92 おまけ 温泉へ行こう・13
昼時になり、従業員に賄い料理が振る舞われる。
臨時従業員の俺とエーシャも、ご相伴に預かる事にした。
食堂に入るなり、俺だけが仲居の子達に囲まれた。
エーシャとリーディは、文字通り蚊帳の外である。
「席はこちらです」
「座布団も用意しました」
「お茶とおしぼりです」
「すぐに昼食をお持ちしますね」
よく分からないが、至れり尽くせりである。
今の俺は客じゃないのだが、女の子が接待してくれる夜の店に入ったような気分になってしまう。
「おとうさん、いやらしいです! 女の子達に囲まれて鼻の下を伸ばしてたって、ミユさん達に言いつけてやりますから!」
「おい待て! これは誤解だっての!!」
エーシャが大変に恐ろしい事を言ってくる。
こいつは、ある事無い事を吹聴するから洒落にならないのだ。
「ケモ耳少女達にセクハラするおとうさん、字面も最低ですね!」
もう訳が分からない。
それとセクハラなんてしてないから。
エーシャに感化されたらしいリーディも、冷めた目で俺を見てくるし。
勘弁してくれっての。
思わず呆れていると、女将が食堂に入ってきた。
「あなた達、何をやっているのですか!」
女将の一言で、女の子達がパッと散って行った。
「すみませんね。ここには男の人がいないので、あの子達もクラタ様が珍しいのですよ。それに妖狐の力もお持ちなので、興味があるのでしょう」
そう言いながら、何故か女将が普通に俺の隣に座ってくるのですが。
仲居の子達は、少し離れた席から恨めしそうに、こっちを見ている。
それはさておき、賄いの昼食は親子丼と漬け物にお吸い物であった。
味付けも丁度良く、ささっと食べられる料理である。
「おとうさん、親子丼が好きなのですか?」
「うん? まあ嫌いでは無いぞ」
「そうですか。私の父も親子丼が好きだったんですよ。この宿のオーナーである、タマヒジリ家の前当主とその娘さんとで────」
目の前のエーシャの頭をスパーンと叩く。
「あいたっ!? いきなり何をするんですかぁ!?」
「食事の際に下ネタ禁止!!」
よくも自分の父親の生々しい行為をネタにできるよな。
逆に感心する。
女将や仲居の子達もドン引きして……ない!?
逆に聞く気満々である。
「エーシャさん、そのお話を詳しく!!」
女将ですらこれなので、みんなしてエーシャを取り囲んでいた。
一方、取り残されたリーディは呆然としている。
「リーディ。エーシャに毒されちゃ駄目だからな」
「は、はい……」
このまま綺麗な君でいてくれと、本気で願うのであった。
ちなみにだが、女将は子供の頃にエーシャの父親に憧れていたそうだ。
だけど、結局相手にしてもらえなくて未だに独り身だとか……。
「まったく、父も罪作りですよね……」
「あの方は、今どこにいらっしゃるのでしょうか……」
この宿に泊まってますよと教えてあげたい。
まあ、本人が気配を消してるので、会うつもりがないのか、会いづらいのか。
女将の耳と尻尾がしょんぼりしてるので、フォローしておこう。
「女将さんぐらい綺麗な方だったら、きっと素敵な人が現れますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「もっと自信を持ってくださいって。女将さんの尻尾は、よく手入れされていて綺麗な毛並みですよ」
「……クラタ様!」
女将の表情がパッと明るくなった。
どうやら、元気づけられたようで何よりだ。
その一方で、エーシャがジト目で俺を見ている。
何か文句があるのだろうか。
「おとうさん……それ、ほとんど求婚ですよ。女将の尻尾に直接触れていたら、完全アウトでしたね」
なんだって……?
ふと周囲を見ると、仲居の子達がきゃあきゃあ言って騒いでるし、リーディですら両手で口元を抑えて『凄い物を見てしまった』という顔をしている。
そういえば、獣人の尻尾に触れたりするのは、求愛行動だって聞いたような……。
昼休みの間、女将が俺のそばから離れなかったのは言うまでもない。
昼休みの後は、女将の案内で宿の裏手に連れて行かれた。
まさか、このまま深い仲に!?
まだ心の準備が……などと馬鹿な事を考えていたら、目の前に立派な鳥居が現れた。
「ここはイヅナ国から分社した神様をお祀りしている場所です」
「神社ですか?」
どう見ても、こじんまりとした神社である。
「よくご存じですね! クラタ様はイヅナ国の文化にも造詣が深い方でしたとは……」
女将の瞳が感激でキラキラしている。
それにしても、イヅナ国とやらは、俺の元いた世界と似た文化を持っているらしい。
「それで、この神社にお参りするのですか?」
「はい。普段は従業員ぐらいしか立ち入らない場所なのですが、クラタ様には特別にご案内させていただきました」
光栄だけど……女将の期待が重い。
そして、普通にお参りをする。
女将は俺が神社のお参りの作法を知っていた事に再度感激。
帰り際、女将が真面目な顔で伝えてきた。
「この神社は、亡くなった大切な方に会えると言われている場所でもあるのですよ。特に今の時期ぐらいですね」
「お盆……ですか?」
「クラタ様、まさかそこまでご存じでしたとは!!」
女将が感激しきりである。
言うなれば、これもチート知識みたいなものだろうか。
それから宿に戻ると何やら慌ただしい。
「女将さん、今日は何かイベントでもあるのですか?」
「はい。今日と明日で、温泉街のお祭りがあるのですよ。うちの宿でも屋台を出す予定でして」
なんと、お祭りに屋台まで。
心躍るイベントじゃないか。
「なるほど。じゃあ、俺も手伝いましょう」
「いえ、クラタ様はお客様ですから、そこまでは……」
「せっかくなので、荷物運びぐらいやらせてくだい」
断じて、このまま女将と一緒にいるのは気まずい訳じゃないからな。
「それでしたら、お願いできますか?」
「任せてください」
温泉街の大階段に屋台を設営するとの事で、物資運びを頑張っていたらすっかり日が暮れていた。
どうやら俺の仕事もここまでらしい。
「お二人とも、お疲れ様でした」
女将がエーシャと俺に頭をペコリと下げる。
エーシャも宿の仕事を頑張って手伝ってたみたいだし、昨晩やらかした件は水に流してくれたようだ。
「これは、お二人のお給金です」
俺とエーシャは受け取らずに互いの顔を見て頷く。
「今回は色々と迷惑を掛けてしまったし、受け取れませんよ」
「まさか、母と同じく出禁になる寸前の事をやらかしましたし、気にしないでください」
「いえいえ、お二人は随分と頑張って働いてくれました。働いた対価ですよ。どうぞ受け取ってください」
女将も中々頑固で、一向に引いてくれない。
エーシャが俺に『なんとかしろ』と無言の圧力を掛けてくる。
仕方がない。どうにかして女将を言いくるめよう。
「いえいえ、女将のその素敵な笑顔だけで十分な報酬ですよ」
思わず口から出た言葉がそれだった。
エーシャが物凄い顔で俺を見ているが、お前がどうにかしろって言ったんじゃないかよ。
一方、その女将だが、感極まっている様子。
「クラタ様、ズルいです。こうまで言われたら、何も言い返せないじゃないですか……」
女将が急に乙女の顔になっていらっしゃる。
「最近、おとうさんが父にそっくりになってきて怖いのですが……」
そして、エーシャにドン引きされるのであった。
今夜は祭があるので、軽めの夕飯で済ます。屋台でも食べるためだ。
既に我が家のお嬢さん達は、お祭りモードに切り変わっている。
宿で外出用の浴衣を用意してもらっているので、見た目にも華やかだ。
特にマナシエの浴衣姿が最高過ぎる。亡くなったご両親にも見せてやりたいよ。
ミユはまだまだ花より団子なので、俺なんかより気の合う同士で食べ歩きに出掛けるらしい。
その中にはリーディの姿もあった。女将も粋な計らいをしてくれたようだ。
さて、俺はどうしよう。
このままだと、乙女モードの女将に捕まってしまうかもしれん。
だったら、今夜は野郎同士でつるむか。
アルジットとトルゲと共に、ギルデオを捕獲した。
「な、なんで俺まで……」
これ以上、新婚気分を楽しませる訳にはいかねえぜ!
我ながら嫌がらせもいいところである。
「じゃあ、私はミユさん達と一緒に遊んでくるから、ギルデオをお願いしますね」
薄情にも新妻ヴァネリーは、女子グループと一緒に行ってしまった。
まあ、人生なんてそんなもんよ。
それからなんだかんだで、祭の屋台を冷やかしたりして遊んだ。
案外男同士でも盛り上がるもんだよ。
「ところで、ソウジさん。彼女達の事は心配にならないのですか?」
綿あめを頬張りながら、浴衣姿のアルジットが尋ねてきた。
どうでもいいけど、いい歳のおっさんが綿あめを頬張る絵面はどうなのかと思うが、アルジットだと妙に様になっている。
「心配って、ミユ達の事か?」
「あれだけ見映えがいいお嬢さん達ですからね。こういう祭りでは、決まって悪い男達が寄ってくるのですよ」
実際、ミユ達はこの人混みの中でも目立っていた。
華やかな浴衣姿もだけど、それぞれが見た目もいいので目立つ。
案の定、いかにもな若者グループがミユ達にナンパをしようとしている。
リーディが怯えてしまってるので、いざとなったら助けに行くか。
ギルデオも、自分の奥さんが悪い男に引っ掛からないか心配そうである。
だが、そんな心配も杞憂であった。すぐにガイラさんが出張ってきた。
やはり、年長者は頼り甲斐があるな。
「ほほう。お主ら、生意気にも我を誘うつもりなのか? 身の程を知るがよい」
「あー、お姉さんも美人だけどさ、俺はそっちの大人しそうな子に声かけたいんだけど……」
「俺はこっちの胸の大きい獣人の子だわ」
「じゃあ、俺は美人のエルフな!」
「おねーさんは邪魔だから、あっち行っててよ」
そんな感じで、見事にガイラさんはスルーされ、若者達がアイニやフィルデとエーシャ達に声を掛けようとする。
無論、彼らがガイラさんの逆鱗に触れたのは言うまでもなかった。




