71 ひとっ風呂浴びたい気分ですね!
どうにか無事に朝を迎える事ができたようだ。
俺が手を出さなかったので、ミユ達は不満そうであったが、俺は無節操にするタイプじゃないんだよ。
ルネイアナには無節操にされてしまったがな。
それはさておき、体が軽いのなんの。なんだか若返った気分だ。
心なしか、肌の張りも良くなっている。妖狐の煎餅の効果は恐るべし。
「ソウジ様、何やら気迫が漲っていますね。どうですか? 朝食後の腹ごなしで手合わせを一つ」
フィルデが相手か。
相手にとって不足なしと言いたいところだけど、実際は胸を借りる事になるだろう。
あの大きな胸を借りるのか……などと、不埒な事を考えてはいけない。
「分かった。宿を出てからやろう」
「ありがとうございます!」
尻尾をブンブンと振って、わんこアピールが凄い。
何がそんなに嬉しいのやら。
宿の朝食は質素でいて豪華だった。
矛盾しているように思えるが、それを上手く調和させているのは流石である。
白米がとにかく上手い。味噌汁の他、梅干しに納豆やら豆腐に海苔まで至れり尽くせりなのだ。
これらはイヅナ国からわざわざ運んでいるらしい。
運搬費用だけで相当な額になると思うのだが、秘密の方法があるとか。
恐らくだが、転移魔法陣か転移の鏡を利用しているのだろう。
朝食を終え、後ろ髪を引かれる思いで宿を後にする。
もう二、三日泊まりたかったけど、流石に金額がな。ギルドもそこまで出してくれないだろう。
女将にお礼を言って宿を出ようとしたら、呼び止められる。
「お客様は妖狐の力を身に宿されましたね。人間の方で妖狐の力を持たれた方は、私が知る限りで、お客様が二人目です。どうか、今後とも妖狐との縁を大切になさってください」
「分かったよ。せっかくの縁を俺も大切にしたいと思う」
「ありがとうございます」
あの煎餅って、そんな凄かったのかよ。
今更ながら、ちょっと怖くなってきたのは秘密である。
妖狐達に見送られながら、少し開けた場所にやってきた。
「じゃあ、この辺で手合わせをするか」
「はい」
俺とフィルデが対峙すると、エーシャが二振りの木剣を投げて寄越した。
「練習用の木剣ですよ。当たっても大怪我はしませんが、少し痛いかもしれません」
「ありがたく使わせてもらうぞ」
「お気遣い痛み入ります」
流石に俺のミスリスソードとフィルデの爪剣でやりあったら、大怪我では済まないだろう。
「じゃあ、アタシは審判をするにゃ。双方、構えて──」
ミユの合図で互いに斬りかかる。
まずは木剣を打ち合って様子見としよう。
これは……!!
フィルデの太刀筋が見えるのだ。振りかぶり、横薙ぎで払い、突いてきたりと多彩な攻撃だが、その全てを目で追える!
「……くっ! ソウジ様が私の攻撃を見切っているですと!?」
「よく分からないが、そうみたいだな」
これが妖狐の力を身に宿すという事なのだろうか。
とんでもない力だ。これなら、ガイラさんといい勝負ができるかもしれないぞ。
などと考えていたが、現実はそう甘くなかった。
「お覚悟!!」
「ぐほぉ!!」
フィルデの攻撃を胴にもろに食らって悶絶する。
骨は折れていないだろうが、めちゃくちゃ痛い。
「ソウジ様、すみません!! 手加減する余裕がなくて……」
「いつつつ、それだけフィルデを追い詰める事ができたって事かな?」
「はい。この調子なら、私より強くなれますよ!!」
「それは光栄だ」
取り敢えず、強くなる事よりダメージを回復させたい。
「じゃあ、今度はアタシが相手にゃ!! クラタんを鍛えるにゃ!!」
「その次は私ですね。強くして、頼り甲斐のあるおとうさんに改造します」
この後、めちゃくちゃ鍛えられた。
「あのさあ、宿を出たばかりで土まみれにされるとか笑えないんだが……」
三人娘と戦って、何度地面に転がされた事やら。
もっとも、俺も三人娘に何度か土をつけてやったけどさ。
「えへへへ。すっかり汚れたにゃ」
「ソウジ様、ひとっ風呂浴びたい気分ですね!」
「せっかくなので、汗を流しに公衆温泉に行きましょうか」
宿を出てすぐに公衆温泉に行くとか意味が分からない。
さっぱりした後は再びギルドを訪ねた。
全て用が済んだので、後は報酬を受け取って我が家に帰るだけだ。
ギルマスのミリアム女史に挨拶をするため、執務室へお邪魔する。
「クラタ殿達は、もうケンベルナの町を発ってしまうのか?」
「ええ。最高級の宿も堪能させてもらいましたし、残してきた家族もいますので」
「そうか……。せめて報酬が中央の町から振り込まれるまでと思ったのだが」
「ここのギルドでは受け取れないのですか?」
「すまないな。今回は南地区から越境してきた盗賊なので、領主同士での色々な取り決めがあるらしいのだ」
うわ、なんか面倒事になりそうだな。
これで揉めて報酬の支払いが保留となったら目も当てられないぞ。
「少ないが、我がギルドで支払えるだけの報酬は出そう。残りは後日となるが、容赦して欲しい」
「あ、いえ、ミリアムさんが頭を下げる事じゃないですって。あなただって、お偉いさんに振り回されてる被害者なのですから」
「理解してくれて助かるよ」
どこの世界も中間管理職ってのは大変だな。
そんな事を考えてると、エーシャが袖を引っ張ってきた。
「どうした?」
「南地区の領主が報酬を出し渋ったら、姉さんに頼んで息子のナマクラを脅しましょう」
「怖い事を考えるな!?」
「お金は大事ですよ?」
「そりゃそうだが……」
まったく、物騒な事を考えるものだ。
それをガイラさんが普通にやってしまうのが目に浮かぶ。
「ミリアムさん、報酬はセービルの町のギルドに振り込むように手配をお願いします」
「分かった。そうさせていただこう。……ところで、一つクラタ殿にお願いしたい事があってな」
「なんでしょう?」
「この手紙をニドアールに渡してくれ。この前の返事だ」
「分かりました。俺が責任をもって渡します」
「頼んだぞ」
こうして、俺達はケンベルナの町を出発する事になった。
町の門にはミリアムさんを始め、冒険者達が見送りに来てくれている。
あの四人組もブンブンと手を振っていた。
救出したお嬢さん達の姿も見える。
冒険者だった獣人の子が駆け寄ってきて、ミユと抱き合って別れを惜しむ。
険悪な感じになったと聞いて、最初はどうなるかと思ったけど、仲良くなってくれて良かった。
妖狐の皆さんまで、わざわざ見送りにきてくれているよ。
女将達に手を振り返す。今度はみんなを連れて泊まりに行くとしよう。
短い間だったけど、俺達の今回の冒険はこれで幕を閉じた。
我が家に戻ったら、誰がなんと言おうが全力でスローライフを目指すつもりだ。
冒険なんて当分はご遠慮したい。
そんなこんなで、途中経過を省いて懐かしのセービルの町へ帰還である。
これでようやく我が家でゆっくりできるぞ。
しかし、帰りも魔導力車で帰る事になるとは思わなかったよ。
エーシャは、転移を使わずにのんびり帰るのも旅の醍醐味とか言い出すし……。
「おとうさん、冒険者ギルドに寄るのを忘れていませんよね?」
「面倒くさいなあ。そんなの一旦家に帰ってからでいいだろうよ」
「そうはいきませんよ。報告しないと報酬をもらう権利がなくなりますよ!」
「それは困る。そういえば、ミリアムさんから預かった手紙もあるんだよな……」
「じゃあ、私達は一足お先におとうさんの家に戻ってますね! ミユさん、フィルデさん、行きましょう」
「クラタん、後でにゃー」
「ソウジ様の戻る場所を整えるのも、私の仕事ですから!」
あいつら、面倒な事を全部俺に押し付けやがった……。
色んな意味で開き直ってるなあ。
嫌々ながらもギルドへ顔を出す。
今日も暇を持て余した冒険者達がたむろってるだろうなと思いきや、ギルド内は活気に溢れている。
面食らってると、俺に気づいたアイニが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、クラタさん! 無事に帰ってきてくれて良かったです!」
「ただいま。ところで、この状況はどうしたんだ?」
「それがですね、各地区の領主の元に突然ドラゴンが現れて警告したそうなのです。近い将来、各地の洞窟から魔物がやってくると」
残念ながら、それは全部ガイラさんの仕業である。
「それで、すぐに各ギルド支部へ魔物の襲撃に備えろとの通達があったのですよ」
「だから、この賑わいなんだな」
「はい。既に先行して小型の魔物も現れているみたいです。討伐に向かったパーティーから魂の向上と上質の素材を回収したとの報告を聞いて、皆さんがやる気を出しているところなのです」
レベルアップと報酬の話を聞いたら、俄然やる気も出るだろう。
「俺達が留守にしている間、他に変わった事は無かったか?」
「ええっと、クラタさんの新居が完成しましたよ。実は既に私とルネイアナさんも入居させていただいております」
おおう、家主が留守中に完成してる上に、もう住み着いてるとは……。
「本当はクラタさんの許可を得てからと思ったのですが、ルネイアナさんが大丈夫だって言い張るので……」
まあ、あいつには色々な意味で世話になったから文句は言えない。
当のルネイアナは、愛想を振りまいて受付嬢をやってるので感心するな。
今ではギルドの人気受付嬢なのだが、その正体は夢魔で金髪碧眼の美女に化けているのだ。
ルネイアナは俺に気づいてウインクしてきやがるし。
それを見てアイニが不満げに頬を膨らませている。アイニも可愛いらしいけど、ルネイアナの色気にはまだまだ敵わないだろう。
「そうだ。ギルマスに報告するので、一緒に来てくれないか?」
「分かりました。ご案内しますね」
アイニはすぐに気を取り直して、ギルマスの執務室へ向かう。
「ギルドマスター、クラタさんが帰還されました」
「うむ、入ってくれ」
ニドアールはどこかソワソワしている。
多分だけど、返事の手紙を待っているのだろうな。
「クラタソウジ、ただいま帰還した」
「よくぞ無事に帰ってきてくれた。積もる話もあるだろうが、まずは討伐の報告を頼む」
「盗賊団自体は無事に討伐した。詳細は後程レポートにして提出するよ」
「そうか! それは良かった。……それで、手紙の返事は?」
「心配しなくても受け取っているよ。ほら」
「おお、流石はクラタ殿だ!!」
ギルマスがいてもたってもいられないといった感じで、手紙の封を開けて読み出す。
その間にアイニがお茶の準備を済ませて退室して行った。大変に空気が読める子である。
一方、ギルマスはというと、手紙を読む顔がにやけていて大変に気味が悪い。
「何かいい事が書いてありますかね?」
「あ、ああ。これは良い……返事なのかな?」
「ミリアムさんと一緒になろうって、伝えたんだよな?」
「何故それを知っている!?」
「勝手に手紙を読んでないぞ。ミリアムさんが教えてくれたんだよ」
「そ、そうか……。ミリアムからの返事は、もう少し待ってくれだそうだ。もしかしたら、遠回しに断られているのだろうか」
「それは考えすぎだろう。向こうだって、仕事の引継ぎとか色々あるんじゃないか? その間に、ギルマスは身の回りを整理しておいた方がいいと思うぞ」
「確かにクラタ殿の言う通りだな! 秘蔵の本や画集とか見つかったらマズい!!」
いい年のおっさんが中高生みたいな事を言ってるんじゃないよ。
それはそうと、どんな本なのか非常に興味があるのは秘密だ。




