5 誰かと同棲してるのにゃ!?
今日はいきなり二人も同居人が増えて驚いた。
その同居人のリグミナがマナシエを寝かしつけてくれたので、俺は一階のリビングでチビチビと晩酌をしていると、二階からリグミナが下りてきた。
「あー、お酒なんてずるい!」
「お前は未成年だろう?」
「こう見えても私は……って、女性に年齢を言わせないでよね!?」
「聞いてもないし、別に知りたくもない」
「まあいいや。私にも少しちょうだい」
いいのかよ。
昼間に買っておいた安酒だが、一人で飲むのも寂しかったから丁度いいか。
戸棚から小さなグラスを取り出し、洗ってからリグミナに酒を注いでやる。
前の住人の物なのか、一家族分ぐらいの食器も残ってるんだよな。
「むふー。やっぱ寝る前の一杯は堪りませんなー!」
「飲み過ぎるなよ。俺の金で買った酒なんだし」
「なによ、ケチー」
「それはそうと、マナシエは寝たのか?」
「うん。昼間に布団を干していてくれたせいか、ふかふかの布団で即寝落ちだったよ」
「それは良かった」
本当は色々と話し合わなければいけないのだろうけど、このまったりした空気が心地よくて中々切り出せない。
「……あのね、マナシエの事なんだけど気づいてる?」
リグミナが急に真面目な顔で尋ねてきた。
「何がだ?」
「あの子の首輪よ! まさか気づいてないとか言わせないわよ!?」
リグミナの目が据わっている。
もしかして、もう酔っ払ったのか?
「気づいてたさ。あれって、奴隷か何かの首輪だろ?」
「間違いなく奴隷の首輪ね。……このままだと確実にトラブルになるわよ」
「やっぱ、そうなるよなー」
奴隷って事は誰かの所有物だろうな。
まさか解放された訳でも無さそうだ。それなら首輪なんてしていないはずだし。
そして、その奴隷を匿ってると思われたら絶対にトラブルになる。
二人して思わず溜息を吐いてしまった。
その時、階段の方から物音がして目を向けると、顔面蒼白のマナシエが立ち尽くしていた。
俺達の会話を聞いてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい……。わたし、すぐに出ていきます」
「待て!」
「そ、そうよ! 別に私達、マナシエちゃんを追い出そうとしてる訳じゃないから!」
「ですが、わたしがここにいたら、クラタさんに迷惑がかかってしまいます……」
こんな小さな子の絶望した顔なんて見たくない。
それにさっきは、ここに住んでいいって言ったら凄く嬉しそうにしていた。
そんな子を追い出せる訳がないだろ。
「落ち着けマナシエ。俺がなんとかしてやる。だから君はここにいていいんだ」
しゃがみ込んでマナシエの頭を撫でてやる。
小さな子を一人守れないぐらいでは、おっさんとして恥ずかしいぞ。
「……いいの? わたし、ここにいていいの?」
「ああ、もちろんだ」
「う……うぅ……」
大きな瞳を潤ませ、ポロポロと涙が零れ落ちる。
ああくそ! こういうの苦手なんだよ!
「リグミナ、お前に任せた!」
「いきなり私!?」
文句を言いたそうだったが、マナシエを抱きしめる姿は女神そのものだ。
伊達に女神を自称していないな。
それからしばらくマナシエは大声で泣いていた。
きっと色々と心に溜め込んでいたのだろう。
「泣き疲れて眠ってしまったみたい。私、このまま寝かしつけてくるね」
「ああ、頼む」
リグミナがマナシエを抱いて二階へ上がる。
それを見届けながら、今後の事を考えるも良い案が浮かばない。
まったく、俺のスローライフはどうなるんだよ。
結局その日はリビングで寝てしまった。
「いてて、おっさんになると、ちゃんと布団で寝ないと体が痛いぜ……」
翌朝、こわばった体をほぐしていると、リグミナが二階から下りてきた。
「一応転移させる際に肉体を再合成して、この世界に適応させてるのよ? あなたの体はそんな柔な作りじゃないからね。それと、おはよう」
マジですか。
というか、再合成してるとかなら普通に若返らせろよ。
「おはようさん。マナシエはまだ寝てるのか?」
「うん、やっぱり相当に疲れてたみたい」
「そうか。話が変わるんだけどさ、朝食が無い」
「は?」
「言葉通りだよ。お前が昨晩に調子に乗って食いまくるのが悪い」
「じゃあ何か作って」
こいつ何様なのかな。
「材料も無い」
「じゃあどうするのよ?」
「なんか買ってくる」
「あ、だったら私も町に行きたい!」
「それは駄目だ。マナシエに何かあったらマズい」
「確かにそうね……」
「リグミナだけが頼りだ。頼むぞ」
「大丈夫、任せて! なんたって私は女神なんだから!!」
不安しかないんだが。
そもそもこいつって、女神の力を封じられてるんじゃないのか。
そんなこんなで、道中スライムをサクッと狩りながら町へ向かう。
それだけで結構な魔石を手に入れる事ができた。
早速換金のため、冒険者ギルドに顔を出すと受付嬢のアイニが出迎えてくれる。
「おはようございます、クラタさん。随分と早いですね」
「おはようさん。アイニこそ早いじゃないか」
「私は早番ですので」
「ご苦労さん。そういえば、昨日書いてくれた紹介状が早速役に立ったよ」
「お役に立てて良かったです。それで、良い物件は見つかりましたか?」
「バッチリ! 今度お礼でもさせてくれないか?」
「い、いえ、ただ私は冒険者の方のお役に立てるようにと……」
そんなやり取りをしていると、やかましいのが現れる。
「おはよーにゃ! クラタん!」
「おはようさん。ミユも朝は早いんだな」
「そうにゃ! 薬草採取は早朝の方が見つけやすいのにゃ!」
確かに、夜に薬草採取とか聞かないよな。
「それはそうと、アイニ。魔石の買い取りをお願いできないかな?」
「承りました……って、またいい魔石ですね。本当にスライムからですか?」
「そうだよ。これって、もっと上級の魔獣とかを倒したら、凄い魔石を手に入れられるのかな?」
「クラタさんのスキルなら可能かもしれませんが……。その、危険な事はしないでくださいね?」
「分かってるさ」
俺はスローライフがしたいだけで、無茶な冒険がしたい訳じゃない。
そんな事を考えてるうちに、アイニが買い取りの代金を持ってきてくれた。
結構な金額になったな。
この調子なら、マイホームの残りのローンも繰り上げ返済できるな。
家の代金は頭金でほとんど支払ったが、ローンが残っているのだ。
まさか、異世界にきてまで借金するとは思わなかったが。
「おお、クラタんお金持ちにゃ!」
「ミユさん、人のお財布の中身を見るのはマナー違反ですよ」
「ごめんにゃ、アイニ」
「謝る相手が違いますよ」
「不覚だったにゃ!」
朝から賑やかだけど悪い気はしないな。
「クラタん、今日はどうするにゃ?」
「取り敢えず、朝食を買って帰るかなー」
「ここで食べていかないのにゃ?」
「ああ、家で待ってるのがいるから……」
何かいけない事を言ったらしい。
途端にミユの目が獲物を狙う目になった。
「クラタん、誰かと同棲してるのにゃ!?」
「ちょ、ちょっとミユさん!」
「アイニは黙ってるにゃ。……それで、どうなのにゃ?」
「えっと、同棲じゃなくて同居人かな?」
何故かアイニがほっとした表情になる。
「ほほう。それは気になるのにゃ。どんな相手にゃ?」
なんでグイグイと来るのだろうなあ。
「それは……」
言い掛けて思いとどまる。
リグミナの事をなんて説明したらいいのだろう。
まさか女神とも言えないし、マナシエの事もどうしよう。
下手したら、未成年略取で牢屋行きじゃないか!?
嫌だぞ、異世界牢屋でスローライフとか。
「べ、別にそんなのいいじゃないかよ! もう俺は行くぞ!」
「なんか怪しいにゃ! これはアタシが確認しないとダメにゃ!」
「ミユさん、クラタさんが困ってるじゃないですか!」
「アイニは気にならないのにゃ? だったら、アタシ一人でクラタんの家に突撃訪問するにゃ!」
こいつ、家までついてくるつもりか!?
「それは駄目ですよ! 女の子一人で男性の家に行くなんて! 分かりました。私も同行します!」
ちょっと待って。
なんでそんな話の流れになってるんだ?
「ミユはともかく、アイニは仕事があるだろう」
「大丈夫です。どうせ午前中は大して忙しくないですから!」
それでいいのか、冒険者ギルドよ……。
アイニも真面目な子だと思ってたのに。
仕方ない。
リグミナ達の事は隠しておくより、早めに説明しておいた方が良さそうだし。
結局二人を引き連れて、朝食の買い出しに行くことになった。
「クラタん。この時間の朝ご飯なら、朝市の屋台がおススメにゃ!」
「そうなのか。それはいい事を教えてもらったな」
「私、朝市なんて行った事がないです……」
「そうなのにゃ? だったらアタシが案内するにゃ!」
こうしてミユの案内で朝市を色々と見て回った。
おかげで生活に必要な日用品等も補充もできた。
勿論、酒も入手だ。
「ほら、アイニ! あれを見るにゃ」
「あ、待ってくださいって!」
こうして女の子達が仲良くしてる姿も微笑ましいですなあ。
これが尊いというものなのだろうか。
「ちょいと旦那」
ん? 俺の事か?
振り返ると屋台のオヤジがニヤニヤしている。
ネズミの獣人で、他の人間に近い見た目の獣人と違い、二足歩行のネズミって感じである。
「旦那、あんな可愛い子達を引き連れて、何かヤバい事してるんじゃないですかい?」
「やっぱそう見えるか? って、そんな訳あるかい!!」
「そうじゃないんですかい?」
「ただの知り合いの子だよ」
「旦那みたいな人が、何処でどう知り合うんですかねえ?」
こいつもなんでグイグイ聞いてくるんだろうなぁ。
例えば、知人の娘さんとかって思わないのだろうか。
「一人は冒険者ギルドの受付嬢で、もう一人は冒険者の子だよ」
「そうすると、旦那も冒険者? 冗談を言っちゃいけませんですぜ。旦那みたいな人はとっくに引退してるでしょ」
この世界では、俺ぐらいの年齢の冒険者は引退してるのが普通らしい。
「ま、俺も色々訳アリでね。それはそうと、あんたの屋台は何を売ってるんだ?」
他の屋台を見ると、雑貨や日用品の他に食べ物等を売っている。
しかし、このオヤジの屋台には何もない。
「へへ。あっしの店は色々ありましてね。生活に役立つ情報からトラブル解決のお手伝いまで、なんでもござれです。ちなみに人身売買はしていませんよ?」
いわゆる情報屋ってやつだろうか。
「人身売買って奴隷の事だよな。この町で奴隷は売ってるのか?」
俺が尋ねると、オヤジは笑顔で手を差し出している。
情報料って事か。
硬貨を何枚か手渡してやると満足げに頷いた。
「毎度ありー。この町では奴隷売買は禁止されてますね。でも、それはあくまで建前上。きちんと抜け道もあって、定期的に奴隷商がやってきて奴隷の売買をするんですよ」
どこの世界にも、そういうのってあるんだな。
「ここだけの話ですが、子供の奴隷の一人が逃げ出したって噂ですぜ。子供だから、そこまで大袈裟な話にはなってないみたいですけどね。もし見つけたら、金一封が出るんじゃないですかね?」
なんか嫌な話を聞いてしまった。
オヤジに礼を言ってその場を後にする。
逃げ出した子供の奴隷って……やっぱそうだよなあ。
「クラタん、どうしたのにゃ? 元気ない顔にゃ?」
「あ、あの、やはり私達はお邪魔でしたでしょうか……?」
気づくと二人が心配そうに俺の顔を覗いていた。
「あ、すまん。考え事をしていたんだ。よし、せっかくなので二人の分も何か朝食を買っていこう」
「やったにゃー! クラタん最高にゃ!」
「先程朝食を食べましたけど、ご馳走になります!」
今は無駄に考えてても仕方ないな。
朝食を買いこみ、俺達はリグミナ達が待つ家に向かったのだった。