80 おまけ 温泉へ行こう・1
「ねえねえ、クラタん! あっち行ってみるにゃ!」
「あんまり引っ張らないでくれよ」
「早くしないと無くなっちゃうにゃ!」
「いやいや、無くならないし、逃げないから……」
「時間は有限にゃ!」
「お、おう……」
俺は今、北地区と南地区の堺に位置するケンベルナの温泉街に来ている。
そんでもって、浴衣姿のミユに腕を取られながら、温泉街の中を色々と巡っている最中なのだ。
どうしてこんな状況になっているかと言うと、あれは数日前の事だった。
その日はリグミナの回復薬の納品に付き合うため、冒険者ギルドに行ったのである。
納品を無事に済ませて代金の計算を待っている間、軽食が食べられるイートインスペースでリグミナとお茶をしていた。
すると、突然リグミナが変な事を言い出したのだ。
「ソウジ! 私も温泉行きたい!」
「どうした? 温泉に行きたいなら、勝手に行けばいいじゃないか」
「…………」
「なんだよ、その顔は」
「いや、あまりにも最低だなーって思ったのよ。ソウジが恋愛に向かないのを今さら理解したわ」
「やかましいわ。そんで、俺に何をしろと? 金は自分で稼いだのがあるだろうよ」
「あのねえ、女の子がどこか行きたいって言ったら、連れて行ってくれるのが普通じゃない?」
俺が子供の頃、テレビとかでアッシー君とか呼ばれる、車を出す男の事を紹介していた記憶がある。
食事をおごってくれる男がメッシー君だっけ。
プレゼントをしてくれるミツグ君とかいたな。
リグミナは、俺にそのアッシー君とやらになれと言ってるのか?
百歩譲って、こいつが普通の女の子なら理解できなくもない。
だが、こいつは一応女神だ。
そんな奴に、普通の女の子みたいな扱いを要求されても困るだけなのだが。
「俺に、お前を温泉に連れて行く理由があるのか?」
「……え? 本気でそれ言ってるの? 私みたいな可愛い女神がお願いしてるのよ? 普通は二つ返事でOKしてくれない?」
「逆に聞くけどさ、自分で可愛い女神とか言ってて虚しくならないか?」
「ムッキー!! 本当ムカつく!! ソウジってば、ミユちゃんとくっついてから、凄い塩対応よね!! もっと周囲の女の子に優しくしてよ!!」
「悪いな。俺はハーレム主人公じゃないんだ。あちこちの女の子に手を出す余裕も無いんだよ。一応断っておくが、塩対応はお前だけだからな」
「はあ? なんでよ!? 私の事を大切にするのが義務なの分かってる?!」
そういうところだぞー。
こいつとも色々あってから、互いに遠慮が無くなったとも言う。
そして、今みたいなやり取りは一種のコミュニケーションだったりもする。
互いに分かっててやる茶番のようなものだ。周囲も慣れたのか、特に気にする者はいない。
ごく稀に、俺達を知らない新人冒険者が慌てて止めに入ってくるも、ベテラン冒険者達に止められるのがお約束となっている。
「義務とかそんな事はどうでもいいけどさ、なんでまた温泉に行きたいんだ?」
「今のをどうでもいいって言うの!? ……まあ、いいわ。ほら、前にソウジ達が温泉街に行った話をしてたじゃない。それを聞いて、私も行きたくなったの」
「なら、行けばいいじゃないか」
「本当にソウジって、空気が読めないわね!! 私は家族みんなで行きたいって言ってるの!!」
「だったら、最初からそう言ってくれよ。言葉にしないと伝わらない事ってあるぞ」
「何をカッコつけて言ってるのよ。ちゃんと毎日ミユちゃんに愛してるって、言ってるの? 言葉にしないと伝わらないわよ?」
「ぐぬぬぬ……」
今日はやり返されてしまった。リグミナの勝ち誇った顔が無性に腹立つな。
周囲の冒険者達も、リグミナに惜しみない拍手を送っているし。
ここに俺の味方はいないのか。
「まあ、みんなで行くのは悪くないけどさ、仕事はどうするんだよ? 自由業の俺やエーシャとかはともかく、アイニとルネイアナはギルドの職員だろ? 同時に休暇は取れるのか?」
前の世界での職場は、有給を取るの気を使ったものだ。
平日に連休を取りたいなんて言った日には、針のむしろだった。
誕生日休暇とかが存在する企業で働きたかったぜ……。
「話は聞かせてもらいました!!」
いきなり割り込んできたのは、ギルドの制服姿のアイニだ。
君は仕事中じゃないのか?
「何がなんでも休暇をもぎ取って、私も温泉に行きたいです!!」
周囲の男どもが凄い形相で俺を睨んでくるのだが、俺にどうしろと。
素直にアイニにアプローチをすればいいのにと、いつも思うのだが、果敢にアプローチしても断られて撃沈するのがオチらしい。
「ふーん? 温泉とかいいわね~。ソウ君と一緒に混浴しちゃおうかな~?」
続いて現れたのは、同じく受付嬢のルネイアナだ。
こいつは普段から問題発言ばかりしてくるので、俺に向けられる殺気が半端ない。
「二人も一緒に温泉行きたいわよね?」
「はい! 是非ご一緒させてください!」
「ソウ君を独り占めしたいところだけど、みんなと一緒も楽しそうよね~」
勝手に盛り上がる女子三人。
俺に向けられる嫉妬と殺気は、どこまでも増していく。もう慣れたけど。
「盛り上がるのはいいけどさ、二人は仕事があるだろ」
「ふふ~ん♪ 心配ご無用なの~。実は丁度、ケンベルナの街への出張があるの~。私とアイニちゃんが担当すれば、温泉に行けるよね~?」
なんとまあ、ご都合主義である。
思わず呆れてると、アイニがクエスト依頼票を持ってきた。
「ギルド職員のケンベルナの街までの護衛というクエストがあるのですよ」
周囲の冒険者達が『その手があったか!!』みたいな顔をして、ガタっと席から立ち上がった。
どうせつまらない仕事だと思って、無視してたのだろうな。
ちなみにだが、地竜のガイラさんが掘ったダンジョンは大陸中を巡っていて、仕組みは不明だが、途中の転移部屋から別の転移部屋に移動できるのだ。
なので、大陸間の移動時間は大幅に短縮されたのである。
もっとも、ダンジョン内は魔物が出るので、誰でも利用できるものではない。
そこで、護衛として冒険者の出番となるわけだ。
「じゃあ、決まりね! ソウジも早く準備しなさいよ!」
「落ち着けっての。ミユやフィルデとかにも聞かないと駄目だろ──」
「アタシはOKにゃ!」
「ソウジ様とまた温泉に行けるなんて、感激です!」
……君達、今までどこにいたのかな。
「えっと、ほらエーシャとマナシエにも──」
「え? おとうさんは、私が行かないと思っていたのですか?」
「温泉……楽しみです!」
……だから、君達はどこにいたのかな。
「後はガイラさ──」
「そうか。ソウジは我と混浴が楽しみなのだな」
この人達、怖いんだけど……。
「わ、分かった。みんなで行こうな……」
そんな俺の背後に近づく二人の影。
新手の刺客か!?
「ふふふ。ソウジさんは私の事をお忘れですか?」
「あっし達もご一緒しますぜ!」
本当にどこから湧いてきたんだよ!?
奴隷商のアルジットと、情報屋のトルゲまで現れたのだが。
「人材派遣業も起動に乗りましたし、新たな開拓先の調査や新規事業を考えてるのですよ」
「あっしは、アルジットの旦那の補佐ですね」
それなら、この二人が同行しても問題はないか。
どうせ人数が増えるなら、新婚のギルデオとヴァネリーも誘ってやるとしよう。




