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7 ようこそ、お客人

「任せろって、ソウジは何か考えがあるの?」


 なんか偉そうにリグミナが聞いてくる。

 というか、もう呼び捨てかよ。

 お互い様だけどさ。


「まあ、そういった奴隷絡みの情報を教えてくれそうな心当たりがある」


 先程の朝市で会ったネズミの情報屋である。

 トラブル解決のお手伝いも請け負うみたいな事を言っていたので、相談してみる価値はあると思うのだ。

 不安そうに俺を見上げるマナシエの頭を撫でてやる。


「そんな顔をするなよ、マナシエ。きっと大丈夫だ」


「は、はい……」


 すると、アイニとミユが真面目な顔で迫ってきた。


「まさかとは思いますけど、奴隷商に戦いを挑むとか考えていませんよね!?」


「クラタん、いくらなんでも命知らずにゃ!」


「おいおい、俺だってそんな馬鹿な真似はしないっての」


 それは最強主人公の仕事で、俺がすべき事ではない。

 そもそもが、いち奴隷商を壊滅させたところで、この世界から奴隷制度が消える訳ではないだろう。



「それなら良いのですが、実際は奴隷がいなくなると、生活が成り立たなくなる人もいるのですよ……」


「それはどういう事だ? アイニ」


「このセービルの町で奴隷の売買は禁止されていますが、それは建前だという事をお話ししましたよね?」


「ああ」


「実際のところ、犯罪を犯して奴隷になった者は別として、金銭的な理由で奴隷になった者は貴重な労働力なのですよ。元々はなんらかの職に就いていた者ばかりで、それを労働力として欲している人達も多くいるという事です」


「必要悪って事か……」


「はい」


 俺達の横でミユが首をかしげている。


「それって、なんなのにゃ?」


「本当はよくないんだけど、必要なものって事よ」


「へえ、勉強になったにゃ!」


 リグミナのやつ、ミユにも懐かれてすっかりお姉さん気取りになってるな。

 マナシエにも尊敬の眼差しを送られているだとう!? 羨ましいぞ!!

 俺も尊敬されてチヤホヤされたい!!


 それはさておき。取り敢えずこの場は一旦お開きとした。

 アイニはギルド受付の仕事を放り出してきた事を思い出して、真っ青になっているが俺は悪くないよな。



「リグミナ、悪いけど留守番を頼む」


「分かってるわよ。早いところ問題を片付けてきてよね?」


「無茶言うなって」


 俺達の気安いやり取りを見ていたアイニとミユが不思議そうな顔をしている。


「どうした?」


「あ、いえ、お二人は本当にただの親戚なのかなって……」


「なんか息も合ってるし、やっぱり夫婦にゃ?」


「んな訳ない!」


「そんな訳ないでしょ!」


 思いっきり被った。

 そしてなんか気まずい。


「ほら、アイニも仕事があるだろ! ミユも遊んでないでギルドに行くぞ!!」


 そう言って、俺はさっさと家を後にしたのだった。




 冒険者ギルドに戻ったアイニが同僚らしき女性に怒られているのを横目に、先程狩ったスライムの魔石を換金する。

 準備を整えて朝市の通りに向かおうとすると、ミユがくっついてきた。


「アタシも一緒に行くにゃ!」


「いや、お前は普通にクエスト受けて来いよ。生活がそんなに楽じゃないんだろ?」


「それはそうだけど、アタシもマナシエを助けたいにゃ!」


「お、お前……」


「それにいざとなったら、一緒に住んでいいよってリグミナが言ってたにゃ!」


 こんちくしょう! 家主の俺に黙って勝手に同居人を増やしてるんじゃねえよ!!

 一瞬でも感動しかけた俺の気持ちを返してくれ!!


 そんなこんなで、朝市の通りにやってきた。

 既に店仕舞いを始めている屋台もあって、賑やかさは大分減っている。



「クラタん、どこに行くにゃ?」


「あそこだ。あの屋台に用事がある」


 先程と同じように、怪しげな笑みを浮かべたネズミ獣人のオヤジが店番をしている。


「おや、旦那。さっきぶりですねぇ。それはそうと、こんな可愛いお嬢さんを連れ回してるなんて、やっぱりいけない事を……」


「冗談はやめろ。それよりも頼みたい事がある」


 俺が冷やかしで来た訳じゃない事を感じたオヤジは薄ら笑いを引っ込める。


「……どんな事をご所望で?」


 俺の隣では『可愛いお嬢さんって言われたにゃー!』と言って悶えてるのがいるが、放置しておこう。



「実はな、奴隷の少女を保護した」


「ほほう! 流石は旦那ですね。只者じゃないと思っていましたですぜ。それで、奴隷商との繋ぎをあっしに?」


 驚きで目を丸くしたオヤジが、すぐに商売人の顔になって手を擦り合わせている。


「別に奴隷の子を引き渡す訳じゃない」


「買い取りたいと? 旦那、こんな可愛いお嬢さんを連れ回すだけでは飽き足らないのですかい? 少女趣味も程々にした方がいいですぜ?」


「お前、俺をなんだと思ってるんだ?」


「少女愛好趣味をこじらせた変態中年?」


「……殺すぞ」


「冗談ですってば! その物騒な刃物をしまってくださいって!!」


 まったく、そんなに俺はロリコンに見えるのだろうか。

 地味にショックだぞ……。

 まあ、オッサンが娘でもない少女を連れ回していたら、そんな目で見られても仕方ないのだろう。

 って、今はそれどころじゃない。



「買い取りたいのは事実だが、同居人の女が奴隷の子をいたく気に入ってしまってな。まるで娘みたいに可愛がって、手放したくないって言うんだよ」


 少しばかり話を盛った。

 俺が気に入って手放したくないなんて言ったら、とんでもない事になりそうだからな。


「そういう事でしたら、この情報屋トルゲ商会にお任せを! 旦那に奴隷商を紹介しますぜ。あ、商会と紹介を掛けた訳じゃないですから!」


「誰もそんな事を聞いてねえよ。それよりも商会なのか? 御大層な名前と比べて随分と規模が小さいのだが……」


「あー、それなんですが、北の大陸で裏稼業をやっていたご先祖が立ち上げた情報屋でしてね。その名前を引き継いでるんですよ。そのご先祖ですけど、勇者の仲間をしていたってエルフと仲が良かったそうで──」


「無駄話は今度聞いてやるから、早く奴隷商を紹介してくれ」


 このままだと、何時間も喋り続けそうな勢いである。

 それを遮って先を促す。


「へへっ、失礼しやした。まずは情報料を先払いで……」


「まったく、ちゃっかりしてやがる」


「毎度! こういう稼業をやってると、取りっぱぐれる事も多いんでしてね」


「じゃあ、案内を頼むぞ」


「お任せを!」


 オヤジの後をついて行くと、後ろの方から『クラタん待ってー! アタシを捨てないでにゃー!!』って叫び声が聞こえてきた。

 誤解を招く事を言わないでもらえるかな。


「旦那……」


「違うって言ってるだろ」


 本当に勘弁してくれ。




 それからしばらくして、治安の悪そうな裏通りに入るなり、ミユが腕に抱きついてきた。


「おい、離れろよ」


「嫌にゃ! こんな怖い場所で一人にしないでにゃ!」


「だったら、最初からついてくるなよ……」


 かと言って、こんな場所でミユを放り出す訳にもいかない。

 実際、ゴロツキみたいな男達がミユをなめ回すように見ているのだ。

 ミユも美少女の部類に入るだろうから、どうしても男達の目を惹いてしまう。


「旦那、あっしから離れないでくださいね」


「ああ」


 こんな場所は案内人でもいなければ、俺だって近づきたくない。

 そんな事を考えていると、如何にも怪しい建物に到着した。

 そのドアをオヤジが六回ノックすると、ドアの小窓が開いて門番らしき男の声が聞こえてくる。


「……納豆」


「ねばねば」


「……よし、入れ」


 今のは合言葉だったのだろうか。

 深く考えてはいけないな。

 オヤジが門番に何か話すと、門番はこちらに向かって手招きをする。

 ミユの俺の腕に抱きつく力が増すのを感じながら中へ入ると、そのまま応接間らしき部屋の前に案内された。


 門番の男が先に部屋に入り、しばらくすると出てきた。


「旦那様がお会いになるそうです。武器や持ち物をお預かりさせていただきます」


 用心深いなと思ったが、こんな仕事をしてるんじゃ、用心するに越したことは無いか。

 素直にショートソードとアイテム袋の鞄を門番に手渡す。

 アイテム袋は俺以外には使えないから、万が一盗まれても悪用される事は無いだろう。

 ミユも短剣と小さな背負い鞄を渡していた。


 そうして応接間に入ると、建物の外観とのギャップに驚かされた。

 座り心地の良さそうなソファーに大木から切り出されたであろう、一枚板のテーブル。

 豪華な調度品にシャンデリア。ここはどこかのお屋敷ですかね。

 ミユも部屋を見まわしてポカンとしている。

 確実なのは、奴隷商は儲かるって事だろう。それを考えると複雑な気分になった。



「ようこそ、お客人」


 俺達を出迎えてくれたのは、褐色肌で口髭が特徴的な男だ。

 年齢的には俺と同世代ぐらいか、少し上だろうか。

 前の世界での砂漠地方に住む民を彷彿させるような風貌である。


「まずは掛けてください」


 男に勧められるまま、ソファーに腰掛ける。

 見た目通りに座り心地がいい。うちにもこのソファー欲しいな。

 俺の隣にミユが遠慮がちに腰を下ろすが、情報屋のオヤジは横で立ったままだ。


「私はアルジットと申します。今日は珍しいお客人に会えて嬉しいです」


「俺はクラタソウジ。急な訪問に対応していただき、感謝します」


「ア、アタシはミユにゃ……」


 しまったな。

 こういう時は何か手土産の一つでも持参した方が良かったかな。


「さて、挨拶も済ませましたし、単刀直入に用件を窺いましょうか」


 アルジットと名乗った男が不敵に微笑む。

 この時点で、この男のプレッシャーに負けそうである。

 俺なんかより、余程に場数を踏んできたであろう。

 まさに海千山千といったところだろうか。


「クラタん……」


 ミユが不安そうな顔で俺を見つめる。

 そうだ。俺がここで雰囲気に飲まれてはいけない。

 マナシエを救わねばならないのだ。

 自分の中で気合を入れ直し、居住まいを正す。



「昨日、奴隷の少女を保護しましてね」


「ほう。丁度うちから一人逃げ出したところだったのですよ!」


 既にその情報はオヤジから伝わっているだろうが、わざとらしく驚いて見せる。

 その芝居がかった態度に少しイラっとするも、平常心を保つ。

 相手に主導権を握らせないって手法なのだろう。

 案の定、俺の態度が何も変わらないと見るなり、アルジットはわざとらしい笑みを隠した。


「……それで、謝礼金がいくら欲しいのですか?」


 随分と単刀直入に聞いてくるな。


「いえ、奴隷の子を買い取りたいのですが」


「逃げた少女の奴隷を買い取りたいと」


 俺の返答を聞いた途端にアルジットの目つきが剣呑な物に変わった。

 何か怒らせるような事を言ったのだろうか。

 背後に控えている護衛の男達が落ち着かない様子だ。

 ミユも硬直してしまっている。


「ええ。奴隷は売り物でしょう?」


「……失礼ですが、お客人にはお売りできません。今日の所はお引き取りを。後日、保護した奴隷を迎えに上がらせます」


 いきなり断られた!?

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