64 俺と本物の家族になろう
エーシャの母親は、なんだか凄い人だったな。
そう思っていると、当のエーシャが釈然としない表情でつぶやいた。
「ミユさんとフィルデさんには戦いのアドバイスをしておいて、私にはしてくれないなんて、母さんはひどいです」
「その事なんだけどな、エーシャの母親にアドバイスを俺から伝えてくれって言われたんだよな……」
「おとうさんにですか……?」
「クラタん、どういう事にゃ?」
「ソウジ様はエーシャ殿の母君にも信頼されているのですね!」
「いや、そんな特別な理由じゃないよ。母親の自分が直接言うと受け入れてくれないからだってさ」
「そう……ですか。それで、どんな事を言っていたのですか?」
「エーシャの母親が言うには、『お前が風魔法以外を使った時点で負けが決まっていた』だそうだ」
いくらなんでも厳しいだろう。
相手は格上なのに、攻撃方法を縛られたらどうしようもないと思うのだが。
それ以前に、あの母親は魔法すら使ってなかったよな。
話を聞いてエーシャは怒るかと思ったが、力なく微笑んでいる。
「確かにそうですね。私も修行が足りないという事ですか……」
「怒らないのか? 随分と無茶なアドバイスだと思うが」
「母さんに直接言われていたら、反発していたでしょうね。おとうさんを通して言われたら、まあまあ冷静に受け入れられます」
親子関係って難しいな。
一方、フィルデは瞳を輝かせながらエーシャを見ている。
「エーシャ殿は母君と仲が良くて羨ましいです。私は母と仲こそ悪くはありませんでしたが、里にはもう戻れないので、少しばかり恋しくなりました」
「それでしたら、今回の件が片付いた後にフィルデさんの里帰りをしてみません?」
「エーシャ殿、無理を言わないでください。孤狼族は里から出たら帰れないのです」
「そんなの誰が決めたのですか? フィルデさんの集落では強さこそ正義と聞きます。文句を言う人達がいたら、ぶっ飛ばせばいいじゃないですか」
エーシャも今回の事で思う事があるのか、中々攻めた発言をしている。
フィルデも段々とその気になってるみたいで、表情が変わってきた。
「……そうですね。文句を言う人達が立ち塞がったら、殴り飛ばせばいいのですね! それが父だろうが義兄だろうが無関係の隣のおじさんだろうが、拳で黙らします!!」
いや、無関係の隣のおじさんを殴ったら可哀想だろ……。
「その意気ですよ。微力ながら、私もお手伝いしようと思います」
「それは心強いです!!」
この子達、こんなに好戦的だったかなあ。
よくも悪くも、強烈なインパクトを残したエーシャの母親に影響を受けてしまったのだろう。
そんな事を考えていると、意気投合する二人をミユが黙って見つめているのに気づいた。
その彼女の姿が一瞬とても儚く見えた気がする。
「……ミユ、どうした?」
「なんでもないにゃ」
「なんでもないって顔じゃないだろう? 悩みがあるなら言ってくれ。力になるぞ」
俺がそう伝えると、ミユが力なく微笑んだ。
「アタシ、親の顔を知らないから、あの二人が羨ましいにゃ……」
なんて事だ!
こんな大事な事を忘れていたなんて、自分が情けなくなってくる。
だからと言って、あの二人に無神経だから黙ってくれなんて言える訳がない。
俺がもっと早くに気づいて、フォローしておくべきだった。
「……あのさ、前にも言ったけど、ミユさえ良ければ俺が父親代わりになるから」
「クラタん、ありがとう……」
再びミユが力なく微笑む。
恐らくだが、本当にミユが欲している言葉ではないのだろう。
ミユが本当に欲しい言葉は分かっているつもりだ。
今までミユの好意に気づかない振りをしていたが、このまま逃げ続けるのも卑怯だと思う。
だけど、おっさんの俺が娘みたいな歳の女の子に、こんな事を言ってもいいのだろうか……。
ええい、ままよ!
後悔するなら言ってからだ!
「ミユ、俺と本物の家族になろう」
「家族……?」
「ああそうだ。『ごっこ』ではなく、ちゃんとした家族だ」
「それって、それって……!!」
ミユが食い気味に迫ってくるのと同時にエーシャとフィルデがやってきた。
「おとうさん、ミユさん! 今度はフィルデさんの生まれ故郷に行きましょう!」
「私は里で最強になって、自由に家族に会えるようにしたいです!!」
なんてタイミングが悪いんだ。
話の腰を折られて、話の続きができなくなった。
「ミユ、この話はまた今度な」
「う、うん……」
物凄くガッカリした様子だけど、テンションが高い二人を前に続けられる話ではない。
その二人が不思議そうに首をかしげる。
「おや? 何か重要な話をしていたのですか?」
「シリアスな空気を邪魔して、申し訳ありません!!」
君達、普段は妙に勘が鋭いくせに、今日に限ってなんでそんなに鈍感なんだよ。
あきれて物が言えない。
「……いや、あいつらをどうしようかって話をしてたんだよ」
咄嗟に誤魔化してしまったが、実際問題どうにかしないといけない事が目の前に転がっていた。
エーシャの母親達がぶっ飛ばしたロヴェン達だ。
しかも手下どももいる。こいつらをまとめてケンベルナの町に連れて行くなんて無理だろう。
だからと言って、この場所に放置もできない。
現実的な話、どこかに閉じ込めておいて、町から人を呼ぶしかない。
それはそうと、なんでロヴェンとオーグとガリベンの三人は亀甲縛りなんだろうな。
「く、くそ……! この私がこんな縄如きに……!!」
「俺の力でも千切れないなんて、どんな素材の縄なんだ!?」
「うっぷぷぷ……縄が……縄が……ボクちんのボクちんに食い込んで……」
約一名、変な場所に縄が食い込んでるらしく、新たな趣味に目覚めてるっぽいが見なかった事にしておく。
「うふふ、こういう事もあろうかと事前に大人数を連行する準備もしておいたのですよ」
エーシャがドヤ顔で笑っている。
そんな準備をする前にロヴェンに勝てよとか、口が裂けても言えない。
「エーシャ殿、一体どんな準備なのですか!?」
「これですよ。おとうさんが引いてきた荷台です」
エーシャが荷台を覆っていたシートを勢いよく取り払う。
荷台の上には、人が一人入れるような檻が鎮座していた。
「いやいや、流石にこの檻は狭すぎるだろうよ。どう見ても一人用だぞ」
「うふふ、これも立派な魔道具なのですよ。フィルデさん、お願いします」
「了解です」
フィルデがロヴェンを引っ張り上げると、檻の中へ放り投げた。
「貴様、何をする……!!」
すると、檻の中へ入った途端にロヴェンが人形みたく小さくなってしまった。確かにこれなら全員が入るな。
「今更だけど、魔道具って凄いな」
「でしょう? このまま全員をぶち込んでケンベルナの町のギルドに引き渡せば、依頼完了です」
エーシャが再びドヤ顔になってる間にも、フィルデが次々と檻へ放り込む。
だけど、まだやらなくてはいけない仕事が残っている。
「エーシャ、お前の母親が教えてくれたんだけど、少し離れたところに盗賊のアジトがあるらしいんだが……」
「そうですか。お宝が沢山あるといいですね」
「いや、そうじゃなくて……」
「ソウジ様、早くアジトに行きましょう!! お宝が私達を待っています!!」
この二人、俺の話を聞いてくれないよ。
思わず脱力しかけていると、ミユがぽんぽんと背中を叩く。
「クラタん、ドンマイにゃ」
「……ありがとうな」
知らないうちに、俺はミユの気遣いに癒されてるなあ。
お礼にミユの頭を一撫でする。
ミユはくすぐったそうに目を閉じた。
「おとうさん!?」
「ズルいです!!」
相変わらず、目ざとい二人である。
「二人とも、最後まで話を聞いてくれ。アジトには捕まった人が閉じ込められているみたいなんだ。その上、どんな状況になっているのか分からない……」
エーシャの母親も情報を教えるんだったら、そっちもどうにかしてくれれば良かったのに。
彼女達はエルダの事しか目的になかったのだろう。
ここまで言うと、エーシャとフィルデも理解したらしい。
「分かりました。捕まっているのは女性でしょうから、私が対処します。こういう事には慣れていますので」
「エーシャ殿は慣れているのですか?」
「はい。盗賊に捕まっていた女性がどんな扱いを受けていたのかは、みなさん分かりますよね?」
流石のミユも真面目な表情で頷く。
「そういう女性達におとうさんが怖がられてしまうので、私が対処しますね」
「分かった。エーシャに全面的に任せる」
「了解しました。体の傷は回復薬で治せますが、心の傷は難しいですからね」
「その場合、どうするにゃ?」
「精神魔法で忘れさせます」
「そんな都合よく忘れさせる事ができるのですか?」
「できません。なので、記憶を全て消去します。記憶喪失になってしまいますけど、心に傷を負ったままでいるよりはマシでしょう。もっとも、これは最終手段ですけどね」
「…………」
聞かなければ良かったな。
エーシャの母親よ、娘に嫌な事を教えるなと言ったが、逆に俺が嫌な事を教えられてるぞ。
こうして、盗賊のアジトを発見して数人の女性を救出する事ができた。
その際、見張りの盗賊もいたが抵抗する間もなく殴り飛ばされていた模様。
救出した女性の中には、アルジットが所有していた奴隷も含まれていたのだが、残念ながら男の奴隷は既に殺されてしまったらしい。
結局、被害者の中でエーシャが記憶を消去すると判断したのは一人だった。
エーシャ曰く、既に心が壊れてしまっていて打つ手が無いそうだ……。
記憶を消去するにも準備が必要らしく、一旦町に戻る事にした。
救出した女性達を町まで連れて行く手段だが、エーシャが新たな荷台をアイテムポケットから取り出した。
彼女達を乗せた荷台も俺が引くのだな。
とは言うものの、すっかり日が暮れてしまった。
盗賊団は壊滅したものの、これから町に向かうには、救出した女性達に負担が掛かりすぎる。
「それでは久々の鏡の部屋です!」
これまたドヤ顔でエーシャが姿見を取り出した。
「な、なんですかこれは!?」
初見のフィルデが驚くのも仕方がない事だ。
俺も驚いたからな。だが、驚くのはこれからだぞ。
「それではみなさん、この姿見の中へご案内します」
エーシャはそう言って、救出した女性達を姿見の中へいざなう。
女性達は不安そうに互いの顔を見合わせていたが、ミユが勢いよく飛び込んだ後に再び戻ってきたのを見て、覚悟を決めたみたいだ。
「ほら、フィルデも行くぞ」
「あ、ソウジ様! 待ってください!!」
ロヴェン達を放り込んだ檻を乗せた荷台を引いて姿見の中に入る。
相変わらず姿見の中は満点の夜空だ。
「ソウジ様、ここはどこですか?」
「俺もよく分からん。鏡の精霊のテリトリーらしいが……」
「それなら納得ですね」
それで納得するんかい。
呆れていると、何やら申し訳なさそうなエーシャがやってきた。
「すみません、今回は救出した女性達がいるので、おとうさんはここで野宿してください」
……まあ、これもおっさんの運命と割り切るとしよう。




