの顔色が良くなっている気がするので、続けた。
どれほど集中していたのか分からないけど、気付けば村の人達が私とカールを囲んで、静かに覗き込んでいる。
「ううっ……」
「大丈夫ですか?」
「……こ、こ、は?」
どうやら、カールが意識を取り戻したようだ。蒼白だった顔色が少し色を取り戻している。
「カールおじちゃん! ごめんなさい。ごめんなさい」
「こらっ! また傷が開くだろ」
小さな男の子がカールに泣きながら抱きつこうとしたので、慌てて周りの大人たちが止めている。
「んん? 傷って? 俺は一体……?」
「おいおいカール、お前死にかけだったんだぞ。腹に傷があるだろ」
村人が寝ころんだままのカールのお腹を見てみると、出血は止まっていた。傷口はあふれ出ていた血のせいできちんと確認はできないけど塞がっているはずだ。
「「「おお~!」」」
歓声と共に、みんなの視線が私に……。いやいや、注目されるの慣れてないから!
「ええっと、他に重傷の方はいませんか?」
話を逸らそう作戦だ。
その後、数名程の骨折や深い切り傷を治療した。その他の人は傷が浅くて大丈夫そうだ。
みんなが、カールさんや重傷者の復活で盛り上がっているうちに私は宿屋に戻ることにした。
注目されていろいろ聞かれると答えにくい事が多いから困る。
ゴブリン襲撃での村人の対応を見ているとエニフから授かった力は一般人よりもかなり優れていることがわかる。
宿に戻ると、魔法を使い過ぎたせいか、体中から力が抜けていた。貧血で倒れる寸前のように頭がクラクラする。
そのままベッドにダイブして泥のように眠った。
********
翌日、昼前に駐在所に向かった。
アレックに駐在所まで来るように言われていたのだ。
「トウコか、待ってたよ。相変わらず男の子みたいだな」
「おはようございます」
「昨夜は助かった。トウコがいなければ村の被害は甚大になっていただろう。正直、今は国の兵士の数が足りていなくて、この村にまで手が届かないんだ。都市部で武装の強化ばかりしてるもんでな。それに、カールの事も助けてくれて本当にありがとう。村全体を代表してお礼を言う。もしカールが死んでいれば、カールが助けた男の子自身も一生罪の意識に苛まれていただろう」
深々とお辞儀をされて、慣れてないからこそばゆい。
「いえ、助かって本当に良かったです」
「今日トウコにきてもらったのは、ゴブリンを倒した報奨金を渡そうと思ってな」
「えっと、ゴブリンを倒したのはアレックさんです。私は、ゴブリンの足止めをしただけですけど……」
「俺が16匹も倒せたのはトウコのおかげだ。俺は兵士だから報奨金は出ないが、8匹分はトウコの取り分だ」
通常ゴブリンは1匹銀貨3枚ほどらしいが、昨夜は緊急時だった為に1匹銀貨5枚で、8匹分で金貨4枚になるらしい。
「それから、村人の治療費だが……あいにく、この村は裕福ではないからな……」
「治療費はいりませんよ」
「……は? いや、でも治療費を支払わないわけには」
「みなさんの、あの時の笑顔で十分です。なんて、ははっ」
我ながらキザな事を言ってしまったけど、エニフから授かった魔法で治療しただけなので、原価はタダである。
ゴブリンの討伐代を貰えただけで十分だ。
「「「そんな訳にはいきません」」」
背後からの声に振り向くと、数人の男性が立っていた。カールと、昨日私が治療した男達だ。
「昨夜は状況が分からず、命の恩人のあなたにお礼も言わずに大変失礼いたしました。本当にありがとうございます」
カールは抜け出た血のせいでまだ体調が本調子ではなさそうだが、みんなに支えられながらも、とても丁寧にお礼を言ってきた。
「おいらも、トウコさんに傷を治して貰わなかったら、深手で足が腐っちまってたかも知れないよ」
「俺なんて利き腕の骨折だったから、1ヵ月は仕事ができなくて妻子を食わせてやれなくなるとこだったよ。最近4人目の赤ん坊も生まれたところだし」
「い、いえ、みなさんお元気そうで何よりです」
「本来なら命を救っていただいて、こんな金額じゃ足りませんが」
カールが金貨10枚を出してきた。
「おいら、貧乏で現金はないけど、野菜ならある。本当にこんなもので申し訳ない」
そう言って、八百屋さんであろう男性がトマトや玉ねぎ、ジャガイモやキャベツに似た野菜。
「俺は、普段狩りをしているから肉しかないけど……」
骨折をしていた男性はオーク肉というのを渡してきた。
「い、いえいえいえ! 本当にお礼なんて!」
断ろうとしたが、アレックに「受け取ってやってくれ」と言われたので受け取ることにした。
こうして金貨や野菜、お肉を受け取った。その他、酪農家からも預かってきたとういう乳やチーズも受け取った。
何だか、こんなに頂いてしまって、私の方が申し訳ない気がする。
お金に関しては、今までの買い物代は全て、ゴブリン討伐代やカールさんからの金貨で補えた。エニフからの金貨は全てへそくりにしよう。
それにしてもこの食材の量、時間停止のアイテムボックスがあって良かったと心から思ったよ。
この世界でエニフに出会ってから、何だか全てがとんとん拍子すぎて怖い。
日本にいた頃はとにかく散々だったからな。年々酷くなってたし。
あ、でもあの頃は不幸と幸福の導線っていうのが逆に繋がっていたんだっけ……。
せっかく食材を沢山いただいたから村を出る前に硬パンや調味料、調理器具を買い足しておいた。
・包丁[銀貨3枚]
・鍋やフライパン等[銀貨6枚]
・調味料[金貨1枚]
調味料が高かったのには驚いた。ただ、想像していたよりも胡椒や酢などの調味料の種類が多く売っていたので安心した。
醤油とお米がないのが致命的だったが、大きな都市へ行けばあるだろうとのことだ。
この国では一般的に、塩、胡椒、酢、マスタードやハーブ類での味付けが多いようだ。
あと1泊この村に滞在しようかとも思ったけど、なんせ小さな村なのでどこに行っても昨夜の村人たちに会う。
魔法の事や私自身の事を聞かれそうなので早々に村を出ることにした。
アレックやカール達にお別れのあいさつをして、『ラーナ町』へ出発だ。