53 エーシャが臭いにゃ!
セービルの町を出てしばらく歩く。
そろそろ魔導力車の出番かと思ったのだが、エーシャが車を出す素振りを見せない。
「エーシャ、今回は魔導力車に乗らないのか?」
「まだ乗りませんよ、おとうさん」
「だけど、南部って言ったら、この前に行った中央の町の更にその先なのだろう?」
おいおい、本当に旅でもするつもりなのだろうか。
全然長旅の準備なんてしてないぞ。
「アタシ、クラタんとずっと一緒にいられれば満足にゃ!」
「私もです! ソウジ様のお役に立てる時間が多ければ多いほど、誉めてもらえるというものです!」
そんでもって、このお嬢さん達の相手もしてやらないといけない。
そのような長旅で、俺の心身は耐えられるのだろうか。
「ご心配なく。ほら、あそこに姉さんの掘った穴があるじゃないですか。あれが秘密地下通路の入口ですよ」
エーシャの指差す先は、山肌に穿たれた不自然な大きい穴である。
ガイラさん、自然破壊はよくないぞ。
「おお! 流石はガイラにゃ!」
「一見すると、普通の洞窟ですね」
そこのお嬢さん達は何も疑問に感じないらしい。
どう見ても怪しげな穴だぞ。
釈然としないまま、俺達は穴の中へと入っていく。
「ほほう、姉さんの偽装工作も大したものですね。普通の洞窟にしか思えません」
しきりにエーシャが感心しているが、確かに普通の洞窟にしか見えないな。
今は何も気配がしないが、今後は魔物が現れてくるのだろうか。
そうなると、この洞窟はダンジョンとなるだろう。そして、冒険者達が集まり、それを相手に商売する人が増え、魔物の素材も流通して……。
よく考えてみれば、地域活性化に繋がるんじゃないか?
もっとも、それはきちんと魔物を討伐できた場合の話だが。
ダンジョン内の魔物を管理しないと、魔物が大発生してスタンピードってのが起きる話をどこかの物語で読んだ事がある。
その辺の事も、ちゃんと周知していかないといけないな。
「ねえねえ、エーシャ。今回は『自動販売機』ってのは無いのにゃ?」
「残念ながら、無さそうですね」
「お二人とも、その『じどうはんばいき』とは、なんなのですか?」
「そういえば、姉さんに会いに行った時にはフィルデさんはいませんでしたね。姉さんが掘ったダンジョンに設置されていた、お金を投入すると食べ物等が買える魔道具なのですよ」
「あの『チョコレート』ってのが美味しかったにゃ! 特にクラタんの食べ掛けは最高だったにゃ!」
「なんですかそれ!? ミユ殿は、ソウジ様の食べ掛けを頂いたのですか!?」
驚くのはそこなのかよ。
「アレは色んな意味で美味しかったにゃ~」
「それはズルいですよ!」
「フィルデには分からない至福の味だったにゃ~」
「ぐぬぬぬ……! 非常に悔しいです!! ミユ殿なんて、こうしてやります!」
「うにゃあ! いきなり襲い掛かるのはやめるにゃ!!」
……まったく、このお嬢さん達は何をやってるのやら。
それはそうと、猫と犬にチョコレートを与えては駄目だと聞いた事があるけど、獣人には当てはまらないよな?
「ほら、二人ともこんな場所で暴れるな。エーシャがどんどん先に行ってるぞ」
「ああ! エーシャ待つにゃ!」
「私を置いて行かないでください!」
本当に賑やかなお嬢さん達である。
それにしても、この洞窟は本当に大陸のあちこちに繋がっているのだろうか。
疑問に感じていると、エーシャがこちらに手招きしているのが見えた。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい、隠し部屋を見つけました。ここが転移の部屋のようです」
なんと、ご丁寧に隠し部屋まで用意しているのかよ。
そういえば、ガイラさんが転移部屋があると言っていたな。
「エーシャ、転移って、また魔法陣を使うのにゃ?」
「いえ、部屋自体が特殊な転移装置になっています」
「転移装置だと? 前に見せてくれた転移の鏡ではないのか?」
「違います。私も原理がさっぱり分からないのですが、ダンジョン内なら自由に行き来できるゲートをダンジョンの精霊は作り出せるのです」
「はあ……なんか凄いんだな、その精霊ってのは」
「凄いですよ。ですが、もっと凄いのは父です。そんな精霊達を従えて……いえ、仲良しなのですから」
精霊と仲良しねえ。
エーシャの父親って人は、もう人外にしか思えないな。
「皆さん、早く行きましょうよ! ここを通れば南部の町へ行けるのですよね!?」
未知の存在に、フィルデがはしゃいでいる。
君は本当にわんこだなあ。
「では転移しますよ。皆さん、私から離れないでくださいね」
全員エーシャにくっつく。
「うふふ、おとうさんは私と密着したいのですね。いいですよ。私はいつだってウエルカムですから」
こんな時に、こいつは何を言いやがる。
「うにゃ! エーシャがクラタんを狙ってるにゃ!」
「ソウジ様、密着するなら私にしてください!」
「ちょ、ちょっと、二人とも暴れないでください! 転移が不完全に────」
そのまま視界が真っ白になった。
◆◆◆
……うーむ。ここは一体どこだろうな。
洞窟内ってのは分かる。だが、ミユ達の姿が見えない。
もしかして、転移失敗とか?
下手したら、壁の中に転移してしまっている可能性もあるかもしれない。
想像したら急に背筋が寒くなってきた。
取り敢えず、ここ最近すっかり存在を忘れていた探知魔法だ。
ほほう、これは便利だな。いつの間にか探知魔法がレベルアップしてたらしく、ダンジョン内の詳細なマップが脳内に浮かぶ。
それこそ、隠し部屋の位置まで丸見えだ。ダンジョン内に三人の反応を見つけた。
全員遠くに飛ばされなくて、良かった良かった。
まずは、ここから一番近いのはフィルデだな。
早速、フィルデの元へ向かうと、そのフィルデはしゃがみ込んでいた。
なんか、泣いている?
「よお、大丈夫だったか────」
「ソウジ様ぁぁぁぁーーーー!!」
弾かれたように顔を上げたフィルデが、号泣して抱きついてくるのだが!?
「ど、どうした? どこか怪我でもしたのか?」
「……あ、い、いえ、取り乱してすみません。もう大丈夫です」
いやあ、どう見ても大丈夫ではないだろう。
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだぞ。
「ほら、これを使って顔を拭きなさい」
「ありがとうございます……」
アイテムバッグから濡れタオルを取り出し、ついでにお気に入りのホットココアも手渡す。
保冷や保温もバッチリなアイテムバッグは最高だな。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「落ち着いたなら、それでいい」
「うう、こんな不甲斐ない私で申し訳ありません……」
ご自慢の狼耳と尻尾がシュンとしてしまっている。
見ているこっちまで元気が無くなりそうだ。
「俺達、なんかバラバラに転移してしまったみたいだな」
「ええ。気づいたら、私一人きりで……その、とても不安になって怖くて……」
とても元Aランク冒険者の言葉とは思えないな。
「以前はそんな事は感じなかったのですが、皆さんと一緒に過ごすようになってから、一人だと寂しく思えるようになってしまって……。私は弱くなったのでしょうか」
いや、それは違うな。
「フィルデは弱くなったんじゃない。優しくなったんだよ」
「優しくなった……ですか?」
「ああ、俺達と初めて会った時は、騙されて隊商を襲った話をして激高してただろ? それがこの前なんて、普通に元仲間のパーティーの事を話せてたじゃないか。多分、優しさだけじゃない。心の強さも手に入れたのだと思う」
「心の強さ……。よく分かりませんが、皆さんと一緒にいると、胸の奥がポカポカと暖かくなる気がするのです」
家族の元を離れた寂しさもあったのだろう。
なんかガイラさんも丸くなった気がするし、なんだかんだで『家族』をやってるといい影響があるのかもしれないな。
「さて、いつまでもこうしてはいられない。早くミユ達を迎えに行こう」
「そうですね! 早く行きましょう!」
さっきまで元気の無かった尻尾をブンブンと振っている。
やはり、フィルデはわんこだなあ。
それから程なくして、ミユを発見。
そのミユは丸くなって堂々と寝てやがった。この状況で寝られるって、大物過ぎるだろうよ。
残るはエーシャなのだが、それもすぐ見つかった。
……見つかったのだが。
「あはははー! エーシャが宝箱に食べられてるにゃー!!」
「凄いです! あれがミミックという魔物なのでしょうか!!」
なんかどこかでエルフがミミックに食われてる物語を見た記憶があるが、まさにその状況を目の当たりにしている。
「エーシャ、生きてるか?」
「生きてます……お願いです。引っ張り出してください……」
「それは分かったけど、どうしてそんな状況に?」
「宝箱を見つけたら、何を差し置いてでも開けるのが王道じゃないですか……」
こいつバカかな?
「早く引っ張り出してくださいよう……中が臭いですよう……」
結局、ミユとフィルデが宝箱に擬態したミミックを叩き潰してエーシャを救出。
そのエーシャは、ミミックの唾液まみれで大変に臭かった。
「エーシャが臭いにゃ!」
「うう! 私は嗅覚が鋭いので、エーシャ殿に近寄られると……こっち来ないでください!!」
「おとうさーん、あの二人が私を避けるんですよう!」
「うわ! こっちくんなよ!!」
「おとうさん、何故逃げるのですか!?」
「お前、ベタベタの粘液まみれで臭いんだよ!!」
「女性に向かって、卑猥な白い体液まみれで臭いとか言うなんて最低ですよ! セクハラで訴えますよ!!」
「そんな事言ってないだろ! セクハラ以前に俺がスメハラで訴えるわーーー!!」
そんなこんなで、グダグダな幕開けで新たな物語が始まるのであった。




