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8 分割払いは受け付けているのか?

 保護したマナシエを引き取ろうとしたら、いきなり断られてしまった。

 奴隷なのだから、むしろ買い取ってもらった方が奴隷商としては嬉しいんじゃないのか?

 まさか、既に売約済みだったとか!?



「旦那、旦那! 今のはマズいですぜ」


 隣に立っていた情報屋のオヤジが小声で話しかけてきたので、俺も小声で返す。


「何がマズいんだ?」


「あのアルジットの旦那は、奴隷を『商品』として大切に扱ってる珍しい人でしてね。多分、クラタの旦那が『愛玩用』に身請けしようと思われたんじゃないですかね? そういう奴隷を使い潰すような扱いをする客には売らない人なんですよ」


 ……俺はそこまで変態少女愛好者だと思われているのだろうか。

 地味にへこむのだが。

 しかし、奴隷商人としては奴隷の扱いが随分とまともに思えるな。



「あ、いや、俺はそういう目的で身請けしたいって訳じゃないんだ」


 慌ててつくろってみるが、少し演技臭かったかな。

 俺の芋芝居を見て、アルジットが呆れ気味に笑う。


「ほう。それでしたら、どういった理由であの少女奴隷を欲するのですか?」


「うちの同居人の女が、あの子をいたく気に入ってしまいましてね。娘のように可愛がって手放したくないって言うもので……」


 情報屋のオヤジにもした説明をする。

 あくまでも、俺じゃなくて女が気に入ったというところが重要である。


「本当にそんな女性がいるのですか? 仮にいたとしても、どのような関係なのでしょうか? たまにいるのですが、若い恋人にペットが欲しいとねだられて奴隷を買いに来るカップルとか……」


 アルジットはそう言いながら、俺の隣で縮こまっているミユに視線を向ける。

 なんか色々と勘違いされてるっぽいなー。


「あー、こいつは……」


「違うにゃ! リグミナはそんな事言わないにゃ! マナシエの事を本当に可愛がってるにゃ!」


 ミユの事を説明しようとしたら、なんかいきなりキレてるし。


「おや? あなたはクラタさんの恋人では無いのですか?」


 おい、いきなり何を言いやがる。


「こ、恋人じゃないにゃ! そ、その……愛人にゃ! クラタんにはリグミナって奥さんがいるにゃ!!」


 こいつもいきなり何を言いやがるんですかね。

 それよりも、愛人の意味が分かっているのだろうか怪しいところだ。

 情報屋のオヤジとアルジットの視線が痛いぜ……。


「……そうでしたか。愛人云々は個人の自由として触れませんが、奥方が娘のように可愛がるという事でしたら、一応は理解しました」


 なんか勘違いされたままだけど、話は良い方向に向かっているのか?


「ま、まあ、理解していただいて何よりです」


 愛人については誤解を解いておきたいが、どうもそんな事を切り出せる空気ではない。


「話を戻して、保護した奴隷を買い取りたいと」


「ええ。……それで値段はどのくらいで?」


 取り敢えず、マナシエ救出作戦は半分成功だ。

 後はきちんと手順を踏んで奴隷商から引き取れば、ミッションコンプリートである。

 これでやっと、心置きなくスローライフが始められるってもんだぜ。



「価格はこちらです」


 アルジットが示した価格を見て固まってしまった。

 リグミナのくれたスキルで瞬時に前の世界の金額に換算したのだが、一般的な年収分である。

 もっとも、奴隷の相場は分からないから一概に高いとは言えないかもだが、隣のミユは白目剥いてるし、情報屋のオヤジは無表情になってる。


「お高いと思いですか? 子供の奴隷は将来性がありますからね。上手く育てれば、これ以上稼いでくれるのでは?」


「だからって、素敵な値段ですね……」


 またもやアルジットの目が剣呑な物に変わる。


「皆さん、口では大切に育てたいとか、奴隷を助けたいとかおっしゃいますが、金額を見て黙ってしまいます。所詮はその程度の気持ちでしょう。本当に愛情があるのなら、金額には糸目をつけないのが当たり前じゃないですか?」


 正論パンチでボコボコである。

 悔しいけど、その通りなんだよな。本当に愛情があるのなら、全てを投げ打つぐらいの覚悟が必要だ。

 隣を見ると、ミユが瞳に涙を溜めて口を硬く結んでいる。

 こいつも言い返せなくて悔しいのだろう。


 だが、俺も男だ。

 マナシエに任せておけと言ったのだから、約束は守らないとな。



「分割払いは受け付けているのか?」


「クラタん!?」


 ミユが驚いて目を剥いている。

 と思ってたら、アルジットも同じ顔をしていた。


「……驚きましたね。あの金額を示せば引き下がると思いましたが、本気なのですね。いえ、試すような真似をして申し訳ありません。勿論、分割払いも可能ですよ」


 おいおい、試されてたのかよ。

 それだったら、値引きしてくれよなー。


「それはそうと、クラタさんのようなお客様は初めてですね。皆さんがクラタさんみたいな方でしたら、こちらも安心して商売ができるのですが……」


「あのさ、俺も不思議に思ったのだけど、そういうアルジットさんも奴隷商人っぽくないですよね。普通、奴隷と言ったらさっさと売って、お終いって感じだと思うのだが」


 俺が尋ねると、アルジットは肩を竦めた。


「本当は私も『奴隷』として扱いたくないんですよ。彼らは立派な労働者なのです。ですから、きちんとした雇い主のところに送り出してあげたいのです。劣悪な環境で使い捨てにされるなんて論外です。仕方なく娼館に送り出す子達だって、本人の意思を尊重しますし、受け入れる店も可能な限り、こちらで吟味させて頂いているのです」


 聞いていれば、めちゃくちゃホワイトな奴隷商人じゃないかよ。


「一つ聞きたいのだが、仮に俺がマナシエを引き渡した場合って、逃走した見せしめで……」


「ははは。私がそんな事をする訳が無いじゃないですか!」


 顔は笑っているが、目は笑っていない。むしろ、殺気まで感じるのだが。


「失礼、ただ確認したかっただけだ。それはそうと、アルジットさんのやってる事は、奴隷の取引というよりも、人材派遣とか職業紹介みたいな物なんですね」


「……人材派遣? 職業紹介? それはなんでしょうか?」


 なんか急に食いついてきたな。

 もしかして、こっちの世界ではそういった概念が無いのだろうか。

 アルジットに簡単に派遣業や職業安定所の事を説明してみた。



「そのような仕組みがあるとは盲点だった……」


 なんか凄い考え込んでるな。

 すっかり俺の存在を忘れてるみたいだ。


「ねえねえ、クラタん。なんでそんな事を知ってるにゃ?」


「そうですぜ。クラタの旦那の頭の中はどうなってるのやら……」


 ミユと情報屋のオヤジが不思議そうにしている。

 思ったより、こちらの世界と俺の元の世界とは社会の仕組みも違うのだろう。

 これは下手な事を言うと怪しまれるかもしれないな。


「あ、いや、俺の故郷ではそういった仕組みがあって──」


「それは大変に興味がありますね。クラタさん、私は是非ともあなたともっと話がしたいです!」


 なんかアルジットまでグイグイと迫ってくるのだけど!?

 オッサンに迫られても嬉しくないぞ!


「クラタさんさえ迷惑でなければ、私が直接出向いて奴隷売買の契約を結びたいのですが、如何でしょうか?」


「あ、えっと、その……」


「拒否しない事は肯定という事ですね! それでは明日にでもクラタさんの家にお伺いしましょう!」


 えー!?

 なんでそんな展開になってるんだよ!?


 よく分からんが、明日アルジットが直接出向いてくるらしい。

 俺は呆然としながら、奴隷商の館を後にしたのだった。




  ◆◆◆




「クラタの旦那、凄い事になりましたね!」


 情報屋のオヤジが嬉々としている。


「何を他人事みたいに言ってくれてるんだよ」


「まあ、実際あっしは他人ですけどね。それはそうと、滅多に表に出てこないアルジットの旦那が直接出向くと言ってるんですぜ。これは凄い事ですよ!」


「そうなのか? まあ、俺としてもマナシエの様子を直接見てもらうに越した事はないからな」


 俺がマナシエを虐待してない事をアルジットに確認してもらえれば、変に疑われる事もないだろう。


「クラタん、さっきのおじさんが明日来るんだよね? 準備とかいいにゃ?」


 そうだった。

 リグミナにも伝えて話を合わせてもらわなければ!

 ミユが適当に言ってくれたおかげで、あいつと夫婦って事になってるんだった!


「じゃあ、アタシは冒険者ギルドに行って、アイニに伝えてくるにゃー」


「あ、ちょっと待て、おい!」


 ミユが駆け出して行ってしまった。

 あいつの事だから、アイニにも大袈裟に話すんじゃなかろうか……。

 不安しかない。


「じゃあ、あっしもこの辺で」


 情報屋のオヤジも行ってしまい、途端に途方に暮れてしまった。


 まあ、ここでウダウダやってても仕方がない。

 さっさと家に帰って、マナシエを安心させてやろう。

 ついでにスライム狩りも忘れない。

 家のローンもあるし、マナシエを身請けする費用だってあるのだ。






「ただいまー」


「お帰りなさーい。どうだった?」


「お、おかえりなさい……」


 帰宅するとリグミナとマナシエが出迎えてくれた。

 いいな、こういうの。思わず泣きそうになってしまったぜ。


「奴隷商に直接会ってきた」


「え!? マジで!? やるじゃんソウジ!!」


 リグミナのやつ、俺に対してどんどん遠慮が無くなってきてるよな。


「あの、その、わたしはどうなるのでしょうか……?」


「安心しろ。マナシエはこの家にいられる事になったぞ」


 俺はそう言って、マナシエの頭を撫でてやった。

 撫でられて嬉しそうに目を細めたマナシエだったが、急に不安そうな顔になる。


「どうした?」


「クラタさん、わたしを買い取ったのですよね? その……お金は……」


「ははは。子供は気にする事じゃないぞー」


 笑って誤魔化してみたが、リグミナがジト目で俺を見つめているのだった。

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