6 君は逃げ出したのか?
ミユとアイニが俺の新居を見たいと言うので、家に案内する途中もスライムを狩っていく。
面白いぐらいに魔石が取れるな。
「え……ちょっと待ってください! そんな簡単に魔石が取れるのですか!?」
アイニが信じられない物を見たという顔をしている。
魔獣とかを倒せば普通に魔石が取れる物じゃないのか?
「クラタん、おかしいにゃ!」
ミユがおっかなびっくりという感じで、拾った木の棒でスライムを何度も殴りつけて倒していたが、体液が飛び散るだけで魔石は出なかった。
「奇麗に討伐しないと、魔石は発生しないのですが……」
そういうものですかね。
きっと、異世界ならではの便利能力とでも思っておこう。
そんな感じで二人を家に連れてきたのだが、家に入る前からミユが大興奮している。
「ふおおおおー! ここがクラタんの家なのかにゃ!?」
「ちょっと、ミユさん! 落ち着いてくださいって!」
アイニもすっかりミユの保護者ポジションになってしまっているな。
ご苦労な事である。
「それはそうと、この家って……」
「何か知っているのか? アイニ」
頼むから、実は事故物件だったとか言わないでくれよ?
「い、いえ、こういった事は言わない方がいいですよね……」
そこまで言っておいて、黙るのはやめてもらえないかな!?
「ねーねー、なんの話をしてるにゃ? もしかして、ここって一家全滅の物件なのかにゃ?」
ミユも縁起でもない事を言うのやめろよな!?
こいつらが男だったら、殴り飛ばしてるところだぞ。
思わずため息を吐いたところで、窓からリグミナがこちらを窺っている姿が目に入った。
その姿はまるで幽霊そのものである。
というか、なんで無表情?
「ひぃぃ!? クラタん、あそこにお化けがぁぁ!!」
目ざといミユがリグミナを発見してしまい、驚いて抱きついてくるまでがお約束である。
「クラタさん、同居人がいるとおっしゃっていましたが、私は女性とは聞いてませんよ!?」
こちらはこちらで、アイニが何故か俺を詰問する勢いで迫ってくる。
まったく、騒がしいお嬢さん達だな。
◆◆◆
いやあ、この空気はなんだろうね。
我が家で楽しい朝食の予定だったのだが、重苦しい空気に包まれていた。
食卓用のテーブルを俺、リグミナ、ミユ、アイニの四人が囲んでいる。
奴隷の首輪を着けているマナシエは見られると面倒な事になるので、リグミナが気を利かせて二階に隠れさせたみたいだ。
今頃は一人で朝食を食べている事だろう。少し可哀想だが致し方ない。
「それで、クラタさん。こちらの女性は?」
アイニがニコリと笑いながら聞いてくる。
その目は笑っていない。
「クラタん、アタシという女がいながら浮気するなんて、ひどいにゃ……」
いやいや、君達とは一昨日出会ったばかりだよね!?
リグミナも俺の事を汚物を見るような目で見ないでくれるかな?
まるで未成年に手を出した犯罪者扱いじゃないかよ!
そのリグミナが一瞬、イタズラっぽくニヤリと微笑んだ。
「うふふ、申し遅れました。私はソウジさんの妻です」
「え!? いつそうなったんだ!?」
というか、いつの間に名前呼びになってるんだよ。
しかも、俺の腕を取って密着してくる。
「つ、妻……」
「クラタん、妻帯者だったのにゃ!?」
二人とも信じちゃってるじゃないかよ。
その様子を満足そうに見ているリグミナの頭に拳骨を叩き込んでおく。
「あいたぁ!! いきなり何すんのよ!? 暴力反対!! DVよ! 訴え出てやるぅ!!」
「ふざけるのもいい加減にしろよ。えっと、こいつは俺の親戚の子でリグミナという。家出した挙句に俺の後を追いかけてきたみたいで、仕方なく面倒見てるんだ」
嘘も方便である。今後はこの設定でいこう。
当の本人は何か言いたそうにしているが、睨んで黙らせる。
これ以上面倒な事にするな。
「そ、そうでしたか。私はアイニと申します。何か困った事がありましたら、気軽に頼ってくださいね」
「アタシはミユにゃ! よろしくね、リグミナ!」
二人から握手を求められてリグミナは面食らってるようだ。
見た目ではリグミナも若い娘さんである。
仲良くやってほしいものだ。
そんなこんなで、買ってきた朝食を食べ始めるのだが、ミユがどこか落ち着かない様子。
知らない人の家で緊張しているのだろうか。
「この家にもう一人いるにゃ?」
思わずリグミナと同時にギクリとしてしまう。
ミユも探知魔法が使えるのだろうか。
その一方、アイニが青ざめている。どうしたのだろうか。
「やっぱり、この家は曰くつきでしたか……」
ちょっと、そういう事を言うのやめてくれない!?
俺が住めなくなるだろ!
「すんすん。……二階にいるにゃ?」
ミユが可愛らしい鼻をひくひくさせながら、階段の上を見つめている。
野生の勘ってやつだろうか。
これ以上隠していても仕方ない。
俺とリグミナでどうにかなる話でもないし、この際だからアイニに相談してみるのも悪くはないだろう。
俺の意を汲んだリグミナが二階へ上がり、すぐにマナシエを連れてきた。
そのマナシエは、知らない二人のお姉さんがいる事に対して、少し怯えた表情を見せている。
俺が大丈夫だと頷いてやると、表情を少し和らげた。
「クラタさん、その子……」
アイニがマナシエの首輪を見て表情を硬くする。
俺が奴隷を買ったと思っているのだろうか。
「勘違いしないでくれよ。昨日保護した子だ」
そう説明すると、アイニは警戒を解いてくれた。
「うわー! 可愛い子だにゃーーーー!!」
ミユの方はいきなりマナシエに抱きついてやがる。
こいつは感情で動く生き物なのだろうか。
リグミナも呆れ顔である。
「それでアイニ。君に相談したいのだけど……」
「はい」
「あの子、マナシエっていうのだけど、見ての通りに訳アリみたいでな。どうしたら良いと思う?」
俺が尋ねると、アイニは難しい表情で考え込む。
こうやって真面目に相談に乗ってくれる存在はありがたい。
どこかの自称女神にも見習って欲しいものだ。
その女神はミユと一緒にマナシエを愛でまくっている。
「クラタさんが購入した奴隷では無いのですよね。だとすると、あの子の主人に返すのが道理だと思いますが……」
ですよねー。
あくまでも、奴隷は物扱いである。
所有者に返すのが当たり前なのだ。
だが、今回は少し事情が違う。
「まだ本人に確認してないんだけどさ、奴隷商の元から子供の奴隷が逃げたって噂を聞いてしまったんだよな」
その話を聞いたアイニが絶句している。
「セービルの町では奴隷の売買は違法となっておりますが、建前である事は存じています。その奴隷商も騒ぎにはしたくないと思いますが……」
「何か問題が?」
「奴隷商にとって奴隷は大切な商品です。きっと今頃、血眼になって探しているに違いありません。その場合、素性のよろしくない者達を使っているでしょうね。その者達が多少乱暴な事をしたとしても、使い捨てにして知らぬ存ぜぬを通すでしょう」
うわー。
また嫌な話を聞いちゃったなー。
裏稼業ってやつじゃないか。
「それだけじゃないです。逃げた奴隷は見せしめのために、他の奴隷の前で殺される事が多いと聞きます……」
「それじゃ、あの子を奴隷商に返したら……」
「ええ……」
マナシエを奴隷商に返して金一封どころの話じゃない。
そもそも、最初からあの子を返す気も無いけどな。
「仮にクラタさんがマナシエさんを匿い続けるのなら、そういった人達を敵に回すことになりますね……。申し訳ないですが、冒険者ギルドでもどうにもなりません」
おいふざけんな。
俺はスローライフを送りたいだけなのに、なんでこんな面倒事になってるんだよ。
「いや、冒険者ギルドに頼むのも、お門違いだとは理解してるから気にしないでくれ」
「お力になれなくて、すみません」
そもそもがアイニみたいな子に頼むのは、おっさんとして恥ずかしい事だな。
それはそうとして、まずは事実確認が先である。
「マナシエ、ちょっといいか?」
リグミナとミユに可愛がられていたマナシエの表情が硬くなった。
恐らく、これから何を聞かれるのか分かっているのだろう。
「君は逃げ出したのか?」
敢えて奴隷商の所とは言わない。
利口なこの子の事だから、これで全てを理解するだろう。
「……やっぱり、クラタさんに迷惑を掛けられません。本当の事を黙っていてごめんなさい。わたし、出ていきます」
「待て、俺は事実を確認したいだけだ。それとマナシエの事を助けてやりたい。本当の事を教えてくれないか?」
俺が尋ねると、部屋の空気が一気に重苦しくなる。
「クラタん! マナシエをいじめたら駄目にゃ!!」
「そ、そうよ! 大人げないわ!!」
ミユはともかく、リグミナには言われたくないな。
こいつが女神の力とやらを使えていたら、今頃こんな事になっていなかったのだろうけど。
「……分かりました。全てお話ししますね」
そう答えたマナシエを囲んで話を聞くことになった。
「クラタさんのおっしゃるとおり、わたしは奴隷商の元から逃げました」
どうしてそんな事をと思ったが、そりゃ奴隷になりたくはないよな。
まともな主人に買われるかどうかも分からんし。
「もう一つ、本当の事を言ってませんでした。この家は、わたしと両親が暮らしていた家なのです。どうしてもここを離れたくなくて……」
だからかなのか。
腑に落ちた。
マナシエと出会った日から、この子は家の事を熟知していたんだよな。
この家に住んでいたのか……。
その話を聞いて、アイニがハッとした表情になっている。
「どうした? 何か知っているのか?」
「は、はい。以前この家に若い夫婦と小さな女の子が住んでいまして、商売で他の町へ向かう途中に盗賊に襲われて、夫婦は殺されたと……」
そこでアイニは口を閉じた。
マナシエの瞳には涙が浮かんでいる。
この子はその時に捕まって売られてしまったのだろう。
リグミナとミユがマナシエを抱きしめた。
二人がいてくれて助かった。
俺ではあんな風に慰められないからな。
「こんな話を聞いてしまったら、余計にマナシエを奴隷商になんて返せなくなったな」
「で、ですが、わたしがここにいると迷惑が……」
「ここはマナシエの家だったのだろう? だったら、ここにいてはいけない理由なんて無いさ。俺に任せておけ。なんとかしてやる」
「ほ、本当に……? 本当に、わたしはここにいていいの……?」
マナシエの大きな瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。
この子には泣き顔より笑顔が似合っている。
俺の目指すスローライフに、暗い話なんて必要ないのだ。